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夢幻泡影 1
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日々の努力でしか得られないもの、時間も人生も掛けたもの…それが一瞬で失われることもあるのだと、そんなこと知りたくなかった。そんなことを知るのはせめてもう少し先でよかった。
私はその日もいつも通り、7時から15時までのアルバイトをしていた。
午後から降り始めた雨のせいで、お客さんが入って来る度にフロアが濡れ、何となく汚れた色合いになるのを見て、フロアの色を変えて欲しいと5回くらい思うのが雨の日のお決まりだ。
「お先に失礼します」
「お疲れ。才花、世界大会まであと1ヶ月きったって?副店長がシフト作りながら言ってた」
「うん、そうだよ」
ツトムもここで私と同じくらいのアルバイト歴がある同い年の大学生だ。
「頑張れよ」
「ありがと。スクール、いってきます」
「いってらー」
ツトムに軽く手を振り、手を洗って更衣室に入ってから、熟したバナナとドライデーツを食べる。食べる物は毎日同じではないけれど運動前の補食を摂るのは毎日だ。スクールに着いてから食べたのでは遅い。
それから着替えて裏から店を出ると、用水路を渡って駅への近道を通る。
駅で電車を待ちながらスマホを見ると、事故の電車遅延により先生のトニーが遅れると連絡が入っている。それはかまわない。トニーが居なくても皆でやる練習も多いし、ずっとトニーがいたって最後のチェックだけしかしてもらわないこともある。
彼はいつもは自転車でスクールに来るのだけれど、雨だから電車にした日に限って事故遅延って可哀想。ついてないよね。まだ帰宅ラッシュでなくて良かったのか。
この時間、のんびり頭を動かすのもいつものこと。意識的にか無意識かはわからないけれど、8時間のアルバイト後、スクールへ移動するこの時間は音楽も聞かずにボーッとしている。強風が吹いていようが、雨が降っていようが、1日の中で最も暇でボーッとしている。
叔母が、私一人の移動中に音楽を聞くことを禁止したのは中学生の時だったな。
ふと、手に持ったままのスマホを見ると
‘バイト、終わった?夜まで降るから、スクールを出たら洋輔さんに連絡入れて。駅まで迎えに行ってくれるよ’
と叔母からメッセージが入っていた。叔母の茂美は亡き母の妹で、私はしーちゃんと呼んでいる。
そのしーちゃんと2年前に再婚したのが木村洋輔さん。洋輔さんには私より1歳年下の娘、大学生の香さんがいて3人が一緒に暮らしているので申し訳なく思って、私は週に二度のしーちゃんの夕飯をもういらないと言ったんだけど、しーちゃんにすごく怒られた。
「才花を娘のように育ててきたのに、娘を手放すような再婚をするはずないでしょ?」
私が9歳の時、母が亡くなってから私を育ててくれたしーちゃんが本気で怒ったんだ。
私はその日もいつも通り、7時から15時までのアルバイトをしていた。
午後から降り始めた雨のせいで、お客さんが入って来る度にフロアが濡れ、何となく汚れた色合いになるのを見て、フロアの色を変えて欲しいと5回くらい思うのが雨の日のお決まりだ。
「お先に失礼します」
「お疲れ。才花、世界大会まであと1ヶ月きったって?副店長がシフト作りながら言ってた」
「うん、そうだよ」
ツトムもここで私と同じくらいのアルバイト歴がある同い年の大学生だ。
「頑張れよ」
「ありがと。スクール、いってきます」
「いってらー」
ツトムに軽く手を振り、手を洗って更衣室に入ってから、熟したバナナとドライデーツを食べる。食べる物は毎日同じではないけれど運動前の補食を摂るのは毎日だ。スクールに着いてから食べたのでは遅い。
それから着替えて裏から店を出ると、用水路を渡って駅への近道を通る。
駅で電車を待ちながらスマホを見ると、事故の電車遅延により先生のトニーが遅れると連絡が入っている。それはかまわない。トニーが居なくても皆でやる練習も多いし、ずっとトニーがいたって最後のチェックだけしかしてもらわないこともある。
彼はいつもは自転車でスクールに来るのだけれど、雨だから電車にした日に限って事故遅延って可哀想。ついてないよね。まだ帰宅ラッシュでなくて良かったのか。
この時間、のんびり頭を動かすのもいつものこと。意識的にか無意識かはわからないけれど、8時間のアルバイト後、スクールへ移動するこの時間は音楽も聞かずにボーッとしている。強風が吹いていようが、雨が降っていようが、1日の中で最も暇でボーッとしている。
叔母が、私一人の移動中に音楽を聞くことを禁止したのは中学生の時だったな。
ふと、手に持ったままのスマホを見ると
‘バイト、終わった?夜まで降るから、スクールを出たら洋輔さんに連絡入れて。駅まで迎えに行ってくれるよ’
と叔母からメッセージが入っていた。叔母の茂美は亡き母の妹で、私はしーちゃんと呼んでいる。
そのしーちゃんと2年前に再婚したのが木村洋輔さん。洋輔さんには私より1歳年下の娘、大学生の香さんがいて3人が一緒に暮らしているので申し訳なく思って、私は週に二度のしーちゃんの夕飯をもういらないと言ったんだけど、しーちゃんにすごく怒られた。
「才花を娘のように育ててきたのに、娘を手放すような再婚をするはずないでしょ?」
私が9歳の時、母が亡くなってから私を育ててくれたしーちゃんが本気で怒ったんだ。
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