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夢幻泡影 4

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「着衣で確認できる出血はありませんが、意識がなかったくらいの頭部打撲。大島さんが把握している状況は?」

そう言う間も、救急隊員は脈や血圧をとっている。

「上から物が落ちて来て右肩にぶつかって…」

私が思い出したように右腕をゆっくりと動かしてみるのを救急隊員が見守っている。

「…打ち身かな…動きます…で…階段から落ちると思って、真っ直ぐ頭に気をつけて落ちれば良かったんですけど下に子どもがいたので…そのあとはわからないけれど、多分余計な動きで落ちてしまった…」
「ぶつかったのは大型のスーツケースです。二人の子どもも‘来る、と思ったお姉ちゃんがスーツケースの方へ体をやった’と言っていますし、上から目撃した人も‘子どもを庇って落ちたように見える’と証言してるので、二人の子どもを助けられたと思いますが、結果的に頭部打撲があり、スーツケースが左足に乗る形で最後の段に止まったので、スーツケースの重さと階段で足にケガをしているのでは、との疑いがあります。今は腰や背中の打撲の状況も考えて足まで固定していますのでわからないでしょう。搬送病院での検査となります。意識がはっきりされていて良かった。首の動きにも問題なさそうですし」

良くない…足のケガはまずいでしょ。背中と腰も困る。頭をぐるぐると回る闇を瞼の裏で追いかけながら

「○○総合病院」「○○署」

という声を聞く。

「…警察?」
「過失、故意などの可能性がある限り調べるのでね、警察も来てます。車、動きます。気分が悪いようでしたら教えてください」



救急隊員さんとの密室になり、幾度となく聞いたことのあるサイレンを車内から聞きながら、全身が痛いと認識し始める。

両手はフリーだが胸、腰、足は固定されているので動かせない。頭を打ったこともスーツケースが乗ったことも自分の記憶にないけれど、まずいでしょ。感覚的に全身打撲は間違いない。骨折などが無ければ不幸中の幸いか…

だが、病院で全身の検査を受けた結果、頭部を含む全身打撲。そこまでは覚悟していた。検査に回される途中に自分の体の感覚はつかめたから。



でも…



結果を聞く前に私は絶望していた。膝が抜けた感覚。



「左膝靭帯損傷です。これを見て下さい。複数の靭帯が…」



検査の間に病院まで駆け付けてくれたしーちゃんと結果を聞くのだが…膝と同じように私の魂も抜けてしまった。

それでも他人事のように言葉が耳を通りすぎる。

複数の靭帯損傷があるが小さなもので、前十字靱帯の損傷だけは致命的。全治は約8ヵ月。これは、前十字靱帯の手術をしてからリハビリを終えてスポーツ復帰をするまでの目安で、日常生活が問題なく送れるようになるだけなら術後1ヵ月程度。

前十字靭帯を損傷してしまうと自然に修復することは、ほとんど期待出来ず手術をしない場合は全治することがない。そのため手術をしない場合は損傷した状態のまま生活を送ることになる。



絶望感などではなく崩壊感を全身に感じて



「…どうでもいい…」



そう発したあと、私は治療法など考えることを放棄した。
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