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第五章 過行く日々の・・・

死なないで主人公! (略)その2

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「……これ、何よ?」

「勝手に口を開くな、この豚!」

 ずびしっ。

「きゃいん!?」

「こら、鳴くときは「ぶひっ」だろうが!」

 尻を思い切りピンヒールで蹴り上げられた。

 ずしっ。

「あうっ」

「ほら、鳴け! いい声でな!」

「ぶ、ぶひーん! ……ってなんやねんこれ、説明してよブラウンさん!?」

「うむ、成功、成功」

「いやその理論はおかしい」

「豚! 勝手にしゃべるな!」

「ぶひん!?」

 やめて、お尻ぺんぺんだけはっ!?

「ちょ、ちょっとまって!? ちょっと前まではお涙頂戴の難病ものテイストでしたよね? え、これ、そういう話?」

「安心して下さい。顕現化中は魔力詰まりの恐れはないですから死にませんよ~よかったですねぇ」

「よくねえ! てか顕現化とか融合って何よ?」

「こっち風の言葉で表すなら、魔力を擬人化してみた感じ? もちろん、君から抽出したものではあるけれどさぁ」

「おい、あんたもこの豚の調教の邪魔をしないで貰える?」

 ジャッカル先生の胸倉をお姉さまが掴む。

「ああ、とりあえず今は患者と話してるんで、君が黙ってて?」

「てめ、ふざけ――」

 そうお姉さまが凄んだ瞬間、彼女の動きが氷のように固まる。

「固定化完了。はいはい、3分間だけそうしててね?」

「……なにしたの?」

「単なる麻酔みたいなものさ。長くはもたないよん。だから手短に説明するよ?」

「は、はい」

「これは君の魔力を集めて姿を取らせたもの。そこまではいいね?」

 俺は頷く。

「それを融和と呼ぶ。でもそれは単に集めただけで、本人にはまだ害のあるままだ。なにせ、君の身体を蝕む悪そのものの権化だからね?」

 ガン細胞みたいなものだろうか? それを寄せ、一点に集めた感じか。

「じゃあそれを一気に叩けば?」

「それは駄目だね。これは君の魔力でもある。除去してしまうと君が死ぬ、もしくは廃人になる」

「え、駄目じゃないですか」

「だからこそ、こいつを『調教』して貰わないと」

「はあ?」

 改めてこのボンテージお姉さまを見る。

「どっちかというと……俺が調教される側では?」

 どう見ても見た目SMの女王様である。俺は先ほどまでアハ体験ならぬ、豚体験していたのだ。

「それじゃだ~め。つまりこいつ、君の魔力を飼いならして大人しくさせてから元の身体に戻すの。そうすれば君は助かる」

「ほ、本当ですか先生!?」

「嘘など吐くもんか。僕は君の主治医だからね?」

「で、具体的には?」

 俺は期待に瞳を輝かせ、一番大事なことを訊ねる。

「なんのこと?」

「いや、調教って言いましたよね? で、具体的にどうすれば?」

「……」

 ぷい、と彼女はそっぽを向き、一言……。

「……僕にだって、わからないことはある」

「まてややぶ医者」

「お、落ち着き給え。……これは分からないんじゃなくて、症例によってやるべきことが変わるから調べないとダメってことだよ?」

「ほう?」

「それぞれに顕現した魔力には君に従わせるために何かをしないといけないんだ。それを総じて「調教」って呼ぶわけ。でも具体的には何をすればいいかは個人差なの。ここからは僕じゃなくて、君の仕事なのさ」

「丸投げかよ。え、それ本当にわかるのか?」

「この魔力は君に根差しているからねえ……それに元の魔力の持ち主も分かっているだろう? その辺から類推してよ」

 ――しばし、黙考する。俺に根差してるもの……。

「やっぱ飯じゃん!」

    ◆

「おら豚! いい声でお鳴き!」

「ぶひんっ!」

 ずびしっと再び尻に衝撃が走る。今絶賛、スパンキング中である。

「ほらっ! あたしを、満足、させてみ、なっっての!」

 どこからか具現化した黒い鞭が唸る。いまこの幡ヶ谷の屋敷は絶賛SM小屋になっている。
 彼女の拘束呪文が解けてから、今度は俺が再びしばかれているというわけだ。

「あ、あの……一つ宜しいでしょうか?」

「何? あんたが勝手にしゃべる許可を出した覚えはないけれど?」

「……い、いえ、出来ればその、お名前をお尋ねできれば、と。どう女王様の名を呼べばよいかわからないので」

「私の気高い名前を知りたい? はっ卑しい豚が……」

「滅相もございません。ただ女王様の名前を呼ばないと、他の女王様と区別がつかないでしょう? 貴方様は他の方と違い、より気高いお方のはず。ならば、名前を付けてお呼びした方がよいと具申したまでです」

「……豚、一理あるわね」

 ふふん、と調子に乗ったような口ぶりで彼女は俺に声を掛ける。

「マローザ様とお呼び。女王など付けなくてもよいわ」

「ははっ。マローザ様、有難き幸せ」

 ――僭越ながら。

 俺は前置きは終わったとばかりに『本題』へとはいった。

「僭越ながらこの豚、マローザ様の誕生をお祝いしたい、と愚考しておるのですが」

 さて、どうでる? と思い顔を上げると――。

 グシャ。

「うぐぅ!」

「ふん、ご主人様を窺うような目でみるんじゃあないわ!」

 思いっきり顔を踏んづけられる。一応ヒール部分じゃなくてつま先でだが、痛いもんは痛い。

「――でも、そうね、ご褒美なしじゃあ、豚も痩せるわね」

 そう言って彼女は俺の顎をしなやかな指先で撫でる。

「いいわ、その歓待受けて差し上げましょう?」

「ははっそれでは謹んで!」

 気が変わられては厄介だ。俺は彼女に頭を下げる。

「あの、それでは食事処にご案内したいのですが、ドレスコードはないですが、どういたしましょう?」

 彼女の格好は黒のボンテージで、まんま女王様ルックである。そして見た目も顔の半分から阿修羅男爵のように、白黒の二色に分かれている。別段俺は気にしないのだが、間違いなく幡ヶ谷の町では奇異に映るだろう。

「要らない心配してるんじゃないわ、豚のくせに」

 そう言うと、彼女の色が今度は白一色になる。

「え?」

「ふん、別に黒が消えたわけじゃないわよ」

 そう言うと彼女は自身の黒のボンテージの胸のあたりをチラ、と捲る。そこは白ではなく、黒く染まっていた。

「このぐらいの色素、移動できるに決まってるでしょう? 自分の身体なんだから。はっ卑しい豚ね、鼻の下が伸びているわよ?」

 そういうと彼女の唇はサディスティックに歪む。

「服もね、ほら」

 そう言うと黒のパンクスーツ状に彼女の服が変化する。なるほど、身体全体が魔力で構成されているのだから形状も想いのままか。

「つまらない場所に案内したら、酷いわよ?」

 彼女の真っ赤な舌で己の唇を舐める。いいとも、今は俺のことも舐めておけ。だが、必ず貴様を調教してやる。なんせ、お前は俺自身でもあるんだからな。


     ◆

 幡ヶ谷の商店街、その昼時の表通りを俺達は歩く。歩くことに問題はないのだが……。

「ほら、早く歩きなさい。駄犬」

 町ゆく人々から奇異の目で見られる。そりゃそうだ。何せ俺の首にはいま、首輪とリードが付けられているのだから。

「わ、わん!」

 プライドもへったくれもあったもんではないがご機嫌を損ねても困る。一応俺の命が掛かっているのだから。
「ふふ、見られてるわね」

 満足そうに彼女は微笑んでいる……と思う。俺は前の方を向かされていて彼女の顔を直接見れてはいないのだが、雰囲気的にそんな感じである。

「ああ、いい気分ね。やっぱりこう表を歩くほうが……」

「あの……すいません」

「なに?」

 俺達はいま京王新線幡ヶ谷駅前に辿り着いている。

「この中です……」

「はぁ? 私に地下に降りろって言うの?」

「ああいえ……そっちではなく、こっちです」

「はあ!?」

 俺が指さしたのは幡ヶ谷駅の上にある駅ビルの1F通路だ。以前ドリスコルの嫁をここにあるカレー屋に誘ったことがある。

「何? この暗くて汚い通路を行けっていうわけ?」

「はぁ、そうですが……」

「……最悪。表通りを行きなさいよ。どうしてわざわざこんな汚いところを……行先を変えなさい」

 ドスの効いた声で凄まれる。

「……いえ、お言葉ですがそれは承服しかねます」

「なっ!?」

 彼女の顔が凶悪に歪む。今にもその赤い舌の生えた口に食いつかれそうである。

「差し出がましいようですが、貴方は本当の『調教』というものがわかっていないと思われる」

「はあ!? 私の!? どこが!?」

「その証拠に、裏表の使い分けがなっておりません」

 こえー。彼女の顔はもう能面のように固まって俺を見つめている。

「……言ってくれるじゃない」

「それを教えて差し上げたいと存じます。それは『表通り』では叶いませんから、さあ、『勇気がおありでしたら、ついていらしてください』」

 言ったった! もう引き返せねえ。うひょう、やってやるぜ!

「――いいわ、これが私を満足させなかったら、あんたを『殺してやる』」

 俺に憑りついた変質した魔力はそう言い放つ。俺の命を懸けたランチタイムがこうして始まったのだった。
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