ロックスター⭐︎かく語りき

平明神

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eruption

The invader is in the night ⑦

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 俺と聖とレイラの三人を抱え込むように浮いている籠手に阻まれ、守屋が放った炎は消えていた。
 不思議なことに、熱さは全く感じない。

「な……何これ」

 突如あらわれた『鋼鉄の籠手』に驚きを隠せない聖。
 だが今は、聖に説明している暇はない。

「レイラ。救うって、具体的にはどうするんだ?」

「申し訳ないけれど、ゲンキの想像に任せるしかないわ」

 またしても無茶振りである。

「たぶん大丈夫。音楽の可能性は無限よ」

 こんな緊迫した場面など見えていないかのように、俺に微笑を向けるレイラ。
 俺がレイラに返答するよりも先に、視界の端で何かが動いた。
 守屋に続き、部長が動いた。部長は相撲の突っ張りのように、右手を突き出した。
 部長の右手からは螺旋状に吹雪が繰り出された。だが籠手はビクともせず、俺たちも無事だ。

「マズイわ……」

 レイラの深刻そうな呟きに俺は訊く。

「どうした?」

「あの二人の男子。今まで魔力を吸い取られていたせいで、もう限界に近いわ」

「限界だと……どうなるんだ?」

 恐る恐る俺は訊いた。

「今彼らは『情熱』ではなく『生命力』を魔力に変換している。生命力の枯渇は、すなわち『死』よ」

 死。

 そのシンプルな響きに愕然とする。シンプルだからこそ、ダイレクトに俺の脳を、記憶を直撃する。
 清音。
 昨年、近しい友人を喪った俺だからこそ解る。死は深い傷と堪え難い痛みを遺された者にもたらす。
 俺はあんな思いはもうしたくないし、彼らの肉親や他の友達にも味あわせたくない。
 確かに人はいずれ天寿を全うするんだろう。または何らかの形によって『死』が訪れるんだろう。
 だが、それは "今" じゃないはずだ。まだ早い。早すぎる。
 俺は彼らを救いたい。
 俺が決心したと同時に、部長と守屋が今度は二人掛かりで襲いかかってきた。
 炎と氷。別々の場所から籠手の隙を突かんとしていた。
 このままではジリ貧だ。
 いま俺に出来ること。それはギターを弾くことだけだ。
 だからこそ、全力で弾く。
 すると俺の『想い』に呼応するかのように、籠手が生み出す炎の色が変化した。
 赤から緑へ。

「緑の……炎?」

 レイラが呟く。
 炎の───火の色が温度によって変化するということは小学生でも知っている。
 しかし、この変化は単純に温度が上昇したからということではなさそうだった。
 鉄鋼が手を差し伸べるように、その掌を部長と守屋に向ける。
 緑炎はふわりと二人を包み込んだ。
 その光景に「ええっ⁉︎」と聖は驚いていたが、俺は大丈夫だと奇妙な確信を持っていた。
 やはり二人は緑色の炎に包まれても焼かれることはなかった。
 しかし、それからは俺にとっても不思議なことが起きた。

 これは───感情?

 緑炎を通して、二人の感情が流れ込んできたのだ。
 部長は『孤独』。守屋は『虚栄心』。
 俺は確かに感じた。二人が抱えた心の傷や寂しさを。

 誰かに構ってもらいたい。
 誰も自分のことを分かってくれない。

 そんな誰もが持つ負の感情。
 キースはその心の隙に漬け込むように魔術をかけたのだ。
 俺は急に悲しくなり、そして怒りを覚えた。もちろん、自分自身に対してだ。
 部長と守屋。確かに学年は違うし、それほど深い仲ではない。だが、仮にも同じ部活で時間を過ごし、ともに演奏した仲間だ。
 翻ってみれば、清音をうしなってからの俺は、日和見主義の事なかれ人間だったのかもしれない。
    他人に深入りせず、適度に距離を保つ。
    だから気付かなかったのだ。他人の "痛み" に。
 しかし俺は気付いてしまった。この不思議な緑炎を通じて通じてくる部長と守屋の心の傷。
 ならば、俺には弾くべき曲がある。
 俺は一つ息を吸い、頭でカウントをとる。ワン、トゥー、スリー、フォー。
 ピックは口に咥え、フィンガリングで弦を弾く。
 俺がクリーン・トーンで弾き始めたイントロに、今まで意思らしい意思を見せなかった部長と守屋が、ピクリと動いた。
 ゆっくりとしたテンポで弾く分散和音アルペジオ
 この曲は世の中の誰も知らない。唯一の例外は昂星高校の軽音部とその関係者のみだ。
 先月、入部したての香山せいらが作った曲だからだ。
 将来シンガーソングライターとしてアーティスト活動したいという香山が、『この部の曲です』といって書いてきたのだ。
    部長は目を輝かせて喜び、斜に構えている守屋もあの時ばかりは『へぇ、いいじゃん』と興味を示していた。
 昂星高校軽音部にとって忘れられない曲の一つであることは違いない。
 だから部長。
 だから守屋。
 この曲を聴いてくれ。

『 LET’S  PLAY  TOGETHER 』

 それがこの曲のタイトルだ。
 イントロが終わりヴォーカル・パートに入る。しかし敢えて俺はバッキングのみに徹する。ギターの譜割りは8ビート。一小節を八個の音で割った基本的なリズムだ。
 しかし機械的にならず、弦を弾く力に強弱をつけて二拍目と四拍目を微妙にずらす事で、リズムに抑揚をつける。
 ここで部長に大きな変化があった。一度ビクンと震えた後、両手かがゆっくりと動き出した。右手は一定の早さで小刻みに、左手は二拍目と四拍目に合わせて。
 間違いなくハイハットとスネア・タムを叩く動作だ。俺のギターに合わせて、部長は『 LET’S  PLAY  TOGETHER 』のドラムスを叩いている。
 部長。俺はなぜ部長がそんなに孤独を感じているのかは判らない。でも俺たちがいるじゃないか。
 俺たちでは部長の孤独を埋められないかもしれない。けれど、部長は個性的な部員ばかりの軽音部をしっかりと纏めてくれているじゃないか。
 清音を喪って喪失感に侵されていた俺は、部長が纏めている軽音部で活力が蘇ってきたんだ。
 恐らく他の部員も、あの部活が居心地いいから集まってきているんだ。
 エゴかもしれない。でも、俺たちには部長が必要なんだ。だから孤独なんて感じないでくれ!

 籠手から放たれている炎が一層勢いを増した。
 曲はサビが終わり、感想に差し掛かった。コード進行は同じ。本来はここでちょっとしたギターソロが入る。しかし俺はここでもバッキングのアルペジオのみ。

 だってここは、お前のパートだろ、守屋?
 お前は先輩を先輩とも思わない生意気なやつで、演奏も俺以上に独り善がりだ。
 でも俺は知っているよ。守屋が陰で努力していることを。いや、多分みんなわかっている。だって毎日守屋の音は成長しているから。
    入部当初は音を外しまくったりとミスが多かったが、今じゃもうほとんどミスがない。それどころか難易度の高い速弾きもこなすし、スケールやコードの抽斗ひきだしの幅も広がってきている。きっと、家で滅茶苦茶練習して、判らないことはネットで調べているんだろう。
    俺も軽音部のみんなも守屋のことは口だけじゃないってわかっている。だから───。

 いよいよメインのギターソロパートに入る。いつもは俺もバッキングに徹している。この『LET’S  PLAY  TOGETHER』のリードギターは守谷で、ギターソロも守屋が作ったからだ。
 しかし俺はこの曲で初めてギターソロを弾く。
 守谷のギターソロは、これでもかというくらい音を詰め込んだ速弾きがメインだ。しかしこの『 LET’S  PLAY  TOGETHER』はジャンルでいえばJ-POPの分類だ。
 俺はこの曲の世界観を壊さないように、メロディ主体のソロを即興で弾く。

 なぁ守屋。お前もギタリストならこの一音一音の大切さがわかるだろう?
 そして俺はギターソロの締めに、今の守屋には真似できないであろう技巧を駆使して演奏した。
 そう、俺は今プレイで守屋を挑発している。
 そして守屋は今、緑炎に巻かれながら涙を流している。
 だから守屋、これからももっと上手くなって俺と競い合おうぜ。

 ギターソロを弾き終えたと同時に勢いを増し、火柱となって部長と守谷の姿を隠した。

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