愛を知らない少年と呪われの騎士

川中 想

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第一章

第一話

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 雪が降っていた。
 ミオリネは、薄暗く冷えた部屋のベッドの中でぶるぶると震えていた。重たいカーテンの僅かな隙間から外を覗けば、空は分厚い雲に覆われ大地は強烈な寒さを思わせる一面の雪。凍える様な冬の景色を見たミオリネは、十五にしては発達の悪い体をさらに縮こまらせた。
 
今自分は熱を出している、とどこか他人事のように思う。酷い寒気はこれから熱が高くなる前兆であると長年の経験で理解していた。自分にできることは、おとなしく寝ることだけということもまた長年の経験で理解している。
 
 遠くで、楽しそうに話す声が聞こえる。遠く離れた場所で眠る彼の耳に届くほどにそれは大きく、とても幸せそうな家族の声だった。
 
 ミオリネはぎゅうと胸の辺りを掴んだ。こんなのには慣れた、と自分に言い聞かせてどうにかこの胸の痛みを追い払おうと頭を振る。ミオリネはもうずっと家族の輪から外れたこの別邸で、ひとりぼっちでいた。肩まで伸びきったブロンドベージュの髪がミオリネもロルシー家の一員だと主張する。考えるのが嫌になって、ミオリネは目を瞑った。
 
 
 
 ミオリネは二人の兄を持つ公爵家の三男として生まれた。生まれてまもなく母が亡くなった。元々体が弱かった上に、三度の出産の無理が祟ったのだ。
 
 「お前のせいで母様は…!」
 長男アベルにどんっと強く押されて尻餅をつく。
 「お前なんか生まれてこなければ良かったんだ!」
 次男カイは涙を浮かべこちらを睨んでいる。
 兄二人は突然母を失った悲しみから弟を憎み、母を返せと泣きながら怒った。ミオリネは兄を見上げている。この風景はミオリネの一番最初の記憶だった。
 父も同様に冷たく接した。最愛の妻を亡くした喪失感から、弟を嫌う兄たちを叱りもせずに、自ら会いに行くこともなく存在を無視した。廊下ですれ違い挨拶をしても無視された。兄には憎まれて育った。
 
 三年後に父が再婚した。
 子供の成長には家族との経験が大きく影響する。家族との会話は一方的な暴言のみ。憎まれ、無視され育ったミオリネが人に比べて成長が遅いのは当たり前であった。さらに、先天性の病を抱えており身体が弱く活動時間が短いことも影響した。しかし、それが継母を苛立たせた。
 「まだこんなこともできないの?」
 「違う!前にも言ったわよね⁉︎」
 「なんでこんなのと一緒に暮らさなきゃならないのよ」
 「あんたなんていらないのよ、早く消えてちょうだい」
 また、継母は父の心がまだ前妻にあると感じる度ミオリネを詰った。いつも以上にいっそう激しく折檻した。
 「何もできない役立たずの穀潰しが!」
 怒る理由はなんでも良かったのだろう。ミオリネはただ苛立ちを発散する為の道具だった。足や背中や腕に広がるあざや鞭の痕。ミオリネは激しい痛みに唇を噛んで、訳もわからず必死に謝り続けた。
 「…ごめんなさい、っ、ごめんなさい」
 役立たずでごめんなさい。不快でごめんなさい。お母様を死なせてごめんなさい。生まれてきてごめんなさい。
 心も体も傷だらけで、病を抱えたミオリネはそのうち一日の大半をベッドの上で過ごす様になり、だんだんと自分はいらない存在だと考えるようになった。
 
 
 父と継母の間に子ができた。ミオリネを邪魔者扱いしていた継母はこれ幸いとミオリネを本邸から追い出した。父は一瞥もしなかった。七歳の時の出来事であった。
 
 別邸は本邸に比べて質素で薄暗い雰囲気があったが、意外にも手入れはきちんとされているようでホッと息をつく。
 朝と晩に食事が運ばれた。朝ごはんを食べ身支度をする間に、掃除がなされた。換気をし、ベッドシーツを取り替え、掃き掃除、拭き掃除が手際よく行われる。彼らは別邸専属の使用人ではなく本邸の使用人が当番制で来ているようだった。あちらに戻ってからも仕事があるようで手際よく仕事を終えると速やかに本邸へ戻って行った。
 弟が生まれてから継母はミオリネなど居なかったかのように振る舞った。ミオリネは弟に感謝した。このまま無関心でいてくれることを願った。
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