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三宅 大和

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 待ち合わせはまた難波。チェーン店のカフェにしたのは彼女と友人の間に一線を引いているという自分なりのアピールなのだが、認識する人間がいない時点でただの自己満足である。
 集合時間は三時。っで、今は二時十分。ちょうど良い、こんなこともあろうと思って俺はノートパソコンを充電マックスで持ってきていた。
 店内に入り先にアイスコーヒーを一杯注文して四人がけのテーブル席に座った。
パソコンを起動させコーヒーを飲みながら立ち上がりの完了を待つ。
 今朝、家に戻ってパソコンを確認してみると自分が担当しているライトノベル作家から新巻の原稿が送られて来ていた。本当は明日からの平日の勤務時間にチェックをすれば良いのだが、俺も文章を読むのが好きで編集者になった身、暇があったら趣味感覚で赤を入れるのだ。
 と、いっても本当に赤のボールペンで書き込んだりはしない。俺はワープロのアイコンをダブルクリックし、共有フォルダーから新着のドキュメントを選択した。
 早いこと一回目の訂正を終わらせて明後日には表紙のイラストを頼まないと。シリーズものの続編だからイラストレーターは固定でいけるが、まあ、早いに越したことはない。
 そうこうやっていると三十分もすぐに経過し、集合時間より十五分早く約束の相手がやってきた。
「やあ、慎二。待たせたね。」
 悠人のモノマネみたいな口調で悠がパソコンに夢中になっている俺の肩を叩いた。どちらかと言うと御本人登場的な嬉しさを感じた。
「よう悠人・・・じゃなくて、悠だったな。」
 俺の向かいに座った悠の手には既にコーヒーカップが備わっていた。注文してから来たらしい。なぜ真夏の昼間にカップから湯気が上がっているのかは疑問でしかなかったが、まあそれはこの際いい。それよりも俺は今、向かいに座っているのが悠だけではないことに驚愕している。
「ひやまななこ、ウチの大学の友達。」
 状況を飲み込めない俺を見た悠が丁寧とは言い難いさっぱりとした紹介をしてくれた。
「あっ、火山噴火の『火山』に菜の花の『菜』に繰り返しの意味の・・・あれなんて言うんやろう。まあ後はだいたい想像できるやろ。」
悠の言う繰り返しとはおそらく『々』のことだろう。いや、そういう話じゃなくて、俺が知りたいのはどうしてお前一人じゃなくその、火山菜々子なるお友達を連れてきたのかという理由の方だ。 
 悠と違い、さっきからアイスコーヒーのストローに口をつけたまま何も言わないメガネ美少女は、火山と言うより休火山と言った方がしっくりくる。子供時代はさぞ自分の苗字を恨んだことであろう。小中学校ではその手のイジメは多かったからな。
「で、なんでその火山さんを連れてくる必要があるんや?ゲームの話をしに来たんやろ?お前一人でええやん。」
「だからこそやんっ。」
 得意げに胸を張る悠、その胸がまたデカイ。比べるのもどうかと思ったが紗綾よりツーカップは大きいと見た。これがあの悠人の正体・・・複雑だ。
「なにジロジロ見とんねん。」
「あっ、すまん、つい。」
「なにが『つい。』や、アホが・・・」 
「えっ?」
「なんでもないっ。」
 そこまでキレることないだろ。あと、さっきから周囲の視線が痛い。見るなこっちを。火山さんは相変わらずの無口だし、どうしたものか・・・
「それで、彼女の正体は?」
 なんとなくだが、今の流れからするに、彼女もまた、あのゲームのプレイヤーで、俺にも接点のある人間なのだろう。
「そこまで分かっててまだ誰か分からんの?」
 悠は呆れたように「じゃあもう大ヒント。」と言って無抵抗な彼女からメガネを取り上げ自分の顔に装着した。
最初俺は、メガネの悠を見つめながら、何がしたいんだ? と思っていたのだが、すぐに見るべきはそっちじゃないことに気付かされた。
 菜々子・・・どこかで聞いた名だと思ってはいたが、どうして今まで確信に行き着かなかったのかが今となっては不思議でならない。
 メガネを外した彼女は、アイドル顔負けの超絶美少女だった。改めて見ると男どもがこぞって女神のように拝み倒していたのにも納得だ。
 全国の男性プレイヤーよ、喜べ。
我らが学園のアイドル月島菜々子は、やや色気づいた大学のマドンナ火山菜々子としてこの世に現存していた。
「お久しぶりです。」
一瞬、悠が言ったのかと思ったが、そんなわけもなく、周りを見ても他に誰もいないので、やはりというかそれは火山の口からでた言葉で間違いなかった。
「うふふ、向こうの世界と何も変わらないですね。」
 火山が身を乗り出して俺の顔を覗き込んで言った。
てっきり永遠無口な人なのかと思っていたが、案外喋るじゃないか。さてはギリギリまで俺に正体を悟られないようにする為の演技か・・・
「上手いこといったな。」
「うんっ。」
どうやらそうらしい。
俺の目の前には中の良い女子大生が二人、それを再確認した時にふと気がついたのだが、
「そういや、二人って恋人同士やったよな。ゲームで。」
数ある高校の数いる生徒の中で好きになった相手がたまたま現実での友達だというのは一体どのくらいの確率なのだろうか。まさしく運命の相手だ。
「ほんまそれよ。」
 悠が人差し指を俺に向けて賛同の意を述べた。大人を指差すんじゃありません。
「なあ菜々子、エージェントでも悠人の正体がウチやって分からんもんなん?」
 エージェント? なんだそのかっこいい役職名は。だいたい二人とも大学生なんじゃ・・・
「警備する範囲しか聞かされへんかった。まあ、えこひいきしたらあかんしね。」 
「そっか~、じゃあ運命やな。」
 あっさりと結論を出してホットコーヒーをすするように飲み始める。彼女だけがこの中で一人汗だくだった。なんでそれ選んだ?
「おい、さっきから俺一人置きざりにしてなんの話してるんや。エージェントだの警備だの、火山さんも悠と同じ大学の生徒なんじゃないんか?」
 俺がそう問い詰めると悠は片手で『待って』の合図をだし、しばらく掛けて口に入ったコーヒーを飲み込むと、『はぁ~』と温そうな息を吐いた。
 いや、別にお前が答える必要は無いんだが?火山の方を見ると、目が合った彼女に上品な笑顔で会釈された。
「菜々子は私と違ってVR科の生徒でな、その勉強も兼ねてシェルゲームズで職業体験しててん。」
 VR科・・・って、今はそんな科もあるのか。時代だなあ。
「昨日のゲームセンターそんな名前やったんか。」
「知らんかったん?ゲーム機の形状が貝殻に見えるってことからそうなったみたいやで。」
 確かにそれは思った。
 ふと、拳銃を持った月島が死に際に現れたのを思い出した。銃を向けたのも殺人鬼がどうのこうのという忠告を俺にしたのも彼女に与えられた仕事、任務だった。まさしくエージェントだ。
「それじゃあ、悠は?」
「ウチは友達が職業体験しているところに遊びに行ったただの客。ちなみにウチはゲーム学部でもプログラム科の方。」
 他にどの方があるのか知らないが、とにかく彼女たちはゲームクリエイターの卵みたいだ。ゲームか・・・一度は考えた道だが、なんせ俺、絵が描けないからなあ、だからといって今からプログラム言語を覚えようとも思えないからやっぱり無理だ。
「ごめん、ちょっとトイレ行ってくるわ。」
 ふと、そう言って悠が席を立った。
「うん。」
「ああ。」
 悠が店の奥の方に消えていったことで、当たり前だが俺と火山が二人きりになった。火山は再びストローに口をつけてコーヒーを吸い始めた。目が合わない。何か話すべきだろうかと思って記憶の引き出しをあさっていると、ちょうどいい話題が見つかったので話すことにした。
「あ、そうだ。俺の友達にシェル、ゲームズ、やっけ? 昨日の店舗に勤めてるやつが居るんやけど。紹介しようか?」
 火山がぱっと顔を上げた。やはり興味はあるみたいだ。
そりゃあ、わざわざVR学科なんてピンポイントな科を選択するぐらいだ、きっと彼女も卒業後にはVR関係の仕事に就きたいと思っていることであろう。そういう時、何かしらのコネがあるに越したことはないということを考えたりもするであろう。
「桐島隆二っていう男なんやけど・・・」
「ああっ、あのカッコいい人!?」
「・・・うん、まあ。」
カッコいい人・・・か。うん、確かにまあ顔の作りは精巧というか一目惚れされる分には仕方ないとは思うが、あいつはやめておいたほうがいい気がする。下手をすると何番目の愛人とか言われることになるやもしれん。確証がない以上俺がそこへ口を挟むわけにもいかないが・・・
それより、俺は今、火山菜々子の男に対する食付きの良さに少々驚いている。月島菜々子は男どころか人間というものを避けているような性格の持ち主だったというのに・・・やはりあれかな、仕事中は遊んではいけない、みたいな真面目さが原因していたのかな。
「とりあえずあいつの連絡先送るわ。俺からも言っとく。」
「ありがとうございます。」
さて、隆二にはなんと説明しよう。VRのことを知りたがっている勉強熱心な大学生が居る。お前のことが気になってる娘が居る。どちらも間違ってはいないんだけど・・・
先にお互いの連絡先を交換した後、隆二の連絡先を送った。
その間、俺は一つ気にかかっていたことがあったので聞いてみた。
「火山さん、というか月島さんって俺が電車ではねられる瞬間拳銃みたいなもので俺を突き落とした犯人を狙っていましたよね。」
「見えてましたか・・・あの時は守れなくてごめんなさい。あなたが狙われているのは事前に分かっていて、犯人が動き出したと同時に私も出撃したんですが・・・」
 あの後、白河が巻き添えをくらわなかったのは駅員のおかげだと悠は言っていたが、多分本当は月島菜々子によって犯人は取り押さえられ、後から駆けつけた駅員は倒れた犯人を連行しただけだったのだろう。
「大変な仕事だな。つまりその仕事って実質三時間勤務だけど体感的には百二十年勤務ってことやもんな・・・」
 職業体験で一度だけだったから良かったものの、それを生業にしている人間はその百二十日を何百、何千回とやることになると考えるととても精神が保ちそうにない。俺なら間違いなく病む。
「ああ、四条さんは少し勘違いをしています。」
 俺の感嘆を遮るように彼女は言った。何が勘違いなんだ?
「私たち研究生の役目はプレイヤーに紛れて警備や監視をすることで間違いないのです。でも、必ずしも三時間の勤務時間をヴァーチャル世界で過ごさなければならないわけではありません。私のようなエージェントと呼ばれる仕事をしているのはあの一店舗だけでも五人いますし、おそらく三十店舗近くある全てにおいてそれくらいの人数は居るでしょうから・・・百五十人くらいでシフトを組んでいると想像してもらうと分かり易いかと思います。」
 分からん。
「じゃあ、火山菜々子がシフト外の間は月島菜々子も存在しないことになるんとちゃうん?」
 月島菜々子は生徒会長であり、学校にはほぼ毎日来ていたはずだ。それにいなくなったとなれば真っ先に悠人が気付くだろう。
「月島菜々子はずっと存在していましたよ。ただし、普段はCPUとしてですが。」
 どういうことだ。それだとCPUが操作している時と火山が操作している時とで人格が変わって違和感を覚えるはずだ・・・
「そうか。言われてみると生徒指導室で会った月島菜々子は、普段の印象からは想像できないキャラクターでびっくりした記憶があるわ。あれが火山さんやんな?」
「はい、そうです。でもその時に限らず、実を言うと私は高校以降はずっとヴァーチャルにいたんですけどね。」
 なんとまあ。真面目というか、物好きというか、驚くほど献身的な人だなあ、と俺が関心していると、「と、いうのも・・・」と火山が訳あり気に独白を始めた。その時の火山はまさしく火山で、今にも煙を吹きそうなほど頬を真っ赤に染めていた。
「私、その、悠ちゃんが好きだったの・・・」
 店内のBGMにかき消されそうな細々とした声音が言った。
「えっと、それは東悠人じゃなくて、さっきまでここにいた西野悠が、ってこと?」
「はい・・・ああでも、レズってわけではないんですよっ。基本的に男の人が好きだし。」
 レズでもバイでも別にどっちでもいいのだが、それを聞いて俺が抱いたのは悠が好きで、ゲームの中で唯一心を開いた相手が偶然にも同一人物の悠人だったという一連の流れへの違和感だった。
 つまり俺はこう言いたい。
「火山さん、ひょっとして東悠人の正体が西野悠だってことゲームが始まってすぐ分かってたんやない?」
 聞きながら、伏目がちにはにかんでいた火山を見て確信を得ることが出来た。
「やっぱそうやんな。プレイヤーを守るためにはまず数いる人間の中で誰がプレイヤーなんかを分かっとらんと話にならんもんな。」
 バツの悪そうな顔で小刻みに頷く火山。やがて降参するような素振りでこう言った。
「そうです。あれはゲームの中でみなさんが小学五年生になった頃だったと思います。その頃から私達の潜伏も始まり、それからは随時、現場監督の桐谷さんからプレイヤーとそのアバターのリストが電脳世界にいる私達エージェントに送られて来るようになりました。」
 あいつ、もう現場監督にまでなっていたのか。
「リストを見て、私は悠ちゃんが東悠人という男の子になっていることに気付きました。」
「それで悠人と同じ高校に入学したと。」
「いいえ。あの高校に通いだしたのは私の意思ではなく、上の指示出した。そもそも全国にいるプレイヤー六百人が通うことになった高校は四校でちなみに学年のズレも最大で三年。掛けて十二だから、つまり私があの高校のあの学年になる確率は十二分の一、私と悠人があの高校で同級生になる確率はいっても百四十四分の一なのでただ運が良かったんだと思います。」
 「厳密な確率ではありませんが。」と後で付け加えるように言ったが、まあ可能性にしては確かに無くもない。
 四校、三学年って・・・
いくらプレイヤー同士のエンカウント率を上げるためとはいえ、一箇所に集中しすぎだろ。
「で、火山さんから告白したんか?」
「いいえ、悠と同じ高校の同級生になれた私でしたが、それでも最初は仕事だからって言う理由で誰とも仲良くならないようにしていました。もちろん悠人とも。」
「ということはやっぱり悠人から・・・」
 そんな偶然あるのかよ。
「私も驚きました。最初は断ろうかとも思ったのですが、もう運命としか思えなかったんです。で、結局・・・」
 そりゃ思うわな。俺だって自分の好きな人が自分に告白してきたら運命の相手だと思っちまう。
「でも、火山さんが好きなんは悠なんやろ? 事実上同一人物やけど、悠の記憶を持たない悠人と付き合っても恋が実ったとは言えないんやないか?」
 まあ多少性格は引き継いでいるようだったけど。
「良いんです。少なくとも今の悠の中には私と付き合っていたという悠人の記憶がありますから。」
 なるほどね。確かにそういう考え方もあるな。
「幸せやったか?」
 どうしてそんなことを聞いたんだろうな。ただ、なんとなく確認しておきたかった俺がいる。
 火山も突然のド直球な質問に少し戸惑った様子だったが、やがてコクリと頷いて言った。
「はい、幸せでした。結婚もして、子どもも授かって、孫の顔を拝んで同じ墓に入るまで、私達は仲睦まじく暮らせました。」
「結婚したんや。」
「はい。・・・あの時、あなたが亡くなったのを知って悠人ずっと引きずっていました。でも、彼には前を向いていてほしかったから・・・」
 申し訳なさそうに俺の顔色を見ながらそう呟いた。
ゲームだからもうどうでもいいと思う心も正直今の俺にはあった。でも、俺の死は俺だけのものではないのだな。俺の死はいろんな人の心に穴を空けていた。昨日ゲームセンターの休憩場で再開した悠も何十年も掛けて立ち直った後だからあれだけライトに接してきたが、当時は相当キツかったのだろう。
正直、俺はこの世界にいる犯人の招待にたまたま出会ったとして、そいつに対して素直に恨むことはしないだろう。でも、俺を思って傷ついた人たちには少なくとも謝ってほしい。そう思った。
「このこと、悠には内緒にしていてくださいね。」
不意にテーブルに身を乗り出した火山が片手を口に添えてヒソヒソと言った。
「いいのか? 気持ちを伝えんくて・・・」
「良いんです。悠に対する未練はゲームで晴らしましたから。」
 そんなのでいいのか、と再び思った俺だが、人には人の考え方があってそれに他人が口出しするのもどうかと思ったのでそれ以上は何も言わない事にした。
「ただいま~・・・何をコソコソ話しとんの?」
 突如帰って来た悠が言った。いや、予期しなかったのは俺だけで、向かいに座る女はとっくに気がついていたのだろう。ヒソヒソ話して来たのもそうだし、何より今、全く動じている様子もなくいつも通りのトーンで応答していた。
「昨日のゲームセンターに居た現場監督の人おるやん。」
「・・・ああっ! あの桐谷とかいう笑顔のキモい男っ!」
 悠、お前の言っていることは何一つ間違っちゃいない。でもな、今どうして火山があの男の名前をだしたのかちょっとは察しろ。隆二はともかく火山が可哀想だ。
「まあ、菜々子は面食いやからなぁ~。」
 気を使うどころか畳み掛ける悠。まあでも、これはこれで本音を言い合えているということだから、上辺だけの関係ではないという証拠か。
「ちゃんと中身も見てるって! ただ、見た目が綺麗なのが最低条件なだけ。」
 それをこの世では面食いと言うのであろう。
 ああ、そういうことか。隆二みたいな中性的な顔が好みなら逆にボーイッシュな女であるところの悠が恋愛対象になってしまうのにも納得がいく。
 しばらくして、ごねる火山をあしらった悠が、今度は俺の方に呆れたような表情を向けた。
「で、慎士とあの男が知り合いなわけだ。」
「残念ながら。」
 流石、勘が良いのは現実でも同じか。空気が読めないのも相変わらずのようだが・・・
「ええっ!? 残念って・・・あなたが私に勧めたんじゃないですかっ!」
「俺は仕事のことを思って話したんや。恋のキューピットを引き受けた覚えはない。」
「そんなぁ~・・・」
それからは、俺が死んだ後のあちらの世界での面白エピソードを二人が披露してくれたり、それより内容の薄い昨日までの二十年ちょっとの現実世界での思い出を語ったりと、かなり混乱した会話で二杯目のコーヒーも空にしたところで時刻は六時。
「そろそろお開きにするか。」
「ええ、もう帰んの?」
「明日仕事早いし、それに昨日の晩はちゃんと寝れてないねん。」
「ああっ、例の彼女さんとお楽しみだったんですね?」
「火山さん、知ってたん?」
「えっ、あ、まあ・・・」
 何か言おうとした火山だったが、隣に座る悠をちらっと確認して軽く会釈しながら「ねえ。」と理解を仰ぐように言った。
何が「ねえ。」なのかは、まあだいたい予想はついているのだが、俺は特に何かを言うわけでもなく「なんやっ、なんやっ?」と騒ぎ立てる悠を無視して席を立つことを選んだ。

「紗綾のアバター名を知ってたりするか?」
 帰り際、悠の目を盗んでこっそり聞いてみた。
「ごめんなさい。彼女は私の観察対象ではなかったんです。」
「・・・そっか。」
多分嘘だ。
別にこれと言って客観的に証明できるものを持ち合わせているわけではないが、その時の彼女は明らかに何かを知っている顔をしていた。
 だからといって無理に聞くつもりもない。職場には公にしてはいけない情報の一つや二つあって当然なのを俺は知っている。
「そっかあ、慎士はもう社会人なんやなあ・・・」
 ふと、悠が夕日に黄昏れるようにそんなことを言った。
「そうや。ガキはさっさと帰って寝ろ。」
「懐かしいな・・・社会人。」
 それを聞いて俺はようやく気付いてしまった。

この二人、精神的に俺の三倍くらい生きている大先輩だった・・・
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