ロックスター⭐︎かく語りき

平明神

文字の大きさ
上 下
1 / 24
eruption

introduction

しおりを挟む

  あの日の不思議な体験の話をしよう。

 俺───不夜城弦輝と三日月聖、そして天野清音の三人は、いわゆる幼馴染という間柄だ。
 特にご近所さんという訳でもなかったが、親同士の仲が良いために、幼い頃から何かと一緒に遊ぶ機会が多かった。

 その日は家族ぐるみで遠方の高原にキャンプに来ていた。
    テントを張って定番のカレーを作って(もちろんほとんどは大人たちがやって、俺たち子供は手伝っていたつもりで邪魔をしていたのかもしれない)、食事までの時間、何をして遊ぼうかという話になった。
 小学生の一年生が三人だ。携帯ゲーム機はキャンプに相応しくないという理由で取り上げられた俺たちは、探検しようかという話になった。
 言い出しっぺは聖だ。
 実はテントの設営中からチラチラと近くの雑木林に目を遣っているのを俺は気づいていた。
    同級生の女子の中でも群を抜いて行動力のある聖は、こんな時はいつも俺たちの先頭に立って行動する。
 続いて俺、そして大人しい清音という順番になる。
 雑木林までは約二百メートル。
 危ないからあまり遠くへ行ってはいけません、という大人たちの目を盗んで、俺たち三人は一目散に駆け出した。
 三十分ほど雑木林の中を歩いたところで、もう帰ろうかというムードになりつつあった。
 林のどこかからパキッという音がしたり、鳥の羽ばたきのような音がしたりするたび、「ひゃっ」とか「ううっ」とか、小さく悲鳴じみた声を上げる。
     最初は痩せ我慢をして進んでいたが、歩いてきた距離に反比例して速度が遅くなる。いつものパターンだ。
 辺りが暗くなりはじめた。ただでさえ人の手の入っていない鬱蒼とした雑木林の中だ。闇は忍び込みやすい。
 そろそろ潮時だ。いくら小学一年生当時の俺だって、そのくらいの分別はある。

「ジリ、そろそろ戻ろうぜ」

 幾度か同じ台詞を俺は言ったが、「まだ早いよ」とか「なに。ゲンってばビビってる?」とかうそぶいていた聖も、十回目くらいで「そ、そうだね。ゲンがそこまで言うなら……」とあくまで自分から負けを認めないながらも、賛成した。
 しかし思い返せば確かに俺も、言い知れぬ不安やら恐怖のようなものを感じ取っていたのだろう。
「フフフ」と列の最後尾から小さな笑い声が聞こえてきた。
 闇に塗れつつある林の中で、それは「畏れ」を退ける鈴の音のように、静かに俺の中に染み渡った。
 清音だ。

「そうね。私もお腹が空いたし、帰りましょう。ジリちゃん」

 天野清音という少女は、この当時から他人に対して気遣いのできる娘だった。まぁこの時は多少は清音自身も空腹を感じていたのかもしれない。しかし、この台詞は間違いなく聖への帰る口実を与える援護射撃だった。
 ほとんど自己中心的な発言やわがままを言わず、控えめな態度で微笑む可憐な少女であり続けた─── 15歳であんな事件に巻き込まれるまでは。

「そうだよね、清音ちゃん! よし。カレーがアタシたちを待っている」

 そう言って負けず嫌いの聖が体を反転させた時、異変は起こった。

「……ねぇ、あれ見て二人とも」

 最初に気づいたのは清音だった。
 彼女の小さな指先が示した先には、仄かな光が瞬いていた。
 距離にして約10メートル。エメラルドグリーンとシルキーホワイトを混ぜたような光が、時に大きく、時に小さくなり収縮を繰り返し存在していた。
 ただし、その時俺たち三人に見えていたのはその燐光の暈の部分だけで、肝心の光源───光の中の中心部───は俺の胸の丈ほどの茂みに阻まれて見えなかった。
 正直、俺はその幻想的な光景に心を奪われていた。
 何秒……いや何分見入っていたかは覚えていないが、俺を正気に戻したのは右の袖をギュッと引いた感触だった。
 振り返ると、聖がいつの間にやら俺の右(しかもやや背中に隠れるようにして)立って、不安に眉根を寄せていた。

「きれい……」

 俺の左側では、清音が夢見るような表情をしていた。

「なんだろ、アレ」

 聖が俺に訊いてくるが、そんなこと俺が教えて欲しいくらいだ。

「ジリも清音もここで待ってろ。ちょっと見てくる」

「え!? あ、危ないよゲン。やめた方がいいよ。ね、清音ちゃん」

「うん。……でも、止めてもゲンちゃん行っちゃうんでしょ?」

「おう。危ないかもしれないから、二人ともちょっと待っててくれ」

 恐怖心や不安などよりも、興味や好奇心の方が勝った。いや、その光がそれらの感情を消したのだろうか。たぶん、そうだ。
 考えてみれば、未知への恐怖を吹き飛ばすような暖かさを感じさせる不思議な発光体なのだ。怪しさ満点だ。
     聖の忠告を素直に受け止めてすぐに回れ右してキャンプに帰っていれば、俺たちの運命も随分と変わっていたかもしれない。

「ゲンちゃんが行くなら私も行くよ」

「⁉︎  清音ちゃん、ちょっと……」

 当然のように俺の後を附いてくる清音と、置いてけぼりはごめんとばかりに必死に歩き出した聖。
 茂みを掻き分けようとしたが枝が硬く、俺一人では歯が立たない。三人で協力して何とか茂みを抜けると、眼前には信じられない光景が在った。
 呆然とそれを見ている俺たち。
 口火を切ったのはやはり聖だった。

「何だろう、アレ」

 つい先ほども同じ質問をされた。前回は全容がわからないので聞こえないふりをしたが、その光源であるそれを視ても正確な答えは見つからなかった。
 強いていうならば、

「妖精?」

 小学一年生の少ないボキャブラリーの中では、そうとしか形容しようがなかったが、尋常ならざる存在だという認識は拭いさることが出来なかった。
 光球は強弱の発光をまるで胎動のように繰り返しながら、地表から少しだけ宙に浮いていた。
 光球の中には人形のような『何か』がいた。まるで波間にたゆたうように、四肢を投げ出した体勢で。
 最初は発光機能の付いた人形を木の枝から吊り下げているのかと思った。
 しかし近づいてよく観察してみると、吊り下げられている筈の糸などが見当たらない。しかも人形(?)の体は薄く透け通っていて、微かに後ろの風景が見えていた。さらに信じられない事に、胸部が上下動していた。

「呼吸しているのかな?」

 清音も同じことに気づいたようだ。

「っていうことはやっぱり……生き物?」

 容姿はまるきり人間の女性そのものだった。衣類は全く身につけておらず、全裸だった。
 凝視していた俺を、左右にいた清音と聖が白い眼で視ていたのは記憶違いであってほしい。
 とにかく、大人の女性そのものだった。授業で使う三十センチ定規の半分くらいの大きさと、ウェーブのかかったライトグリーンの髪の毛。スルーセントの肢体。なにより宙に浮いているという奇想天外な点を除いては……。
 あまりにも不可思議な光景に、もっと顔を近づけようとしたら───

 やおらに、妖精(仮)の瞼が開いた。

 妖精(仮)は頭をぐるりと巡らし、俺たち三人を見た。
 認識していた。明らかに意思のようなもの、またはどの程度かは分からないが、知能を感じさせる瞳だった。
 続いて光る小人は、緩やかに俺たちの目線の高さまで上昇し、清音、俺、聖の前まで順に移動。やがて少し距離をとって浮遊しつつ、何かしら考えるような素振りを見せた。
 その間俺たち三人は口を動かすことはおろか、瞬きひとつできなかった。
 しばらく立ち尽くしている俺たちを『観察』していた小人は一つ頷くと、やにわに大きく手を広げた。
 そしてそれは起こった。
 妖精らしきものを包み込んでいた光が、ひときわ大きな輝きを放ち、周囲を、俺の視界全てを光で覆い尽くした。
 光の奔流に俺の体が呑み込まれる時、その光は俺の体を通り抜けた気がした。
 あまりの眩しさに眼を閉じ、再び瞼を開いたときには全てが終わっていた。
 音はなかった。小人が移動するときも、光が爆ぜたときも、全くの無音の中で行われた。
 林の中は静寂で包まれていた。やがて思い出したかのように、野鳥の鳴き声や葉擦れの音が戻ってきていた。
 辺りはすっかり闇の中だった。

「帰らなきゃ……」

 誰かが言った。もしかしたらつぶやいたのは俺だったかもしれない。



 その後のことはよく憶えていない。
 念のため持っていた懐中電灯を頼りにテントまで戻ると、当然親たちに烈火のごとく怒られた。 
 しかし、林の中での不思議な出来事については、俺も清音も聖も決して口外しなかった。これは三人だけの秘密だ。口にしなくても俺たちはそう思っていたし、奇妙なことに、あんな爆発のようなはげしい光を大人たちは気づいていないようだった。

―――――――――――――――――――――

 それからしばらくは、三人で会うたびにあの時の不思議な『冒険』の話で盛り上がった。
 ただそれも、小学校の中等年になるくらいまでだった。

    少しずつ話題から風化していき、そして俺は忘れていった。

──────to be continued

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

お読みいただき誠にありがとうございます。
この作品が
「面白い」 「続きが読みたい」 「推してもいい」
と少しでも思って頂けた方は、

①お気に入り 登録
②エールを送る(アプリ版のみ)
③感想を書く
④シェアする

をして頂ければ、作者のモチベーションアップや作品の向上に繋がります。
※お気に入り登録して頂きますと、新エピソードが投稿された際に通知が届いて便利です。
アマチュアである作者は皆様に支えられております。
この作品を皆様で盛り上げて頂き、書籍化やコミカライズ、果てはアニメ化などに繋がればいいなと思います。
この作品を読者の皆様の手で育てて下さい。
そして「この作品は人気のない時から知ってたんだぜ?」とドヤって頂けることが夢です。
よろしくお願いいたします。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」  ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。  蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。  これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。  一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました

加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜

EAT
ファンタジー
「どうしてこうなった?」 優れた血統、高貴な家柄、天賦の才能────生まれときから勝ち組の人生により調子に乗りまくっていた侯爵家嫡男クレイム・ブラッドレイは殺された。 傍から見ればそれは当然の報いであり、殺されて当然な悪逆非道の限りを彼は尽くしてきた。しかし、彼はなぜ自分が殺されなければならないのか理解できなかった。そして、死ぬ間際にてその答えにたどり着く。簡単な話だ………信頼し、友と思っていた人間に騙されていたのである。 そうして誰もにも助けてもらえずに彼は一生を終えた。意識が薄れゆく最中でクレイムは思う。「願うことならば今度の人生は平穏に過ごしたい」と「決して調子に乗らず、謙虚に慎ましく穏やかな自制生活を送ろう」と。 次に目が覚めればまた新しい人生が始まると思っていたクレイムであったが、目覚めてみればそれは10年前の少年時代であった。 最初はどういうことか理解が追いつかなかったが、また同じ未来を繰り返すのかと絶望さえしたが、同時にそれはクレイムにとって悪い話ではなかった。「同じ轍は踏まない。今度は全てを投げ出して平穏なスローライフを送るんだ!」と目標を定め、もう一度人生をやり直すことを決意する。 しかし、運命がそれを許さない。 一度目の人生では考えられないほどの苦難と試練が真人間へと更生したクレイムに次々と降りかかる。果たしてクレイムは本当にのんびり平穏なスローライフを遅れるのだろうか? ※他サイトにも掲載中

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

無職で何が悪い!

アタラクシア
ファンタジー
今いるこの世界の隣に『ネリオミア』という世界がある。魔法が一般的に使え、魔物と呼ばれる人間に仇をなす生物がそこら辺を歩いているような世界。これはそんな世界でのお話――。 消えた父親を追って世界を旅している少女「ヘキオン」は、いつものように魔物の素材を売ってお金を貯めていた。 ある日普通ならいないはずのウルフロードにヘキオンは襲われてしまう。そこに現れたのは木の棒を持った謎の男。熟練の冒険者でも倒すのに一苦労するほど強いウルフロードを一撃で倒したその男の名は「カエデ」という。 ひょんなことから一緒に冒険することになったヘキオンとカエデは、様々な所を冒険することになる。そしてヘキオンの父親への真相も徐々に明らかになってゆく――。 毎日8時半更新中!

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

colorful〜rainbow stories〜

宮来らいと
恋愛
とある事情で6つの高校が合併した「六郭星学園」に入学した真瀬姉弟。 そんな姉弟たちと出会う1人のクラスメイト。戸惑う姉弟に担任の先生から与えられたのは、「課題」。その「課題」はペアになって行うため、カラーボールの入ったくじで決める。くじを引いてペアになったのは出会ったクラスメイトだった。 ペアになったクラスメイトと行う、「課題」の内容は作曲。その「課題」を行っていくうちに、声優さんに歌って欲しいという気持ちが湧いてくる。 そんなクラスメイトとの1年間に襲いかかる壁。その壁を姉弟と乗り越えていく、色と音楽を紡ぐ、ゲーム風に読む、ダーク恋愛学園短編オムニバス物語です。

処理中です...