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『知』
しおりを挟む──知は力なり 無知は無力なり──
──知らないことは罪ではない、知ろうとしないことが罪だ──
──真の悪とは、無知であることである──
──知識は人間が飛翔するための翼である──
──知らないんじゃない 知ろうとしていないだけだ──
「なら、教えてよ……」
窓も扉も無い暗く閉じられた部屋、少年が頭を抱えて蹲っている。
闇に閉ざされそこに在るのかさえわからない天井から一本のロープが垂れ、その先に結ばれた透明なガラスの白熱球が弱々しくも少年を照らしている。
「僕の価値はなに」
『さあ?』
「僕の存在理由ってなに」
『さあ?』
「こんなに苦しいのは……どうして……」
『さあ?』
少年の弱々しい声に誰かが興味無さげに答える。
それは影。
部屋の壁に伸びる少年の影。
『そんなの考えてどうするのさ』
「……知りたいんだ」
『知らなくたって別に生きていけるだろ』
「……不安なんだ」
『あっそ』
少年は虚ろな目で電球を見つめる。
死にたいわけではない。
けれど生きたいとも思わなくなった。
『わからない』が頭を支配する。知っている筈なのに、知っていた筈なのに、解るのに、分かるのに『わからない』。
「教えてよ……」
『なにをさ?』
「僕は……」
『僕は?』
「何かを為すために生きてるの?僕にしか出来ない事があるから生きているの?僕はどうして生きてるの……?」
『さあ?』
「なんとなく生きてきたから……こんなに辛いの?苦しいの?僕は……間違ってたの?」
『生き方に正解はないだろうに』
少年は呻きながら髪をかきむしり、息をあらげた。
『けど、そんな問い無意味だって本当は分かってるんだろ』
わからない
『分かってるんだろ』
わからない、わからない、わからない
『……………認めろ…』
うるさい
少年は叫び、壁に映った自分の影を殴り付けた。壁はびくともせず、少年の手だけがただずきずきと痛んだ。
「わからないんだよ……」
『…………』
「何故生きているのか、どうして苦しいのか、自分がなんなのか、何がわからないのか……、もう何もわからないよ……」
つらいんだよ
「教えてよ、生きる意味ってなに?僕はどうすればいいの?」
その声と共に電球の光が消えた。
部屋は完全な闇に包まれた。
『……その問いに答えは無い。あえて言うならその答を見つけるのが生きる意味だ』
低く無機質な声が闇の中にこだました。
「意味……わからないよ……」
闇だけが支配する空間。少年の頬に涙が伝いポツリと床に落ちた。
するとそこに火がついた。
ポタッポタッと落ちる涙、火はどんどん大きくなった。暗い空間は少年を中心に段々とえんじ色に染まっていく。
「いみ……わか…らない……よ……わかりたくない!知りたくない!もう嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!」
床が壁が燃えてゆく。電球が砕けガラスが飛び散る。閉じられた空間が広がっていく。
世界は灰色に変わった。
気付くと少年は灰に埋もれていた。立ち上がると灰が中に舞い少年をむせさせた。
どこまでも続く灰色の景色。
虚しさを感じる。けれども今までの苦しさは感じなかった。少年は何故だかこれまでの問答が馬鹿馬鹿しく思えて笑った。
「僕は何かを悟ったのかもしれない」
その何かはわからなかった。
けれど
まだ死にたくないから生きるんだ
僕の代わりなんて沢山いるけど、僕になれる人なんていないから
人の価値は簡単には決まらないから
僕は僕 私は私 俺は俺 だから
少年は歩き始める。積もった灰を踏みしめて。
この世界も知らないことだらけだ。
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