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方向を見失う

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「父さんたちは知ってんの?香歩が帰って来てること」
「ううん、もう二人とも仕事に出てたもん」
「そうだろうな」

 ズズーッ…

「美味し…」
「いつまでいるんだ?」
「さあ?」
「どうしているんだ?」
「…ちょっと待ってよ、朱…自分でもよくわからないの。普段ならあり得ないことが起こったから…」

 ズズーッ…はぁ…

「朱…ズズーッからの、はぁ…はオジサンくさい」
「お前が目の前で辛気くさい顔してっからだ」
「…ねぇ」
「何…?」
「チョコレートは?」
「はっ?」
「チョコレート」
「…が、何だよ…」
「会社から手ぶらで帰ってきたの?今日はバレンタインだよ?」
「毎年だろうが。義理チョコなんてあとがめんどくせぇ」
「なかったの?断ったの?」
「全部断った」
「何個くらい?」
「…何個?…10くらいか?もっと?」
「断れるもの?」
「当たり前だろ?受け取らなきゃいいだけだ」
「どうやって?」
「すみませんが誰からも受け取りません、って言うだけ」

 朱は‘A PRINTING’という印刷製本機械を製造販売する大手企業に勤めている。たくさんの社員がいるのに毎年バレンタインのチョコレートを持って帰って来ない。家族の贔屓目ではなく、モデルにスカウトされたことがあるくらいの容姿でモテるのにね。

「あのさ、朱」

 私が呼ぶと目だけを合わせた朱はスッと立ち上がり、食べ終わった食器をシンクに運ぶ。

「ゆっくり聞く。香歩、何飲む?」
「おつまみは?」
「自分で冷蔵庫見ろよ」

 私の食器も運んでくれた朱に‘ありがと’と小さく言ってから冷蔵庫を開ける。毎日料理するパパだから冷蔵庫が淋しい日なんてない。

「メープルカマンベールにしようかな…ナッツある?」
「ある」

 私は冷蔵庫からメープルシロップとカマンベールチーズを出すと、カマンベールチーズを開けて8等分に切る。朱がそのカッティングボードの隅にミックスナッツを出したので、私はカマンベールチーズを切ったそのままの包丁でミックスナッツを軽く刻む。

 その間に朱がカマンベールチーズをプレートに乗せ、私は刻んだナッツをカマンベールチーズの上にかける。さらにその上にメープルシロップをかけながら、テーブルでワインを開ける朱にやっと言った。

瑛人えいとと喧嘩した…」
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