二周目

三宅 大和

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二周目

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中学二年生の結衣は彼氏と喧嘩してデパート一階の喫茶店から飛び出した・・・
 二人の関係は、観覧車のようにゆっくりと、それでも間違いなく進んでいく。

観覧車の隣り合う乗りカゴ同士は、遠ざかることもなければ近づくこともない。
「私達みたい。」
 無意識に溢れた言葉は誰の耳にも届くことなくただ夕焼けの空に溶けていった。
 もうかれこれ三十分くらい、四人がけの席を一人で独占して、意味もなく、ただ回転するだけの円を眺めている。観覧車といっても地上八階建てビルの屋上にあるような子供向けの小さいやつで、私がこうしている間にも十周くらいはしていた。
 私がまだ幼稚園に通っていた頃、帰り道に迎えに来た母とよくこの場所に来た。夕飯の買い出しをし、仕事場から車で迎えに来る父を屋上にあるこの遊園地で待った。あの観覧車にも乗ったことがある。
 今日、私は約十年ぶりくらいにここに来た。なにかから逃げるように。その正体が何なのか分かっていながら、また私は目をそらすように十一周目を目で追った。

彼女と喧嘩した。
 付き合い始めてもう二年になるが、今まで喧嘩なんてしたことがなかった。だから、こういう時どうするのが正しいのかが分からなくて、喫茶店のテーブル席で一人突っ伏していた。
「あいつ、払わず出ていきやがった・・・」
 眼の前に置かれた領収書付きのバインダーを眺めながら独り言を言う。
バイトをしている高校生ならまだしも、俺達は親の金でデートに行く中学生なので基本割り勘なのだ。とはいえ取り残された以上払わなくてはならないわけで、俺は仕方なく席を立ち重い足取りでレジに向かった。 
高校生か・・・
そういえばそれでもめたんだった。
俺達は中学三年生で、今は十月中旬。お互い受験勉強で忙しくなり、デートも月に一回くらい、加えて最近はあまり遠くへは行けなくなり、今日も地元のデパートで買い物をして、デパートの中にある喫茶店でお茶をしたくらいのものだ。
 それでもまだ今は良い。問題なのは卒業した後だった。俺達の目指す高校は同じではない、というか同じならこんなことにはなっていない。
 つまるところが遠恋するか別れるかという話で、喧嘩になった理由は、俺がその話題をそらそうとしたから・・・なのだろう。正直先延ばしにしたい気持ちは確かにあった。
 会計を済ませると、無性に外の空気が吸いたくなり、店から出てそのまま早歩きでデパートの自動ドアをくぐった。
空はすでにオレンジ色をしている。
 軽く深呼吸をした。
 結衣、どこに行ったんだろう・・・
 もう家に帰ったのだろうか・・・
 少し落ち着いたからか、いま頃になって彼女の行方が気になりだした。
 とりあえずLINEしよう。
 ジーパンのポケットからスマホを取り出し指紋一つでロックを解除したあと彼女の名前を探す・・・あった。
「あれ、悠一君?」
不意に名前を呼ばれて反射的にタップする指が止まる。聴き覚えのある声。よりにもよってこんな場所で、こんなタイミングで会ってしまうんだ。今日はとことんついていない、そこに立っていたのはなんと彼女の父親だった。
「あ、どうもご無沙汰してます。」
 俺はどうにか悟られないように出来る限りの冷静を装いながら応答した。
「あっ、やっぱり。こんにちは。」
 ハンサムでスタイルの良い爽やかお兄さんって感じの見た目、それでいて年相応の貫禄を持つ男性。
「雄一君はどうしてここに?」
 何気なく尋ねられたが、正直その質問には答えたくない。しかし言ってすぐに何かを思い出したのだろう、
「あっ。」
 と発した彼は、
「そういえば、結衣も今日出掛けるって・・・」
 そう言ったところで、首をかしげて何かを考え始めた。
「悠一君、結衣はどうしたの?」
 察しが良過ぎて困る。質問も実に答えにくい。まあ、隠しても仕方ないし、正直に答えよう。どうせ一人で考えてもわからないのだし、人生の先輩に意見を求めるのもいいだろう。ただ、相手が相手だけにちょっと勇気がいる・・・
「もしかして喧嘩かい?」
 どこまでも勘の良い人である。
「別に悪く思わなくて良いよ。あくまで君たちの問題だし、おじさんはとやかく言わないよ。」
 これほどおじさんという一人称が似合わないおじさんはいない。そしてこの完璧すぎる性格の持ち主こそが結衣の父親である。
「全部お見通しですね・・・」
「うん、分かるよ。おじさんもそうだったから・・・」
「えっ、おじさんも?」
「うん。あ、そうそう、二十年前、ここで妻にプロポーズしたんだよ。あ、結衣のお母さんね。」
「そうなんですか!?初耳です。」
「初耳ですって・・・まだ結衣にも言ってないよ。」
 彼は苦笑いで言った。
「立ち話もなんだし、喫茶店でも入る?奢るよ。」
「いえ、お構いなく。おじさん、このビルに用事あるんじゃないですか?」
「悠一君はこのあと用事とかあるの?」
「別にこのあとは何も・・・」
「じゃあ行こう。」
 と、そんな調子で、俺は彼女のお父さんに連れられ、さっきも入ったあの喫茶店にわずか十分足らずで再入店した。

 今でもはっきり覚えている。
今から丁度二十年前、季節は夏。あの日は特に暑かった。
四年制の大学を卒業して二、三年が経ち、仕事にも慣れて、精神的にも経済的にもなんだかんだ余裕が出てきた俺は、大学一回生のときから付き合っていた女性へのプロポーズを決行した。
その日は本来、付き合った記念日だったので、なんとなくどこへ行きたいかを電話で話していると、彼女がこの場所を言った。彼女が幼い頃からよく来ていた、屋上に小さな遊園地があるデパート。
普通のデートなら俺もオーケーしていたと思う。ただ、俺はその日、どうしても彼女に指輪を送りたかったんだろう。もっとロマンチックな場所にしないかと無理やり説き伏せようとしていた。
あの頃はお互い頑固で妥協というもの知らなかったから、結局その日は電話越しに喧嘩
した。
 そして当日の朝、気づいたら俺は一人でデパートの下見に行っていた。屋上も覗いた。
 確かに子供連れの夫婦が多く、正直告白には不向きな場所だった。
 でも、その時の俺は思った。彼女は俺との記念日を自分の思い出の場所で祝いたかった。それってかなりロマンチックじゃないかってね。
 だから俺は決めた。その思い出の場所をもっと特別な場所にしてやろうって。
 俺はガラケーを取り出してすぐ彼女に電話した。結局彼女は電話に出なかった。だから彼女の家まで走った。着くまでに二十分もかからなかったけど、その日はあいにくの猛暑で、ようやく彼女の顔を拝んだときには、着ていたカッターシャツが絞れるほどズブズブだった。その必死さを見てか、彼女は前日のことも水に流してくれた。とはいえ彼女の意見が変わることはなく、この日から俺は折れることを覚えた。
 その後プロポーズは成功したのでもう何も文句は言うまい。

 という風に、喫茶店に入ってからもう十分くらい自分語りをしている。
「すげぇロマンチックじゃないですか。」
 悠一がカフェラテ片手にニヤニヤしている。店に入って注文をするとき、彼はやけに控えめで、結衣の情報によれば彼は甘い物が好物のはずなのだがホットのカフェラテだけでいいと言った。遠慮しているのかと聞くと別にそういうわけではなく、この店に十分くらい前に結衣と来ていたからだと知った。少し悪いことをした。
「いやぁ~、でも当時はホント恥ずかしかったから・・・」
 完全に見世物になっていた。何かのイベントだと勘違いして見ていた親子の顔を思い出す。むず痒いな・・・
「俺の話はいい。今は君の話だ。」
 そもそも、彼が結衣と喧嘩になった理由を俺はまだ聞いていない。
普段、結衣が怒ることは滅多にない。もちろん自分がすべてを把握しているとは思わないが、基本的には穏やかなほうだと思う。
 だから彼らに何があったのか、気にならないでもない、いや気になって仕方がない。
 とはいえ聞いて良いものか・・・
「遠距離恋愛ってどう思います?」
 先に口を開いたのは悠一だった。で、出てきた言葉は遠距離恋愛・・・
「悠一君、引っ越すの?」
それで結衣と揉めた。会う頻度は落ちても付き合い続けるか、いっそ別れてお互い新しい恋に精を出すか、おそらく悠一はその決断をできないでいて、結衣はそれにイライラした・・・
「いえ、高校が別々なので・・・」
「・・・ぶはっ」
「えっ、どうして笑うんすかっ・・・?」
「あ、悪い悪い。」
 それは遠恋って言うのか?
まあ、このくらいの子にとっては一大事なんだろうけど・・・
そういえば俺も中学のとき付き合っていた彼女とは卒業以来会ってない。でも結局あのとき別れたから今の妻がいて、結衣がいるわけで、人生とはそういうものである。
「君は学生だから難しく思うかもしれないけど、考えてみてよ。社会人になって、みんなそれぞれ仕事に就く。職場が違っていても、お互いに時間を調整しあって、限りある時間の中で付き合っていくようになるんだよ。結婚してからもそう。帰る場所が同じってだけで、一日中一緒にいれるわけじゃない。」
 悠一はいきなり壮大な話を聞かされて理解が追いつかないというような表情をしていた。
「別にそんな深刻に考えることはないよ。実際おじさんはちゃんと続いてるし、結衣が生まれてる。悠一君がここにいるのも君のご両親が上手くいってたからだ。」
「確かに・・・」
 悠一は独り言のように呟いた。納得してくれたかな。
「雄一君。」
「・・・は、はいっ。」
 あとひとつ、これは年配としてではなく、結衣の父親としての質問。
「結衣のことは好き?」
「えっ・・・」
 悠一は一瞬固まった。でもしばらくしてようやく自分が何を聞かれたのか理解したのだろう、やけに真剣な表情を俺に向けた。
「はい、大好きです。付き合い始めた時よりも、ずっと・・・」
「なら心配はないよ。」
 結局大事なのはそこだ。どんなに喧嘩しても、すれ違っても、心の底から相手のことが好きなら、何度だって立ち向かえる。使命感で動くようになったら終わりだ。だから彼の原動力が「好き」である間は問題ない。できればずっとそのままでいてくれ・・・
ピロンッ。
「あっ。」
 ポケットで鳴ったスマホを取り出す。
妻からLINEが来ていた。
『お仕事お疲れ様。買い物終わったからいつもの場所で待ってる。あと、たまたま結衣と会いました~。』
「おじさん、時間大丈夫なんですか?」
 顔を上げると悠一が心配そうにこっちを見ていた。
「ああ、ちょうど今、お呼びが掛かったよ。行かなきゃ。」
「じゃあ、僕はもう帰ります。ごちそうさまでした。」
「ちょっと待った。」
リュックをガサガサする悠一の手が静止する。
「えーっと、さっきLINEで君に会ったこと言ったら妻が会いたいって言ってきて・・・よかったら一緒に来てくれない?」
一瞬戸惑っていた彼だが、しばらくして了承してくれた。
 騙すようで少し罪悪感を覚えたけど、これはおじさんなりのサポートだ。
その後、悠一にばれないように妻にLINEした。
『偶然だね。こっちも悠一君と会ったよ。今から二人でそっちに行くけど、結衣には内緒で・・・』
『了解!』

「お会計、2582円になります。」
 若いバイトの娘が愛想良く言った。
 会計用のトレーに3032円を置く。
 財布の中に五十円玉が入っていなかったことを悔いていると、
「450円のお返しです。」
 もれなく五十円玉が付いてきた。
 どのみちまた来るのだし、まあいいか。
「いつもありがとうございます。」
 去り際彼女に言われた。おそらく高校生、中学三年生の我が娘に比べて随分と垢抜けているように見えた。別に彼女に限った話ではなく、それだけ人は高校で成長するということなのだろう。
「いえいえ、お仕事頑張ってね。」
「はいっ、ありがとうございますっ。」
軽く会釈してからレジをあとにする。
週三のバイトに顔を覚えられて、すっかり私はこの店の常連だ。
でもそれも当然で、彼女の勤務日を把握出来るくらい、ここへはほぼ毎日来ている。
地上八階建てビルの地下一階食品売り場。仕事から帰る際には決まってここで買い物をし、同じく仕事場から車で向かってくる旦那を屋上遊園地で待つ。というのが結婚してからのルーティンになっている。
買ったものを二つに分けて袋に詰め、一つは背負っているリュックに入れた。手荷物は少ないほうが良い。
腕時計を確認すると七時丁度、いつも通り旦那が到着するまでには三十分程時間があり、例によって私はエレベーターで屋上へ向かった。
思い出の場所・・・
今から二十年前、今の旦那からプロポーズを受けた場所。
そういえば結衣が小さい頃はよく一緒に来ていたな。最近は買い物にも付き合ってくれないけど・・・これがいわゆる親離れだろうか。
そんなことを思っているうちにエレベーターの表示はB1からRに変わっていた。
アナウンスが鳴って扉が開いた。エレベーターホールから自動ドアくぐると、全身に風を浴びた。でもあの日と違って十月の風はひんやりしていて、少し乾燥していた。
「あれ・・・」
 そして、私を出迎えたのは哀愁漂う夕景に紛れ込んだ我が娘の姿だった。
 四人がけの席を独り占めして、物思いに耽るように小さな観覧車をぼーっと眺めている、その姿が昔の自分と重なった。
「結衣?」
 名前を呼ばれて一瞬肩がビクついた。ゆっくりとこちらを向き、なぜかほっとしたような顔をした。
「あ、なんだお母さんか。」
 結衣は私がいることに全く驚かなかった。
 なんというか、それに驚く余裕がないような雰囲気だった。
「結衣がここに来るって珍しいじゃない。」
 さりげなく隣に腰を下ろした。
「お母さんこそ、ほんとここ好きだよね。」
「ここには思い出があるからね・・・それより、何かあった?」
 結衣は目を丸くした。やはり何かあったのだ。
「観覧車、久しぶりに乗ろうか。」
「え、やだよ。」

「うわっ、久しぶりだなこの感じ・・・」
「お母さんテンション上がり過ぎ。」
 単純にお母さんが乗りたかっただけじゃ・・・
「よし、今ここは二人きり。じっくり話聞くよ。」
 じっくりと言われても、この観覧車はわずか三分で一周してしまうのだが・・・
 でもまあ、お母さんがここに私を連れてきた理由はなんとなく分かる。
「彼氏と喧嘩したの、さっき。」
 私は今日のこと諸々を母に伝えた。
「悠一君のことはもう嫌い?」
 話を聞き終えるなり、母はそんなことを聞いてきた。
「いや、嫌いってわけじゃ・・・」
 確かに腹立ったけど、別に、あの一度くらいで悠一の全てを嫌いになったりはしない。でも不安にはなった。悠一は私とのことちゃ
んと考えているのかなって・・・
「もうちょっと信じてあげなよ、彼氏のこと。」
 信じる・・・
「まあ、彼が裏切ってもお父さんが黙っていないだろうから心配することはないわ。」
 それは心強い。
「ちなみに結衣はどうありたいの、彼とこれから先・・・」
「付き合っていたい・・・かな。」
「悠一君には言ったの?」
「言ってない・・・」
「じゃあまずそれを彼に言ってあげなさい。そしたら彼も真剣に考えてくれると思うよ。だからまずはあんたの気持ちを伝えなきゃ。女だからってただ待つだけじゃだめなのよ。」
 確かに、言われてみれば私は彼に求め過ぎていたのかもしれない。
 私の気持ち・・・
「あ、もう終わりか~」
 母は残念げに言う。いつの間にか一周していたみたいだ。
 私達が乗りカゴから降りると、初々しい子連れ夫婦がそれに乗った。
 私と悠一もあんな風になれるのだろうか。
「ああ、やっぱり好きなんだな。」
「えっ、なんて?」
 母が首をかしげてこっちを見た。手に持っているスマホはLINEの画面を表示している。
「お父さんとLINE?」
「バレた?」
「口角上がってるよ。」
「あっ・・・」
 わざとらしく口に手をかざす。
「娘の前でイチャイチャしないでよ、キモいから。」
「自分の話は親の前でするくせに・・・」
「それは、お母さんが聞いてくるからでしょ。」
「ごめんごめん。」
「お父さん、もう来るんでしょ?私も乗せて帰ってよ。」
 お父さんがここへ来るのは買い物終わりのお母さんを車で拾うためだ。
「だめ~。」
 もちろんオーケーだと思っていたのに、お母さんは子供みたいに拒否した。
「どうして?良いじゃない。」
「夫婦のスキンシップを邪魔されたくないもの。」
「うえ~。」
 じゃあ私は一人歩いて帰れということか?あまりに酷な話だ。最初は冗談で言っているとも思ったが、お母さんの顔を見る限りどうやら本気らしかった。
 他に何か理由でもあるのか・・・
 考えていると後ろで自動ドアが開く音がした。
「おまたせ。」
 お母さんの反応もあってその声がお父さんのものであることは見なくても分かった。
「お父さん、私も車にのせ・・・」
 言いかけて私の口は固まった。
 えっ・・・
 その光景を飲み込むのに数秒は掛かった。
 それは多分、向こうも同じ。
「どぉうして結衣がここに・・・?」
 上ずった悠一の声。
「悠一こそ、どうして、帰ったんじゃないの?」
 てっきりあの喧嘩の後すぐに帰ったものだと思っていた。
「それに、どうしてお父さんと一緒にいるの?」
 たまたま会ったにしても、なぜここに連れてきたのだ・・・
 と、考えて気付いた。
「まさか・・・」
 私は隣に目を向けた。
そこには笑いを堪えようと必死になる母親の姿があった。
「さ、さああなた、私達は帰りましょう。お邪魔みたいだし・・・」
「そうだねぇ。」
わざとらしいやり取りをして二人は自動ド
アの方へ去っていった。
「あっ、ちょっと・・・」
 やっぱり私達はあの二人にはめられていたみたいだ。おそらくさっきのLINEもこのための打ち合わせだったのだろう。嫌な親だ。
とりあえず今はそれどころではない、目の前に喧嘩したばっかりの彼氏がいる。
悠一、怒ってるのかな・・・
そう思うとやっぱり話しづらい。
周りでは小さな子どもたちがキャーキャー言いながら走り回っていた。大人たちがそれを微笑ましそうに眺めている。
いつの間にかそんな和やかな風景が、まるで今の自分達に対する嫌味のように思えてきた。
だからかな・・・
「観覧車、乗らない。」
 気付いたら私はそんなことを言っていた。

 観覧車の中は正真正銘の二人きり。
 私と悠一は向かい合うように座り、でもお互い顔は合わせなかった。
 私が窓の外を眺めていると、悠一が話しだした。
「ごめん、俺全然考えてなかった。考えることから逃げていた。正直、今もはっきりとは分からない・・・」
「うん、仕方ないよ。そんなにすぐ決められることじゃないもんね・・・私こそ、ごめん。」
「でも、俺はやっぱり君が好きだ。」
 好き・・・
 久しぶりに言われた。たった一言、でも、それを聞いて少しほっとしたんだと思う。
「私も、好きだよ。」
「うん。」
 だから、これからもずっと一緒にいたい・・・そう言いかけてやっぱりやめた。
 そんなこと言ったらきっと彼はまた頭を抱えて悩むのだろう。重荷になるのは嫌だ。
「なあ。」
 ふと、彼がこっちを見た。
「未来を断言することは出来ないけど、今の俺は結衣のことが好きだし、付き合っていたいって思うんだ。」
 照れくさそうに髪に手をやる彼を見ているとこっちまで恥ずかしくなってきた。
「だからその、高校生になったらとか、別に区切る必要ないよなって。」
 ああ、そうだ。今まで高校生になることを恋愛におけるターニングポイントでもあると思ってきたけど、それは間違いだった。
 何も変わらない。私達がどこにいようと、本当に好きならいつだって会えるんだ。そんな当たり前のことに今までどうして気づかなかったんだろう。大事なのは好きかどうか、それだけなのだ。
「キス・・・しよ。」
彼の大きな手が私の後頭部にまわる。私も彼の肩に手を触れる。
穏やかで自然なキスだった・・・
私達が思い続けている間は、きっといつまでもこうしていられる。
今日で私達の恋が一周したのだとしても、まだ一周。観覧車は回り続ける。
さあ、私達の二周目を始めよう・・・
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