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千獣の魔王 編

036. 勇者パーティーを追放された俺だが、 そもそも加入した覚えはありませんが?⑤

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 結局、『右側通行』の表示に従ったのは、ユーゴ一人だけだった。
 カツーン、カツーンと靴音だけが尾を引いて壁に反響している。
 数歩歩いたところで、
 ヒュッ。
 後方から風切り音。
 ユーゴは反射的に反応し、飛来物を掴んだ。
 後ろから飛んできたのは矢だった。
 振り返って確認したユーゴだったが、矢を射た者の姿は見えない。恐らくトラップだろう。
 それから一行が進むたびに次々に飛んでくる矢を、ユーゴは律儀に叩き落したり掴んで投げ捨てた。
 ベガスやギランに刺さるだけなら放っておくが、射線上にはリリが居る。
 ユーゴは皆に注意喚起しようとも考えたが、話してもいらつくだけなのでやめた。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 しばらく進んだところで、少し開けた場所に出た。
 その中央に、綺麗な状態の木製の宝箱があった。

「おお。早速お宝があるじゃないか」
「バ……っ! やめろ!」

 ユーゴの制止も間に合わず、ギランは宝箱に飛びついて開けてしまった。
 その瞬間。
 ガチャリ。壁の何処かで音が鳴ると、壁から魔獣の群れが湧き出てきた。
 古い遺跡の中に綺麗な状態の木箱があることに、まず不審感を抱くべきだったのだ。

「ダンジョン・モンスターだ!」

 ダンジョンや迷宮のトラップの一つ。実在する魔獣と姿形、能力に至るまでそっくりそのまま出現させるもので、倒しても一定時間が経過するか一定の条件でいくらでも再出現する、厄介かつポピュラーな罠だ。
 個体数は十五匹。
 今回も遺跡に向かっていたときと同じように、混戦乱戦の様相を呈した。
 ユーゴはと言うと、前回以上に消極的だった。魔獣の攻撃はうまく回避し、反撃するときもギランやベガスの方へ蹴り飛ばして、彼らの相手になるように仕向けた。
 ただしリリとレイアの方に向かっていった個体は彼女達が気づく前に処理したが。
 これは自分で空気の読める男だと思っているユーゴが、彼らが思い描いている『魔獣の相手もできず、足手まといの男』という役割にそって忠実に行動しているだけである。
 決して、決めつけられてムカついているから嫌がらせをしているとかではない……はずだ。

 戦闘が終了し、 (ユーゴ以外は)這々の体で一行はほとんど無言で進んだ。
 ときおり先頭に並んだベガスとギランが、何やらひそひそ話をし、ユーゴをチラ見するのが感じが悪かった。
 リリは途中でユーゴを一瞥いちべつしたが、それ以降は振り向かなかった。
 途中、ユーゴは何度かユーゴだけが読める例の言語で書かれた警告を見つけたが、何も忠告しなかった。そんな気は既に失せている。
 案の定、先頭がカチカチとトラップのスイッチを踏みまくっていて、あろうことか引っかかったことにすら気付かない。
 しかも、トラップは全て後方から襲ってくる。意地の悪いダンジョンだ。これらのモンスターや矢などのトラップは、仕方ないので全てユーゴが処理した。
 それをいちいち報告するつもりも誇るつもりもない。話しかけて発生する、わずかな会話の時間すら惜しい。
 早く終わんねぇかな。
 ユーゴは人知れず嘆息した。
 とにかく早くこのダンジョンから抜け出したい。

 やがて、再び開けた場所に出た。
 ここには下層への階段があった。だがベガスとギランは立ち止まり、ユーゴに告げる。

「ユーゴ。悪いがお前にはここでパーティを外れてもらう」

「早い話が、足手まといをこれ以上、俺たちのパーティに置いておけないということだ」

「は?」

 ユーゴは自分の耳を疑った。

「そう驚く話でもないだろう。流石に戦力外すぎる。お前、今までほとんど何もしてないじゃないか。そんなやつは、早めにパーティを抜けてもらったほうが助かる。幸いにもここは俺たち四人で間に合いそうだしな」

 いや違う。俺が驚いたのは、いつの間にパーティメンバーに加えられていたのかってことだ。
 だがユーゴは口まで出かけたその言葉をぐっと喉の奥へ押し込んだ。喜びのエネルギーを使って。

「おい。俺らの荷物をよこせ。───そんじゃあ行こうぜ、リリ。レイア」

 ギランが女性二人に声をかけた。

「悪いわね、ユーゴ。貴方、もうちょっと使えるかと思ったけど、拍子抜けだわ。昨日のヘルドッグの件はまぐれだって言ってたけど、謙遜じゃなかったのね。ベガス達に従いていった方が苦労なく成功できそうだわ。じゃあ元気でね」

 レイアはこの流れに戸惑うこと無く、しれっと言い放った。彼女はこの展開を予想していたのだ。
 リリは先行する三人を見て、次いでユーゴを見て告げる。

「ごめんね、ユーゴ」

 そして小走りで去っていった。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 晴れて自由の身となったユーゴ。早くこんな狭くて暗くてジメジメした場所からおさらばしたいと復路を急いだ。
 このダンジョンは行きも帰りも同じトラップが発動するタイプだ。それをユーゴはテンション高めに打破していき、往路の五分の一の時間で脱出した。

「シャバの空気がめちゃヤミー!」

 いつの間にかちかけ、世界が茜色に染まっていた。
 もうこんな時間か。
 開放感ついでに空腹を感じたユーゴ。一人だということもあり、トレーラーハウスに入ることにした。

「あれ?」

 しかし、【無限のシークレットもちゃ箱フロンティア】が発動しない。
 これはいよいよ可怪しい。
 【電光石火フリーウェイジャム】、【千里眼ワールドゲイザー】に続いての、超能力の不調。さらに、今日一日身体のキレが悪い。スピード、パワー、反応速度。全てにおいてパフォーマンスを発揮できていないのだ。
 そういえば、最近あのギャル女神の姿を見ていない。次見かけたら、詳しく聞いてみようか。
 ユーゴが首をひねっていると、

「ん……?」

 ダンジョンの出入り口から、人影が現れた。ベガス達ではない。肢体のラインを強調するドレスを纏った、妖艶な美女だ。
 艷やかな紫色の髪を長く伸ばした彼女は、出るところは出ているが腰回りは折れそうなほどに細いという、思わず唾を飲み込みそうになるプロポーションをしていた。
 そのとても魅力的な肢体はチャイナドレスのようなラインを強調するドレスによって更に存在感を増している。
 美術彫刻のような顔には濡れたように光るぽってりとした唇や、そこはかとなく潤んだ瞳。
 うっすらと漂ってくるの香りは彼女の体臭なのだろうか、気付かぬ内に男の脳を骨抜きにしてしまう危険な香りだ。

「ほう……人間か?」

 相手もユーゴに気付いた。

「お主。このようなところで何をしておる? というか、どうやってこの遺跡に入った?」

 美女はどこか尊大な物言いでユーゴに訪ねた。だが柔らかな声色で、ユーゴに対しての棘は感じなかった。
 その声も雄の耳を喜びに震わせるであろう、蠱惑的な音色。
 彼女の全てが、男の本能を刺激する要素となっている。

「どうやっても何も、新しい遺跡が出現したからダンジョンに潜るってやつに従いてきて、たったいま開放されたばかりだが」

 気を抜けば口説いてしまいそうになる衝動を抑えつけながら、ユーゴは答えた。

「ああ、なるほど。アレからもうそんなに経ったか。道理でさっきから、なにやら騒々しいと思ったぞ」

 美女は何かに納得したようで、何度も頷いている。

「あんたこそ、今そのダンジョンから出てきたんだから俺と目的は同じだろう?」

 正確にはユーゴの目的ではなくベガスたちの目的だったが、そうしておくことにした。

「あ~……。まぁ、のう」

 美女は答えにくいのか、目が泳いでいる。

「しかし可怪しいな。俺の直後に出てきたのに、俺はアンタの気配を背後に感じなかった。俺を尾行しているのかと思ったが、アンタは隠れる様子もなく普通に出てきた。驚いた時の反応は自然なものだった。とすれば隠形ハインディングの線は考えにくい。……だとしたら」

「だとしたら?」

 美女はユーゴの考察を楽しむかのように、妖しく微笑んだ。

「わからん!」

「おいっ!」

 ユーゴの答えに転けそうになった美女。

「というか、どうでもいい。そんなことより問題は、夜も近いこの時間に、こんな辺鄙な場所にいる俺の宿はどうしようかってことだ」

 遺跡の周囲は鬱蒼とした森が広がっているばかりで、人里などは存在しない。

「どうでもいいって、お主……。まぁいい。それよりもお主、冒険者か?」

「まぁな。成り立てほやほやだよ。言っておくが、実はここには成り行きで来たんだ。本当なら今頃ならナーサの町に着いてたはずなんだよ」

 ナーサはアイラから南に、ベルーナ遺跡とほぼ同距離を進んだところにある町だ。

「ナーサ? 南に行きたいのか?」

「そうだ。正確にはもっと先のメナ・ジェンド経由でヨウゲン国に行くつもりだ」

 ふぅん、と美女は数秒顎に手を当てて考えた後、ユーゴに告げる。

「そうか。ならばお主は運が良い。今から私がメナ・ジェンドに連れて行ってやろう」

 そして、美女の背からバッと翼が生えた。


──────to be continued

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