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二階堂真琴の売春

二階堂真琴の売春 6

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「は?」
 そう言ったまま二階堂真琴は口を暫く開けたまま動かなくなった。
 数分して、ようやく妹の方へ向き直り、マジマジと眺めたあと「本当に?」と確認するように呟いた。
 それに呼応するように、彼女は小さく頷く。
「え……っと、ちょっと待って、どういう……こと?」
 戸惑い、混乱、そしてわずかに感じ取れる、真相に対する恐怖。彼女の指先は微妙に震えている。
「言葉通りです。犯人は貴方のお母様でしょう」
「え、だってお母さんが、え、え、えええええええ!?」
 大声を上げた彼女は梟の様に大きく眼を開き、再び固まってしまう。
「お母様のご年齢は――」
「さ、さんじゅう……」
「……33です」
 壊れたラジオの様になってる真琴ちゃんの代わりに麗華ちゃんが補足して答える。そして、固まっている姉の手から自身のスマホを取り上げ、僕らに中に入っていた写真を見せる。
「――え」
 思わず驚きの声を上げたのは僕だ。
 そこには真琴ちゃんと麗華ちゃん、そしてこれが母親であろう女性が写っている。
 若い。とても三十路を迎えている女性には見えない。二十代前半と言っても十分通用するだろう。見る人が見れば、これは三姉妹にしか見えない。それぐらいの、若作りである。
「橋谷文乃。これが、母です」
 真相を雫さんから事前に聞いていたとは言え僕も驚いた。そんなことがあるのだろうか? と多少なりとも疑問には思っていたのだ。しかしこの写真を見るとそれも十分あり得るのだと確信する。
「お母様は、レンタル彼氏のサイトを長女の名前で利用したのです。そして華屋兄弟の二人と寝た。そして、お金を受け取った。そうですね?」
「――はい」
 妹の麗華ちゃんは力なく頷く。
「……知って、たの?」
「……うん。お母さんは隠しているつもりだったかもしれないけど、一緒に住んでるから、気付くよ」
 そう言って申し訳なさそうに彼女は下唇を噛み俯く。
「しかも……その兄弟の前も色々と……。知り合いの会社の社長とか、色んな人と、そのしてたみたいで……」
「な、何でそんなこと!? 良い人が見つかったからお金なら不自由してないって言ったじゃない! あんないいマンションに住んで! それともこんなこと毎回してたの!?」
「……分からない、そこだけは」
 33歳で売春をする。その心理が僕にも分からなかった。いくら生活のためとはいえ、どうしてそんなことをしたのだろうか? それに、六本木にあるマンション住まいを維持するほどの売り上げをそれで稼ぐにはいくらか無理がある様に感じられる。そこに関しては僕もまだ雫さんから説明を受けていない。「後でお話します」と言われ今この場に臨んでいるのだ。
「三男の堂羅さんと真琴さんが付き合っていたことだけが彼女の誤算だったのでしょう。そこだけは偶然です。ですから今回のことが発覚してしまいました。真琴さんの彼氏の口から」
 そうだ。だからこそ真琴ちゃんはそれを探るために会社に接触してきたのだ。
「兼平さんの会社に『二階堂真琴が売春をしている』という電話を入れたのは、麗華さんですね?」
「……はい」
「え!? 麗華が!?」
「うん、だって、私止めて欲しかったから。お母さんに、こんなこと」
 そう呟く麗華ちゃんの姿はいっそう小さく見える。
「結果、華屋兄弟はレンタル彼氏のバイトを逃げるように辞めました――が」
 雫さんはそこで言葉を切り、全員が彼女を見るまで次の言葉を待った。
「それは、当初の予定通りでもありました。なぜなら、彼らはタレントとしてデビューしたからです」
 華屋家で見たTVから漏れる光景を思い出す。
「――では、お母様はなぜこんなことをしたのでしょう?」
 雫さんの問いに誰も応えない。僕は恐る恐る、口を開く。
「――生活の、ため?」
「……正解ではあります、が、真実ではありません」
 彼女は問うように、姉妹を見据える。
 彼女たちはお互いを見つめ合い、YESの合図の様に雫さんに頷き返す。
「――お母様は『神殿娼婦』なのです」
 漸くあのたとえ話がここで繋がってきた。
「神殿娼婦とは、古代に行われていた『管理売春』だと思って下さい。お母様は、パトロンである――恐らく芸能事務所の偉い方の勧めで華屋兄弟にあてがわれたのです」
『え――』
 彼女たちの驚きの声が共鳴する。
「お母様は華屋兄弟のデビューした芸能事務所のどなたかの愛人、もしくは親しく付き合われているのでしょう。それが生活の原資であり、彼女の『職業』でもあるのです。彼女は華屋兄弟を囲うために、満足させるための存在なのです。そしてそれをレンタル彼氏を利用した客、という形で接触させていました」
 華屋兄弟をサポートするため、公私に渡り管理するために。そう、彼らが望めば――その性に関しても。
「どうしてそんな、まどろっこしいことを?」
「それは華屋兄弟がまだ未成年だからです。仮に発覚しても未成年同士のちょっとした行き過ぎた行為だと言い逃れが通用する。そういう判断ではないでしょうか?」
 つまり、社会的な立場を考え真琴ちゃんが利用された、ということか。
「お金も華屋兄弟が支払った訳ではないでしょう。芸能事務所の方がお支払いになったに違いありません、『必要経費』として。華屋兄弟も風俗嬢の、売春婦の氏素性などそこまで詳しくはなかったし、興味も無かったでしょう。ですが三男という接点からそこが拗れてしまった。成りすました故に勘違いをされ、事が露見する要因を作ってしまったのです」
「じゃ、じゃあ……」
 真琴ちゃんは捨てられた子犬のような、悲しそうな顔をしてこちらを見つめる。
「――三男である堂羅さんにももしかしたら事務所の息が罹ったかもしれません。ですが、彼はその仕事に興味がなく、偶然にも貴方と言う彼女がいた。お母様は失敗に気が付いたかもしれません。ですから、彼は最初から、彼女には手が出せない存在になっていたのです」
 勘違い故に、彼は毒牙から免れていた、とも言えるのだろう。それが真琴ちゃんにとっては悲劇だったのかもしれないが。
「勘違いを解くのは簡単です。しかしそれは貴方のお母様の恥を晒すことになる――そう、貴方が認識なさるのでしたら、ですが」
 真琴ちゃんは眉間の皺をより深くして悩んでいる様だった。高校生にこの選択肢を迫るのは酷かもしれない。
「――言う。それで、堂羅君がどう思うか分からないけど」
「――主の、導きのままに」
 そう言って雫さんは胸の前で十字を切り、彼女の選択を祝福した。

 姉妹揃ってライスシャワーを出て行ったのはそれから十分ほどしてからだった。
「もう、遅いですから」そう雫さんは言って僕に二人を送る様に促した。
「いい。二人で帰れるから。それに、二人で話すこともあるし」
 二人で、を彼女は強調した。邪魔されたくない、聞かれたくない身内だけの話がある、ということだ。僕らは彼女を店先で見送った。
「――大丈夫、でしょうか?」
「――分かりません。ですが、真実は人を強くしますから」
 僕らは二人の去った店内に戻る。
 僕は今なら彼女がなぜあのたとえ話をしたのか理解出来た。ただ、一点を除けば。
「あの――」
「タマルは、強い女性です」
 僕の疑問に応える様に彼女は語りだす。
 タマル、ユダの家に嫁いだ女性。三兄弟のうちの二人と寝て、最終的にユダと関係を持ち子供を――。それは、彼女たちの母、文乃さんと被る。
「目的の為に手段を択ばない。そういう人間は強く、また怖い。諦めず、目的を達します」
「あの――橋谷文乃さんの目的は何だったんですか?」
「それが問題であり、あの場で言えなかったことでもあります」
 そう言って彼女はこちらへ振り向く。
「タマルが欲したのは、子です」
 ユダの家に連なる子を自らに宿す――そのために生きた女性、タマル。
「この場合の、文乃さんの場合の『子』とは芸能事務所の利益としての華屋兄弟の成功を意味します。恐らくそれは実現するでしょう。しかし、彼女の願いはまた別にあるとしたら――」
 僕はその可能性に気が付いていた。だからそれを確認する様に口にする。
「――パトロンとの幸せ?」
「そうです。彼女は恐らく『妊娠』しています。そしてそれは『誰の子とも分からない』からこそ、それを実現させる脅迫材料になりうるのです。そのパトロンにとっては」
 僕は背筋に薄ら寒いものを感じた。
「タマルは子供の父親の証明として紋章などを要求しました。しかし、彼女は敢えてそれを要求しない。二人のタレント候補と寝ることで、もしかしたら彼女にとって不本意なその仕事を自身の幸せに繋げる為に利用しました。ただパトロンの子を妊娠したのでは意味がない。金の代わりにおろせと言われればそれまでです。ですがそれが、自分の命じた末の――露見してはいけない何かだったら? だから彼女は危ない橋を渡ったのです。子供自身が、紋章となるように」
 ――売り出すはずのタレントの子かもしれない。その可能性を示して。
「彼女は笑顔で彼に言うだけでいい。『大丈夫、貴方の子だから』と。自分をあてがった、裏切ったはずの男を篭絡するための材料として、全てを利用したのです」
 まごうことなき悪女だ。僕はそう思う。しかし、なぜか一方的に批判することが出来ない。彼女はきっと、正当な報酬を貰おうと思っただけかもしれないから。
「……よく、わかりましたね」
 今回も、彼女は僕の話だけから正解を導き出した。文乃さんの部分に関しては想像の域を出ないが、恐らく間違ってはいない、そんな確信があった。
「……私の力ではなく、主の導きです。私は主の遺した書物や伝記からそれらを類推することしかできません。ですが、敢えて言うなら――」
彼女は首に掛けた小さなロザリオを人差し指と親指で摘む。
「神の考えることは私にはわかりませんが、人の考えることには限界があるからでしょう」
 彼女はそう言って小さく笑った。

 後日――無事に復縁出来たとの報告が真琴ちゃんからメールで届いた。誤解は解け、今は仲良くしているらしい。妹さんとも仲直りし、今は何と父親の家のでお互いが暮らしているそうだ。
 あの後母と話し合いを持った後、そういう結論になったらしい。
 そして、橋谷文乃だ。
 彼女のその後は週刊誌に少しだけ載ったことで僕らにも伝わった。
『芸能事務所社長、不倫の末、略奪婚!?』
 そのような記事が少しだけ芸能欄を賑わせたのち、ほどなくして消えた。彼女は目的を達成したようだ。その後の幸せが掴めるかは、僕には分からないが。
「もう他人だから」
 偶に報告をくれる真琴ちゃんはそう笑顔の顔文字と共にメールしてくれた。僕はそのメールを最後に、文乃さんのことを完全に頭から追いやった。
 ――僕の人生にはもう、関係ないことだ。
 そう割り切った。後はもう真琴ちゃん達の物語に任せよう。
 ただ、今回のことで僕には僕で誤算があった。
 まさか、こんなことになるとは思わなかった。僕の後日譚がある意味一番変化に富んでいたのだから。

「ここが今話題の華屋兄弟の所属していたレンタル彼氏の事務所です! そしてこちらが今このレンタル彼氏サイトでNO1の、REITOさんです!」
 原宿の事務所前に立つTVのレポーターが僕にマイクを向ける。
「……はい。ご紹介に預かりました。REITOです」
 華屋兄弟が抜けたことで僕がこのレンタル彼氏サイトの指名NO1になってしまっていたのだ。そして華屋兄弟が抜けたことを逆手に取った社長がそれを宣伝文句にしてマスコミに売り込んだ結果が、今回の取材になっていた。僕はそこのNO1として取材に受け答えする羽目になったのである。
 今までは実は本名で活動していたのだが、それでは問題があると思い、急きょ芸名まで付けた。顔も伊達眼鏡を付けたり髪形を変え誤魔化している。もしかして知り合いが見たら分かってしまうかもしれないが。
嫌な予感はした。僕はそもそも目立つことは好きじゃなかった。出来るだけ一番を取らないように、一番手に隠れるように何事もこなしてきたのだが、今回はそれが出来なかった。そしてこのインタビューが元で次の事件が起きるなんてことも、僕に予想できたはずも無かったのである。
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