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chapter※02※※※※※※※

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「別の者から返信させていただいたのは業務を分担しているためで他意はございません」
「では、あのメールで私の基礎化粧品を置いていただける可能性はないと?」
「…現時点では、そういうことになります」
「すべての部屋ではなくラグジュアリーなお部屋の少し高価なアメニティグッズとして置いていただけるかと考えているのですが」
「もう世界共通の物を配置しておりますので…」
「どこのブランドですか?」

勢いよく聞かれた言葉に蜷川さん…ややこしいので美鳥さんと言おう…が口を閉じた。そして

「私は商談する立場にありませんので控えさせて頂きます」

とても静かに言うと美しく腰を折って見せた。完璧だ。
言葉も仕草も今の状況で最善だろう。

「控えさせてって、ブランド名を言うだけがダメなの?」
「…申し訳ございません。お名前を伺ってもよろしいでしょうか?出来ればお名刺をいただけるとありがたいです。今日のご訪問を報告致しますので」
「…っ………」

佐井という女性はハッと小さく息を飲んでから俺たちにも名刺を配った。

渡されると交換することになる。

「佐井さん、私の妻が佐井さんを見ていることがあるので私は存じ上げておりますが…ビジネスの手法としてはまずくありませんか?今のお話ですと、あなたはこのホテルのアメニティのリサーチなしでメールだけを送りつけ、思うような返事でないとアポ無しで押し掛ける。強引過ぎると思いますよ?もちろんこれは蜷川様ではなく私個人の考えですが」

谷川がイライラを隠して言うと

「ありがとうございます、谷川さん。このあとお食事でもいかがですか?もう少しビジネスのご指導をいただけると嬉しいです」

佐井が谷川と俺を交互に見る。

綺麗だが、満面の笑みでシワがないのは不自然だと佐井の目元を見ながら

「いえ、私どもはもう少し蜷川さんと仕事の話がありますので。それにビジネスの指導なんてできませんよ。コンサルティング会社を探された方がいいと思います」

そう言い美鳥さんに視線を送ると、意図がわかったらしい彼女が

「では、佐井さん失礼致します。柏木さん谷川さん、こちらへ」

と歩き始めた。

俺たち二人も佐井へ一礼すると美鳥さんについて歩き始める。
客室へ上がるエレベーターを素通りして突き当たりまで行くと、staff onlyと書かれた扉に美鳥さんはカードをかざした。

「いえ、ここでいいです。私どももアポ無しでご挨拶だけのつもりでしたから部屋に通して頂くほどのこともないんです」
「助かりました。ありがとうございます」
「イギリスにおられたんですか?」
「ええ、24年の人生で12年ずつ、イギリスと日本です」
「だからあの言葉ですか…日本人は察することで会話が進んで会話が終了すると聞いていた、と」
「ええ…ますます精進します…使い方合ってますか?」
「「合ってます」」
「ふふっ、息ぴったりですね。今日のご挨拶の報告は助けて頂いたことと合わせて報告します。わざわざお立ち寄り下さりありがとうございました」
「いえ、こちらこそ夕刻に失礼致しました。では試飲会で」
「また何かあればメールさせて頂きます」
「よろしくお願いいたします」

メールだけのやり取りで当日を迎えるよりも絶対にいい。
宴会場の予約をした時点で長いテーブルの数だけ指定している。
もちろんグラスの準備も頼んである。
あとは、イベント会場のように白いクロスを敷いてワインを提供するだけだ。
見込んでいた人数には今日もらった連絡で達している。

「頭のいい子だね、蜷川さん。ややこしいな、美鳥さん」
「谷川もそう思うか?」
「思うね。年齢からしてせいぜい秘書2年だろ?それであの場面でブランド名を言わなかった…やるなと思ったよ」
「それで加勢した?」
「そう、秘書仲間を助けた」

運転席のシートベルトを装着しながら笑う谷川に

「チャーミングな女性だと思ったよ」

と言うと、谷川はシートベルトをグーっと最長に伸ばす勢いで俺を振り返り

「佐井さん?」

と悪い顔で言う。

「数分前に人を助けた奴と思えない顔だ」
「冗談のわからない奴はモテないぞ」
「ふっ…彼女…美鳥さん、俺を睨んでた」
「お前が意地悪な質問をした時な」
「あの時の彼女はとても魅力的だった」
「ああして‘素’が出るんだろうね。考えながら日本語でビジネスの会話をしているようだったから」
「大人の日本語を理解する前に英語ですべてをマスターすると、言葉も考え方も日本人のものとは違ってくるかもしれないな」
「惚れた?」
「いや」
「これから?」
「いや…未確定です」
「ははっ…未確定の言葉通りですか?」
「そうだ」

そう答えながら美鳥さんの俺を睨んでいた顔を思い出していた。


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