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三宅 大和

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夢/白昼夢

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「さっきのゲーム凄かったな。」
午後四時。朝の十時から始まった紗綾との三回目のデートも後半戦に差し掛かっている。今からあと三時間ぐらいはどこかで時間を潰すとして、その後七時からは二日前から予約していたここらでは有名なレストランでディナー、その後は・・・いや、まだ早いか。というか、今日に限っては俺自身がそういう気分になれそうになかった。
「・・・慎士?」
振り向くと、切れ長の目が俺を覗いていた。セミロングの髪が風で揺れている。
「どうしたん、さっきから?変やで。」
 あの後じゃ仕方ないだろ。逆に同じ境遇でありながらどうもしていない紗綾の方がおかしいと俺的には思う。
「紗綾はなんともないん?」
 俺が低いトーンでそう尋ねると、紗綾は何一つ迷うような素振りは見せずにただ「うん。」と言ってみせた。
「そら、最中は信じ切ってたけど、今となってはただのゲームでしかないから。」
 流石は仕事の出来る女、切り替えも早い。それに引き換え俺は、ゲームの内容をいつまでも引きずって、現実と仮想の差別化が図れていない子どもみたいだ。でも思うんだ、俺の精神が子どもだというのは百歩譲っていいとしよう、ただ、それだけが原因だと言おうものなら俺は抗議する。あんなもの見せられたら大半のやつは引きずるに決まっているのだから・・・

 目が覚めた時、部屋はまだ真っ暗だった。昨日の晩早く寝すぎたかな?
 身体を起こそうとは試みるものの、やっぱり朝一番は身体が重い、まったく言うことを聞かない。いつも通り脳と筋肉が喧嘩をして脳が筋肉を従えるには二十分近く掛かった。やれやれと思いながらも、なんとか動くようになった身体を起き上がらせると、突然硬いものに頭をぶつけた。
 何だ、ここはいつものベッドの上じゃないのか?昨日、どこか行ってたんだっけ。思い出せない・・・
そこで自分が全身汗まみれなのに気が付いた。
そうか、あれは夢だったんだな。白河に告白した矢先に何者かにホームから突き落とされる俺、悲鳴をあげる白河、犯人に銃口を向ける月島。まあ、考えてみれば現実なわけがない。俺は安堵の溜息ををついた。大きく伸びをしようとしたが両側に壁があって阻まれた。たがらここはどこだよ。
どこから夢だったんだろうか。告白はもちろん夢で、月島がデンパだったのも・・・アレも多分夢だよな。ってことは、そもそも悠人が月島と二年前から付き合っていたというのも夢だ。やっぱそうだよな。その時点でおかしいとは思ってたんだ。ってことはなんだ、あの一日は全て俺の妄想が作り上げたものに過ぎなかったってわけか。とんでもなく長く色濃い夢だな。
まあいいや、とりあえずいま自分がどこに居るのか把握しなくてはならない。ここが俺の寝室でないのは分かった。ならここはどこなのか?悠人家・・・いや、形状からしてカプセルホテル・・・どっちにしても泊まった記憶はない。
微かに音がする。金属の擦れるような音。CDが回転する音に似ている。昨日ゲームつけっぱなしで寝たのか?いや、だとしてもここは俺の部屋じゃないはずなのだ。
 悩んでいても仕方ない、とりあえずこの場所から出ないと・・・ってコレそもそも出れるのか?そう思って上下左右押したり、取っ手があったから引っ張ってみたりするのだがピクリともしない。そして俺は最悪のケースを想像する。
 まさか、監禁?
 おいおい、せっかく悪夢から開放されたと思ったのに、起きたら真っ暗な部屋で監禁って・・・いや、もう騙されないぞ。コレ、目が覚めたと思っているけど実はまだ夢の中ってオチだろ。はい、気付いたってことはそろそろ覚めるはずだ・・・
 体感で五分経過。一向に覚める気配はない。
 ・・・もしかしてさっき夢だと思ってたのも現実で、俺が電車に轢かれたという事実も存在していて、その際かろうじて俺の息の根は止まってなかったっていうパターンもあるのか?
 もしそうだとして、仮に生きていたとしても俺の身体が無事だとは思えない。でも、そうだ、そこでこの壁の存在だ。いつぞや観た海外の映画でコレに似た話があったのを思い出す。
瀕死で延命装置に入れられていた軍人の主人公がある時列車の爆破に巻き込まれた男の脳とケーブルで繋がれ、男の記憶の中でだけ動き回れる身となり別のケーブルによって特殊捜査員と電子的なコンタクトを取りながら事件の黒幕を暴いていくことになるのだが、記憶の中で恋をしたりして、捜査が終われば死ぬことが確定しているとわかっているにもかかわらず生きる理由を見つけてしまうという切なく歯がゆい作品で、たしか『なんとかミニッツ』とか言うタイトルだったはずだ。何分かは忘れた。
考えていると、現代の技術からしてあり得ないとは思いつつも身震いがした。
結局これはどういう状況なんだ。未だに目が覚めないということで夢オチは期待できそうにない。とにかく何も起きないことには話が前に進まない。そう思った矢先、空気が抜けるような音と同時に天井だと思っていたものが横にずれて真っ白な光が射した。ここは天国か・・・
「始めに言っておきますが、ここは天国ではないですよ。」
 口にもしていない俺の疑問に誰かが答えた。まだ目が明るさに慣れてないのでそこにいるはずなのだが輪郭を捉えるだけで精一杯だった。声からするに男なのは分かる。
「まだ目が戻ってきてないようですね。無理もない、真っ暗なその中に比べてこの部屋は明る過ぎる。まったく、ここの設計を考えた人はお客様への配慮がなっていない。それでもデザイナーかって話ですよ。」
 ブツブツ文句をたれているが、まるで俺みたいな人間を何人も見てきたようだった。『お客様』という単語が出て来たしそれは間違いないのだろう。医者か?
そうしている間に靄が晴れてきた。男の顔はクソ明るいライトの逆光でまだはっきりしないが服装は百パーセント白衣だった、取り敢えず俺が始めに取った行動は手足の確認だった。腕をぐっと顔の前に突き出してスリラーみたいな格好になったところ、指一本欠けていない手が二本あった。ついで体を起こして足元を見ると、傷ひとつない足が二本生えていた。ただ気掛かりなのはどういうわけかその四肢全てに白い輪が一つずつはめられていて、そこから無数の、最初点滴用のチューブかと思ったがよく見るといわゆるテレビとかに挿すケーブルが伸びていた。
「変でしょ。目が覚めたら真っ白な部屋で、体中にチューブが繋がっているから病院かと思いきや、よく見ると繋がっているソレはチューブではなく電気コードで。今何処にいるのか、どういう経緯でここにいるのか、何がなんだか理解出来ていないことでしょう。」
 身体を起こしたことで男の顔も顕になっていた。予想通り、腹の立つ話し方に合った鬱陶しいくらいの営業スマイルがそこにはあった。
「お前は誰だ?何の目的でこんなことを・・・」
 あたりを見渡すと四方に真っ白な光沢のある床、壁、天井が広がり、これまた真っ白な、貝みたいな形状をした丁度人一人入りそうなカプセルが無数に置かれていた。きっと俺が今座っているのもそれと同じモノなのであろう。
「目的・・・ですか。まるで私があなたのことを誘拐でもしてきたような言い方ですね。」
「違うのか。」
 俺が真剣に問いただしているのに、男はヘラヘラしながら、まるで俺の反応を楽しんでいるようだった。
「そんなに睨まないでください。これからちゃんとお話しますから。」
 どうやら俺は、無意識に、生理現象の如く彼のことを睨んでいたようだ。それに対する困ったような反応もいかにもわざとらしく、やはり生理的に受け付けない。
「その様子では、今から私が説明する内容も、あなたは信用しないことでしょう。ですがどのみちこの後あなたはこの話を信じざるを得なくなりますのであらかじめお話ししておきます。」
よく分かっているじゃないか。こんな詐欺師のような不敵な笑みを浮かべた男の言うことを素直に信じるのは、まだ善悪の判断がつかない幼稚園年少くらいまでか、気の弱い御老人、あとは自暴自棄の奴くらいだ。
「とりあえず聞いてやる。」
信じる信じないは後にして、聞かない理由もない。とりあえず今は情報が必要だし。
「分かりました、それではお話しします。ではまず・・・」
そう言って男は、腕を突っ込んでいるイメージの強いポケットから手鏡を取り出し、俺の目の前へと突き出した。自分の姿を確認しろってことか。その意味を考えて不安な気持ちになった俺は、恐る恐るソレを受け取り、そのキラキラと光る盤を覗き込んだ。
 ・・・ん?
 鏡に写っているのは俺だった。もちろんそれが当たり前だし、そうであることに越したことはないのだが、その、今の流れなら包帯ぐるぐる巻だったり整形で誰かの顔になっていたりまではないにしろ、何かしら負傷の一つや二つはあると想像するだろう普通。あっ、もしやコレは何かあると思って何もなかったことで戸惑う俺の姿を横目で楽しんでやろうという男の企みなのか・・・と思って顔をあげると、どうしたわけか困った顔をしているのは男の方だった。
「あれ、何もお気付きにならないですか?」
「ああ、普通にいつも通りの俺がいた。」
「おかしい、ですね・・・」
 さっきまで全てお見通しみたいだった男がついにボロを出した。所詮この男も一人の人間だったということが知れて俺は内心ホッとしている。
 男はブツブツ言いながらそそくさとその場から去り、カタカタとパソンコンのキーボードを叩く音がほんの十秒ほど鳴ったあとで「ああ、なんだ、そういうことか。」などと笑い混じりの声を漏らしてから再び俺の前に早足で戻ってきた。
「何がどういうことだったんだ?」
「あなた、あちらでは早くに亡くなられたんですね。」
 いきなり意味不明な投げかけがなされた。俺が亡くなった?あちらってどちらだ?少し考えて思い浮かんだのは、
「あちらってのは、俺がさっきまで見ていた夢となにか関係があったするのか?」
「ほう、夢ですか・・・ちなみにあなたの言うその夢とやらの内容について伺ってもいいですか?」
 たいてい夢ってのは起きて少し経てば詳細なことは分からなくなるものなのだが、どうしたわけか今は昨日のことくらい鮮明に覚えている。俺は変な夢で目覚めるというところから始まり、何者かにホームから突き落とされるまでを五分くらいのダイジェスト版にてお送りした。
「なるほど、それで若くして亡くなったということですか。」
 だからその言い方はなんなんだ。結局夢だったんだろ?
 男は少し考えるような素振りをして、何を思ったのか、突然俺の顔スレスレまで迫って来て、こんなことを言い出した。
「あなたが見た夢はそれだけですか?」
「近い。」
「失礼。」
 半歩下がった男をよそに、俺は男の言ったセリフをどう解釈するべきかで悩んだ末、「進行上省いた部分もある。」と答えたのだが首を横に振られた。
「期間の方です。」
 そっちの方か。二択までは来ていた、でも、まさかそっちを言われるとは思わなかった。あれより前から夢だったというのか?でも、じゃあいったいどこから・・・
「私、この仕事をやっていて一番辛いのがこの工程なんです。」
コレを生業にしているのか。というかそもそもコレが何なのかが未だに明らかになっていない問題をどうにかしてほしい。で、一番辛い工程・・・工程ってなんだ?俺は今から加工でもされるのか?だとしたら確かに辛い、俺が。
「では・・・言いますね。」
俺に拒否権はなかった。その後彼が、桐谷隆二が放った言葉は、あまりに現実離れした、なんとも受け入れ難い事実だった・・・と、その頃感じていたのを覚えている。
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