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eruption
The invader is in the night ②
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「はっ……はっ……はっ……」
非公式ではあるが、短距離走では県記録をマークしたこともある。
体を動かすことは得意だった。特に走る事に関しては自信がある。
しかし今は、息が上がるのが早い。最近体を動かすことを怠けていた所為か。
少女───三日月聖は現在、無人の後者を逃げ回っていた。
何時まで経っても何処まで行っても、すぐに追いついてくる。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
午後の授業の間、聖はずっと不機嫌だった。昼休み、弦輝と話した後からずっとだ。
───ゲンの馬鹿やろー。
昨日鈴木ましろから掛かってきた電話。荒唐無稽な内容だったが、付き合いの良い聖はなんとか要点をまとめ上げた。
内容が内容だけに、とりあえず自分の心にしまっておいて後日改めてましろに訊いてみるかと考えたが、尋常ではない様子、そして『不夜城の友人の外国人の女の子』というフレーズが引っ掛かっていた。
先日ファストフード店に弦輝といた女の子だろうか。
───めちゃくちゃ可愛かったな。
雑誌のモデルと言われても納得する容姿、自身、そして特別な人間にしかない『自分』という輝きに満ちたオーラ。。
───どんな関係だろう。
弦輝はあの娘を、浅い付き合いで仕事関係といった。
しかしあの時の秘密を分け合った共犯めいた親密さは、ただ事ではない。
ファストフード店から出るときにすれ違った時の、聖を品定めするような視線。わざわざ聖の前で弦輝を呼ぶ挑発的な行動。
ムカ。
とにかく、あの娘は良くない気がするので、鈴木ましろの話を弦輝に伝えて注意を促した。
───なんであんな事言っちゃったんだろ……。
後悔に苛まれる。実のところ不機嫌の理由は、元を正せば自分の迂闊さにあるのだ。
ぽかんとした弦輝の表情。
当然だろう。あんな突飛な話を聞かされては。聖自身意味が分からないのだ。
そして授業に集中できぬまま、放課後を迎えた。
まっすぐ家に帰りたかったが、今日は用事がある。
音楽室にある楽器。そのコンディションのチェックである。
聖自身は軽音部ではない。しかしこれは歴とした聖の仕事であり、大事なアルバイトだった。
事の発端は去年の夏前。
軽音楽部副部長である御堂詩織の発言がきっかけだった。
当時軽音部に入部して間もない弦輝をからかいに、聖も軽音部の活動を見学に行っていた───清音を襲ったショックから立ち直ったばかりの弦輝を励ます意味もあった───が、聖が楽器屋の娘と知った詩織が話しかけてきたのだ。
音楽室の楽器の面倒を見て欲しい、と。
もちろん初めは聖は断った。自分にはまだそんな技術も知識もないから、と。
詩織は潔く引いたかに見えたが、今度は実家であるクレセント・ミュージックに正式に仕事として依頼するという搦め手できた。
父親は初め自分で面倒を見るつもりだったらしい。しかし家業の創始者であり名匠でもある祖父は聖に命じた。
───これも修行だ!
而して聖のお小遣いは、この時点から定額制から完全歩合制に切り替わった。
もちろん仕事であるからには、監督責任は父親のものだ。聖の仕事は楽器の調子を具に見て、異変と思われるもの───またはその前兆など───を診て報告する事である。
今日は週に一回の『出張』の日だったのである。
足が重い。
いつもなら弦輝を揶揄えるので足取りも軽やかなのだが、昼間の件がまだ彼女の中で蟠っていた。
「ま、仕方ないか」
聖は独り呟いた。
どちらにせよ行かなければならないのだ。
(仕事、仕事)
自分に言い聞かせ、音楽室の前に辿り着いた。
「お?」
少し離れた物陰に、人がいる。
目が虚ろで、ブツブツと何かを呟いている。
(うわ、ヤバイやつかな)
でも何処かで見覚えのあるなと思いつつ、音楽室の扉をくぐる。
「ちゃーす」
「あら、ご機嫌よう三日月さん」
まず迎えたのは、詩織だった。というか、詩織だけだった。
「あれ、御堂先輩だけですか?」
「そうなんですの。部長、鈴木さん、遊蛇くん、守屋くんの四名は病欠とわかっているのですが、りんごさんはお兄さんの看病という事で、今日は今のところ私一人だけですの。不夜城にも連絡がつきませんし」
「え、ゲンも?」
(もしかしてアイツ、逃げたか?)
いや、弦輝にはそれだけの理由が無い。
もしかしてと、聖の中の『何か』の勘が働いた。
あの外人少女と一緒にいるのでは?
またしても心の中がざわついてくる。
「あれ? でも───」
音楽室に入る前に見た人影。あれは確か
「───守屋ってギターの子ですよね。一年の。でしたら、さっきそこにいましたよ」
と言って聖は出入り口を指差した。
「まぁ、本当ですの? でしたら何故、音楽室に入ってこないのでしょう?」
特に聖に訊いたわけでは無いのだろうが、呟いた詩織は出入り口まで歩く。守屋を呼びに行くつもりなのだろう。
詩織が扉に手をかけるよりも早く扉がスライドした。
扉の向こう。廊下側には守屋が立っていて、詩織と向かい合うような形になっていた。
「あら守屋くん、御機嫌よう。今日は欠席と伺っていたのです、けれど……?」
詩織の言葉は尻すぼみになって消えていった。
守屋を見上げるような視線が訝しげに揺れる。
様子が怪訝しいと、遠巻きに見ていた聖も気づいた。
目の下に青い隈。痩けた頬。定まらぬ視点。
「守屋くん……?」
後輩の不審な様子に薄ら寒い戦栗を感じてたじろいた時、
「先輩、危ない!」
詩織の腕をとって、聖が強く引き寄せた。
ボッという音と、焦げ臭い匂い。
「「…………っ⁉︎」」
勢い余って尻餅をついた聖と詩織。捲れたスカートを直す余裕も無いほど驚いた。
詩織を殴るような動作をみせた守屋。
聖が引き倒さなければ、詩織は殴られていただろう。
否、それだけで済んではいないはずだ。
端が炭化した詩織のリボンがそれを証明していた。
空振りした守屋の右腕───その右腕が燃えていた。
「なに……アレ……?」
非公式ではあるが、短距離走では県記録をマークしたこともある。
体を動かすことは得意だった。特に走る事に関しては自信がある。
しかし今は、息が上がるのが早い。最近体を動かすことを怠けていた所為か。
少女───三日月聖は現在、無人の後者を逃げ回っていた。
何時まで経っても何処まで行っても、すぐに追いついてくる。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
午後の授業の間、聖はずっと不機嫌だった。昼休み、弦輝と話した後からずっとだ。
───ゲンの馬鹿やろー。
昨日鈴木ましろから掛かってきた電話。荒唐無稽な内容だったが、付き合いの良い聖はなんとか要点をまとめ上げた。
内容が内容だけに、とりあえず自分の心にしまっておいて後日改めてましろに訊いてみるかと考えたが、尋常ではない様子、そして『不夜城の友人の外国人の女の子』というフレーズが引っ掛かっていた。
先日ファストフード店に弦輝といた女の子だろうか。
───めちゃくちゃ可愛かったな。
雑誌のモデルと言われても納得する容姿、自身、そして特別な人間にしかない『自分』という輝きに満ちたオーラ。。
───どんな関係だろう。
弦輝はあの娘を、浅い付き合いで仕事関係といった。
しかしあの時の秘密を分け合った共犯めいた親密さは、ただ事ではない。
ファストフード店から出るときにすれ違った時の、聖を品定めするような視線。わざわざ聖の前で弦輝を呼ぶ挑発的な行動。
ムカ。
とにかく、あの娘は良くない気がするので、鈴木ましろの話を弦輝に伝えて注意を促した。
───なんであんな事言っちゃったんだろ……。
後悔に苛まれる。実のところ不機嫌の理由は、元を正せば自分の迂闊さにあるのだ。
ぽかんとした弦輝の表情。
当然だろう。あんな突飛な話を聞かされては。聖自身意味が分からないのだ。
そして授業に集中できぬまま、放課後を迎えた。
まっすぐ家に帰りたかったが、今日は用事がある。
音楽室にある楽器。そのコンディションのチェックである。
聖自身は軽音部ではない。しかしこれは歴とした聖の仕事であり、大事なアルバイトだった。
事の発端は去年の夏前。
軽音楽部副部長である御堂詩織の発言がきっかけだった。
当時軽音部に入部して間もない弦輝をからかいに、聖も軽音部の活動を見学に行っていた───清音を襲ったショックから立ち直ったばかりの弦輝を励ます意味もあった───が、聖が楽器屋の娘と知った詩織が話しかけてきたのだ。
音楽室の楽器の面倒を見て欲しい、と。
もちろん初めは聖は断った。自分にはまだそんな技術も知識もないから、と。
詩織は潔く引いたかに見えたが、今度は実家であるクレセント・ミュージックに正式に仕事として依頼するという搦め手できた。
父親は初め自分で面倒を見るつもりだったらしい。しかし家業の創始者であり名匠でもある祖父は聖に命じた。
───これも修行だ!
而して聖のお小遣いは、この時点から定額制から完全歩合制に切り替わった。
もちろん仕事であるからには、監督責任は父親のものだ。聖の仕事は楽器の調子を具に見て、異変と思われるもの───またはその前兆など───を診て報告する事である。
今日は週に一回の『出張』の日だったのである。
足が重い。
いつもなら弦輝を揶揄えるので足取りも軽やかなのだが、昼間の件がまだ彼女の中で蟠っていた。
「ま、仕方ないか」
聖は独り呟いた。
どちらにせよ行かなければならないのだ。
(仕事、仕事)
自分に言い聞かせ、音楽室の前に辿り着いた。
「お?」
少し離れた物陰に、人がいる。
目が虚ろで、ブツブツと何かを呟いている。
(うわ、ヤバイやつかな)
でも何処かで見覚えのあるなと思いつつ、音楽室の扉をくぐる。
「ちゃーす」
「あら、ご機嫌よう三日月さん」
まず迎えたのは、詩織だった。というか、詩織だけだった。
「あれ、御堂先輩だけですか?」
「そうなんですの。部長、鈴木さん、遊蛇くん、守屋くんの四名は病欠とわかっているのですが、りんごさんはお兄さんの看病という事で、今日は今のところ私一人だけですの。不夜城にも連絡がつきませんし」
「え、ゲンも?」
(もしかしてアイツ、逃げたか?)
いや、弦輝にはそれだけの理由が無い。
もしかしてと、聖の中の『何か』の勘が働いた。
あの外人少女と一緒にいるのでは?
またしても心の中がざわついてくる。
「あれ? でも───」
音楽室に入る前に見た人影。あれは確か
「───守屋ってギターの子ですよね。一年の。でしたら、さっきそこにいましたよ」
と言って聖は出入り口を指差した。
「まぁ、本当ですの? でしたら何故、音楽室に入ってこないのでしょう?」
特に聖に訊いたわけでは無いのだろうが、呟いた詩織は出入り口まで歩く。守屋を呼びに行くつもりなのだろう。
詩織が扉に手をかけるよりも早く扉がスライドした。
扉の向こう。廊下側には守屋が立っていて、詩織と向かい合うような形になっていた。
「あら守屋くん、御機嫌よう。今日は欠席と伺っていたのです、けれど……?」
詩織の言葉は尻すぼみになって消えていった。
守屋を見上げるような視線が訝しげに揺れる。
様子が怪訝しいと、遠巻きに見ていた聖も気づいた。
目の下に青い隈。痩けた頬。定まらぬ視点。
「守屋くん……?」
後輩の不審な様子に薄ら寒い戦栗を感じてたじろいた時、
「先輩、危ない!」
詩織の腕をとって、聖が強く引き寄せた。
ボッという音と、焦げ臭い匂い。
「「…………っ⁉︎」」
勢い余って尻餅をついた聖と詩織。捲れたスカートを直す余裕も無いほど驚いた。
詩織を殴るような動作をみせた守屋。
聖が引き倒さなければ、詩織は殴られていただろう。
否、それだけで済んではいないはずだ。
端が炭化した詩織のリボンがそれを証明していた。
空振りした守屋の右腕───その右腕が燃えていた。
「なに……アレ……?」
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