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奴隷のオークとヘタレな相棒
第一話 奴隷
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『アーヴァイン・ブルダン戦争』が終結してから、五十年もの月日が流れた。三十路の仲間入りを果たしたばかりの俺が産まれるより、ずっと昔の話である。
人間の国『アーヴァイン』と、亜人の国『ブルダン』が、百年もの時を経て争っていた。何故戦争が起こったのか、何故戦争が百年も続いたのか、教養のない俺には分からない。そもそも、歴史は人間にとって都合のいい様に捻じ曲げられているはずなので、教わったところで何の意味もない。分かっているのは、アーヴァインが勝利し、ブルダンが滅亡したこと。そして、数多くの亜人が、人間の奴隷になったこと。ただ、それだけだ。
現在、アーヴァインに住む亜人は、一人残らず奴隷である。それはアーヴァインの法律によって定められており、例外は認められていない。また、奴隷は国外に移動することも許されていない。そのため、奴隷を所有している人間が国外に引っ越そうとした場合、奴隷は他人に譲るか、奴隷商館に売るか、あるいは殺すかなどして、処分する必要がある。主人がどの様な選択をしたとしても、奴隷はそれに逆らうことができない。それほどまでに、奴隷には人権がないのだ。
俺の祖父母は父方、母方ともに兵士だったそうだが、戦争後は亜人の例に漏れず奴隷となり、死ぬまで人間に扱き使われたと聞いている。母は種族どころか顔すら知らないが、奴隷商人の命令により、オークである俺の父と交配させられ、俺と弟を出産してから間もなく亡くなったそうだ。父は鉱山奴隷、弟に至っては現在何処で何をしているのか、そもそも生きているかどうかさえ分からない。
俺が家族を助けたくとも、同じく奴隷の身分である俺には、どうすることもできない。それが俺の、亜人としての運命なのだーー
俺は産まれてからずっと、アーヴァインの北西にある奴隷商館で暮らしてきた。戦闘奴隷である俺は、普段は訓練場で身体を鍛え、顧客にレンタルされるのを待つ。俺をレンタルするのは大抵、傭兵か冒険者である。傭兵は主に、盗賊や山賊、人間に刃向かう亜人などを狩ることに特化した職業だ。冒険者は傭兵の仕事に加え、魔物の退治や要人の護衛、その他雑用を行うこともある。傭兵は『スペシャリスト』、冒険者は『なんでも屋』といったところか。俺は主に、敵と戦う際の壁役として雇われることが多かった。
ちなみに、奴隷は『隷属の首輪』により、主人の命令には絶対服従である。「指名手配されていない人間の殺害」など一部強要できないものはあるが、主人が命令を下すと隷属の首輪が白く光り、本人の意思に関係なく身体が勝手に動く。そこで無理に命令に逆らおうとしたり、主人に殺意を向けただけでも首輪が絞まり、なおも反抗し続けると首が切断される仕組みになっている。そのため、人間の命令により、不本意ながらも同族を殺してきたことなど、一度や二度ではない。もちろん、最初は抵抗があったが、二十年以上も他人の命を奪い続けているうちに次第に感覚が麻痺し、今ではもう何とも思わなくなった。敵を見つけては倒す、ただそれだけである。
(しかし、この生活ももう長くは続かないだろうーー)
左腕と右足に僅かに残る鈍い痛みに、思わず顔を顰める。五年ほど前、アーヴァインの北方に位置するハヌマ山脈に巣食っていた山賊との戦いで、俺は大怪我を負った。その時の傷が、今でも思い出さんとばかりに疼いている。長い療養を経て回復はしたものの、俺の持ち味であった「力任せに斧を振り回し、一網打尽にする」といった戦い方はもうできない。そのうち、怪我の後遺症と、加齢による体力の衰えにより、戦闘奴隷としての価値はなくなるだろう。あるいは、敵に隙を突かれ、討ち死にするかーー
俺に魅力があれば、性奴隷としての需要はあったかもしれない。しかし、俺は亜人の中でもオークと呼ばれる種族である。燻んだ緑色の肌に、全身がゴツゴツとした筋肉に覆われた抱き心地の良くない身体、そして豚とゴリラを足して二で割った様な醜い顔。そんなオークを性奴隷にする者がこの世に存在するとは、到底思えない。
それに、オークは戦争中に人間の女を捕らえては、強姦・輪姦して回ったとして、畏怖や侮蔑の目を向けられることが多い。もちろん、戦争中の出来事は人間の手により情報操作されている可能性も充分考えられるが、その真偽に関わらず「オークが人間から特に嫌われている」という事実は変わらない。もし隷属の首輪が存在していなかったとしたら、オークはとっくの昔に滅ぼされていただろう。
そう遠くない未来、俺は間違いなく始末ーー殺処分される。しかし、ここで泣き叫んだところで、その結末が変わることはない。寧ろ、迷惑であると早々に切り捨てられてしまう可能性すらある。どれだけ底辺を這いつくばる人生であろうとも、人並みに生存本能のある自分が忌々しい。俺はそう自己嫌悪に浸りながら、来るべき終わりへと向かって、日々を粛々と過ごしていた。
三十一歳の誕生日を迎えた。俺の誕生日を祝ってくれる奴隷商人や奴隷仲間など誰一人として存在しないため、俺の心の中だけで密かに祝う。遠い何処かの地で、父と弟が祝福してくれていることを願った。
それから、一ヶ月ほど経った或る日。俺はいつも通り、日課である訓練を終え、小さな檻の中で夕食の時を待っていた。奴隷の食事は大抵質素なものだが、体が資本の戦闘奴隷は、他の奴隷よりも豪華である。それでも、大柄で大飯食らいのオークにとっては、全然足りる量ではないのだが。それに、何の肉か分からない臭い干し肉に、硬い黒パン、野菜や果物の皮などと、到底楽しめるものではなく、寧ろ食べるのが苦痛ですらあった。
毛布も枕も無い簡素なベッドに座りながら、檻の向こう側をぼんやりと眺めていると、俺のいる奴隷収容施設の入口から複数の足音がコツコツと響いてきた。夕食の時間にはまだ早いし、それに夕食の場合は奴隷商人か警備の人間が一人で持ってくる。奴隷が暴れたり、病気になったなどのトラブルがあったわけでもない。ということはおそらく、奴隷商館に来た客を、店主が案内しているのだろう。
このフロアに収容されているのは、戦闘奴隷のみである。性奴隷であれば、客が直接好みの奴隷を選ぶ必要があるのだが、戦闘奴隷や雑用奴隷をレンタルする場合、奴隷が収容されている施設に客が直接来なくとも、応接室で要望を聞いて、店主が適当に見繕えばいい。つまり、今回の客は戦闘奴隷を購入しに来たものと思われる。亜人といえど、奴隷は決して安くはない。そのため、客が直接奴隷を見て回り、品定めする必要があるのだ。
「さて、こちらのフロアにおりますのが、戦闘奴隷ですな。裏庭で訓練させたり、お客様にレンタルして実践経験を積ませたりしておりますので、即戦力として期待できますな。冒険者でたとえますと、そうですな。少なくともブロンズ、強い者ならゴールド相当の実力はありますな」
「なるほど。つまり、実力によって値段が変わってくるということか」
「それもありますが、それより種族や見た目によるものが大きいですな」
「見た目? 戦闘奴隷なのに、見た目が求められるのか?」
「えぇ、お客様がお買い求めになる際は、そうですな。いくら戦闘力を求められるとはいえ、ゴツくて不細工なゴブリンやオークなんかより、才色兼備のエルフや、見た目が可愛いドワーフなどと一緒にパーティーを組んで戦いたいと思うのが、人間の性というものですな。戦闘奴隷ではありながら、房事を兼ねることも珍しくないですしな。ですので、ゴールドランクのゴブリンとブロンズランクのエルフを並べても、エルフの方が値段が高くなる場合が殆どですな」
二人の男の話し声が、フロア中に響き渡る。一つは聞き慣れた、この奴隷商館の店主の、下品で耳障りな濁声。そしてもう一つは、ハスキーで若干ドスがかかっているものの、ハキハキして聞き取りやすい声。後者は聞き覚えのない声であるため、おそらく新規の客だろう。
「そうか……ゴブリンやオークは基本、安く買えるのか」
「左様でございますな」
店主はクックックッと喉の奥で笑う。声だけでなく顔自体も下品な店主が、ニヤけながら話しているのが、容易に想像できる。
「それでは、戦闘奴隷を見て参りましょう。私に付いてきてくだされ」
店主は戦闘奴隷を一人ずつ、簡単に説明して回る。「こいつは狼男で戦闘力は高いが、満月の夜になると暴走するので、そのときは首輪に命令して首を締めると大人しくなる」だとか「このエルフは輝く銀色の長髪に透き通る様な肌で美しく、さらに数々の魔法を使えるので狙っている客は多いが、『隷属の首輪』を以てしても反抗的であるほどプライドが非常に高いため、その時は食事を減らせば言うことを聞く様になる」だとか「リザードマンは陸上だけでなく、水中でも自由自在に動けるので、戦い方によってはアドバンテージを取ることができるが、戦闘奴隷のクセに気が弱いため、鞭を打って気を奮い立たせる必要がある」だとか、常に余計な一言を添えて。
暫くして、二人は俺の檻の前で足を止めた。店主はジロリと侮蔑のこもった目を向けてくるが、もう一人の男は何故か親しげな目で俺の顔を見つめている。澄んだ蒼色の瞳に一瞬心を奪われるが、それ以上に派手を通り越して奇抜な格好が印象的である。
この国では非常に珍しい黒髪を、赤いヘッドバンドで逆立てている。そして耳や首、手の指に数々のアクセサリーをジャラジャラと付けた男の姿は、かつて戦ってきた盗賊や山賊を連想させるほど非常に柄が悪い。上半身裸の上に羽織っているノースリーブの黒いジャケットは、前を開放したまま。その隙間から覗き見える厚い胸板の上に生えた黒い胸毛が、一層ワイルドな雰囲気を醸し出している。身体を守るための防具は、肩当てと籠手、脛当て程度しか身に付けていない。センスの善し悪し以前に、とにかく「野蛮そう」である。それが、この男の第一印象であった。
一方、店主はチビでデブでハゲという、オークほどではないにしろ、いかにも女性に嫌われそうな風貌をしている。ゆったりとしたオリーブ色のローブに、同じくオリーブ色のツバ付き帽子を被ることで、デブとハゲを隠そうと試みている様だが、今一つごまかし切れていない様だ。これでニ児の父というのが驚きだが、亜人を扱う奴隷商人は儲かるといわれているため、おそらく財力にものをいわせているのだろう。
「こいつはオークですな。ご覧の通り、戦斧やハルバード、大槌などといった、重量のある武器を軽々と持ち上げるほどの筋肉がありますな。戦闘だけでなく、普段の力仕事も任せることができますな」
レンタルでさえ最前線で戦わされるほど過酷に扱われるため、もし専属の奴隷として購入された場合、おそらく過労死するまで馬車馬の如く働かされるだろう。特に、目の前にいる強面の男は、見るからに人使いが荒そうである。
「まぁ、筋肉以外に取り柄はないですが、それでもシルバーランク相当の実力はありますな。性格も謹厳実直ですので、オークという点を除けば、いい奴隷ではありますな。えぇ、オークという点を除けば、ですな」
本当に一言多い。この店主は、俺が売れるとは微塵も思っていない様だ。まぁ、俺自身も全く思っていないが。それに、いくら客商売とはいえ、人間が亜人を見下す様な発言をすること自体は、この国では別におかしくはない。
それよりも、店主が俺の紹介をしている間じゅうずっと、俺の頭の天辺から足の爪先までをじろじろと見てくるこの男が、気になって仕方がない。奴隷の正装スタイルとして腰蓑一丁であり、髪や眉含めて毛一本すら生えていないオークの全身を、まるで視線で舐め回すかの様である。普段は他人に見られても何とも思わないし、実際に他の客から同じ様に見られた時も平気だったのだが、この蒼く澄んだ瞳で身体を見られると妙に落ち着かないのだ。
「……すまねぇ。流石に不躾だった」
居心地悪くしている俺に気付いたのか、男はばつが悪そうに視線を逸らした。傍若無人で慇懃無礼そうな見た目に反し、奴隷で亜人の俺に対して素直に謝ってきた男に、内心驚く。店主も一瞬驚いていたが、すぐに俺のことはもうどうでもいいといわんばかりに、次の奴隷へと案内しようと足を動かし始めた。
「さて次は、亜人の中でも特に珍しい、フルフェイスの虎獣人でして……」
しかし、足を一歩踏み出そうとした店主を、男が即座に制した。
「ちょっと待ってくれ、店主。このオークと少し話がしたい」
店主はくるりと男の方に顔を向けると、少し意外そうな目で男を見やった。だが、奴隷商人という職業柄、人を見る目だけは確かである店主は、男の真剣な様子に何かを察したらしい。すぐに営業スマイルを浮かべ、男の方に向き直った。
「おや、このオークが気になりましたかな。なるほど、なるほど。もちろん、いいですとも。テッセン、お客様の相手をしなさい」
店主の指示に、俺は立ち上がり、男の元へと歩み寄る。そして、灰色の無機質な柵を挟んで向かい合う。男は俺より頭一つ分ほど身長が低いため、自然と見下ろす形になった。だが、この男は俺より確実に強い。本能がそう警告している。
「テッセン、それがお前の名前で間違いないんだな? 俺はティクロ。ティクロ・オゼンジー。先週、プラチナランクに昇格したばかりの冒険者だ」
ティクロと名乗った男は、懐から長方形のカードを取り出し、俺に見せる。別に客が奴隷に名乗る必要はないのだが、俺の名前を知ったのだから、自分も名乗るべきだと思ったのだろう。先ほど、奴隷である俺に謝罪したことといい、見た目に反して律儀な男である。
ちなみに、男が手にしているカードはおそらく冒険者のライセンスであると思われるが、識字能力のない俺にはカードに何が書かれているのか、さっぱり分からない。だが、カードが白金に輝いていることから、この男が自己申告した通り、プラチナランクであることは間違いない。冒険者のランクは低い順にペーパー、ウッド、ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、ダイヤモンド、マスター、レジェンドとなっており、プラチナでベテラン、ダイヤモンドで一流と言われている。この男はまだ二十代後半から三十代前半に見えるが、それでベテランとはーー相当努力したのか、はたまた天才肌なのか分からないが、大物であることには変わりないだろう。
「俺はテッセン。テッセン・オーグマーだ。それで、俺に話とは一体何だ?」
プラチナランクである男が、一介の奴隷である俺に用があるとは思えない。怪しいというより、純粋に訳が分からなかった。
「オーグマー……オッケー、分かった。ではテッセン、お前に二つほど、聞きてぇことがある」
男は右手の人差し指で、自分の目を指し示す。男の目を見ろという合図なのだろうか。宝石の様に磨かれた蒼い瞳に、思わず吸い込まれそうになる。
「まず一つ、お前のそのオッドアイは本物か? それって、遺伝によるものなのか?」
オッドアイとは一体何だろうか。俺が返答に詰まっている理由を正確に読み取った男は、自分の両目を交互に指差した。
「左右で違う色をした目のことだ。お前の右目はオークでよく見られる黒曜色だが、左目はルビーの様な真紅色だろ?」
そういえば、かつて奴隷仲間だったオークに、俺の目の色を指摘されたことがあった。「片目が充血しているが、何かの病気か?」と聞かれても、自分の顔をまじまじと見たことがなかったので、その時までは自分の目の色など知りもしなかったのだ。だが、俺には思い当たる節があったため、そのことを素直に伝えたのを、今でも覚えている。今回も特に隠す必要がないため、正直に答えることにした。
「あぁ、そうだ。おそらく、遺伝によるものだ。父と弟も、同じ色をしている」
遠い記憶の片隅に微かに残っている、父や弟とともに過ごしたひと時。彼らの姿形は思い出せないが、黒と赤の瞳だけは鮮明に覚えていた。
「父と弟か……なるほどな」
男は納得した様に頷く。その質問に何の意味があったのかは分からないが、男はさっさと次の質問に移った。
「では、もう一つ。テッセン、お前の左腕と右脚、もしかして怪我か何かしてんじゃねぇのか?」
(…………!!)
図星を指され、俺は思わず顔を強張らせてしまう。なるべく気付かれない様に振る舞っていたつもりだったのだが、男にはお見通しだった様だ。俺の身体をじろじろと見ていた時に見抜いたのか、あるいは俺が呼ばれて近付いた時の動きで勘付いたのか。これが、プラチナランクの冒険者の洞察力というものなのだろうかーー
何も言えないでいる俺の様子に、店主は額から滝の様な汗を流し、俺の代わりに弁明する。
「テ、テッセンは昔、レンタルで山賊討伐に行った時に、左腕と右脚を故障してしまいましてな。とりあえず治ってはいるのですが、それでも以前の様な力はもう発揮することはできないですな。日常生活や力仕事をする分には問題ないのですが、もし故障さえしていなければ、ゴールドランクの中でも上位の実力を持っていたところですな」
「山賊討伐か……やっぱりな。こんな立派な戦士然としたオークが、どうりでシルバーランク相当なわけだ」
男の声色は特に俺を責めるものではない様だが、それでも後ろめたい気持ちがないわけではない。それは奴隷を商品として扱う店主としても同様である。客を騙し、粗悪品を売りつける様な店であると悪評が広まれば、商売が成り立たなくなるからだ。信用を築くのには時間がかかるが、信用を失うのは一瞬である。また、一度失った信用を回復するためには、最初から築き上げるよりも、さらなる労力と時間が必要となるだろう。それくらいは、いくら頭の悪い俺でも理解できる。
「ご購入の際には、あらかじめ説明するつもりでしたので、隠すつもりではなかったのですが。事後報告の様な形になってしまい、本当に申し訳ないですな」
そう言い、店主は深々と頭を下げた。かなり言い訳じみてはいるのだが、男は特に気にした様子もなく、店主の頭を上げさせる。
「別に構わねぇよ。俺としても、ただはっきりさせたかっただけだしな」
店主はほっと胸を撫で下ろす。不安と恐怖に濁っていた店主の瞳は、頭を上げた時にはもう既に爛々と輝いていた。この目には見覚えがある。商談の成立が確定したときの目だ。
「そう言っていただけると何よりですな。それでは、テッセンはーー!」
店主の言葉に、男は頷く。決意に満ちた目を俺に向け、そして凛とした声で宣言した。
「あぁ、そうだ。テッセン・オーグマー、お前を購入しようと思う」
男の目は、嘘をついている様には見えない。
しかし、男の言葉は嘘をついているとしか思えない。というより、信じられない。
プラチナランクの冒険者であれば、オークである俺より、もっと見た目の良い奴隷を購入することもできるだろう。性奴隷でなくとも、見た目の良い戦闘奴隷など、いくらでもいる。たとえ見た目に拘らないタイプだとしても、せめてオークやゴブリンは避けるだろう。
それに、唯一のアピールポイントである戦闘力についても、左腕と右脚の故障により、満足に戦えない。ブロンズやシルバーならともかく、プラチナランクであるこの男の足手纏いになるのは目に見えている。たとえ奴隷を購入する予算を少なく見積もり過ぎていたのだとしても、わざわざ俺の様な不良品を購入する理由が分からない。
しかし、店主は男の表情を見て何か気付いたのだろう。敢えて何も聞かず、寧ろ嫌らしいほどに満面の笑みを浮かべていた。
「ありがとうございます。では早速、契約に移らせていただきーー」
「ちょっと待った! その前に、テッセン。お前の気持ちを聞きたい」
いそいそと契約の準備に取り掛かろうと動き出す店主を、男はまたもや即座に制した。店主が踏み出そうとした足を慌てて引っ込めたのを確認すると、男は俺の顔をじっと見つめながら、真剣な表情で言葉を続ける。
「テッセン、お前は俺に買われることに不満はねぇか? いや、俺はお前に仕事を手伝ってほしいと思っているが、もしお前が嫌だって言うんなら、無理強いはしねぇよ」
この男は一体、何を言っているのだろうか。俺は奴隷であり、商品である。主人は奴隷を選べるが、奴隷は主人を選べない。そこに俺の気持ちなど介入できるはずがない。喜んで付いていくというわけではないが、商品としての責務は果たすつもりだ。
「構わん」
俺は短く答える。俺自身の感情など不要だと、そう言外に含ませて。
「……そうか。すまねぇ店主、待たせちまったな」
男は俺から顔を逸らす様に、店主に向き直る。だが、彼の瞳が一瞬、悲しみに揺れたのを、俺は見逃さなかった。何か粗相でもしてしまったのかと内心焦ったが、そのまま何事もなかったかの様に、男は契約を始める。
「いえいえ。では、こちらへどうぞ」
店主は男を誘導し、奴隷を収容する施設から出ていった。まずは店主と客の二人が応接室で契約を行い、書類をまとめてから奴隷を牢から連れ出し、客に引き渡す。それが奴隷を購入するにあたっての、一通りの流れである。
小窓から差し込む夕日が赤みを増し、そろそろ日が沈むであろう頃に書類の作成が終わったらしく、店主に牢から連れ出され、応接室へと向かう。その間、俺達は互いに無言だったが、「長年お世話になった」だとか「別れるのが寂しい」などといった感傷的な気持ちは、一切湧いてこなかった。
応接室には初めて入ったが、そこは俺が今まで見たこともない世界だった。奴隷商館としてのルールなのか、店主の趣味なのかは分からないが、見渡す限りの煌びやかな装飾に、思わず圧倒されてしまう。何かのエンブレムの模様が等間隔に描かれた、派手な群青色の壁。その壁の一面には三つの窓が並んでいるが、防犯のためか、窓は全て面格子付きである。そして、床には小さな花の模様が等間隔に描かれた赤い絨毯が敷かれており、そこには塵一つ落ちていない。部屋の中央には、光沢のある焦茶色の木でできた長方形のテーブルを挟む様に、絨毯より暗い赤色のソファーが二脚、向かい合って設置されている。
他にも、壁には様々な絵画が飾られていたり、壁際にある台の上には高級そうな壺や皿の様な何かが置かれたりしているが、美的感覚のない俺には果たしてそれがセンスの良いものであるのかどうかはよく分からない。それでも、奴隷を収容する牢と比べれば、格段に豪華であることだけは確かである。同じ奴隷商館の中なのに、まるで別世界に迷い込んだかの様だ。
テーブルの奥にあるソファーに座っていた男が、部屋に入ってきた俺達に気付き、こちらに顔を向ける。俺を購入した冒険者、ティクロ様だ。
「お待たせいたしました。お客様がお求めの、テッセン・オーグマーでございます」
俺の姿を確認するや否や、男はスッとソファーから立ち上がり、俺に向かって足早に近付いてきた。実力的にも立場的にも格上の相手が目の前に迫ってくる威圧感に、俺の心は萎縮してしまう。
「さっきも自己紹介したが、俺はティクロ。ティクロ・オゼンジーだ。よろしくな」
そう言い、男が右手をこちらに向けて伸ばしてくる。何かを要求している様だが、生憎俺は腰蓑一丁のみであり、差し出すものは何も持っていない。まさか腰蓑を脱いで渡すわけにもいかないだろう。それに、男の掌が上ではなく横、俺から見て右を向いているのも、 ひどく不自然だ。
俺は何をしたらいいのか分からず、ただ男の右手をじっと見つめていると、目の前の男もまた動揺するかの様に目をぱちくりさせた。
「え、えっと……?」
気まずい空気が流れているところへ、俺の隣にいる店主が苦笑しながら、フォローに入る。
「お客様。本来、主人は奴隷と握手しないものなのですよ。テッセン、お客様の手を握りなさい」
「あ、あぁ。こうか?」
店主に命じられた通り、おそるおそる男の手を握る。だが、どう握ればいいのか分からないため、とりあえず両手で包み込んでみた。骨張ってゴツゴツしているが、オークよりは小さい男の右手は、俺の両手にすっぽりと収まる。俺より高い男の体温と、全ての指に填めているゴツい指輪の固さが、俺の掌に伝わってきた。
「えっ!? ……あ、お、おぅ。ま、まぁ間違ってはいねぇ、かな?」
握手する前よりもさらに動揺していることから察するに、「間違ってはいないが合ってもいない」といったところか。だが、ほんのり顔を赤らめ、頬が緩んでいることから察するに、とりあえず悪い気はしていない様だ。
暫く握っていると、俺の両掌がうっすらと汗で湿ってきたので、相手を不快にさせない様にと、ゆっくり手を離す。だが、男は名残惜しそうに、俺の両手を見つめていた。
(握手とは、汗をかいてでも、時間をかけて手を握るものなのだろうか……?)
そう考えながら、男の寂しそうな顔を眺めていると、奥の扉からコンコンとノックの音が響いてきた。その音に気付いた店主が扉へと向かい、ガチャリとドアノブを回して扉を開ける。扉の外にいた中年男性と短いやりとりをしながら何かを受け取ると、扉を静かに閉め、俺達の元に戻ってきた。
「では最後に、お客様にはこちらをお渡しします」
店主は手に持っていた赤銅色の箱を、男に渡す。先ほど、中年男性から受け取ったものだろう。男は店主からその箱を受け取り、蓋を開けると、中には箱と同じ色の首輪が入っていた。
「なるほど、これが『隷属の首輪』か」
「左様でございますな」
男は首輪を手に取り、くるくると回しながら、デザインや素材を確かめる様に観察した。街中でも奴隷はよく見かけるし、冒険者の中でも奴隷を従えている人間は少なくないので、別段珍しいものでもない。だが、男はまるで物珍しそうな目をしながら、首輪を隅々までじっくりと見ている。未装着のものにでも、興味があるのだろうか。
「では、この首輪に、お客様の『魔力』を込めてくだされ」
男は店主から細かい手順を聞きながら、首輪を握り『魔力』を込める。すると、赤銅色の首輪が、ほんのりと白い光に包まれた。
この世界に生きる者であれば、誰しもが持っているエネルギー、それが『魔力』である。その魔力を使用することで、様々な現象を引き起こすことができる。その現象が、俗に『魔法』と呼ばれているものだ。魔法には様々な種類があるが、その中でも今回使用されるのは『隷属魔法』と呼ばれるものである。奴隷商人があらかじめ首輪に隷属魔法をかけておき、主人となる者がその首輪に魔力を流し込むことで、その首輪を装着した者を服従させることができるという仕組みだ。
男が首輪に魔力を込め始めてから、一分ほど経った頃だろうか。だんだんと大きくなっていった白い光が、突如、強い赤へと変わる。そして、その光は次第に首輪の中へと吸い込まれていった。
「……ふぅ、これでどうだ?」
「えぇ、大丈夫ですな。では、今からテッセンの首輪を外しますので、すぐにこの首輪を付けてくだされ。そうすれば、主従契約は完了しますな」
俺は現在、店主の奴隷となっているため、俺が元々付けている隷属の首輪を店主が外してから、すぐに新しい首輪を俺に装着する。反抗心のある奴隷は、この首輪を付け替えるタイミングで暴れたり、店主や客に危害を与えることもあるらしい。だが、その場合は兵士や傭兵などに取り押さえられ、取引は中止となり、檻の中で再調教されるか、最悪不良品として殺処分される場合もある。よって、少しでも長く生きたければ、ここは大人しく首輪を受け入れるしかない。尤も、目の前にいる強者のオーラを纏った男を前に、反抗する気など微塵も起きないのだが。
俺に付けられた首輪が再び白く光り、首輪から体内へと流れ込んだ魔力が身体中に巡り出す。男の魔力は山賊然とした極悪な見た目に反して、心が安らぐ様に温かい。これで、俺はこの男ーーティクロ様の奴隷となった。
「これでテッセンはお客様のものとなりましたな。それでは念のため、首輪のチェックをいたしますので、何かテッセンに命令をしてみてくだされ」
「め、命令か。命令……」
主人は俺の顔をじっと見つめる。何かを言いたそうにしているが、言うか言わぬべきか考えている様だ。だが、別にそこまで悩まなくても、これからいくらでも俺に命令できるので、ここでは何か適当に命令しておけばいいだけの話なのだが。
店主もそのことに気付いているはずなのに、敢えて指摘せず、傍観を決め込んでいる様だ。プラチナランクの主人に意見するのが怖いのか、それとも別の何かがあるのか、それは分からない。それに、俺に対しては常にゴミを見るかの様な視線を向けていたのに、今はだいぶ緩和されているのも、ひどく不自然である。いくら所有者が変わったとはいえ、奴隷への態度をそこまで改める必要があるのだろうか。
そう思いながら暫く待っていると、主人は意を決したかの様に右手を俺に差し出し、ようやく俺に命令を下した。
「よし、決めた。テッセン……もう一度さっきの様に、俺の手を握ってくれ!」
命令というより、寧ろ懇願である。だが、その言霊とともに、俺の首に巻かれている隷属の首輪が白く光ったのだったーー
人間の国『アーヴァイン』と、亜人の国『ブルダン』が、百年もの時を経て争っていた。何故戦争が起こったのか、何故戦争が百年も続いたのか、教養のない俺には分からない。そもそも、歴史は人間にとって都合のいい様に捻じ曲げられているはずなので、教わったところで何の意味もない。分かっているのは、アーヴァインが勝利し、ブルダンが滅亡したこと。そして、数多くの亜人が、人間の奴隷になったこと。ただ、それだけだ。
現在、アーヴァインに住む亜人は、一人残らず奴隷である。それはアーヴァインの法律によって定められており、例外は認められていない。また、奴隷は国外に移動することも許されていない。そのため、奴隷を所有している人間が国外に引っ越そうとした場合、奴隷は他人に譲るか、奴隷商館に売るか、あるいは殺すかなどして、処分する必要がある。主人がどの様な選択をしたとしても、奴隷はそれに逆らうことができない。それほどまでに、奴隷には人権がないのだ。
俺の祖父母は父方、母方ともに兵士だったそうだが、戦争後は亜人の例に漏れず奴隷となり、死ぬまで人間に扱き使われたと聞いている。母は種族どころか顔すら知らないが、奴隷商人の命令により、オークである俺の父と交配させられ、俺と弟を出産してから間もなく亡くなったそうだ。父は鉱山奴隷、弟に至っては現在何処で何をしているのか、そもそも生きているかどうかさえ分からない。
俺が家族を助けたくとも、同じく奴隷の身分である俺には、どうすることもできない。それが俺の、亜人としての運命なのだーー
俺は産まれてからずっと、アーヴァインの北西にある奴隷商館で暮らしてきた。戦闘奴隷である俺は、普段は訓練場で身体を鍛え、顧客にレンタルされるのを待つ。俺をレンタルするのは大抵、傭兵か冒険者である。傭兵は主に、盗賊や山賊、人間に刃向かう亜人などを狩ることに特化した職業だ。冒険者は傭兵の仕事に加え、魔物の退治や要人の護衛、その他雑用を行うこともある。傭兵は『スペシャリスト』、冒険者は『なんでも屋』といったところか。俺は主に、敵と戦う際の壁役として雇われることが多かった。
ちなみに、奴隷は『隷属の首輪』により、主人の命令には絶対服従である。「指名手配されていない人間の殺害」など一部強要できないものはあるが、主人が命令を下すと隷属の首輪が白く光り、本人の意思に関係なく身体が勝手に動く。そこで無理に命令に逆らおうとしたり、主人に殺意を向けただけでも首輪が絞まり、なおも反抗し続けると首が切断される仕組みになっている。そのため、人間の命令により、不本意ながらも同族を殺してきたことなど、一度や二度ではない。もちろん、最初は抵抗があったが、二十年以上も他人の命を奪い続けているうちに次第に感覚が麻痺し、今ではもう何とも思わなくなった。敵を見つけては倒す、ただそれだけである。
(しかし、この生活ももう長くは続かないだろうーー)
左腕と右足に僅かに残る鈍い痛みに、思わず顔を顰める。五年ほど前、アーヴァインの北方に位置するハヌマ山脈に巣食っていた山賊との戦いで、俺は大怪我を負った。その時の傷が、今でも思い出さんとばかりに疼いている。長い療養を経て回復はしたものの、俺の持ち味であった「力任せに斧を振り回し、一網打尽にする」といった戦い方はもうできない。そのうち、怪我の後遺症と、加齢による体力の衰えにより、戦闘奴隷としての価値はなくなるだろう。あるいは、敵に隙を突かれ、討ち死にするかーー
俺に魅力があれば、性奴隷としての需要はあったかもしれない。しかし、俺は亜人の中でもオークと呼ばれる種族である。燻んだ緑色の肌に、全身がゴツゴツとした筋肉に覆われた抱き心地の良くない身体、そして豚とゴリラを足して二で割った様な醜い顔。そんなオークを性奴隷にする者がこの世に存在するとは、到底思えない。
それに、オークは戦争中に人間の女を捕らえては、強姦・輪姦して回ったとして、畏怖や侮蔑の目を向けられることが多い。もちろん、戦争中の出来事は人間の手により情報操作されている可能性も充分考えられるが、その真偽に関わらず「オークが人間から特に嫌われている」という事実は変わらない。もし隷属の首輪が存在していなかったとしたら、オークはとっくの昔に滅ぼされていただろう。
そう遠くない未来、俺は間違いなく始末ーー殺処分される。しかし、ここで泣き叫んだところで、その結末が変わることはない。寧ろ、迷惑であると早々に切り捨てられてしまう可能性すらある。どれだけ底辺を這いつくばる人生であろうとも、人並みに生存本能のある自分が忌々しい。俺はそう自己嫌悪に浸りながら、来るべき終わりへと向かって、日々を粛々と過ごしていた。
三十一歳の誕生日を迎えた。俺の誕生日を祝ってくれる奴隷商人や奴隷仲間など誰一人として存在しないため、俺の心の中だけで密かに祝う。遠い何処かの地で、父と弟が祝福してくれていることを願った。
それから、一ヶ月ほど経った或る日。俺はいつも通り、日課である訓練を終え、小さな檻の中で夕食の時を待っていた。奴隷の食事は大抵質素なものだが、体が資本の戦闘奴隷は、他の奴隷よりも豪華である。それでも、大柄で大飯食らいのオークにとっては、全然足りる量ではないのだが。それに、何の肉か分からない臭い干し肉に、硬い黒パン、野菜や果物の皮などと、到底楽しめるものではなく、寧ろ食べるのが苦痛ですらあった。
毛布も枕も無い簡素なベッドに座りながら、檻の向こう側をぼんやりと眺めていると、俺のいる奴隷収容施設の入口から複数の足音がコツコツと響いてきた。夕食の時間にはまだ早いし、それに夕食の場合は奴隷商人か警備の人間が一人で持ってくる。奴隷が暴れたり、病気になったなどのトラブルがあったわけでもない。ということはおそらく、奴隷商館に来た客を、店主が案内しているのだろう。
このフロアに収容されているのは、戦闘奴隷のみである。性奴隷であれば、客が直接好みの奴隷を選ぶ必要があるのだが、戦闘奴隷や雑用奴隷をレンタルする場合、奴隷が収容されている施設に客が直接来なくとも、応接室で要望を聞いて、店主が適当に見繕えばいい。つまり、今回の客は戦闘奴隷を購入しに来たものと思われる。亜人といえど、奴隷は決して安くはない。そのため、客が直接奴隷を見て回り、品定めする必要があるのだ。
「さて、こちらのフロアにおりますのが、戦闘奴隷ですな。裏庭で訓練させたり、お客様にレンタルして実践経験を積ませたりしておりますので、即戦力として期待できますな。冒険者でたとえますと、そうですな。少なくともブロンズ、強い者ならゴールド相当の実力はありますな」
「なるほど。つまり、実力によって値段が変わってくるということか」
「それもありますが、それより種族や見た目によるものが大きいですな」
「見た目? 戦闘奴隷なのに、見た目が求められるのか?」
「えぇ、お客様がお買い求めになる際は、そうですな。いくら戦闘力を求められるとはいえ、ゴツくて不細工なゴブリンやオークなんかより、才色兼備のエルフや、見た目が可愛いドワーフなどと一緒にパーティーを組んで戦いたいと思うのが、人間の性というものですな。戦闘奴隷ではありながら、房事を兼ねることも珍しくないですしな。ですので、ゴールドランクのゴブリンとブロンズランクのエルフを並べても、エルフの方が値段が高くなる場合が殆どですな」
二人の男の話し声が、フロア中に響き渡る。一つは聞き慣れた、この奴隷商館の店主の、下品で耳障りな濁声。そしてもう一つは、ハスキーで若干ドスがかかっているものの、ハキハキして聞き取りやすい声。後者は聞き覚えのない声であるため、おそらく新規の客だろう。
「そうか……ゴブリンやオークは基本、安く買えるのか」
「左様でございますな」
店主はクックックッと喉の奥で笑う。声だけでなく顔自体も下品な店主が、ニヤけながら話しているのが、容易に想像できる。
「それでは、戦闘奴隷を見て参りましょう。私に付いてきてくだされ」
店主は戦闘奴隷を一人ずつ、簡単に説明して回る。「こいつは狼男で戦闘力は高いが、満月の夜になると暴走するので、そのときは首輪に命令して首を締めると大人しくなる」だとか「このエルフは輝く銀色の長髪に透き通る様な肌で美しく、さらに数々の魔法を使えるので狙っている客は多いが、『隷属の首輪』を以てしても反抗的であるほどプライドが非常に高いため、その時は食事を減らせば言うことを聞く様になる」だとか「リザードマンは陸上だけでなく、水中でも自由自在に動けるので、戦い方によってはアドバンテージを取ることができるが、戦闘奴隷のクセに気が弱いため、鞭を打って気を奮い立たせる必要がある」だとか、常に余計な一言を添えて。
暫くして、二人は俺の檻の前で足を止めた。店主はジロリと侮蔑のこもった目を向けてくるが、もう一人の男は何故か親しげな目で俺の顔を見つめている。澄んだ蒼色の瞳に一瞬心を奪われるが、それ以上に派手を通り越して奇抜な格好が印象的である。
この国では非常に珍しい黒髪を、赤いヘッドバンドで逆立てている。そして耳や首、手の指に数々のアクセサリーをジャラジャラと付けた男の姿は、かつて戦ってきた盗賊や山賊を連想させるほど非常に柄が悪い。上半身裸の上に羽織っているノースリーブの黒いジャケットは、前を開放したまま。その隙間から覗き見える厚い胸板の上に生えた黒い胸毛が、一層ワイルドな雰囲気を醸し出している。身体を守るための防具は、肩当てと籠手、脛当て程度しか身に付けていない。センスの善し悪し以前に、とにかく「野蛮そう」である。それが、この男の第一印象であった。
一方、店主はチビでデブでハゲという、オークほどではないにしろ、いかにも女性に嫌われそうな風貌をしている。ゆったりとしたオリーブ色のローブに、同じくオリーブ色のツバ付き帽子を被ることで、デブとハゲを隠そうと試みている様だが、今一つごまかし切れていない様だ。これでニ児の父というのが驚きだが、亜人を扱う奴隷商人は儲かるといわれているため、おそらく財力にものをいわせているのだろう。
「こいつはオークですな。ご覧の通り、戦斧やハルバード、大槌などといった、重量のある武器を軽々と持ち上げるほどの筋肉がありますな。戦闘だけでなく、普段の力仕事も任せることができますな」
レンタルでさえ最前線で戦わされるほど過酷に扱われるため、もし専属の奴隷として購入された場合、おそらく過労死するまで馬車馬の如く働かされるだろう。特に、目の前にいる強面の男は、見るからに人使いが荒そうである。
「まぁ、筋肉以外に取り柄はないですが、それでもシルバーランク相当の実力はありますな。性格も謹厳実直ですので、オークという点を除けば、いい奴隷ではありますな。えぇ、オークという点を除けば、ですな」
本当に一言多い。この店主は、俺が売れるとは微塵も思っていない様だ。まぁ、俺自身も全く思っていないが。それに、いくら客商売とはいえ、人間が亜人を見下す様な発言をすること自体は、この国では別におかしくはない。
それよりも、店主が俺の紹介をしている間じゅうずっと、俺の頭の天辺から足の爪先までをじろじろと見てくるこの男が、気になって仕方がない。奴隷の正装スタイルとして腰蓑一丁であり、髪や眉含めて毛一本すら生えていないオークの全身を、まるで視線で舐め回すかの様である。普段は他人に見られても何とも思わないし、実際に他の客から同じ様に見られた時も平気だったのだが、この蒼く澄んだ瞳で身体を見られると妙に落ち着かないのだ。
「……すまねぇ。流石に不躾だった」
居心地悪くしている俺に気付いたのか、男はばつが悪そうに視線を逸らした。傍若無人で慇懃無礼そうな見た目に反し、奴隷で亜人の俺に対して素直に謝ってきた男に、内心驚く。店主も一瞬驚いていたが、すぐに俺のことはもうどうでもいいといわんばかりに、次の奴隷へと案内しようと足を動かし始めた。
「さて次は、亜人の中でも特に珍しい、フルフェイスの虎獣人でして……」
しかし、足を一歩踏み出そうとした店主を、男が即座に制した。
「ちょっと待ってくれ、店主。このオークと少し話がしたい」
店主はくるりと男の方に顔を向けると、少し意外そうな目で男を見やった。だが、奴隷商人という職業柄、人を見る目だけは確かである店主は、男の真剣な様子に何かを察したらしい。すぐに営業スマイルを浮かべ、男の方に向き直った。
「おや、このオークが気になりましたかな。なるほど、なるほど。もちろん、いいですとも。テッセン、お客様の相手をしなさい」
店主の指示に、俺は立ち上がり、男の元へと歩み寄る。そして、灰色の無機質な柵を挟んで向かい合う。男は俺より頭一つ分ほど身長が低いため、自然と見下ろす形になった。だが、この男は俺より確実に強い。本能がそう警告している。
「テッセン、それがお前の名前で間違いないんだな? 俺はティクロ。ティクロ・オゼンジー。先週、プラチナランクに昇格したばかりの冒険者だ」
ティクロと名乗った男は、懐から長方形のカードを取り出し、俺に見せる。別に客が奴隷に名乗る必要はないのだが、俺の名前を知ったのだから、自分も名乗るべきだと思ったのだろう。先ほど、奴隷である俺に謝罪したことといい、見た目に反して律儀な男である。
ちなみに、男が手にしているカードはおそらく冒険者のライセンスであると思われるが、識字能力のない俺にはカードに何が書かれているのか、さっぱり分からない。だが、カードが白金に輝いていることから、この男が自己申告した通り、プラチナランクであることは間違いない。冒険者のランクは低い順にペーパー、ウッド、ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、ダイヤモンド、マスター、レジェンドとなっており、プラチナでベテラン、ダイヤモンドで一流と言われている。この男はまだ二十代後半から三十代前半に見えるが、それでベテランとはーー相当努力したのか、はたまた天才肌なのか分からないが、大物であることには変わりないだろう。
「俺はテッセン。テッセン・オーグマーだ。それで、俺に話とは一体何だ?」
プラチナランクである男が、一介の奴隷である俺に用があるとは思えない。怪しいというより、純粋に訳が分からなかった。
「オーグマー……オッケー、分かった。ではテッセン、お前に二つほど、聞きてぇことがある」
男は右手の人差し指で、自分の目を指し示す。男の目を見ろという合図なのだろうか。宝石の様に磨かれた蒼い瞳に、思わず吸い込まれそうになる。
「まず一つ、お前のそのオッドアイは本物か? それって、遺伝によるものなのか?」
オッドアイとは一体何だろうか。俺が返答に詰まっている理由を正確に読み取った男は、自分の両目を交互に指差した。
「左右で違う色をした目のことだ。お前の右目はオークでよく見られる黒曜色だが、左目はルビーの様な真紅色だろ?」
そういえば、かつて奴隷仲間だったオークに、俺の目の色を指摘されたことがあった。「片目が充血しているが、何かの病気か?」と聞かれても、自分の顔をまじまじと見たことがなかったので、その時までは自分の目の色など知りもしなかったのだ。だが、俺には思い当たる節があったため、そのことを素直に伝えたのを、今でも覚えている。今回も特に隠す必要がないため、正直に答えることにした。
「あぁ、そうだ。おそらく、遺伝によるものだ。父と弟も、同じ色をしている」
遠い記憶の片隅に微かに残っている、父や弟とともに過ごしたひと時。彼らの姿形は思い出せないが、黒と赤の瞳だけは鮮明に覚えていた。
「父と弟か……なるほどな」
男は納得した様に頷く。その質問に何の意味があったのかは分からないが、男はさっさと次の質問に移った。
「では、もう一つ。テッセン、お前の左腕と右脚、もしかして怪我か何かしてんじゃねぇのか?」
(…………!!)
図星を指され、俺は思わず顔を強張らせてしまう。なるべく気付かれない様に振る舞っていたつもりだったのだが、男にはお見通しだった様だ。俺の身体をじろじろと見ていた時に見抜いたのか、あるいは俺が呼ばれて近付いた時の動きで勘付いたのか。これが、プラチナランクの冒険者の洞察力というものなのだろうかーー
何も言えないでいる俺の様子に、店主は額から滝の様な汗を流し、俺の代わりに弁明する。
「テ、テッセンは昔、レンタルで山賊討伐に行った時に、左腕と右脚を故障してしまいましてな。とりあえず治ってはいるのですが、それでも以前の様な力はもう発揮することはできないですな。日常生活や力仕事をする分には問題ないのですが、もし故障さえしていなければ、ゴールドランクの中でも上位の実力を持っていたところですな」
「山賊討伐か……やっぱりな。こんな立派な戦士然としたオークが、どうりでシルバーランク相当なわけだ」
男の声色は特に俺を責めるものではない様だが、それでも後ろめたい気持ちがないわけではない。それは奴隷を商品として扱う店主としても同様である。客を騙し、粗悪品を売りつける様な店であると悪評が広まれば、商売が成り立たなくなるからだ。信用を築くのには時間がかかるが、信用を失うのは一瞬である。また、一度失った信用を回復するためには、最初から築き上げるよりも、さらなる労力と時間が必要となるだろう。それくらいは、いくら頭の悪い俺でも理解できる。
「ご購入の際には、あらかじめ説明するつもりでしたので、隠すつもりではなかったのですが。事後報告の様な形になってしまい、本当に申し訳ないですな」
そう言い、店主は深々と頭を下げた。かなり言い訳じみてはいるのだが、男は特に気にした様子もなく、店主の頭を上げさせる。
「別に構わねぇよ。俺としても、ただはっきりさせたかっただけだしな」
店主はほっと胸を撫で下ろす。不安と恐怖に濁っていた店主の瞳は、頭を上げた時にはもう既に爛々と輝いていた。この目には見覚えがある。商談の成立が確定したときの目だ。
「そう言っていただけると何よりですな。それでは、テッセンはーー!」
店主の言葉に、男は頷く。決意に満ちた目を俺に向け、そして凛とした声で宣言した。
「あぁ、そうだ。テッセン・オーグマー、お前を購入しようと思う」
男の目は、嘘をついている様には見えない。
しかし、男の言葉は嘘をついているとしか思えない。というより、信じられない。
プラチナランクの冒険者であれば、オークである俺より、もっと見た目の良い奴隷を購入することもできるだろう。性奴隷でなくとも、見た目の良い戦闘奴隷など、いくらでもいる。たとえ見た目に拘らないタイプだとしても、せめてオークやゴブリンは避けるだろう。
それに、唯一のアピールポイントである戦闘力についても、左腕と右脚の故障により、満足に戦えない。ブロンズやシルバーならともかく、プラチナランクであるこの男の足手纏いになるのは目に見えている。たとえ奴隷を購入する予算を少なく見積もり過ぎていたのだとしても、わざわざ俺の様な不良品を購入する理由が分からない。
しかし、店主は男の表情を見て何か気付いたのだろう。敢えて何も聞かず、寧ろ嫌らしいほどに満面の笑みを浮かべていた。
「ありがとうございます。では早速、契約に移らせていただきーー」
「ちょっと待った! その前に、テッセン。お前の気持ちを聞きたい」
いそいそと契約の準備に取り掛かろうと動き出す店主を、男はまたもや即座に制した。店主が踏み出そうとした足を慌てて引っ込めたのを確認すると、男は俺の顔をじっと見つめながら、真剣な表情で言葉を続ける。
「テッセン、お前は俺に買われることに不満はねぇか? いや、俺はお前に仕事を手伝ってほしいと思っているが、もしお前が嫌だって言うんなら、無理強いはしねぇよ」
この男は一体、何を言っているのだろうか。俺は奴隷であり、商品である。主人は奴隷を選べるが、奴隷は主人を選べない。そこに俺の気持ちなど介入できるはずがない。喜んで付いていくというわけではないが、商品としての責務は果たすつもりだ。
「構わん」
俺は短く答える。俺自身の感情など不要だと、そう言外に含ませて。
「……そうか。すまねぇ店主、待たせちまったな」
男は俺から顔を逸らす様に、店主に向き直る。だが、彼の瞳が一瞬、悲しみに揺れたのを、俺は見逃さなかった。何か粗相でもしてしまったのかと内心焦ったが、そのまま何事もなかったかの様に、男は契約を始める。
「いえいえ。では、こちらへどうぞ」
店主は男を誘導し、奴隷を収容する施設から出ていった。まずは店主と客の二人が応接室で契約を行い、書類をまとめてから奴隷を牢から連れ出し、客に引き渡す。それが奴隷を購入するにあたっての、一通りの流れである。
小窓から差し込む夕日が赤みを増し、そろそろ日が沈むであろう頃に書類の作成が終わったらしく、店主に牢から連れ出され、応接室へと向かう。その間、俺達は互いに無言だったが、「長年お世話になった」だとか「別れるのが寂しい」などといった感傷的な気持ちは、一切湧いてこなかった。
応接室には初めて入ったが、そこは俺が今まで見たこともない世界だった。奴隷商館としてのルールなのか、店主の趣味なのかは分からないが、見渡す限りの煌びやかな装飾に、思わず圧倒されてしまう。何かのエンブレムの模様が等間隔に描かれた、派手な群青色の壁。その壁の一面には三つの窓が並んでいるが、防犯のためか、窓は全て面格子付きである。そして、床には小さな花の模様が等間隔に描かれた赤い絨毯が敷かれており、そこには塵一つ落ちていない。部屋の中央には、光沢のある焦茶色の木でできた長方形のテーブルを挟む様に、絨毯より暗い赤色のソファーが二脚、向かい合って設置されている。
他にも、壁には様々な絵画が飾られていたり、壁際にある台の上には高級そうな壺や皿の様な何かが置かれたりしているが、美的感覚のない俺には果たしてそれがセンスの良いものであるのかどうかはよく分からない。それでも、奴隷を収容する牢と比べれば、格段に豪華であることだけは確かである。同じ奴隷商館の中なのに、まるで別世界に迷い込んだかの様だ。
テーブルの奥にあるソファーに座っていた男が、部屋に入ってきた俺達に気付き、こちらに顔を向ける。俺を購入した冒険者、ティクロ様だ。
「お待たせいたしました。お客様がお求めの、テッセン・オーグマーでございます」
俺の姿を確認するや否や、男はスッとソファーから立ち上がり、俺に向かって足早に近付いてきた。実力的にも立場的にも格上の相手が目の前に迫ってくる威圧感に、俺の心は萎縮してしまう。
「さっきも自己紹介したが、俺はティクロ。ティクロ・オゼンジーだ。よろしくな」
そう言い、男が右手をこちらに向けて伸ばしてくる。何かを要求している様だが、生憎俺は腰蓑一丁のみであり、差し出すものは何も持っていない。まさか腰蓑を脱いで渡すわけにもいかないだろう。それに、男の掌が上ではなく横、俺から見て右を向いているのも、 ひどく不自然だ。
俺は何をしたらいいのか分からず、ただ男の右手をじっと見つめていると、目の前の男もまた動揺するかの様に目をぱちくりさせた。
「え、えっと……?」
気まずい空気が流れているところへ、俺の隣にいる店主が苦笑しながら、フォローに入る。
「お客様。本来、主人は奴隷と握手しないものなのですよ。テッセン、お客様の手を握りなさい」
「あ、あぁ。こうか?」
店主に命じられた通り、おそるおそる男の手を握る。だが、どう握ればいいのか分からないため、とりあえず両手で包み込んでみた。骨張ってゴツゴツしているが、オークよりは小さい男の右手は、俺の両手にすっぽりと収まる。俺より高い男の体温と、全ての指に填めているゴツい指輪の固さが、俺の掌に伝わってきた。
「えっ!? ……あ、お、おぅ。ま、まぁ間違ってはいねぇ、かな?」
握手する前よりもさらに動揺していることから察するに、「間違ってはいないが合ってもいない」といったところか。だが、ほんのり顔を赤らめ、頬が緩んでいることから察するに、とりあえず悪い気はしていない様だ。
暫く握っていると、俺の両掌がうっすらと汗で湿ってきたので、相手を不快にさせない様にと、ゆっくり手を離す。だが、男は名残惜しそうに、俺の両手を見つめていた。
(握手とは、汗をかいてでも、時間をかけて手を握るものなのだろうか……?)
そう考えながら、男の寂しそうな顔を眺めていると、奥の扉からコンコンとノックの音が響いてきた。その音に気付いた店主が扉へと向かい、ガチャリとドアノブを回して扉を開ける。扉の外にいた中年男性と短いやりとりをしながら何かを受け取ると、扉を静かに閉め、俺達の元に戻ってきた。
「では最後に、お客様にはこちらをお渡しします」
店主は手に持っていた赤銅色の箱を、男に渡す。先ほど、中年男性から受け取ったものだろう。男は店主からその箱を受け取り、蓋を開けると、中には箱と同じ色の首輪が入っていた。
「なるほど、これが『隷属の首輪』か」
「左様でございますな」
男は首輪を手に取り、くるくると回しながら、デザインや素材を確かめる様に観察した。街中でも奴隷はよく見かけるし、冒険者の中でも奴隷を従えている人間は少なくないので、別段珍しいものでもない。だが、男はまるで物珍しそうな目をしながら、首輪を隅々までじっくりと見ている。未装着のものにでも、興味があるのだろうか。
「では、この首輪に、お客様の『魔力』を込めてくだされ」
男は店主から細かい手順を聞きながら、首輪を握り『魔力』を込める。すると、赤銅色の首輪が、ほんのりと白い光に包まれた。
この世界に生きる者であれば、誰しもが持っているエネルギー、それが『魔力』である。その魔力を使用することで、様々な現象を引き起こすことができる。その現象が、俗に『魔法』と呼ばれているものだ。魔法には様々な種類があるが、その中でも今回使用されるのは『隷属魔法』と呼ばれるものである。奴隷商人があらかじめ首輪に隷属魔法をかけておき、主人となる者がその首輪に魔力を流し込むことで、その首輪を装着した者を服従させることができるという仕組みだ。
男が首輪に魔力を込め始めてから、一分ほど経った頃だろうか。だんだんと大きくなっていった白い光が、突如、強い赤へと変わる。そして、その光は次第に首輪の中へと吸い込まれていった。
「……ふぅ、これでどうだ?」
「えぇ、大丈夫ですな。では、今からテッセンの首輪を外しますので、すぐにこの首輪を付けてくだされ。そうすれば、主従契約は完了しますな」
俺は現在、店主の奴隷となっているため、俺が元々付けている隷属の首輪を店主が外してから、すぐに新しい首輪を俺に装着する。反抗心のある奴隷は、この首輪を付け替えるタイミングで暴れたり、店主や客に危害を与えることもあるらしい。だが、その場合は兵士や傭兵などに取り押さえられ、取引は中止となり、檻の中で再調教されるか、最悪不良品として殺処分される場合もある。よって、少しでも長く生きたければ、ここは大人しく首輪を受け入れるしかない。尤も、目の前にいる強者のオーラを纏った男を前に、反抗する気など微塵も起きないのだが。
俺に付けられた首輪が再び白く光り、首輪から体内へと流れ込んだ魔力が身体中に巡り出す。男の魔力は山賊然とした極悪な見た目に反して、心が安らぐ様に温かい。これで、俺はこの男ーーティクロ様の奴隷となった。
「これでテッセンはお客様のものとなりましたな。それでは念のため、首輪のチェックをいたしますので、何かテッセンに命令をしてみてくだされ」
「め、命令か。命令……」
主人は俺の顔をじっと見つめる。何かを言いたそうにしているが、言うか言わぬべきか考えている様だ。だが、別にそこまで悩まなくても、これからいくらでも俺に命令できるので、ここでは何か適当に命令しておけばいいだけの話なのだが。
店主もそのことに気付いているはずなのに、敢えて指摘せず、傍観を決め込んでいる様だ。プラチナランクの主人に意見するのが怖いのか、それとも別の何かがあるのか、それは分からない。それに、俺に対しては常にゴミを見るかの様な視線を向けていたのに、今はだいぶ緩和されているのも、ひどく不自然である。いくら所有者が変わったとはいえ、奴隷への態度をそこまで改める必要があるのだろうか。
そう思いながら暫く待っていると、主人は意を決したかの様に右手を俺に差し出し、ようやく俺に命令を下した。
「よし、決めた。テッセン……もう一度さっきの様に、俺の手を握ってくれ!」
命令というより、寧ろ懇願である。だが、その言霊とともに、俺の首に巻かれている隷属の首輪が白く光ったのだったーー
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