海のこと

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01 ー nothing ー

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「気をつけてな」

班長は、公園を出て行く細い後ろ姿を見送って、彼の言う「優しさの怖さ」について、帰り道をゆっくり辿りつつ、考えた。


人を怖がる。優しさを怖がる。

怖いから一人でいるのに、それを追いかけて優しくしたくなる。そしてまた怖がって逃げられる。
キリのない無限ループだ。
自分の中でも、色んな気持ちがぐるぐると回っている。


この間、何故なのかと聞かれて、初めて意識的に考えた。

この気持ちは何なのだろう。

心配。同情。義務感。
頼りない、可哀想な人を、憐れみいたわる気持ち。最初はそうだ。
それと、相手を寄せ付けようとしない人への興味。面倒な奴だなと思った事もあった。

けれど近付いてみて分かった、彼といると時折感じる、不意の柔らかい空気。思い出す感情。
それをもっと感じたいという気持ち。

彼には「気に入ってる」という言い方をした。
他に上手く言いようが無かった。

今もそうだ。
崩れそうな気配とか、戸惑いながら少しずつ解けていく様子を、傍で見ていたいと思う。
彼に対して思う、傍にいて見ていたい、触れたい、声を聞いて、そして少しの愛情を与えたい、というのは、気に入ってる以上の感情では無いのだろうか。

好奇心のような、違うようなもの。


友人になりたい?

何かこう、励まして、傍にいて、
いつも…何か、こう…、こう…

友人…?
てことは、友情?
友情じゃ、無いんじゃないか。

どっちかっていうと、同情混じりの愛情…

愛情…?親切心…


優しいのが怖いと言っていた。
優しさを怖がるのなら、怖く無いように優しくしたい。
触れられるのが怖いと言うなら、怖く無いように触れてやりたい。

愛情であるというなら、
これは捨て猫に持つような感情にも近い気が…



「うーん…」

自宅に着き、上着を脱いで、彼の居たソファにだらりと腰掛ける。

いつもの癖で理屈っぽくゴチャゴチャ考えても、自分にもよく分からない気持ちは誤魔化しようも無かった。

見ていたいと思うのは、何だろう。
雰囲気、空気。そんなの見えはしない。

では見た目がそんなに良いだろうか?
あれが?あの痩せっぽちの無愛想が?

すぐ下を向くし、顔を背けてすぐ目を逸らす。
いつも見てるのは髪と顔色と手。
たまに見える目。

別に何がどうって事ない、人としては標準よりかなり弱くて怖がりの、駄目な生き物だ。


怖がるから、避けられるから近寄りたいのか。
触ってはいけないから、触りたくなるのだろうか。

色々な気持ちがあちこちで混乱していた。
だって、触られたくないというのに、急に自分からくっ付いて来て、優しいのが怖いとか、訳の分からないあいつが悪いだろう。

怖がるな、と背中をバンバンバンバン叩いてやりたい。
しっかりしろ、頑張れって。
そんなに沈み込むなって。


そしてまた、屋上で俯いていた姿を思い出し、消えたいと呟いていた事を思い出す。

ちゃんと家まで帰っただろうか。また部屋で泣いたりしてるんだろうか。
声も出さず、誰の助けも呼べず。

そうしたら、やっぱり…

あの薄っぺらな背中を、叩くよりは、そっと支えて、励ましたいと思ってしまう。
優しくしたらしたで、また逃げられてしまうんだろうけど…


「駄目だな」

同じ事ばかり考えて堂々巡り。
自分もいい加減、どうにもなれないな、と苦笑いした。

もうここまで。
今日は大人しく風呂に入って寝る事にしよう。

どんなに考えても、分からないものは分からない。
彼の気持ちも、自分の心の動きも。

答えが無いなら、無いでいい。彼にもそう言った。
答えが出ないから、その先が面白いって事もある。
正解じゃなくても、正解だけが答えじゃないって事もある。



それはいつかきっと、
流れ星のように、心にスッと落ちてくる。

その瞬間を、大事なものだけを見逃さないようにいよう。今はそれだけだ。
 
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