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三宅 大和

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仕事/私事

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 七月十九日月曜日。某編集社ライトノベル部署。

藤井桃: 昨日はお休みの中、原稿確認していただきありがとうございま
す。
四条 : いえいえ、半分趣味みたいなものですから。今回も面白い展開で読み進めいていて楽しかったです。
藤井桃: そう言っていただけると嬉しいです。今回も誤字は多かったみたいですが(笑)
四条 : まあ、それを直すのが私の役目なので・・・
藤井桃: いつもありがとうございます。
     話は少し変わるのですが、今シェルゲームズで超が付くほどリアルな人生ゲームがプレイ出来るのをご存知ですか?

 いきなりものすごくタイムリーな話題を出してきた。確かにあのゲーム
が開始したのは三日前とかで、今朝のニュースでは特集が組まれていたし、
SNSでも昨日の晩くらいからかなり話題になっている。俺たちがプレイで
きたのは隆二に紹介してもらって話題になる前に行ったからで、今から行く
となると予約いっぱいで何ヶ月も待たされることになるだろう。

四条 : もしかして、行ってきたんですか?
藤井桃: いいえ。今日の朝テレビで見て知って、これは異世界転生モノの小説を書く身としては一度経験しておくべきだとも思ったんですが、どうも十二月くらいまで予約でいっぱいみたいで・・・

まさかそこまでの人気を博しているとは。逆に言えば例の件でマスコミに取り上げられたら時の損害も多大なるものだということだ。まったく、俺はとんでもないものを背負わされたみたいだ。
正午になり、約一時間の昼休憩が始まった。
さて、ここらで編集者らしく助言の一つでもしてこのチャットを終わらせることにしよう。

四条 : 実は私、昨日あのゲームやってきたんですよ。
藤井桃: ええっ、本当ですか?!
     どうでした?
四条 : 正直、リアル過ぎて異世界転生の勉強にはなりそうにありませんでした。
担当編集者的には藤井さんのファンタジックな発想を大事にした いので、藤井さんがあのゲームをプレイして発想が現実的になってしまうことは避けたい。そう思ってしまうくらいものでした。
藤井桃: そうですか・・・じゃあ辞めておきます。
四条 : 助かります。
     それではまた次の原稿をお待ちしております。
お疲れ様です。
藤井桃: はい、よろしくおねがいします。
     お疲れ様です。

 チャットアプリを右上のバツ印で閉じて、画面左下にカーソルを持っていく。シャットダウン。
 午前の仕事は一応片付いた。午後はイラストレーターに原稿を送って挿絵の発注だな。
「やっと終わったか。」
 回転椅子の背もたれに仰け反ると、それを覗き込む男と目が合った。高校の運動部生にも見える爽やかで、どっかの現場監督プログラマーとは違い含みのないスマイルフェイスがそこにあった。
「笹田か。」
「慎二、飯行くで。」
 笹田遼太。この部署では唯一の同期で、普段、仕事中は一切私語を言わないし常に真剣な表情をしているのだが、昼休憩のチャイムがなるといかなる躊躇もなく仕事を中断し、俺のもとへ昼食の誘いをしに来る、一言で言うなら、オンオフがしっかりしているタイプの男だ。
「今日はどこ行くんや?」
「うーん・・・カツ丼とかどうや。」
「ありやな。」
 その上かなりの親切人間だ。今も俺が立ちやすいように椅子を引いてくれた。礼を言って立ち上がる。
 心から尊敬できる友達だ。それに、俺はこの男に対してかなり感謝している。なぜならこの男、笹田遼太は・・・

「はいっ、カツ丼大盛りおまちっ。」
 ウエイトレスのおばちゃんがお盆に乗せたカツ丼と漬物を運んできて笹田の前に置いた。その後直ぐに俺が頼んだ『カツ丼並』も運ばれて来る。
「ほらっ、箸。」
「ありがとうっ。それで、樋口さんとは進展あんの?」
「そんなに気になるか?」
「そりゃ、くっつけたのは俺やし、もし上手くいってないとかだったら俺にも多少なりとも責任はあるし・・・」
「んな責任ねえよ。」
そう、この男、笹田遼太は、俺にとって恋のキューピッドでもあるのだ。
編集社のライトノベル部署で作家の編集担当を務める俺と、経理部に務める彼女。ほとんど接点のなかった二人が突然付き合うことになった。その裏にいた存在。それが笹田であり、笹田の彼女であった。
俺たちは直ぐにお互いを好きになった。それから週末になるたびデートをするようになり、週明けの昼休憩には決まって笹田から今のような質問を受ける、よって今日でこの質問は三回目になる。過去二回は大した進歩もなかったのでなんの報告もしなかったが、今回に関しては実際変化があった。正直酒で酔った勢いで事に及んだことを進歩とは言い難いが、そういう状態になるまで飲むこと自体が進歩かはどうかは抜きにして変化ではあると思うので一応報告しておく。
「樋口さん積極的やなあ。」
「やっぱりそういうことやんな。」
「そうゆうことやろ。知らんけど・・・」
知らんけど・・・関西圏御用達、会話における最強の保険である。正直決めつけるようなこと言ってから保険をかけるとか無責任すぎると俺は思う。
「ともかく、上手くいってるみたいでよかった。」
「・・・ああ。」
「どうした?」
「いや、なんでもない。」
大盛りを空にした笹田を五分くらい待たせて並盛りを間食した俺は手つかずの水を飲み干し席を立った。
会計のあと、財布に溜まったレシートを捨てながら俺は尋ねた。
「なあ笹田、有給の申請って一日前でもいけるん?」
「なんや、明日休むんか? ・・・作者さんに迷惑かけへんなら大丈夫やと思うで。」
「そうか、良かった。ちょとな、訳あって明日から二日くらい東京行くことになってん。」
もちろん、その訳は言わない。この男のことだ、言ったらきっといらぬ心配をして頭を抱え込むはずた。
「東京やと!?また急な話やな。」
意表を突かれたという反応こそとった笹田だったが、その後それ以上の詮索をしてくることはなかった。


 その夜、仕事を早めに切り上げた俺はすぐに家へと戻り、押し入れの中に眠っていた旅行用のカバンを約二年半振りに取り出して二日分の衣服とエチケット用品をその中に放り込むんでファスナーを閉じた。とりあえず準備完了。時刻は十九時十分。
 二十一時には新大阪駅で隆二と合流しなくてはならない。ここから新大阪までは電車で一時間もあれば行ける。中途半端な時間だな・・・
 家でじっとしているのも退屈なのでとりあえず荷物を持って外に出た俺は最寄りの駅に行く途中で暇を潰そうと考えたが、あるのはコンビニぐらいで大して時間を潰すことも出来ず、おにぎり、スナック菓子、コーラなど車内で口が寂しくならないような軽いものを隆二の分も含め購入して十九時三十分には最寄り駅に着いていた
 まあ、ちょっとくらい余裕があったほうが良いか。
 十九時三十六分、難波方面尼崎行区間準急に乗った。
 乗って最初に気付いたのは、平日の十九時代に田舎から都会に向かう人はまあ少ないということで、乗客も各シートの端にチラホラ座っているくらいだった。俺はそのどちらかに詰めて座るわけもなく左右から均等な距離であるセンターに深々と腰を下ろした。隣に大きな荷物を置いていても誰の迷惑にもならないのは気が楽でよかった。
 電車の揺れや走行音を聞いているとやはりあの時のことを思い出す。
スローモーションで落ちているはずなのにまるで宙に舞っているような感覚。終りが来るのをただ待つことしか出来ないという諦観。
本来なら俺の方こそ電車に対して何かしらのトラウマを抱いてもいいだろうに、あのときの俺に恐怖の色はなく、だから今もこうして何食わぬ顔で電車に乗れてしまっている。
昨日、珍しく隆二にも心配された。六時間掛けて車で東京まで行くという案も出たのだが、お互い仕事終わりで疲れているしそれで事故ったら元も子もないだろうということで、その後出た「夜行バスなら問題ないやろ。」という隆二の提案を押しのけて、俺の方から新幹線という手段を提案した。なんでも旅費はシェルゲームズ持ちらしく、俺もご足労願われて行くのだからそれなりの贅沢をさせてもらおうということで、グランクラスというやつに初乗車することになって、今は良い意味でドキドキしている。
そうそう、リニアモーターカーを使えば一時間で東京に着くことも可能だったのだが、それじゃ疲れも取れないし、夜の十時に着こうが十一時に着こうが鳥羽紬に会うのは明日の昼を予定しているので、特に急ぐ必要もないから辞めた。
リニアモーターか。今となっては当たり前のように存在する交通機関の名だが、ちょと前、それこそ一昨日体験したゲームの世界観ではリニアモーターカーは構想段階のものでしかなく、少なくとも俺が生きてる間では完成していなかった。悠人や月島はその瞬間を見ていたかもしれない。
そもそもあのゲームの舞台は何年前の日本なんだ? さっきコンビニに寄った時も久々に完全自動のレジを見たような気がしたし、会計の時なんか、無意識に財布を探してしまった。財布なんて今やファッションの一部でしかなく、実際に使われているところを見ることなんてないはずなのに。
まあ、その辺りの設定なんかについてもこの後の電車旅の中で隆二に聞いてやろう。ほら、やっぱりリニアにしなくて正解だ。
・・・そんなことより、俺はこれから白河、正確にはそのプレイヤーだった鳥羽紬という人物に会うのだ。正直ファーストコンタクトをどうすればいいのか、そもそもそれをファーストと言っていいのかも分からない。隆二に見せられた資料が二ページて終わっていれば確実に躊躇っていただろう。あの三枚目さえなければ・・・
三枚目の件はとりあえず今は置いておいて、今はとにかく鳥羽紬との事実上初対面になる再開に向けて何かしらの策を講ずる必要がある。なんでも、彼女はゲームでのトラウマから電車や踏切、駅のホーム、またそれに準ずるものへは近付けないらしく、おそらくその「準ずるもの」の中に俺も含まれているというのは昨日の審議でも出た通りだ。
じゃあどうやって対面しろというのだ。隆二は『一度俺を見た彼女がパニックに陥ったところにすかさず俺がハグしに行く。』とか適当なことをほざいていたが、それでうまくいくのはアニメやドラマの世界の話であって現実がそんなに甘くないことくらい二十五年(あの十八年を入れたら四十三年になるがまあいいや)生きていれば分かる。
もしかして隆二ってあのツラで童貞なんじゃないか・・・そうならこのあと試しに火山さんのこと女性として紹介してみようか。
どちらにせよそういうくだらない話は隆二と会ってからだ。後でゆっくり出来るように今はただ作戦を練ることに専念することにしよう。
そう思った時には鶴橋駅到着のアナウンスが流れていた。慌てて立ち上がった俺は、降りようとしたギリギリで置き忘れた荷物に気付いてすぐさま引き返し、閉まるドアに挟まるスレスレのタイミングでなんとか降車に成功した。少し脇のあたりがヒンヤリしている。これは後で臭くなるやつだ。
上がった心拍数を元の状態まで戻そうと深呼吸を何回かしていると時計の針に目がいく。針はまさに乗り換え時間一分前を指し示していた。人の並んだエスカレーターを横目に階段を駆け上がった俺は磁気定期を購入していたことに感謝しながらワンタッチで改札を通って閉まる寸前の電車にそれがどっち方面の電車かも確認しないまま飛び乗った。プシューとドアが音を立てて閉まる。
真っ先に確認したのはドアの上にある電光掲示板。運のいいことにそれはこの電車が新大阪行きである事を告げていた。それでようやく一息ついた俺だったが、さっきから上がったままの心拍数を下げるのに必死で、策を考えることなどすっかり忘れ、呼吸が正常になる頃には新大阪に着いていた。
今夜はゆっくり眠れそうにない。
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