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01 ー nothing ー
32-1
しおりを挟むまた、馬鹿みたいに後をついて行き、彼の部屋のこないだのソファに座らされる。
あんな所で急に会って、少し混乱していた。
本当に馬鹿だな、と思う。
せめて、この間のように、みっともない事になるのは避けよう…。
班長はテキパキと動き、何も言わないでも、甘く、熱過ぎなくしたホットレモネードが目の前に置かれる。
「どうぞ」
班長は向かい側、目の前に腰掛ける。
正面から見られるのは苦手だった。相手のどこを見ていいか分からない。
彼は紅茶を飲んでいる。
自分も湯気の立つカップをボンヤリ見つめる。
何故、自分はまた、ここに来ているんだろう…
相手がフッと笑う。
「嬉しい」
「……」
「こないだの事があったから、避けられて、もう家に来るのも嫌がられると思った」
嫌だった。
嫌だけど、…何でだか、断れなかった。
けれど、こうして喜んでくれる不思議。
「公園は、たまにだけど、君がいるといいなと思って走ってた」
…何を言ってるんだ。この人は。
俺がいたって、何も面白い事などないだろう。
どこの班でもそうだったし、別にそれで構わない。
この人は、もう訳が分からない。
「甘過ぎるかな。それ。熱い?」
「え」
慌てて口を付ける。
熱くなくて、ちゃんと飲みやすくしてくれている。
「あ、丁度いい…です」
「そう。良かった」
またニコリと笑う。人好きのする笑顔。
困って目を逸らす。
「それでさ」
目を逸らされても、普通に話し続ける。
「こないだの続き…」
「?…ハイ…」
「君の、良い所の話、途中だった」
正面から見られて困るので、カップを両手で持って俯く。
手が温まってゆく。
「…笑うと、凄く良い事。優しい所、真面目で、多分、凄く素直」
俺が?
そんな事あるか。
この人はお人好しなのか、世間知らずなのか。馬鹿なのか。
「あんたは、俺の事を大して知らない」
勝手に涙が出た事を、全部あんたのせいにしてたのを、知らない。
何も知らないで、ただ温かく笑っている。
「だってこれは僕の感想だからね」
「知らないから、そんな事言ってる」
「君だって、君の事を、僕が見るようには見ていない」
「俺の事だ。俺しか、そんなの…」
「だって、君は自分がどんな顔して笑ってるのかなんて、知らないだろう」
「……」
黙ってまた顔を伏せる。
本当に、何を言ってるんだか分からない。そんな事、知るか。
「いい顔してるよ?こないだも言ったろ」
ニッコリ笑う。
あんた程じゃない、と思う。
だから何なんだ、とも思う。
レモネードのカップが、冷えた両手をじわじわと温める。
手が温まると、全身も温まる気がするだろう、って、こないだ、そんな話をしていた。
本当だ。何だか、あつい。
こちらからは何も話す事が無くて、カップの中身はすぐに無くなる。
「お替わり、作るかい」
手を差し出して来るので、カップを渡す。
保温ポットの湯で、レモンリキッドと、蜂蜜を沢山。くるくるステアして渡す。
「ポットだと、少し冷めてるから大丈夫でしょう」
「ありがとうございます…」
手渡されたものは、さっきより熱くなく感じる。
ポットの湯のせいだけじゃなく、手が温まって来たからだ。
「君の良い所。ぶっきら棒だけど、ありがとうが言える」
ニコニコして嬉しそうにしている。
「普通です…」
普通なのに、急に恥ずかしくなって目を逸らす。
礼を言ったくらいで、どうして。
「何でだろうな。何で、人を避ける?僕は、君はいい奴だと思うよ。一人でいる事ない」
「……」
「前も聞いたけど…そんなに人が嫌い?」
「嫌いです…」
カップを見つめるように、顔を伏せる。
「人は、怖い?」
「……」
「怖がっていた。倒れた時も。いつも」
班長は、じっとその海の手元を見つめる。
助けようとすると、必ず怖がって払いのける手。
「……」
海はただ黙って、俯いている。
怖くなどない、とすぐに返す、いつもの否定がない。
…いま、聞いてみても、いいだろうか…。
「僕は…?」
「……」
海は俯いたままカップを握り締める。指の関節が白く緊張する。
「僕の事は、どうですか」
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