海のこと

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01 ー nothing ー

33-2

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しばらくして、海はやっと口を開く。

「…わか、らない…」

切れ切れに答える声が、震えている。 
震えながら、
本当の事を言ってくれているとわかる…。

「寒いかい」

班長は、両手に固く握りしめられたままのカップに飲み物を注ぎ足す。

「答えなくてもいいよ」

「…」

そうして、温かく笑いかける。

「答えが無いなら、無いでもいいんだ。僕が気に入ってるって話をしたからって、君がそれを返してくれる義務は無いんだから」

「え…」

海は呆然と班長を見上げる。

あっけらかんと言ってくれて、
パッと心がラクになる。

君のせいじゃないと、義務は無いんだと、この人はこうして、いつも簡単に、逃げ場を与えてくれる。逃げさせてくれる。

レモネードをすする。温かい。
こんなのを用意してまで。

「…あ、…」

気遣い。微笑み。

困っている時にいつも、こうしてラクにさせてくれるのが本当にほっとして、…心から、ありがたいと思う。
なのに声が小さくなって、苦しくなる。

ぶっきら棒だけど…、と言われたのを急に思い出して、言いながら恥ずかしくなったせいだ。

もう一口飲んで、温まって、カップを握り締めやっと声が出る。

「…あ、の…、あ……ハイ…」

とても、難しくて…口に出せなかった…


相手に向き合って、
心からありがとうと言うのは…

…心から、自分の気持ちを表現することは、
どうしてこんなに恥ずかしいんだろう…。


班長は構わずにただ微笑んでいる。

「うん。僕がそう思ってるって事を言いたかっただけだ。聞いてくれてありがとう」

「…いえ…」

逆に礼を言われてしまう。
ありがとうも、ごめんも、この人はこんなふうに簡単に、心から言えるんだ…。


カップの中身を飲み干して雫を切り、返す。
帰ろうとして立ち上がると、班長も立ち上がる。

首に掛けてもらったマフラーも返そうとして端を手に取ると、押し留められた。

「いいよ。それ、して帰って。魔法瓶も持ってって、飲んで」

ちょっといい、と言ってこちらに両手を伸ばして来る。

ウッと首を竦めると、
班長は、首に引っ掛けただけのマフラーを取って、子供にするみたいにきちんと巻き直してくれた。


彼の腕と、
彼のマフラー。

ふわりと彼の匂い。

包まれてじっと緊張して、
身体をこわばらせる。


「はい、いいよ。これでもう、君は風邪ひかないよ」

手を離して、笑う。

「あ…あ、…じゃあ、お借りします…」

厚手だけれど柔らかいマフラーにそっと触れる。

ありがとう、と
また、引っかかって言えなかった。

暖かい。
恥ずかしい。

…ありがとう、のひとことで、何かが決壊してしまいそうな気がして、言えない。

「うん。じゃあ。おやすみ」

無事に届け物を手渡せて安心して笑う、その顔もまともに見られない。

あんなに落ち込んで、あんたのせいだと胸の中で八つ当たりして、引っ越したいとまで考えていた事も、もう良くなってしまう。


「良かった。泣いていなくて」


そんな事を言われて、今、泣きそうになる。

「泣いたり、しない…」

一言告げてぺこりと頭を下げ、くるりときびすを返し、手提げを握って足早に公園を立ち去った。
 
 
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