海のこと

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01 ー nothing ー

23-1

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昼休み。
晴れた屋上。

いつの間にか、暑いだけの季節は過ぎ、少しずつ過ごしやすい日が増えて来ている。

海は、フェンスにもたれてずっと空を見ていた。


雲の形、空気の色が変わって行く季節。

夏の眩しさや色の濃さも、今の時期くらいから透明感が加わって、少しずつ薄らいで行く。

どんどん透明度を増していって色が離れていく感じがする。

この先は、そのまま色を失っていって、いつしか色のない冷たい冬が始まる。

色彩を保ちながら透明になっていく今の時期が、一番美しいと思う。


あの透明に溶けたい、といつも思う。

雲になってもいい。飛んで、どこまでも行きたい。行ってしまいたい。

この前の衛星みたいに一瞬で消えるのもいい。

長く引きずる苦しみや寂しさは必要ない。


写真を一枚、取り出して晴れた空にかざす。

今日のこんな色じゃない。

こんなに鮮やかで眩しい色じゃない。

もっと優しい昏い色。

写真の中の空。


尞の子供が歌っていた歌は、まだ思い出せなかった。




 
班長は昼食から戻って、煙草を吸いに屋上に上がった。

何だかんだで、こもった満員の喫煙所よりは、あの公園や屋上のような、空気の綺麗な広い場所で吸うのが一番うまいと思う。

その空気を汚してるのが貴方でしょう、と、昔彼女に言われた事があって、グウの音も出なかった。

その子と付き合ってる頃はメンソール系で抑えていたが、煙草の後のキスは少し嫌がられた。
何だかんだあっても、この人とずっと一緒にいられたらな、と思っていた人だったのに。
この季節はいつもふと思い出してしまう。

みんなに言えたのはだいぶ経ってからだった。
それで、冬の休暇には友人達が残念会をやってくれて、珍しく実家にも帰って、いつか連れて来た子はどうしたと言われてへこんだ。

彼女は今どこでどうしているだろうか…、と思いながら、エレベーターを降りて外に出た。


フェンス際に黒い小さな固まり。
いつもの彼がいる。
フェンスの所に座り込んで、手元の何かを見ている。


彼がいつもここにいるのは知っているが、静かに一人で過ごさせた方がいいのか、脅かさないようにまず声をかけた方がいいのか、最近迷うようになった。

どうしようかなーと屋上の出口で立ち止まり、煙草入れに手をやっていると、向こうが先にこちらに気が付いた。
ぺこり、と会釈して、すぐまた俯いた。

邪魔しちゃいけないなと思い、手を振って挨拶するにとどめ、そのまま段差に腰掛けて煙草を吸い始める。

空が高い。

こういう日は自分も一人でいたい時がある。
放っておいてあげよう、と思いながらちらりと様子を伺う。
あいつ本当に、食事してるのかな。

昼食は最近、班のメンバーが他班の友人を連れて来たりして賑やかだ。
今日来ていた元気の良さそうな赤毛の女の子は、自分と同じセットを頼んでモリモリ食べていて気持ちがよかった。
サイドメニューの違いで取り違えに気付き、必死に謝ってくれるので「いいよ、本当はこれが食べたかったんだよね」と自分のサイドメニューをあげると、嬉しそうに受け取ってくれた。
「沢山食べてていいね」と、全然食べない男を思い出して微笑んだ。

彼は今日もココアなんだろうか。
女の子だってあれくらいは食べるのに、あいつと来たら…

と、気がつくと、海は、フェンスの外に出るドアの取っ手に手を掛けて、ガチャガチャ引っ張っている。

フェンスの向こう?
そっち側に行ってどうする?
慌てて立ち上がり、駆け出した。
 
 

 
 
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