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第三章 恋するエルフ

エルフの里 4 ~ 幡ヶ谷の屋敷へ

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「おめでとう、勇者よ」

 勇者の試練を終え、結婚式の予定が勝利の宴に変わった席上で俺はカミルにそう言われ手を差し伸べられた。

「――やめてくれ、恥ずかしいわ」

 もう日も暮れている中、屋敷の庭で俺達は盃を交わし合う。

「みんなの協力があったからだよ。それこそ――」

 真田十勇士みたいに。皆が俺の、いや、俺達を支えてくれたから何とかなったのだと思う。

「ミリアルの結婚も、ちゃんと祝福してあげたい。一人でも多く。だから……兎も角、助かった。その、ありがとう」

 俺達は固い握手を交わした。カミルも元々はミリアルに懸想していたのだ。複雑な胸中なのは間違いないのに、本当に、良い奴だと思う。

「ご主人様」

「あ、レイ」

 変身を解いたレイが俺の傍にやってきた。もういつものメイド服姿である。

「ミリアル様のお父様がお待ちです」

「――分かった」

 俺は縁台から屋敷に上がり、従者に案内されるまま、奥の間へと向かった。
 奥の間に通されると、そこは十畳ほどの空間で、簡素な調度品以外なく、そこにいたのはミリアルの父と、ミリアル、そして、妹のシンディである。

「どうも、改めまして、藤間伸介です」

「――ガイウス、ミリアルの父だ」

 眉間にしわを寄せ、睨まれる。

「で、何でシンディ――妹さんまでいるんですかね?」

 わざとらしく、そう訊ねてみる。

「――分かっているだろう? シンディが此処にいるということは、貴様のたくらみなど全部気付いている、ということだ」

 まあ、そんなところだとは思っていた。

「それじゃあ、ご破算にしますか?」

「――出来るわけがないだろうが」

 恨みがましい声で俺はそう凄まれた。

「これだけの衆人環視の中、勇者が誕生してしまったのだ。今更どうにもならん」

「ちょ、ちょっとお父様、それでいいの!?」

「うるさいシンディ! いいからお前は後継ぎとして嫁ぐ準備でも始めろ! カミル君を引き留めれるように努力するのがお前のこれからの人生だ!」

 いきなりそう宣言されたシンディは絶望的な表情になった。

「我が娘ながら、こんな愚か者だとは思わなかった。どこへなりとも、連れていくがいい」

 吐き捨てるような『許可』を俺は受け取った。

「ありがとうございます」

 俺は草で編まれた茣蓙を敷いてある床に膝を付き、頭を下げた。

「感謝されることなどない! いいか、私は……」

 激高しかけた彼の言葉を受けても俺は額を床につけたまま、ジッとしていた。どちらにせよ――。

「失礼ながら、素晴らしい女性だと思いますよ、ミリアルは。だから、私には感謝しかありません。ミリアルを私に下さり、本当に、ありがとうございました」

「――早く消えろ。もう帰って来るな」

 ガイウスはそう言うと足早に部屋から出て行った。
 残されたのは俺と、不満そうな顔のシンディと、今にも泣きそうな顔をしている、ミリアルだった。

    ◆

 その日のうちに俺達は里を出立した。あまり長いこといてぼろが出ても困るからだ。夜道ではあるが、灯りの魔法のお陰で特に問題はなく、そろそろ異界の門が見えてくる頃合いだった。

「――気にするなよ。本心じゃないさ」

 落ち込んでいるかと思って帰り道に、ミリアルを励まそうかと声を掛けてみると――。

「気にしてないわよ?」

 あら? 思ったよりもあっけらかんと答えられてしまう。

「あれ、でも少し涙目だったじゃん?」

「ああ、しおらしくしてればあれ以上突っ込まれないでしょう? それにあれは――」

「あれは?」

「な、何でもないわよ!」

 ――ちょっと、褒めてくれたから嬉しかっただけ。

「なるほど」

 声色を使ってレイがそう呟く。

「ちょっと! レイ、何で勝手に代弁してるの!? しかもどこで聞いてたの!?」

「さあ、どこでしょうか、若奥様」

「お、奥様って……うんまあ、そうだけど」

 軽口を叩き合う二人を見ていると非常に仲が良さそうで安心した。これから一緒に暮らしても問題ないかな?

「ちょっと、待ちなさいよ!」

「あれ、シンディ?」

 俺達の後ろ、山道を駆け上がってきた生意気エルフ娘が息を切らしながら叫ぶ。

「はぁ……はぁ……あんたが勝手に他所に嫁ぐなんて決めるから、私がババひいたじゃないの! 何とか言いなさいよ!」

「別に、謝るようなことも恥ずべきことも何もしてないわよ?」

「うるっさい! 何であんたにはみんな甘いのよ! いっつも我儘ばかり言って、それで結局押し通しちゃって、ぜーんぶ残った人に押し付けて……」

「うーん、そう見えちゃうのも仕方ないのかねえ? 別に、ミリアルにそんな気はないと思うよ?」

「そうね、何かしたいことがあるなら勝手にやればいいとは思うわ。ただ、そうね……私のせいでって思うなら――はい、これあげるわ」

 そう言うとミリアルは懐から取り出した何かをシンディに手渡した。

「――え?」

「――上げる。母様の形見のペアの魔術具(ネックレス)。これを私が貰って、貴方は何も貰ってないって思ったから、私のこと嫌いなんでしょう?」

「ち、ちが――」

「違っていてもどうでもいいわ。それにこれ、元々私が『持っていないといけない物』だったのよ。貴方に上げてもよかったけど、時期が来なかったの」

「……どういう、ことよ?」

 シンディの顔に当惑の色が浮かぶ。

「これ、呪物なのよ。母様の命を伸ばすために対になっていたの。病気の母に癒しの魔力を送り続け、生き永らえさせるための、ね」

 シンディがまるで信じられないものを見るような目で、ミリアルを凝視した。

「母様は知らないわ。お父様が発案し、私が実行した。でも――昨年母が亡くなったから、もう必要ないのよ」

 そう言って彼女はそれをシンディの手に握らせた。

「だから私は自由になりたかったの。誰よりも」

――もう、縛られたくないから。

 シンディはそのまま俯いて、動かなくなった。俺達は声を掛けず、そのまま彼女を置いて異界の門へと向かった。きっと――わだかまりなく姉妹が話せる時が来る、そう信じて。




     ◆





 私が異世界(こっち)に来てもう、こちらの暦で一週間が経つ。
基本的に、私は大人しくこの世界のことを学んでいる。どうして大人しいかというと、まだ身分がしっかりしていないからだ。手続きに関してはドリスコル叔父様と伸介が動いてくれているからもう半月もすれば色々問題を起こしても(起こす気はないが)大丈夫そうだ。
 だから私は特に遠出するでもなく、近場を回ってこの世界に慣れようとしている。
 今のところ大した不満はないのだが、唯一不満なのは――。

「さすがに、3人住まいには無理がない?」

「――だよなあ」

 レイと私、そして伸介がどうして同じベッドで横になっているのか誰か合理的な説明をして欲しい。

「というか、あり得ないわよね、この状況」

 私が身を起こすと伸介が頭を下げた。

「すまん! というか……このウィークリーマンションしかすぐ借りれるところがなくてな」

 なぜならそう、ボヤ騒ぎで住んでいたアパートを昨日追い出されてしまったからだ。私たちの上の階の人の仕業で彼のせいではないのだが、流石にこれは居心地が悪い。前のアパートでもレイはいたのだが、もう一室あったので問題なかったのだ。だが今回は一室しかない。これではちょっと……。

「私何処でも寝れますので」

 そう言ってレイは出ていこうとするが――。

「いや、俺だけやっぱりホテルを借りるか、それとも二人でどこかホテルを取って貰うほうが――」

「……それは駄目よ。物入りでしょう?」

 ただでさえ暫く伸介は私の生活費を持つのだ。しかも結婚式もするつもりらしい。私は――どちらでもいいのだけれど。
 屋敷を使えば、と思ったがこれからしばらく民泊の客が途切れない期間に入っている。
 だから今は我慢するしかないだろう。でも――この状況は……。

「傍目で見るととんでもないタラシですよね」

「反論できないことを言うな、レイ」

 困ったことになったな、と思っているとマンションのベルが鳴った。

「――どなたでしょうか?」

「保険屋じゃないか? 連絡先聞かれたしな」

 そう言って彼が玄関を開けると――。

「げ」

 という声が聞こえてきた。

「どうしたの?」

「あ、いや」

「どうかなさいましたか、ご主人様?」

「あら? あらららら?」

 玄関から焦るような彼の声と、甲高い声が聞こえてきた。

「アララララララララララララー!?」

 ドカドカとすぐに玄関から中に入ってきたのは――。

「――」

「アッラー! マー! ドチラサマー!?」

 やたら――そう、やたら身体の大きな、ストライプの派手な服を着た、ショートの赤毛の中年の女性がベッドの上の私たちを見下ろしてきたのだ。

「あ、あのな――」

「ハレンチな! どういうことよ! このエロ息子ガッパ!」

 バチコーンという音と共に、伸介がその女性の平手打ちで宙を飛んだのだった。

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