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英雄と聖女 編

001. 一章プロローグ : ユーゴ・タカトー

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「いやぁぁぁ! ユーゴ! しっかりして、ユーゴ!」

 激戦で荒れ果てた大地に倒れた青年にしがみつき、仲間の少女が悲しみのあまり泣き叫んでいる。
 青年は身体の至るところに大きな傷を負っており、誰が見ても、もう彼は助からないと目を背けてしまうような有様だった。
 青年の周りを囲むように、数人の男女が涙を流しながら彼を見下ろしていた。

「ユーゴ。せっかく極龍を斃したのに、あなたが犠牲になるなんて」

「お前が命をかけてくれたお陰で、この世界に平和が訪れる。ありがとう…うう」

 彼らはもう理解わかっている。もう永遠のお別れなんだと。

「ばかやろう。泣くなよ、お前ら。俺は死なねぇよ。死んでも、な」

 青年はボロボロの唇から、辛うじて言葉を絞り出した。
 大丈夫なんだよ、俺は。
 しかしそれを説明する前に、青年の身体が発光しだした。
 そして仲間たちの嗚咽を聞きながら、青年の意識は闇に溶けていった。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 世界の果ての果てに、長く其処に在り続ける場所がある。
 其処は役目を終えた魂が訪う場所。
 その一角のとある空間には色とりどりの風船がいくつも浮いていて、大きさも拳大のものから人間大のものまで様々である。
 領域の主であるユーラウリアは、ご機嫌な足取りで歩きながら、やがて数多ある風船の中でも一番大きな風船に近づいた。
 大きさもさることながら、ほとんどの風船が単色である中で、彼女のお目当ての風船は、人が思いつく色をすべて詰め込んだようなマーブル柄で文字通り異色である。
 微笑むユーラウリアが見守る中、お目当ての風船はゆっくりと床に着地し、パン、と大きな音を立てて割れた。
 破裂したあとに残ったのは空気ではなく、なんと片膝を立ててあぐらをかいている、一人の青年だった。
 前回見送った後と変わらぬ姿の青年に「お帰りー」と片手をひらひらさせながら挨拶するユーラウリア。
 軽い調子の歓迎を受けた青年は閉じていた瞼をゆっくりと上げ、呆れ気味に応じる。

「とうとう第一声が『お帰り』になったか」

「そりゃそうっしょ。もう何十回目だと思ってんの?」

「何十回も呼んでるのはお前だがな」

「それよりさ。ウチを見てなんか言うことない?」

 愛らしい笑みであたかも読モのスタジオ撮影のようにいくつかのポーズを決める彼女にはぐらかされているのは重々承知しているが、青年はあえて乗ることにした。

「また一段と派手になったな」

「ひっどーい。ふつう可愛くなったって言うくない?」

「まぁ可愛いよ。可愛い。でもそれが女神サマのする格好かよとも思う」

 そう。輝くようなブロンドを緩く巻いて、際どい丈のスカートを履いた彼女は、いくつもの世界を管理する神々の一柱だった。
 しかし、女神であるはずの彼女のきらびやか且つ扇情的なファッションに相応しいのは、神を祀る神殿よりも夜のクラブである。この場合のクラブはホステスが接客する方でもDJがいる方でも構わない。
 有り体に言えばギャルである。しかも白。

「女神が着る服が女神らしい服なんですー。でもユー君も好きでしょ? こういうの」

「嫌いじゃないな」

「嘘つき。めちゃくちゃ好きじゃん。鼻の下伸びてるし。このスケベー」

 思えば出会った当初は露出の少ない純白の衣に身を包み、清楚なオーラを醸し出す圧倒的女神なユーラウリアを見て、ユー君と呼ばれた青年はひどく心を動かされたものだ。
 ところがいつ頃からか、会うたびに俗っぽくなっていった。
 多分、栗色の髪を金髪にした頃からだろう。

「それで、今度こそ終わりなんだろうな?」

 青年は期待を込めて訊いた。
 そんな青年に対し、ギャル女神は顔の前で両掌を合わせ、

「ごめーん。もう一回お願ーい」

 と、のたまった。
 またか───。
 青年は悄然と肩を落とした。

「ついさっき大冒険の末に世界を救ってきたんだが。しかも同じようなこと何十回もやってんだけど。てか、なんか俺もうどうでもよくなってきたわ」

「ちょ、マヂ! これでマヂ終わりだから! ねっ⁉︎」

「でもなー。もう疲れたし。ぶっちゃけ異世界を救えるくらい強い奴なんて、俺の他にもザラにいるだろ」

「そんなこと言わないで? 強いヒトは何人もいるけど、一番強くて頼りになるのはユー君だけだし。お願い! ね?」

 むに。
 ね? のタイミングで、青年の腕に自ら胸を押し付けるように両腕で抱いた。

「そ、そうか? なら仕方ないな。そこまで言われちゃ」

 だらしなく鼻の下を伸ばしながら、結局押し切られてしまった。

「でも今回は特にユー君じゃなきゃダメ。ただのチート持ちとかじゃ難しいの。いくつもの世界を巡って力をつけたユー君じゃないと」

 一転して真剣な表情を見せるユーラウリア。
 憂いを帯びた見た目ギャルな女神の眼差しに、青年は緩んだ顔を引き締めた。

「どういうことだ?」

「今回ユー君に頼みたいのは、さまざまな事情で各次元───いわゆる異世界───に転生や転移した存在を探し出して、ある目的のために協力体制を敷いてほしいことなんだよね。あ、転生や転移した生命体はウチらみたいな上位の存在に異世界に送られったってことで便宜上、【被転送者】って呼ぶね。で、被転送者って超強力な力を持っていることが多いんだけど、何かに特化してるのが多いんだよねー。その点、ユー君はどちらかと言えば万能型だし、何より転移能力っていうスーパーチートがあるからね。そういう意味でユー君にしか頼めないってこと」

「いや、他にそういう奴らに会ったことないから知らんけど、ホントかよ。それに俺は別に万能ってわけじゃねぇし。確かに何回も、神々おまえらからデタラメな能力や頭おかしい武器とかは貰ったけど。というか、そもそも何で被転送者を集めるんだ?」

「うーん。詳しく説明したいんだけどさ、ちょーっと時間押し気味なんだよね。まぁ追い追い説明するし、今はとりま早く取り掛かって欲しいかな。てことで、よろ~」

 ビシッ! 腕をくの字に曲げて敬礼すると、ユーラウリアは続けて、指をぱちんと鳴らした。
 するとボワンと煙が立ち上り、煙が消え去るとそこにはいつの間にか扉が現れていた。

「お、おい。せめて目的くらい説明しろよ!」

「まぁまぁ。いいからいから」

 まるでギャル女子大生にしか見えない女神は、青年と腕を組んで歩き出した。もちろん青年の手が彼女の腰あたりに触れるよう密着度を高めにして。

「まぁいいか。仕方ない。俺に任せろ」

 本人はクールな決め顔をしたつもりだが、端から見ればスケベ丸出しのニヤケ顔である。

「んじゃ、行ってくるわ」

「いってらっしゃ~い」

 扉の向こうに消えた青年を見送った女神は、ポツリと呟く。

「ほんと、ちょろいんだから。まぁそこが可愛いとこなんだけど。頼んだよ、ユー君。ユーゴ・タカトー」

 ユーゴ・タカトー。
 日本名、高遠勇悟。21歳で初めて異世界に転移して以来、様々な異世界を渡り歩いた青年。 
 好きなものは酒。弱いものは女。モットーは「何事もテキトーに」
 今回もあの女神の色仕掛けに乗せられてしまった。
 ユーゴは少し自己嫌悪に陥った。
 だがまあいい。
 我ながらちょろいとは思うが、己の大願を果たすためでもある。
 さぁ今回はどんな冒険が待っているのだろうか。
 扉を潜った先には、いつも通りの霞がかった道が真っ直ぐに伸びていた。

──────to be continued

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