ロックスター⭐︎かく語りき

平明神

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eruption

The boy meets the strange world ④

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「それでレイラ、リクエストは?」

「『暗闇の爆撃ERUPTION』よ」

「オーケー」

 ヘッドとフィンガーボードの間、ナット部分に挟んであったティアドロップ型のピックを右手に持つ。
 その時レイラが何かを呟いた気がしたが、よく聞き取れなかった。
    暗闇の爆撃───原題、ERUPTION ───アメリカのロックバンド《 Van Halen》のデビューアルバムに収録されている、ほぼギター1本で弾くインストゥルメンタル曲だ。
 原曲は半音下げのチューニングで、いまこのギターのチューニングはレギュラーチューニングだが、構うものか。
 ワン、トゥー、スリー、フォー。
 頭の中でカウントを取り、一発目のロングトーンを鳴らすべく弦に向かって腕を振り下ろす。

    ギュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン‼︎

 明らかにギターの生音とは違う、辺りの空気を暴力的に震わす大音量。そして空間を無理矢理引き裂くかのような歪んだ音。
 アンプに繋いだわけではない。しかし俺がアンプラグドで奏でる音は大型アンプで思い切り鳴らしたときの音そのものだ。
    瞠目する俺。思わずレイラを見遣るが、彼女の瞳は『そのまま気にせず続けて』と語っていた。
 一歩後退あとじさる男達。彼らもこの尋常ならざる光景に呑まれたようだ。
 しかし、ひとまず俺をどうにかすれば収まると思ったのだろう。
 赤髪が「オラァァっ!」と吠えながら殴りかかってきた。

『我が創りしは彼のものの魂。其の勁さにして脆さ。魂のきらめきを現世にあらわしたりて、彼のものの弓、矛、盾とならん』

    少女の声が響いた。
    俺のギターの爆音が鳴る空間とは別の空間を通り抜けたかのように、かすかに、しかし確実に俺の中に届いた。
 赤髪の男は少女の声など気にも掛けず───もしかしたら聞こえなかったのかもしれないが───俺を殴打する最後のモーションに入っていた。
 右のストレートパンチが俺の顔面を直撃した───と思った。
 しかし男の拳は、俺の顔面直前五センチメートルのところで急停止した。
 赤髪の男が自ら止めたわけではない。彼の拳は巨体のすべての体重を乗せ、目標に向かって間違いなく風を切って迫ってきた。そしてそれは成功した───半分だけ。
 赤髪の拳は確かにしたたかに殴った。しかし、その分厚い拳は俺に届いてはいなかった。

「弾き続けて!」

 何が起きたかわからず呆然とプレイを中断しかけた俺に、レイラの鋭い声が飛ぶ。
 俺は無心に、命じられた通り強く続ける。

「ぐ……うぉぉ!」

 苦悶の表情を浮かべる男。みれば右の拳を突き出したまま固まっていた。
 そして、おそらく今日一番アンビリーバブルなことが起こった。
 赤髪が殴った何か。それは俺の眼前五センチの所にった。

 いや───浮かび上がっていた。

 不透明度が下がるように、初めはぼやけていた輪郭も次第にくっきりと形をなし、もやのようだった質感もやがてアイデンティティを得たかのようにこの世に歴然と顕れた。
 鋼鉄の籠手こて
 それ以外に言いようがなかった。
 中世の騎士が備えるようなデザインで、五指まで鋼鉄で装われている。
 大きさは赤髪の男の頭の、優に二倍はある。
 その巨人の籠手とも形容すべき存在が、男の拳を受け止め、そしていま包みように握り込んでいる。

「イメージしなさい。漠然とでもいいわ。貴方はいま敵を攻撃する戦士よ。そのイメージをプレイにぶつけなさい‼︎」

 なんとなく彼女の言わんとすることが理解できた。
 このERUPTIONという楽曲は超絶技巧の筆頭に挙げられるほどの難易度と知名度を誇っている。
    一小節の中に何十個もの音符が並んでいる数える気もなくすほどの早弾きで、しかも左手だけでなく右手の指も使って押弦する───ライトハンドまたはタッピングという───奏法を要する。
 それゆえに正確に再現しようとすれば勢いのようなものが曲から失われてしまう。なので、楽譜の再現に捉われずに弾け、ということだ。まぁその前に、正確にすことは俺にはまだ難しいが。
    上等だ。いま俺にある『こいつらをぶっ倒す』というイメージを全てこの曲に込めてやる。
    いつの間にか、俺の周りで起きている全ての不可思議で奇天烈な現象を、俺が違和感なく受け入れてしまっている。
    曲は中盤まで進んだ。
    赤髪の男は、握り潰されそうになっている右拳を何とか解放しようと、左拳で手甲を殴ったり開かせようとしていたが、やがて痛みのためか失神した。
《鋼鉄の籠手》は、失神した男を解放すると、そのままゆっくりと前に移動した。

「おお……」

 男達は再び後退る。しかし恐怖に生存本能や闘争本能を刺激されたのか、ある者は逃走し、ある者は果敢にも籠手に立ち向かって行った。
 襲いかかった勇敢(?)な最後の一人である緑髪の男は、籠手を二発殴ったところで籠手にデコピンをされ昏倒した。

「もういいわよ」

 少女の声に、ハッと我にかえった。
 俺は演奏を止める。

 このとき俺は、眼前の籠手を初めてまともに視た。
 よく視ると籠手は肘の部分までで、籠手は腕周りをぐるっと包むデザインになっている。本来腕があるはずの空洞には、チラチラと炎が詰まっていた。
 やがて鋼鉄の籠手は出現した場面を逆再生するように、ゆっくり途中にすけて消えて行った。

「終わった……のか?」

 俺は呟いた。
 しかし、俺の声に答える声はなかった。

──────to be continued

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