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千獣の魔王 編

050. VS 冥海の魔王ちゃん

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「何なのよあんた。何なのよあんた! ぽっと出の一般人が私たちの相手するですって⁉︎ しかも1人で? はっ! 冥海の魔王も舐められたものね」

 腰に手を当てて甲高いアニメ声で喚くパレア。

「ってあれ? あんた今日、チアキのしょっぼい城で会った人間じゃない」

「城っていうか、官邸だがな」

「……そういえば、グレンがあんたのことを『バケモノ』って言ってたわね。それにあの【千獣の魔王ベヒモス】が信頼してこの場を任せた。……いいわ。どの程度のものか、この私が直々に推し量ってあげる!」

 パレアが槍を持っていない手をユーゴに向けると、水色の魔方陣が彼女の周りに展開した。その数十。

「喰らいなさい」

 超高圧縮された水の塊が次々と打ち出される。
 自らの体内の水分を放出するウォーターブレッドの派生形で、視界にある水を転送して撃ち出すパレア独自の魔術である。
 それをユーゴはひょいひょいと身軽に避ける。

「やるわね。この魔水弾。そんじょそこらの魔人なら一瞬で蜂の巣よ。じゃあこれはどう?」

 突き出した手を今度は天へ向けるパレア。その動きに連動して、海面から水の槍が雨後の筍のように生えてきた。数百、いや、数千はあるだろう。

「私、こう見えてもこの世界の海を統べる存在なの。 【海神槍トリニティ】が無くても、これくらいは朝飯前よ! どう、怖いでしょう?」

 勝ち誇って言うパレアに、しかしユーゴは、

「いや、別に?」

 白けた顔で言い放った。鼻くそをほじりながら。
 カッチーン。
 パレアの口の端が引きつった。

「あぁそう。じゃあよかったわね。恐怖を感じずに死ねるなんて!」

 口の端をヒクヒクさせたパレアが挙げた手を振り下ろすと、数千もの水の槍が砂浜をどんどん抉っていく。

「ってあれ? いない⁉︎」

 広範囲の絨毯爆撃で逃げ場を塞いだはずだ。
 なのに、あのふざけた男の死体がない。肉片すら落ちていない。

「こっちこっち。あ、ちゃんと履いてるんだな」

 パレアの背後から声がした。正確には後方の地面近く。

「きゃあっ⁉︎ って、いつの間に⁉︎ の、覗くなー!」

 背後では、ユーゴが砂浜に寝仏像よろしく横になっていた。
 自分のスカートの中が覗かれていることを悟ったパレアは、スカートのお尻部分を両手で抑えている。

「あれはパンツなのか? …いや、しかし、あのテクスチャー感。やはりスク水? だとしたら…」

「無視すんなー! ……も、もう~、何なのこいつ⁉︎」

 ありえない速さで予測不可能な動きをする未知の生命体ユーゴ・タカトーに、冥海の魔王ちゃんは恐怖。既に涙がにじんでいた。

「ん。あぁ、悪い、ちょっと気になりだしてな」

 実はユーゴには気になっていることがあった。パレアをひと目見た時から。
 パレアが着ているのは、細部に装飾などの違いはあれど、間違いなくセーラー服だ。しかもまさかと思ってスカートの中を覗くと、水着のような質感の下着だった。

「気になること? 何を、戦闘中に……」

「いや、お前のことがな……」

「え……?」

 トゥンク。

 敵であるはずの男から飛び出した思いがけない言葉。
 パレアの小さな胸が大きく弾んだ。
 対してユーゴの方は、これは戦ってる場合ではないなと考えだした。
 話を聞き出すには、ひとまず相手と友好的な関係を築かねばなるまい。
 ユーゴは以前どこかの世界で聞いた話を思い出した。
 誰かと仲良くなりたければ、美味しい食事を共にするのが一番だと。
 そこでユーゴは周りを見渡した。
 街は遠い。しかも住民は避難しているだろう。
 レストランの線は消えた。
 ならば自給自足だ。
 そういえば、そこの海に美味しそうな食材があったな。
 ユーゴは千里眼で海中を覗いた。尾鰭や水掻きやエラや鱗が生えた海人に混じって、活きの良さそうな魚が泳いでいる。

「うまそうだな…」

 ユーゴは空腹を覚えた。そういえば、食事を取り忘れたことを思い出した。
 思い出したら腹ぺこメーターがぐんぐん上昇。そろそろマジで飯食わなきゃなと真剣な表情になる。

「えっ…今なんて?」

 パレアのつぶやきに、ユーゴは彼女の方を向いた。

「うまそうだと言ったんだ (お前の仲間が) 」

 ユーゴはパレアの顔を真剣な眼差しで見つめている。
 顔───いや、唇⁉︎

「お、美味しそうっ⁉︎ (アタシの唇が⁉︎) 」

 ズキューン!

 パレアの胸の鼓動はいっそう速くなり、頬に赤みが差した。あわあわと両膝が生まれたての小鹿のように震える。
 しかし、ユーゴは魚を獲って食べるという案を自ら却下した。魚をパレアに食べさせるのは、共食いを勧めるのと同義ではないのか、と思って。これでは仲良くなるところではない。

「…う、うわああ~!」

 突然、パレアが海神槍トリニティを振りかぶって攻撃してきた。自分に突如、襲いかかった感情に混乱したためだ。
 目の前の男を倒せば、この混乱から抜け出せると思ったが、両足に力が入らず腰が入っていないため、その軌道はヘロヘロしたものになる。

「おっと…」

 空腹で血糖値がだだ下がりのユーゴ。さすがの彼も一瞬反応が遅れた。

「え、あれ……⁉︎ きゃあ⁉︎」

 そのため、つんのめって前に倒れるパレアを抱き止められず、しかも運悪く、パレアがとっさにユーゴの服をつかんだ。
 さらに、浜の柔らかくも凸凹の激しい足場で踏ん張りが効かず、不覚にも共に倒れ込んでしまった。
 砂浜とはいえ倒れた時の衝撃は無いではない。
 痛みに目を閉じて顔をしかめるパレア。しかし、瞼を開くと…

「おい、大丈夫か……?」

 パレアのすぐ目の前に、あの男の顔があった。心配そうにパレアの様子を窺っている。
 ユーゴとしては、せっかくの情報源に何かあっては大変だと思ったわけだが。
 対して、そんなユーゴの心配など知るべくもないパレアの心の声は

 (ぎゃあああああああああああっ!)

 ふざけた性格に反して精悍な顔立ち。しかもこの体勢は───押し倒されてるっ!?
 自分の置かれている状況に気づいたパレア。その顔は汗が吹き出しそうなほど真っ赤になって、何故か彼女の背景にだけ点描が出現した。
 それに飽き足りず、ドキドキが最高潮に達したパレアの顔のタッチは、もはや少女漫画のそれである。
 しかも壁ドンならぬ浜ドン  (笑) 。
 とくん、とくん、とハートのビートはその音を大きく速くしていき、やがて彼女は……

 もぎゃーーーーーーーん!

「ぎゃあああああああああああっ!」

 叫んだ。
 野生に解き放たれた獣のように。いや、パレアは冥海人だから、海原に放流リリースされた魚か。魚が叫ぶかは知らないが。

「うおっ!? なんだよ、急に大声出して。頭の打ち所が悪かったのか?」

「わぁっ! わぁっ! うわぁぁぁーっ!!」

 生まれて初めての未知の感情の奔流。その処理に脳が追いつかず、パレアは槍を振るった。目に大きな涙を溜めながら。
 とにかくこの男から遠ざかりたかったのだ。

「ふーっ! ふーっ!」

 怒り狂った猫が威嚇するように、槍の穂先をユーゴに向けながら後退して充分に離れたところで、パレアは「うわぁぁぁぁん」と泣きながら海に駆け込んだ。
 するとなんと、海にパレアの身体が触れると、パレアの身体が光った。
 パレアの耳が大きな髪飾りのようなひれに、スカートから伸びていた二本の足は、一本の尾びれになっていた。

「な、何だかよくわからないから、あんたは危険だわ。もう、一気に消してやるわ!」

 パレアが海神槍トリニティに魔力を込めた。

──────to be continued

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