上 下
61 / 139
からくり奇譚 編

061. 出航不可

しおりを挟む
 メナ・ジェンド獣王国。その最南端の土地。
 そこで農夫をしている男は、遠くから聞こえてくる妙な音に農作業の手を止めた。
 手拭いで汗を拭きながら、彼は音のする方を見た。
 男の畑からなだらかな坂を降った先にある街道。
 そこに、見たことのない奇妙な馬が走っていた。
 いや、馬なのか?
 妙な黒革の服を着た男がまたがって走っているそれには、車輪が三つ付いている。
 ということは、何らかの乗り物だろうか?
 その後部座席には少女が二人、横並びで座っている。
 農夫は長い年月ここで畑を耕している。港町に続く道ということもあり、今まで多種多様な人や物が男の目の前を通り過ぎていったが、その中でもアレは群を抜いて奇天烈だ。
 アレが何なのか、農夫には理解が及ばない。
 だから農夫は農作業を再開した。理解できないことを考えても仕方ないからだ。
 ブオオン、と音を立て、珍妙な馬は男の前を通り過ぎていった。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「風が気持良い! バイクってこんなに気持ちよかったんだな!」

 桃色の髪をした女騎士が、嬉しそうに言った。

「前世では私も運転したことがありましたが、後ろに座るとまた違いますね」

 栗色の髪をした修道女が、風になびく髪を押さえながら感想を述べた。

「お前ら、見えたぞ。スエナだ!」

 運転するレザージャケットを来た男が、しばらくして後部の少女たちに告げた。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 ユーゴ、フィールエル、ネルの三人は、ヨウゲン国を目指して順調に南下していた。
 首都ベルトガルドを出発するにあたり、馬車を買おうかとフィールエルが言った。
 フィールエルはユーゴが自動車を極力使わないようにしていたのを知っていたからだ。
 だがそれを、ユーゴは断った。
 理由はいくつかある。
 まず馬車は安くない。それを牽く馬もエサ代が掛かる。ベルタリオからは餞別として路銀を渡されたが、道中何があるかわからない。これからは少女二人も同伴するので、なるべく節約したいところだ。
 次に、ベルトガルドでの騒動に巻き込まれたために、何日かロスしてしまった。この旅に明確な期限がある訳では無いが、ユーゴに依頼した女神ユーラウリアはなるべく早くと言っていた。実際、これまでに二度、敵対している神々の手が迫っていたのだ。可及的に急ぐべきだろう。
 クロスカントリー自動車【アドヴェンチャー・ガンマ】を使用するのに、いままで極力目立ちたくないと思っていたが、これまで散々目立つ真似をしてしまったのだ。
 そこでもうユーゴは開き直ることにした。
 ただ一つ難点があるとすれば、アドヴェンチャー・ガンマの燃料問題だ。
 神が造ったミラクルアイテムのくせに、発動機はエンジン。つまり燃料は化石燃料で、しかもハイオク。現代地球では脱炭素の動きが活発なのに、神はそんな事は些事とばかりに意に介さない。
 アドヴェンチャー・ガンマを造った神の意図が那辺にあるかはユーゴの知るところではない。だが現実問題として異世界にはガソリンスタンドなど存在しないので、補給に関して難がある。というか、自力での調達は不可能だった。
 そこをフォローするのは、やはり女神であるユーラウリアだった。
 持続走行距離は約三百キロメートル。ガス欠になったら【無限のシークレットもちゃ箱フロンティア】に放り込んでおく。すると、ユーラウリアがどのように行っているかは判然としないが、二日ないし三日に一回、補給しておいてくれるのである。
 武器弾薬燃料に関しては、割と頻繁にチェックしているらしい。
 こうして、聖女二人が乗ってきた馬をベルトガルドで売却し、自動車での移動ということに方針が決まった。
 休憩を挟みながら走行し、燃料が切れたら補充されるまで歩いて移動。その間に最寄りの町に入り、宿に泊まったり物資を補給したりした。


 そんなある日、食事中にフィールエルがこんなことを言った。

「ユーゴ。バイクは持っていないのか?」

 男性の運転するバイクの後ろに乗るのが、お嬢様学校に通っていた前世の憧れだったらしい。
 ユーゴは答えた。二輪ではなく、三輪トライクで良いならある、と。
 いままで三人だからと選択肢から除外していたが、もしかしたら使えるかも知れないとユーゴは考え直した。
 ユーゴは無限のシークレットもちゃ箱フロンティアから目的のバイクを取り出した。
 普通のバイクよりも大型で、なんと排気量は一万cc弱もある。バイクのくせに、軽自動車並である。
 そのため、当然車体は大きく、フラットシートになっている後部座席も幅が広く、女性なら二人くらいは並んで乗れそうだ。
 タイヤも太く目が荒いものが履いてあり、未舗装路でも難なく進む。
 ちなみにこのバイクも、神謹製である。

 街道を走っていると、目の前の地平線が水平線に変わり、気づけば顔に浴びる風にも潮の匂いが混じっていた。
 町が見える。メナ・ジェンド最南端の港町、スエナだ。
 徒歩に切り替えて街へ入ったユーゴ達は、まずヨウゲン国行きの船便を調べることにして海運ギルドへと足を運んだのだが……

「ヨウゲン国行きの船が出てない?」

 ヨウゲン便を差配しているという船乗りからそう聞いたユーゴは、思わずオウム返しをしてしまった。

「というか、船は全部出られねぇ」

 たっぷりとした髭を蓄えて日焼けした、いかにも船乗りといった風貌の男は、忌々しそうに呟いた。

「何日か前から、出る船出る船、みんな海の魔獣や海の魔王軍にやられちまってなぁ。いや、少し前から海の魔獣どもの数が多くなってんのは噂になってたんだよ。なんか異変でも起きてんじゃねぇかって」

「それじゃあ、その海の魔獣ってのがいなくなれば船は出せるのか?」

「そういうこった。冒険者ギルドも退治に乗り出したんだが、成果を挙げられたもんはいねぇよ」

「冒険者ギルドが依頼案件クエストを出してんのか」

 思案するユーゴに、フィールエルが声を掛ける。

「どうするんだ、ユーゴ?」

「そうだな。一度、冒険者ギルドに行ってみるか」

 船乗りに礼を告げて海運ギルドを出たユーゴ達は、その足でスエナの冒険者ギルドへ向かった。


 ラウンジにの掲示板には確かに『海の魔獣および冥海の魔王軍の討伐』という題名の依頼があった。
 内容は “海運事業に有害な魔物および海人族の討伐” で、達成条件は “討伐対象の肢体の六割以上をギルドへと持ち込むこと。詳細は別紙参照” とある。その報酬はかなりの額だ。
 受託可能ランクはB以上。しかしそのBにバッテンが上書きされ、その横にAと書き足されている。 
 Bランクの冒険者では手に負えないと判断されたのだ。
 どちらにせよEランクのユーゴでは依頼を受けられない。

「なぁ、ちょっといいか?」

「はい。どうされました?」

 ユーゴは近くにいた女性職員を呼んだ。

「この依頼って、やっぱりAランクじゃないと受けられないのか?」

「そうですね~。基本的には受けられません。もし適切でない実力の方と契約して、その冒険者に何かあった場合は、ギルドの責任になっちゃいますからね」

「やっぱそうだよな……」

 どうしようかとユーゴが頬を掻いた時、職員はいたずらっぽい笑顔を浮かべた。

「でも依頼とは関係なく、冒険者の方が勝手に魔物を退治することを止める権利もギルドにはありません」

「……なるほど、そういうことか」

 要するにギルドとしては責任問題に発展しなければ、誰が魔物を倒しても構わないのである。

「はい。その場合、達成報酬は支払われませんが、魔物の死体を素材として買い取らせていただくことは可能です。達成報酬より金額は少なくなってしまいますけど、その代わりランクアップの査定に大きく影響します。実はこの手の討伐依頼には多いんですよ。低ランクでも手っ取り早く稼いだり、ランクの上昇を目指されるって方」

「うまく出来てるもんだ。分かった。ありがとうな」

 ユーゴ達は礼を言ってギルドを出た。
 それからひとまず作戦会議を兼ねて、レストランで食事をすることにした。
 久しぶりの美味しい海鮮料理にほっぺたが落ちる女子二人。
 ロジスティクスが未発達なこの世界では、新鮮な魚介類は海の近くでしか出会えないのだ。

「それにしても困りましたね。船も出ませんし、海の魔物は私たちにはどうしようもありません……」

 眉をハの字にして溜息をついたネルに、ユーゴが白身魚のフライを頬張りながら告げる。

「俺に作戦がある。フィールエル───」

「何だ?」

「───俺を抱け」

「「………………ええっ!?」」


──────to be continued

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

お読みいただき誠にありがとうございます。
この作品が
「面白い」 「続きが読みたい」 「推してもいい」
と少しでも思って頂けた方は、

①お気に入り 登録
②エールを送る(アプリ版のみ)
③感想を書く
④シェアする

をして頂ければ、作者のモチベーションアップや作品の向上に繋がります。
※お気に入り登録して頂きますと、新エピソードが投稿された際に通知が届いて便利です。
アマチュアである作者は皆様に支えられております。
この作品を皆様で盛り上げて頂き、書籍化やコミカライズ、果てはアニメ化などに繋がればいいなと思います。
この作品を読者の皆様の手で育てて下さい。
そして「この作品は人気のない時から知ってたんだぜ?」とドヤって頂けることが夢です。
よろしくお願いいたします。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

突然シーカーになったので冒険します〜駆け出し探索者の成長物語〜

平山和人
ファンタジー
スマートフォンやSNSが当たり前の現代社会に、ある日突然「ダンジョン」と呼ばれる異空間が出現してから30年が経過していた。 26歳のコンビニアルバイト、新城直人はある朝、目の前に「ステータス画面」が浮かび上がる。直人は、ダンジョンを攻略できる特殊能力者「探索者(シーカー)」に覚醒したのだ。 最寄り駅前に出現している小規模ダンジョンまで、愛用の自転車で向かう大地。初心者向けとは言え、実際の戦闘は命懸け。スマホアプリで探索者仲間とダンジョン情報を共有しながら、慎重に探索を進めていく。 レベルアップを重ね、新しいスキルを習得し、倒したモンスターから得た魔石を換金することで、少しずつではあるが確実に成長していく。やがて大地は、探索者として独り立ちしていくための第一歩を踏み出すのだった。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

処理中です...