海のこと

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それからしばらくして、また雨の日、調子が悪くなって、あの班長の前でひっくり返ってしまった。

見張られてるみたいに、具合の悪い時は飛んできて、何だかんだ家まで送り届けてくれる。
一度など、薬や軽食まで買って持たせてくれた事があって少し驚いた。

倒れた時のために名前を教えろと言われた時は困った。
自分でも知らないからだ。

作業所の登録にも、名前は無く番号でしか登録されていないのは知っていると思っていたのだが、何度も聞かれたので、仕方なく尞にいた頃の呼び名を一言言うのが精一杯だった。
あの意味の無い呼び名…。

それ以来その名で呼んで来るようになったが、あまり居心地よくなくて、つい惨めな出身と由来を話してしまった。
結果、余計居づらくなって、余計顔を合わせづらくなった。
それで倉庫に呼び出され、何故か謝罪された。


びっくりした。

謝られるようなことじゃない。
何の許しを乞われたのかも分からなかった。

けれど、単純に、自分のせいじゃないといってくれた言葉に、ひどくホッとしたような気持ちになった。

何があってこんな境遇になってしまったのか。
自分が悪かったのかも知れない。悪くないのかも知れない。分からない。

でも、そう言ってもらった事が、何かゆるされたような気がして、ずっと何かで張り詰めていた気が緩んだ。


あの班長は、何故自分のような人間にまで丁寧で腰が低いのだろう。育ちが良いとか、品が良いとか、そういう言葉が思い起こされる。

公園で雨宿りをした時は、自分の傘を持たせようとするので、濡れさせる訳にも行かず、かといって押し付けがましくも出来ず、後ろから傘を差しかける事ぐらいしか出来なかった。

人工衛星の落ちるのを見ていたら、話を合わせて来て、見晴らしのいい場所まで連れて行ってくれたり、他にも色々親切にして貰って、掴まれるのは怖かったけれど、面倒見が良かった。心配だから一人でいるなと何度か言われた。



何故なんだろう。
どうして、こんなに親切に、色々心配して来るのだろう。
何故この人は、自分に対して、注目し、何かの意味付けをしようとしているのか。

だんだんと、そうやって心配される事がしんどくなっていった。

でもこの人は多分、誰にでもそうなんだろう。班長なのだから。
そう思うことにした。


…そう思っていたが、ある日、公園で偶然会い、家に呼ばれて話をした。

話しているうちに、どうしようもなくて、逃げたくなった。苦しくなった。
苦しくて逃げ出し、公園まで走って、ベンチにへたり込んだ。
何だか分からないけれど、涙まで出てきた。


何だ、これ。

何で俺、泣いてるんだ。
 

 
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