ロックスター⭐︎かく語りき

平明神

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eruption

The invader is in the night③

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「なに……アレ……?」

 呟くというよりは、自然に口から漏れたというような聖の疑問。
 答えはなく、二人の少女はただ無言で見入っている。
 空振りした右手を再びだらりと下ろす守屋。そしてまた振り上げる素振りをする。
 我に返った聖は、声を荒げた調子で「先輩、立って! 早く!」と言うと同時に自身も立ち上がった。
 詩織も少し遅れて立ち上がった。
 二人して音楽室の後部───教壇とは逆に走った。背後でゴウっと空気が唸り、熱風が二人を追い越して行く。
 ちらりと振り返ると、さっきまで二人がいた場所が、人間大の筆で一撫でしたように黒くなっていた。

(なにアレなにアレなにアレなにアレ⁉︎)

 疑問が混乱というトラックを何周も走っていた。
 森は腕が燃えているにも拘らず、苦痛は感じていないようだった。
 ゆらりと体を聖たちに向けて近づいてくる。その動きはゾンビそのものだった。

「ちょ、ちょっと守屋くん、悪質な冗談や悪戯はお止めなさい!」

 気丈にも極度に怯えたり、恐慌を起こしてはいない詩織。毅然とした態度で守屋に問いかけるが、返事はない。

「御堂先輩、あの守屋って子、こんなキャラだったの?」

「まさか。彼はお調子者で目立ちたがりでしたが、こんな悪質な行為はしませんでしたわ」

 問答の間にも少しずつ歩を進める守屋。
 理由は判らない。何故自分たちが襲われているのか。あの炎の『タネ』は何なのか。
 一つはっきりしている事がある。今はとにかく逃げなければ危険だという事だ。
 音楽室は半分に切った擂り鉢状である。壁に黒板と教壇、アーチ状に広がっていく雛壇。
 雛壇をゆっくり一歩ずつ近づいてくる守屋。雛壇にはパイプ椅子が敷き詰められ、両端と中央に通路を作っている。守屋はその中央通路を歩いている。

「先輩、彼がもう少し近づいたら、左側の通路を走ってください」

 聖たちから見て正面左側に、出入り口がある。左側は最短通路だ。

「し、しかし三日月さん……」

 三年生としての矜持かそれとも副部長としての責任感からか、聖の提案に素直に頷けない。

「大丈夫ですって。アタシ、こう見えても足早いんですよ」

 聖の知名度は校内でもトップクラス。故に身体能力の高さは有名であり、詩織も当然知っていた。

「わかりました。ここはお言葉に甘えることにいたします」

「じゃあ行きますよ……せーのっ!」

 掛け声と同時に二手に分かれる。

『……』

 どちらに反応して良いか判らない───いや、なにも考えておらず、ただ目標がいなくなったことでそれからなにをして良いか判らない。そんな有様の守屋を尻目に、まず詩織が音楽室から脱出した。
 それを見届けた聖も、遠回りであったが出入り口に向けて走っている。
 聖が黒板の前を通り抜けようとした時。

 ドォォォォォォン!

 と空気を震わす音がした。
 先ほどいかなる手段を用いて成されたかは不明だが、守屋が腕から炎を出したこと。その空気が燃焼する自然現象の結果としての音ではなく、確固たる理由があって空気を震わす人造の音。
 聖には判る。太鼓ドラムの音。
 これはフロア・タムの音だ。

 ドォォォォ……ン。

 残響が完全に消えるか消えないかというテンポで、等間隔に響く、重厚感のある打音。
 音楽室の中からではなく、外───廊下から這入ってくるような音。

───嫌な予感がする。

 大腿筋をしならせ、一気に廊下へと飛び出す。
 ひとまず凶行から逃れた安堵も束の間。
 聖の背筋に寒気が走る。
 比喩や気の所為ではなく、全身が寒い。気温が低い。まるで真冬の校舎である。吐く息も白い。

(御堂先輩は?)

 先に出た詩織の姿を探す。できれば職員室なりに先行していて欲しいのだが、そこは健気なお嬢様のこと、聖を待っている可能性もある。
 視線を巡らす。その先には  

「せ……んぱい?」

 御堂詩織は確かにいた。
 しかし校内でも指折りの美貌と肢体は、あたかも氷像のように氷漬けの状態で静止していた。

「⁉︎  御堂先輩、ちょっ……大丈夫ですか⁉︎」

 冷静に考えれば大丈夫でないのは聖にも判る。しかし、この有様を見て声が勝手に出てしましまった。
 冷たい。

(そうだ、脈は?)

「うそ……」

 右手首に触れた聖。しかし生命活動していれば当然あるべき脈動がなかった。
 詩織の口と鼻を手で覆ってみる。しかし呼吸はしていなかった。
 完全に思考が停止する聖。
 しかし本能的な危険を察知した聖は、その『音』のする方区へ反射的に視線を向ける。

 ドォォォォ……ン。

 ドォォォォ……ン。

 一打音毎に、音源───この場合音の発生源としての意味───が近づいてくる。

「誰っ⁉︎」

 廊下の奥から人影が近づいてく。

 四角形の廊下の右上から左下にかけて、窓からの光が差し込み明と暗のモノトーンが出来る。その闇から左足、左半身、そして全身が窓明りの元に晒される。

「高梨…先輩?」

 そこに現れたのは、軽音部部長の高梨学であった。しかしその動きは先ほどの守屋と同じでゾンビめいていて、とても言葉が通じそうになかった。有り体に言って敵だ。そう判断せざるを得ない。
 高梨の右手は、霜が降ったように白くなっていた。
 まさか、詩織を凍らせたのは高梨なのか。
 聖がそう考えた時、その『音』が一際大きく響いた。
 高梨の背後から、その音源が現れた。
 長身の学よりも頭一つ分高く、それでいて引き締まった肉体。濃いグレイの髪を短く刈り上げている。彫りの深い顔だちに髪と同色の顎鬚を蓄え、狼を彷彿とさせる鋭い眼光。
 教師ではない。この外国人は明らかに部外者だ。しかし聖はなぜかこの外国人に見覚えがあった。
    闇に紛れてわかりにくかったが、その外国人の右手には、ローズウッドのような黒のドラムスティック握られていた。

「キース・リーブス?」

 聖は呟いた。自身の名を聞いた侵入者は片眉をピクリと上げた。

「ほう……日本のお嬢さん。私のことをご存知かね」

 外国人───キースはひどく理知的な日本語で、聖に問いかけた。

 キース・リーブス。

 洋楽HR/HMの世界でも名手として名高い。かつてヘヴィーメタルバンドでデビューし、解散後はフリーのドラマーとして活躍していたはずだ。実家の楽器店で扱うドラム専門誌でも時折その名を目にする。

(今は確か……そうだ! だから日本にいたんだ。)

 C.E.Pのサポートドラマー。現在はキースが務めていると記事を見たことがある。
 しかしそれは日本の───この街にいる理由にはなっても、この学校にいる理由にはならない。
 訊いたところで教えてはくれないだろう。

「…………」

 沈黙で返す聖。

「……ふむ。音楽……室? なるほど。日本人は勤勉だと昔から思っていたが……それともお嬢さんが特に音楽界の事情に詳しいのか?」

 聖が出てきた部屋のネームプレートを解読して、勝手に納得したようだ。

「しかし解せんな。この『凍結領域』の魔術において、お嬢さんはなぜ、凍らずに動けているのか。やはり『幽鬼グール』を介した発動だから不安定なのか? しかし他の人間は皆凍結したがな……。ふむ。もしや先天的に魔力抵抗が高いのか……?」

 ブツブツと独り言を続けるキース。

 しかし一つ気になることを言っていた。

───『他の人間は』?

 まさか、校内に残っている生徒も全員、この『凍気』の餌食になったということなのか。

(ゲンは?)

 まだ校内に居るはず(と聖は思っている)の弦輝が気がかりだった。
 無事を確認したい。しかし、不審者に危害を加えられそうな危殆に瀕している現在、まずは目前の危機から逃れなければ。
 退路は後ろにある。身を翻そうとしたところで、音楽室から守屋が出てきた。聖のちょうど背後にきた形だ。

「ヤバ……」

「ふむ。よく解らんが、とにかく出力を上げてみるか。そうすればお嬢さんの『抵抗力』を上回り、私の魔術が有効になるかもしれん」

 前門の虎、後門の狼。
 聖は残像を残さんばかりのキレのあるターンを決めると、守屋に向かって走った。虎二匹を相手にするより、狼一匹に立ち向かったほうが遥かに生存率は高くなると考えたからだ。

「どいてぇぇぇぇぇぇっ!」

 聖の声が聞こえているのかいないのか、当然ながら守屋は退路を譲るつもりはなく、廊下の真ん中にぼーっと立っていた。
 守屋の両端には、女子高生がなんとか一人通れるスペースが出来ている。
 どうなるかと身構えながら走った聖だったが、危なげなく守屋の横を通過できた。
 後ろから「チッ」と舌打ちが聞こえてきたが、それが聖の加速に拍車を掛けた。
 階段に向かって角を曲がったところで、ドォォォォォォォォンとまたもやフロア・タムの音がなった。
 そういえば、誰が鳴らしているんだろう。そんなことを考えながら階段を跳んだ。
 着地のショックとエネルギーを全身を使って凌ぎ、九十九折りの階段なので階下に下りるためにはもう一回ジャンプしなければならない為、反転した聖は見てしまった。
 つい今さっきまで自分が立っていた廊下。音楽室がある廊下は、まるでアイスランドの洞窟にあるような氷柱が暑く太く垂れ下がり、壁面も暑い氷で覆われていた。

「…………っ‼︎」

 とにかく走って逃げるしかない聖は、廊下に向かって跳んだ。
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