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eruption
The invader is in the night ⑩
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そう覚悟した時、鱗の白とは別の、白い何かが俺の視界を遮った。
無垢な純白のワンピース。
レイラが俺と聖をかばうように立っていた。
多分、俺たちを巻き込んだ責任を感じているんだろう。まだ知り合って間もないが、この金髪の少女は狡さや無邪気な面を持っているが、その仮面の下に誠実さを持っていることは解った。
それに比べ、俺は何をしているんだろう。
このままレイラを盾にしたままでいのか?
断じて違う。
それは自分より華奢な少女に庇ってもらう情けなさとか、女の子は男が守らなければならないとかのヒロイズムでもなく、レイラの誠実さに答えなければ、という思いだ。
経過はどうあれ、協力することを了解したのは俺だし、レイラは俺を危険には巻き込まない方針だった。
ならば俺は答えなければならない。
俺の指は口に含ませ死を待つためにあるのではなく、ギターを弾くためにあるものだ。
倒れたままネックを振り、指で直接弦を鳴らす。
途端に爆音が響き、再び鋼鉄の籠手が顕現する。
紅い炎を巻き上げ、籠手は白蛇の尾を危なげなく弾いた。
コンクリを凹ませるほど凶暴な力を受けたにもかかわらず、籠手には疵ひとつ付かなかった。
白蛇は鼻白んだようにチロチロと二股の舌を出し入れすると、さながら駄々っ子のように間、髪を入れず尾での鞭打を繰り返した。
激しくはあるが、尾はアタックポイントを変えず単調に打っているのが幸いした。まだ俺はこの籠手を細かくコントロールしたことがないから、ちょこまかと動かれると対処できないのだ。
籠手はそのままの位置で停止し、尾打を弾き続けている。
俺はロング・サスティーン───音を引き延ばすこと───したまま立ち上がり、レイラと聖の無事を確認した。
「二人とも、とりあえずここから離れろ! 蛇とキースは俺が引きつけるから」
ひとまず蛇のリーチ圏外に避難してもらおうと俺は声を張り上げたが、
「逃しはせんよ」
キースが手の動きを変えて言った。
今まで両手でスネアを叩いていたが、右手でフロア・タムを叩き八分音符を刻み続け、二拍目と四拍目に左手でスネアを叩く。
重厚的でプリミティブなビートに陶酔するように頭を軽く揺らした白蛇は、顎が外れんばかりに───いや、蛇の骨格上、本当に顎を外し口を開けた。
ゴクリ。鋭い牙に俺は生唾を飲み込んだ。
喰われる───と身構えたがそうはならず、変わりに白蛇は、口からキラキラと煌めくものを勢いよく吹き出した。
「吹雪⁉︎」
猛烈な風圧に吹き飛ばされそうになるが、何とか堪える。
「ちょっ……またぁっ⁉︎」
聖の悲鳴。おそらく職員室前と同じことが起きているはずだ。
振り返ると、やはり聖は膝まで、レイラに至っては腰まで氷漬けになっていた。
「くそっ!何でだ。防御のイメージをしたのに」
「多分だけれど、あの手甲は物理的な攻撃と魔術的な攻撃、同時に防げないのかも……」
下半身が氷塊の中だというのに、状況を分析するレイラの声。冷静極まりないな。
だが平気な訳ではないということは、唇を軽く噛んだその表情から伺えた。
籠手の炎のことに関しては、レイラの指摘通りかもしれない。
今まで概ね俺の意思通り動いていた手甲は、先刻までと変わらず大蛇の尾を受け続けているばかりで、ブリザードに関しては対処できていなかった。俺が念じたにも関わらず。
この氷結現象は籠手の炎で溶かせるはずだ。しかし、レイラの予想通りだとすると、籠手は尾の打撃を防げないのかもしれない。
このままではジリ貧だ。
「どうすれば……。弾き方の問題なのか?」
呻く俺にレイラが首を傾げる。
「いいえ、そういう問題では───」
と言いさしてハッとするレイラ。
何かを閃いた様子で、
「いえ、もしかしたらある意味その通りかも」
と前言を翻した。
「このっこのっ‼︎」
とコンクリートの破片で、己の足に絡みつく氷を懸命に打ち砕こうと奮闘する聖に向かって、初めてレイラから話しかけた。
「ねぇ貴女。ジリ……だったかしら?」
「このっ‼︎ ……え、なに?」
いきなり話しかけられた聖は、目を丸くした。
「貴女、ゲンキのこと……好き?」
「はぁっ⁉︎」
突然の問いかけに、目が飛び出るんじゃないかってくらい驚いた聖。
レイラこいつ、いきなり何を言い出した。
俺も「はぁっ⁉︎」だわ。
「え、は、あ、え…ええ、なな、何を……」
聖はわたわたとテンパって、振り上げて途中で制止したままのコンクリート片を取り落とした。
「そ、そりゃ好きか嫌いかでいえば嫌いじゃなけどでもそれは幼馴染ってやつだしそれに」
「あ、言葉が足りなかったわ。ゲンキの演奏は好き? ってこと」
「……あー、そーゆーことね。……まぁ、好きだけど」
しどろもどろにゴニョゴニョと何事かを呟いていた聖は、レイラの訂正に決まりが悪そうに言った後、そっぽを向いた。
「という訳でゲンキ」
「な、何だ?」
俺はというと大蛇という目の前の脅威にほとんどの神経を向けていた。
「プレイヤーは大別して二種類の人がいるわ。一つは自分のために弾く人。もう一つは、誰かのために弾く人。貴方はどっち?」
冷や水を浴びせられた───いや、頰を張られたような気がした。
それはとても大事なことだ。
確かに自らの技術向上にしか興味なかったり、この曲が弾きたいからという理由で延々と部屋やスタジオで弾き続ける人がいる。
俺はそれを否定しないし、できない。楽器は文字通り楽しむためのもので、楽しむ理由や方法は人それぞれだからだ。
ただ、俺はすでにオーディエンスが聞いてくれていることに、誰かのために弾くことに意義や楽しみを見出していた。
俺はそれを、今はもういないもう一人の幼馴染に教わっていたのだ。
何故、いまこのタイミングでレイラが俺に質したのかはわからない。だが、有難いことには変わらない。
何もせずに死ぬくらいならば、ギターを弾きながら死にたい。
そして弾くならば、誰かのために弾きたい。
───ゲンちゃん。ロックスターになってね。
懐かしい少女の声が、俺の中で再生される。
そうだ。俺という星は単体では輝けない。
籠手への集中はそのままに、俺は一つ深呼吸した。
無垢な純白のワンピース。
レイラが俺と聖をかばうように立っていた。
多分、俺たちを巻き込んだ責任を感じているんだろう。まだ知り合って間もないが、この金髪の少女は狡さや無邪気な面を持っているが、その仮面の下に誠実さを持っていることは解った。
それに比べ、俺は何をしているんだろう。
このままレイラを盾にしたままでいのか?
断じて違う。
それは自分より華奢な少女に庇ってもらう情けなさとか、女の子は男が守らなければならないとかのヒロイズムでもなく、レイラの誠実さに答えなければ、という思いだ。
経過はどうあれ、協力することを了解したのは俺だし、レイラは俺を危険には巻き込まない方針だった。
ならば俺は答えなければならない。
俺の指は口に含ませ死を待つためにあるのではなく、ギターを弾くためにあるものだ。
倒れたままネックを振り、指で直接弦を鳴らす。
途端に爆音が響き、再び鋼鉄の籠手が顕現する。
紅い炎を巻き上げ、籠手は白蛇の尾を危なげなく弾いた。
コンクリを凹ませるほど凶暴な力を受けたにもかかわらず、籠手には疵ひとつ付かなかった。
白蛇は鼻白んだようにチロチロと二股の舌を出し入れすると、さながら駄々っ子のように間、髪を入れず尾での鞭打を繰り返した。
激しくはあるが、尾はアタックポイントを変えず単調に打っているのが幸いした。まだ俺はこの籠手を細かくコントロールしたことがないから、ちょこまかと動かれると対処できないのだ。
籠手はそのままの位置で停止し、尾打を弾き続けている。
俺はロング・サスティーン───音を引き延ばすこと───したまま立ち上がり、レイラと聖の無事を確認した。
「二人とも、とりあえずここから離れろ! 蛇とキースは俺が引きつけるから」
ひとまず蛇のリーチ圏外に避難してもらおうと俺は声を張り上げたが、
「逃しはせんよ」
キースが手の動きを変えて言った。
今まで両手でスネアを叩いていたが、右手でフロア・タムを叩き八分音符を刻み続け、二拍目と四拍目に左手でスネアを叩く。
重厚的でプリミティブなビートに陶酔するように頭を軽く揺らした白蛇は、顎が外れんばかりに───いや、蛇の骨格上、本当に顎を外し口を開けた。
ゴクリ。鋭い牙に俺は生唾を飲み込んだ。
喰われる───と身構えたがそうはならず、変わりに白蛇は、口からキラキラと煌めくものを勢いよく吹き出した。
「吹雪⁉︎」
猛烈な風圧に吹き飛ばされそうになるが、何とか堪える。
「ちょっ……またぁっ⁉︎」
聖の悲鳴。おそらく職員室前と同じことが起きているはずだ。
振り返ると、やはり聖は膝まで、レイラに至っては腰まで氷漬けになっていた。
「くそっ!何でだ。防御のイメージをしたのに」
「多分だけれど、あの手甲は物理的な攻撃と魔術的な攻撃、同時に防げないのかも……」
下半身が氷塊の中だというのに、状況を分析するレイラの声。冷静極まりないな。
だが平気な訳ではないということは、唇を軽く噛んだその表情から伺えた。
籠手の炎のことに関しては、レイラの指摘通りかもしれない。
今まで概ね俺の意思通り動いていた手甲は、先刻までと変わらず大蛇の尾を受け続けているばかりで、ブリザードに関しては対処できていなかった。俺が念じたにも関わらず。
この氷結現象は籠手の炎で溶かせるはずだ。しかし、レイラの予想通りだとすると、籠手は尾の打撃を防げないのかもしれない。
このままではジリ貧だ。
「どうすれば……。弾き方の問題なのか?」
呻く俺にレイラが首を傾げる。
「いいえ、そういう問題では───」
と言いさしてハッとするレイラ。
何かを閃いた様子で、
「いえ、もしかしたらある意味その通りかも」
と前言を翻した。
「このっこのっ‼︎」
とコンクリートの破片で、己の足に絡みつく氷を懸命に打ち砕こうと奮闘する聖に向かって、初めてレイラから話しかけた。
「ねぇ貴女。ジリ……だったかしら?」
「このっ‼︎ ……え、なに?」
いきなり話しかけられた聖は、目を丸くした。
「貴女、ゲンキのこと……好き?」
「はぁっ⁉︎」
突然の問いかけに、目が飛び出るんじゃないかってくらい驚いた聖。
レイラこいつ、いきなり何を言い出した。
俺も「はぁっ⁉︎」だわ。
「え、は、あ、え…ええ、なな、何を……」
聖はわたわたとテンパって、振り上げて途中で制止したままのコンクリート片を取り落とした。
「そ、そりゃ好きか嫌いかでいえば嫌いじゃなけどでもそれは幼馴染ってやつだしそれに」
「あ、言葉が足りなかったわ。ゲンキの演奏は好き? ってこと」
「……あー、そーゆーことね。……まぁ、好きだけど」
しどろもどろにゴニョゴニョと何事かを呟いていた聖は、レイラの訂正に決まりが悪そうに言った後、そっぽを向いた。
「という訳でゲンキ」
「な、何だ?」
俺はというと大蛇という目の前の脅威にほとんどの神経を向けていた。
「プレイヤーは大別して二種類の人がいるわ。一つは自分のために弾く人。もう一つは、誰かのために弾く人。貴方はどっち?」
冷や水を浴びせられた───いや、頰を張られたような気がした。
それはとても大事なことだ。
確かに自らの技術向上にしか興味なかったり、この曲が弾きたいからという理由で延々と部屋やスタジオで弾き続ける人がいる。
俺はそれを否定しないし、できない。楽器は文字通り楽しむためのもので、楽しむ理由や方法は人それぞれだからだ。
ただ、俺はすでにオーディエンスが聞いてくれていることに、誰かのために弾くことに意義や楽しみを見出していた。
俺はそれを、今はもういないもう一人の幼馴染に教わっていたのだ。
何故、いまこのタイミングでレイラが俺に質したのかはわからない。だが、有難いことには変わらない。
何もせずに死ぬくらいならば、ギターを弾きながら死にたい。
そして弾くならば、誰かのために弾きたい。
───ゲンちゃん。ロックスターになってね。
懐かしい少女の声が、俺の中で再生される。
そうだ。俺という星は単体では輝けない。
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