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夢をみる 3

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それはこのあとの2ヶ月間も同じこと。

世界一を目指してのレッスンとコンディショニングは欠かせない。

体力、精神、技術、医療、栄養、環境といった要因から影響を受けるコンディションをコントロールする。つまり、それらに総合的にアプローチして競技の際に能力を最大限に発揮出来るようにコンディショニングの必要がある。


だから本選2ヶ月前の今、費用への不安を無くしておくことは大切なこと。そう割りきって、シャワールームから出た。


「こっちだ」

私が着て来た服を着ている途中で、開いたままだった部屋のドアからバスローブ姿の男が言う。当然帰るのだと思いドアまで行くと

「座れ」

顎でソファーを示され、男は水のペットボトルと珈琲の入ったマグカップをローテーブルに置く。男は座らず、水と珈琲がどちらも並べてあるので私に出してくれたのだろう。正直、水は嬉しい。だけど、寝室以外で寛ぐようなことは違うと思う。

「お水を頂いていいですか?」

最初の挨拶以外に話をしたのはこれが初めてだ。本来なら‘ありがとうございました’と帰るはずだったのに。

「座って飲め」

感情の読めない声に従いソファーに浅く腰を掛けると、ペットボトルの蓋を開けて一気に半分ほど飲む。その私の前に男がお札を置いた。

「…多いですけど?」
「延長は倍額、プラス深夜手当。妥当なところだ」

延長は倍額の10万円?深夜手当が1時間に5万円?明らかに多いんですけど…

「…電話していいですか?」
「どうぞ」

そう言った男が向かいに座って、ソファーにゆったりともたれる。もう私に触れるつもりはないようだが、あまりにじっと見つめられ、そっと珈琲を男の方に置いた。ふと、男の表情が緩んだ気配がしたけれど、電話が繋がったので男を見ることもなく

「もしもし…」

とだけ言う。電話番号で私だと分かっているはずなので、男の前で名乗らない。

‘はい。あと10分ほどですが、もうお迎えでよろしいですか?’
「伺いたいことがあってお電話しました」
‘はい’
「お客様が、延長は倍額、プラス深夜手当という支払いを申し出ておられるのですが、そこの料金設定を確認していなくてすみません」
‘それでいいです。受け取ってください’
「ぇ…深夜手当なんて…元々、深夜のお仕事…」
‘お客様の前でそれ以上は失礼になります。受け取ってください’
「はい、すみません」
‘10分後に降りて来てください’
「はい。お願いします…」

そう言いながらスマホを耳から離し、男を見ると‘あってるだろ?’と言わんばかりに首を傾げ、相変わらず視線は真っ直ぐに私を見ている。




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