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01 ー nothing ー
15-1
しおりを挟むシステムの更新がかかって、データ整理諸々の待ち時間込みで、珍しく全班が定時まできっちり作業することになった。
「こういう日もありますね、せっかくの週末なのに、すみません」
「たまにはゆっくり作業しよう」
「定時の感じ忘れてた」
ざわざわ笑い合う。みんな嫌な顔もせず、理解が速いのがありがたい。
「皆さん手早くて、いつも助かってます」
定時を少しだけ割って早めに作業が終わり、全員が引き上げる。
いつもより混雑して人が流れ終わった後に、ちょっとしたバグが発見されたので、至急今期分のデータを確認し直して送って欲しいと、納品部から連絡があった。
「え?今ですか?」
「出来たら…」
今日はシステム部もバタバタしてたんだろうけど、こっちだって待たされていつもより遅かったのに、そんな簡単に言うなよ。
慌ててロッカー室に誰か居ないかと手伝いを呼びに行ったが、既にみんな退出した後で、人混みを避けて後から移動した黒づくめの男がポツンと帰り支度をしている所だった。
彼か。残業させるとまた…、でもチェック作業は1人では危ない。
躊躇いつつ声をかける。
「申し訳ないけど、居残り作業を頼めるでしょうか、その…、体調と相談して…」
と聞いてみると、彼は黙ってロッカーに上着と荷物を戻した。
ああ良かった、と安堵する。
「すみません、いつも残って貰って…」
「いえ」
空調の音と、端末の操作音と、書類に触れる音。
それ以外はしいんとした部屋。
「調子悪くなったらすぐ教えてくださいね。途中まででも助かるので」
「大丈夫です」
久々に話をする機会が出来た。
他のメンバーとは食事に行ったり、喫煙所で相談を聞いたり出来ている。
この彼を孤立させないよう何とかフォローしなければと話し掛けてみる。
「あの、業務で、何かやりにくい事とか、ありますか」
「別に…」
相変わらずそっけない。
「対応出来る事はしますので、何でも言ってください。その…暑いとか、寒いとかでも良いですし」
「いえ、特に」
「そうですか…」
どうにも会話が続かない。名前は教えてくれたのに。
また、しばらく無言の時間が続く。
端末の音と、椅子の軋む音。
ちょっと立ち上がって飲み物を買いに行ったついでに、彼も何か飲むだろうか、とふと思った。
「海」
黙ってずっと静かにモニターチェックしている後ろ姿に、もう一度呼び掛けた。
「海」
ふっと頭が上がり、振り向く。
「何か、飲む?」
「いえ…」
断られた。
けれど、水分は取るべきだよと言って、自分が買ったのと同じホットの缶の紅茶を、デスクの端に置いた。
「ありがとうございます」
ぼそりと呟くように言った。
「いいよ。こないだの薬代のお釣りだと思って」
ここの自販機ので悪いけど、と笑って、椅子に座って缶を開け一口飲む。
彼は手も付けず黙って作業を続けている。
紅茶は気に入らなかったかな…と、押し付けを少し申し訳なく思った。
作業はスムーズに流れて、Wチェックも無事に済み、一時間もかからずに無事終わる。
データを送り、後始末をして消灯をし、二人してロッカー室で帰り支度をする。
彼がさっき渡した缶の紅茶をカバンにしまっているのを見て、捨てて帰られないことに少し安心する。
「…あの、海って呼ばれるの、本当は嫌ですか」
缶を買うときも、何度か呼んでやっと気づいた感じだった。
「別に」
「嫌だったら、無理にその、教えてもらって、済まなかったと…」
あれだけしつこくして、追いかけて、自分でも今更だと思う。
けれど、気になるし、それを申し訳なくも思う。
相手はただ黙っていて、怒っているのか、いないのかも分からない。
「いえ」
何でもなさそうに、黒い上着を羽織って背を向ける。
「番号で呼ぶよりはと思ったんだけど、…ちゃんとした名前とか、もし他に何かあったら…」
「何も」
「え」
「記憶無いんです。名前は知らない」
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