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めいでぃっしゅへようこそ! 編
129. きずあと
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ドネルが攻めて来たその日、めいでぃっしゅは休業、ユーゴも欠勤することにした。
輝星はフィールエルを医師の元へ連れていき、戦闘に参加したネルと雪は休息をとることにした。
非戦闘員であるメイド達は、庭の片付けを行っている。
「悪いな、鉄太。庭を無茶苦茶にしちまった」
寮の本館。そのリビングでサンドイッチを摘みながらユーゴは謝罪した。
「仕方ないことスから、気にしないで下さい。元を正せば、悪いのはドネルの野郎なんスから。まぁでも、アイツもこの件でとうとう終わり。せいせいしたっスよ。それよりもユーゴさん、エクスブレイバーだったんスね」
鉄太の言葉に、ユーゴは飲みかけのコーヒーを吹き出しそうになった。
「ゴホッゴホッ。……お前、なんでその名称をしってんだよ。てか日本での俺の事を知ってんのか、もしかして?」
「そりゃSNSとかに画像やら動画やら拡散されまくってるッスからね。てか自分のことなのにそれを知らなかったってことに驚きッスよ。エゴサとかしねーんスか?」
「まさか自分の事が噂になってるとか思わねぇしな。だいたいエクスブレイバーってのは通称で、正式名称は違うんだよ」
「まじスか? じゃあ正式名称は何て言うんスか?」
「企業秘密だ」
「残念。てか企業秘密って、なんかビジネスライクっすね」
「仕事だからな。金を貰わなきゃやってられるか、あんなこと」
「なんか世知辛いッスね。ヒーローの知りたくない部分を知っちまったっス」
「別に俺はヒーローをやっていたつもりはない。他の連中はどうか知らんけどな」
あまり過去をほじくり返されたくないユーゴがそろそろこの話題を打ち切ろうとしたとき、玄関に続くドアが開いた。輝星とフィールエルが帰ってきたのだ。
フィールエルの頬には大きなガーゼが貼られていて、痛々しい。
パレアと共にユーゴと鉄太のやり取りをぼんやりと見ていた雪。戻ってきた二人を見て、弾かれたように立ち上がった。
「フィールエルさん……」
「ああ、雪。ただいまだ」
「その……傷のお加減は?」
フィールエルは気まずそうに怪我をしていない側の頬を書いたが、やがて意を決して口を開く。
「すぐに分かってしまうことだから言うけれど、数針縫った」
「そんな……っ!」
その返答に、雪は衝撃を受けた。
縫合したということは、抜糸すれば傷跡が残ってしまうということだ。
雪は女性の顔に傷痕が残ることが、どんなに悲惨か知っている。
同じ女性であるフィールエルの心中は、察するに余りある。
「そんな泣きそうな顔をしないで欲しい、雪。さっきも言ったと思うけれど、気にしないで欲しい。ボクは雪が無事だったことが嬉しいんだ」
フィールエルの言葉に、雪は大粒の涙をぼろぼろと零しだした。
「なんと……なんと気高く優しいお方なのでしょうか。それに較べ、私は己の浅ましさが恥ずかしい。意中の殿方の気を引こうと張り合うことばかり考えて……」
「こう見えてボクはけっこう挑発に乗せられやすいから、そういうのは出来れば控えてもらうと助かる……って、ええ!?」
瞳を潤ませながら、雪がフィールエルの手を両手で包み込んだ。感極まっての行動らしい。
「私、いままでの態度を改めますわ。フィールエルさん、いえ、フィー。お友達になりましょう! 私、貴女の事が大好きになりました!」
「あ……う、うん。改めてよろしくだ、雪」
箱入りお姫様然としたストレートな感情表現にたじたじとなるフィールエルに、雪は更に追い打ちをかける。
「ええ! 私、貴女ならば、私と同じ正妻となることを許せそうですわ」
「ちょ……ちょっと待って欲しい! そういう話は相手の承諾もあってのことで……っていうか正妻って二人同時になれるものなのか!?」
話が予期せぬ方向へ飛び火しそうになり、ユーゴはリビングを出ることにした。
ネルは仲間の少女たちの仲直りに感動している。
「正妻の話には物申したい気分ですが、なにはともあれ良かったです。お二人の友情に幸あれ。主よ、感謝します」
パレアの方は両手を腰に当て、やれやれといった風情だ。
「雨降って地、固まるってやつね」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
その夜。
フィールエルは自室のテラスから月を眺めていた。
月と言っても、地球のような月ではない。
この世界にある、色違いの太陽三つが光量を絞って一重に重なった時に白い月のようになり、この世界に夜が訪れるのだ。
「眠れないのか?」
そんな彼女に中庭の方から声をかける者がいた。
フィールエルが中庭を見下ろすと、そこにはユーゴの姿。
彼は大きく跳躍すると、フィールエルの真横に着地した。
「こんな夜更けに淑女の部屋に断りもなくやってくるとは、無礼な男だな」
詰るようなセリフとは裏腹に、フィールエルの声音に棘はない。
「無礼千万傍若無人は今さらだろう」
「傍若無人は言ってないぞ。それで何の用だ? この傷の事か?」」
フィールエルはくすっと笑い、ガーゼに手を当てて言った。
「なんだ、バレバレか」
「普段はボクたちと自分からコミュニケーションを取ろうとしないお前が、わざわざボクの部屋に来たんだ。まさか雑談ということもないだろう」
「まぁな。で、お前、本当に後悔していないのか?」
「していないさ」
月を観ながら、フィールエルは答えた。
「後悔はしていない。ベルーナ遺跡で言ったはずだ。お前についていくなら何があっても構わない、と。でも……」
「でも?」
「お前にだけは、この傷ついた顔を見られたくはない」
じわりとフィールエルの瞳が滲み出した。
”お前にだけは”。
この意味が分からぬほど、ユーゴは朴念仁ではない。
以前からユーゴに向ける態度から、フィールエルの気持ちには気付いていた。
「俺は誰ともそういう関係になるつもりはないぞ」
「理解っているさ。お前は何か大きな目標に向けて進んでいるし、それしか見ていない」
「そうだ。この旅だってその目的を達成するためのステップだ。いや、もしかしたら、この仕事が終われば手が届くかもしれない。だから俺は、他の事に気を向けられない」
「ああ」
フィールエルは理解していた。
自分が……いや、自分たちがユーゴの眼中に無いことを。
自分の想いが届かないかもしれないということを。
だが、追いかけなければもう二度と会えない可能性もあった。
だから一緒にいられればそれで良いと思っていた。
「だから、その目的達成の成功率を上げるためにも、戦力であるお前のモチベーションの低下は防ぐ必要がある」
「……なんの話だ?」
フィールエルの疑問には答えず、ユーゴは自身の中にある【鬼神核】へ念じる。
【事象革命】───発動。
ユーゴは時間を遡行し、事実を書き換えた。
そして能力を終了させると、フィールエルの頬のガーゼを剥ぎ取った。
「ちょっ!? ばか、止め……」
「いいから、頬を触ってみろよ」
「……え?」
手術跡の引き攣った感触が消えていた。それを不審に思い言われた通り触ってみると、僅かな引っ掛かりもない。
傷が跡形もなく消えていた。
「ど……どうなってるんだ?」
「俺の能力【事象革命】で現実を書き換えた。”お前は傷を負ったが、傷を負う前の肌を取り戻した”ってな。
「ネルを生き返らせた、あの能力か……」
「そうだ。二十四時間以内に起こった事象になら干渉して、好きなように現実を変えられる。まぁ理屈に合わないことほどその反動もでかいが」
「……そんな危険な能力をボクに使って良かったのか? 以前言っていたじゃないか。しばらく能力を仕えなくなって体力が低下したって」
「まぁ今回はネルの時ほどデタラメじゃないから、反動もそれほどじゃないだろ。それに言っただろ。これは俺の目的の為だ。お前は戦力としては使える女だからな。傷ごときでもしものときのリスクを増やしたくないんだよ。あと、これは俺の気まぐれだ。いつもやってやるとは限らねぇぞ」
プイと横を向いてユーゴは言った。
「ふふ。お前は本当に露悪的というか、ツンデレだな」
「はぁ? 俺に変な属性をつけるんじゃねぇよ、馬鹿。もういい。俺は帰るぞ」
「ああ、ありがとうユーゴ。おやすみ」
ユーゴが中庭に飛び降りた後、フィールエルは再び月を見上げた。
「お前は本当に罪作りな男だよ」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
月の下。めいでぃっしゅ寮から離れた時計塔の頂上に立つ人影があった。
月光に輝く白銀の女性。彼女は別館に歩いて戻っていくユーゴを見つめながら呟く。
「事象───世界の過去ログに干渉できる能力まで与えているのか」
彼女は眼を細めた。
「これで確信したぞ。奴らの目的が。あの男は危険だ。そうなる前に始末せねばな」
そして彼女───とある女神は、ゆらりと蜃気楼に溶けるように姿を消した。
輝星はフィールエルを医師の元へ連れていき、戦闘に参加したネルと雪は休息をとることにした。
非戦闘員であるメイド達は、庭の片付けを行っている。
「悪いな、鉄太。庭を無茶苦茶にしちまった」
寮の本館。そのリビングでサンドイッチを摘みながらユーゴは謝罪した。
「仕方ないことスから、気にしないで下さい。元を正せば、悪いのはドネルの野郎なんスから。まぁでも、アイツもこの件でとうとう終わり。せいせいしたっスよ。それよりもユーゴさん、エクスブレイバーだったんスね」
鉄太の言葉に、ユーゴは飲みかけのコーヒーを吹き出しそうになった。
「ゴホッゴホッ。……お前、なんでその名称をしってんだよ。てか日本での俺の事を知ってんのか、もしかして?」
「そりゃSNSとかに画像やら動画やら拡散されまくってるッスからね。てか自分のことなのにそれを知らなかったってことに驚きッスよ。エゴサとかしねーんスか?」
「まさか自分の事が噂になってるとか思わねぇしな。だいたいエクスブレイバーってのは通称で、正式名称は違うんだよ」
「まじスか? じゃあ正式名称は何て言うんスか?」
「企業秘密だ」
「残念。てか企業秘密って、なんかビジネスライクっすね」
「仕事だからな。金を貰わなきゃやってられるか、あんなこと」
「なんか世知辛いッスね。ヒーローの知りたくない部分を知っちまったっス」
「別に俺はヒーローをやっていたつもりはない。他の連中はどうか知らんけどな」
あまり過去をほじくり返されたくないユーゴがそろそろこの話題を打ち切ろうとしたとき、玄関に続くドアが開いた。輝星とフィールエルが帰ってきたのだ。
フィールエルの頬には大きなガーゼが貼られていて、痛々しい。
パレアと共にユーゴと鉄太のやり取りをぼんやりと見ていた雪。戻ってきた二人を見て、弾かれたように立ち上がった。
「フィールエルさん……」
「ああ、雪。ただいまだ」
「その……傷のお加減は?」
フィールエルは気まずそうに怪我をしていない側の頬を書いたが、やがて意を決して口を開く。
「すぐに分かってしまうことだから言うけれど、数針縫った」
「そんな……っ!」
その返答に、雪は衝撃を受けた。
縫合したということは、抜糸すれば傷跡が残ってしまうということだ。
雪は女性の顔に傷痕が残ることが、どんなに悲惨か知っている。
同じ女性であるフィールエルの心中は、察するに余りある。
「そんな泣きそうな顔をしないで欲しい、雪。さっきも言ったと思うけれど、気にしないで欲しい。ボクは雪が無事だったことが嬉しいんだ」
フィールエルの言葉に、雪は大粒の涙をぼろぼろと零しだした。
「なんと……なんと気高く優しいお方なのでしょうか。それに較べ、私は己の浅ましさが恥ずかしい。意中の殿方の気を引こうと張り合うことばかり考えて……」
「こう見えてボクはけっこう挑発に乗せられやすいから、そういうのは出来れば控えてもらうと助かる……って、ええ!?」
瞳を潤ませながら、雪がフィールエルの手を両手で包み込んだ。感極まっての行動らしい。
「私、いままでの態度を改めますわ。フィールエルさん、いえ、フィー。お友達になりましょう! 私、貴女の事が大好きになりました!」
「あ……う、うん。改めてよろしくだ、雪」
箱入りお姫様然としたストレートな感情表現にたじたじとなるフィールエルに、雪は更に追い打ちをかける。
「ええ! 私、貴女ならば、私と同じ正妻となることを許せそうですわ」
「ちょ……ちょっと待って欲しい! そういう話は相手の承諾もあってのことで……っていうか正妻って二人同時になれるものなのか!?」
話が予期せぬ方向へ飛び火しそうになり、ユーゴはリビングを出ることにした。
ネルは仲間の少女たちの仲直りに感動している。
「正妻の話には物申したい気分ですが、なにはともあれ良かったです。お二人の友情に幸あれ。主よ、感謝します」
パレアの方は両手を腰に当て、やれやれといった風情だ。
「雨降って地、固まるってやつね」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
その夜。
フィールエルは自室のテラスから月を眺めていた。
月と言っても、地球のような月ではない。
この世界にある、色違いの太陽三つが光量を絞って一重に重なった時に白い月のようになり、この世界に夜が訪れるのだ。
「眠れないのか?」
そんな彼女に中庭の方から声をかける者がいた。
フィールエルが中庭を見下ろすと、そこにはユーゴの姿。
彼は大きく跳躍すると、フィールエルの真横に着地した。
「こんな夜更けに淑女の部屋に断りもなくやってくるとは、無礼な男だな」
詰るようなセリフとは裏腹に、フィールエルの声音に棘はない。
「無礼千万傍若無人は今さらだろう」
「傍若無人は言ってないぞ。それで何の用だ? この傷の事か?」」
フィールエルはくすっと笑い、ガーゼに手を当てて言った。
「なんだ、バレバレか」
「普段はボクたちと自分からコミュニケーションを取ろうとしないお前が、わざわざボクの部屋に来たんだ。まさか雑談ということもないだろう」
「まぁな。で、お前、本当に後悔していないのか?」
「していないさ」
月を観ながら、フィールエルは答えた。
「後悔はしていない。ベルーナ遺跡で言ったはずだ。お前についていくなら何があっても構わない、と。でも……」
「でも?」
「お前にだけは、この傷ついた顔を見られたくはない」
じわりとフィールエルの瞳が滲み出した。
”お前にだけは”。
この意味が分からぬほど、ユーゴは朴念仁ではない。
以前からユーゴに向ける態度から、フィールエルの気持ちには気付いていた。
「俺は誰ともそういう関係になるつもりはないぞ」
「理解っているさ。お前は何か大きな目標に向けて進んでいるし、それしか見ていない」
「そうだ。この旅だってその目的を達成するためのステップだ。いや、もしかしたら、この仕事が終われば手が届くかもしれない。だから俺は、他の事に気を向けられない」
「ああ」
フィールエルは理解していた。
自分が……いや、自分たちがユーゴの眼中に無いことを。
自分の想いが届かないかもしれないということを。
だが、追いかけなければもう二度と会えない可能性もあった。
だから一緒にいられればそれで良いと思っていた。
「だから、その目的達成の成功率を上げるためにも、戦力であるお前のモチベーションの低下は防ぐ必要がある」
「……なんの話だ?」
フィールエルの疑問には答えず、ユーゴは自身の中にある【鬼神核】へ念じる。
【事象革命】───発動。
ユーゴは時間を遡行し、事実を書き換えた。
そして能力を終了させると、フィールエルの頬のガーゼを剥ぎ取った。
「ちょっ!? ばか、止め……」
「いいから、頬を触ってみろよ」
「……え?」
手術跡の引き攣った感触が消えていた。それを不審に思い言われた通り触ってみると、僅かな引っ掛かりもない。
傷が跡形もなく消えていた。
「ど……どうなってるんだ?」
「俺の能力【事象革命】で現実を書き換えた。”お前は傷を負ったが、傷を負う前の肌を取り戻した”ってな。
「ネルを生き返らせた、あの能力か……」
「そうだ。二十四時間以内に起こった事象になら干渉して、好きなように現実を変えられる。まぁ理屈に合わないことほどその反動もでかいが」
「……そんな危険な能力をボクに使って良かったのか? 以前言っていたじゃないか。しばらく能力を仕えなくなって体力が低下したって」
「まぁ今回はネルの時ほどデタラメじゃないから、反動もそれほどじゃないだろ。それに言っただろ。これは俺の目的の為だ。お前は戦力としては使える女だからな。傷ごときでもしものときのリスクを増やしたくないんだよ。あと、これは俺の気まぐれだ。いつもやってやるとは限らねぇぞ」
プイと横を向いてユーゴは言った。
「ふふ。お前は本当に露悪的というか、ツンデレだな」
「はぁ? 俺に変な属性をつけるんじゃねぇよ、馬鹿。もういい。俺は帰るぞ」
「ああ、ありがとうユーゴ。おやすみ」
ユーゴが中庭に飛び降りた後、フィールエルは再び月を見上げた。
「お前は本当に罪作りな男だよ」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
月の下。めいでぃっしゅ寮から離れた時計塔の頂上に立つ人影があった。
月光に輝く白銀の女性。彼女は別館に歩いて戻っていくユーゴを見つめながら呟く。
「事象───世界の過去ログに干渉できる能力まで与えているのか」
彼女は眼を細めた。
「これで確信したぞ。奴らの目的が。あの男は危険だ。そうなる前に始末せねばな」
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