ロックスター⭐︎かく語りき

平明神

文字の大きさ
上 下
15 / 24
eruption

The invader is in the night ②

しおりを挟む
「はっ……はっ……はっ……」

 非公式ではあるが、短距離走では県記録をマークしたこともある。
 体を動かすことは得意だった。特に走る事に関しては自信がある。
 しかし今は、息が上がるのが早い。最近体を動かすことを怠けていた所為か。
 少女───三日月聖は現在、無人の後者を逃げ回っていた。
 何時まで経っても何処まで行っても、すぐに追いついてくる。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 午後の授業の間、聖はずっと不機嫌だった。昼休み、弦輝と話した後からずっとだ。

───ゲンの馬鹿やろー。

 昨日鈴木ましろから掛かってきた電話。荒唐無稽な内容だったが、付き合いの良い聖はなんとか要点をまとめ上げた。
 内容が内容だけに、とりあえず自分の心にしまっておいて後日改めてましろに訊いてみるかと考えたが、尋常ではない様子、そして『不夜城の友人の外国人の女の子』というフレーズが引っ掛かっていた。
 先日ファストフード店に弦輝といた女の子だろうか。

───めちゃくちゃ可愛かったな。

 雑誌のモデルと言われても納得する容姿、自身、そして特別な人間にしかない『自分』という輝きに満ちたオーラ。。

───どんな関係だろう。

 弦輝はあの娘を、浅い付き合いで仕事関係といった。
 しかしあの時の秘密を分け合った共犯めいた親密さは、ただ事ではない。
 ファストフード店から出るときにすれ違った時の、聖を品定めするような視線。わざわざ聖の前で弦輝を呼ぶ挑発的な行動。
 ムカ。
 とにかく、あの娘は良くない気がするので、鈴木ましろの話を弦輝に伝えて注意を促した。

───なんであんな事言っちゃったんだろ……。

 後悔に苛まれる。実のところ不機嫌の理由は、元を正せば自分の迂闊さにあるのだ。
 ぽかんとした弦輝の表情。
 当然だろう。あんな突飛な話を聞かされては。聖自身意味が分からないのだ。
 そして授業に集中できぬまま、放課後を迎えた。
 まっすぐ家に帰りたかったが、今日は用事がある。
 音楽室にある楽器。そのコンディションのチェックである。
 聖自身は軽音部ではない。しかしこれは歴とした聖の仕事であり、大事なアルバイトだった。

 事の発端は去年の夏前。
 軽音楽部副部長である御堂詩織の発言がきっかけだった。
 当時軽音部に入部して間もない弦輝をからかいに、聖も軽音部の活動を見学に行っていた───清音を襲ったショックから立ち直ったばかりの弦輝を励ます意味もあった───が、聖が楽器屋の娘と知った詩織が話しかけてきたのだ。
 音楽室の楽器の面倒を見て欲しい、と。
 もちろん初めは聖は断った。自分にはまだそんな技術も知識もないから、と。
 詩織は潔く引いたかに見えたが、今度は実家であるクレセント・ミュージックに正式に仕事として依頼するというからめ手できた。
 父親は初め自分で面倒を見るつもりだったらしい。しかし家業の創始者であり名匠でもある祖父は聖に命じた。

───これも修行だ!

 しこうして聖のお小遣いは、この時点から定額制から完全歩合制に切り替わった。
 もちろん仕事であるからには、監督責任は父親のものだ。聖の仕事は楽器の調子を具に見て、異変と思われるもの───またはその前兆など───を診て報告する事である。

 今日は週に一回の『出張』の日だったのである。
 足が重い。
 いつもなら弦輝を揶揄からかえるので足取りも軽やかなのだが、昼間の件がまだ彼女の中でわだかまっていた。

「ま、仕方ないか」

 聖は独り呟いた。
 どちらにせよ行かなければならないのだ。

(仕事、仕事)

 自分に言い聞かせ、音楽室の前に辿り着いた。

「お?」

 少し離れた物陰に、人がいる。
 目が虚ろで、ブツブツと何かを呟いている。

(うわ、ヤバイやつかな)

 でも何処かで見覚えのあるなと思いつつ、音楽室の扉をくぐる。

「ちゃーす」

「あら、ご機嫌よう三日月さん」

 まず迎えたのは、詩織だった。というか、詩織だけだった。

「あれ、御堂先輩だけですか?」

「そうなんですの。部長、鈴木さん、遊蛇くん、守屋くんの四名は病欠とわかっているのですが、りんごさんはお兄さんの看病という事で、今日は今のところ私一人だけですの。不夜城にも連絡がつきませんし」

「え、ゲンも?」

(もしかしてアイツ、逃げたか?)

 いや、弦輝にはそれだけの理由が無い。
 もしかしてと、聖の中の『何か』の勘が働いた。
    あの外人少女と一緒にいるのでは?
 またしても心の中がざわついてくる。

「あれ? でも───」

 音楽室に入る前に見た人影。あれは確か  

「───守屋ってギターの子ですよね。一年の。でしたら、さっきそこにいましたよ」

 と言って聖は出入り口を指差した。

「まぁ、本当ですの? でしたら何故、音楽室に入ってこないのでしょう?」

 特に聖に訊いたわけでは無いのだろうが、呟いた詩織は出入り口まで歩く。守屋を呼びに行くつもりなのだろう。
 詩織が扉に手をかけるよりも早く扉がスライドした。
 扉の向こう。廊下側には守屋が立っていて、詩織と向かい合うような形になっていた。

「あら守屋くん、御機嫌よう。今日は欠席と伺っていたのです、けれど……?」

 詩織の言葉は尻すぼみになって消えていった。
 守屋を見上げるような視線が訝しげに揺れる。
 様子が怪訝おかしいと、遠巻きに見ていた聖も気づいた。
 目の下に青い隈。痩けた頬。定まらぬ視点。

「守屋くん……?」

 後輩の不審な様子に薄ら寒い戦栗を感じてたじろいた時、

「先輩、危ない!」

 詩織の腕をとって、聖が強く引き寄せた。
 ボッという音と、焦げ臭い匂い。

「「…………っ⁉︎」」

 勢い余って尻餅をついた聖と詩織。捲れたスカートを直す余裕も無いほど驚いた。
 詩織を殴るような動作をみせた守屋。
 聖が引き倒さなければ、詩織は殴られていただろう。
 否、それだけで済んではいないはずだ。
 端が炭化した詩織のリボンがそれを証明していた。
 空振りした守屋の右腕───その右腕が燃えていた。

「なに……アレ……?」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」  ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。  蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。  これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。  一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました

加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

無職で何が悪い!

アタラクシア
ファンタジー
今いるこの世界の隣に『ネリオミア』という世界がある。魔法が一般的に使え、魔物と呼ばれる人間に仇をなす生物がそこら辺を歩いているような世界。これはそんな世界でのお話――。 消えた父親を追って世界を旅している少女「ヘキオン」は、いつものように魔物の素材を売ってお金を貯めていた。 ある日普通ならいないはずのウルフロードにヘキオンは襲われてしまう。そこに現れたのは木の棒を持った謎の男。熟練の冒険者でも倒すのに一苦労するほど強いウルフロードを一撃で倒したその男の名は「カエデ」という。 ひょんなことから一緒に冒険することになったヘキオンとカエデは、様々な所を冒険することになる。そしてヘキオンの父親への真相も徐々に明らかになってゆく――。 毎日8時半更新中!

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

colorful〜rainbow stories〜

宮来らいと
恋愛
とある事情で6つの高校が合併した「六郭星学園」に入学した真瀬姉弟。 そんな姉弟たちと出会う1人のクラスメイト。戸惑う姉弟に担任の先生から与えられたのは、「課題」。その「課題」はペアになって行うため、カラーボールの入ったくじで決める。くじを引いてペアになったのは出会ったクラスメイトだった。 ペアになったクラスメイトと行う、「課題」の内容は作曲。その「課題」を行っていくうちに、声優さんに歌って欲しいという気持ちが湧いてくる。 そんなクラスメイトとの1年間に襲いかかる壁。その壁を姉弟と乗り越えていく、色と音楽を紡ぐ、ゲーム風に読む、ダーク恋愛学園短編オムニバス物語です。

異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。

久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。 事故は、予想外に起こる。 そして、異世界転移? 転生も。 気がつけば、見たことのない森。 「おーい」 と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。 その時どう行動するのか。 また、その先は……。 初期は、サバイバル。 その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。 有名になって、王都へ。 日本人の常識で突き進む。 そんな感じで、進みます。 ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。 異世界側では、少し非常識かもしれない。 面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。

処理中です...