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第三章 恋するエルフ
13組目は不穏な数字 1
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「おい、まだか?」
「まだです。というか、ご主人様、落ち着いてください」
五月晴れの午後、屋敷で民泊の客を待つ俺は気が気ではなかった。なぜなら――今日やって来るのは……。
「やあ! 友よ!」
異界の門が開き、真っ先に飛び込んできたのはエルフの王子、カミルである。
「よ、よお」
「何だ、よそよそしいではないか?」
「え? いやそんなことは……」
おかしいな、今日の予定にはカミルの名はなかった。予定にあったのは『ミリアルの家族一行』だったはずだ。ミリアルとの仲を修復するために家族全員でやってくる大規模仲直りの旅、ドリスコルの説明ではそのはずだった。その旅のさなか彼女は姿を消す算段になっていたのだが……。
予定にない客を前に、俺は固まる。しかし、いつかこいつにはちゃんとミリアルとのことを報告しなければならないのだ、友人として。
「あのさ、カミル、後で……」
俺の言葉の前に、懐かしい人物の影が光の後ろから現れる。ああ、お帰り――。
「おお、ミリアル殿、そういえば紹介がまだだったな伸介。祝福してくれるな?」
「な、なにをだ?」
カミルはその爽やかな顔を上気させ、俺に答えた。
「勿論、我々二人の婚約を、だ」
◆
「……どういうことだドリスコル!」
俺は屋敷を出て、その足ですぐに奴の携帯に電話をかけた。
「――お掛けになった電話番号は、現在電波の――」
くそっ……繋がらない。何か、不測の事態が起きたのだろうか?
ミリアルに直接問いただしたいところだが、カミルの前ではそうもいかない。当のミリアルは俯いたまま、何も答えずただカミルの横に寄り添っているだけだった。彼女を信頼していないわけではない。むしろ逆に、何かされたのではないか、とそちらのほうを心配していた。
「くっそ!」
「ご主人様……」
いつの間にかレイが俺の横にきていた。
「……大丈夫だ。何かの間違いか、もしくは――嵌められてるのかもしれない」
「――そう、ですね」
レイの返答も微妙に歯切れが悪い。何か動物的な本能からか――不穏なものを感じ取っているのかもしれない。
「やあ、伸介」
屋敷の門のところで話し込んでいた俺達の傍にカミルが近寄ってきていた。
「あ、ああどうした?」
「いや、礼を言いたくてな」
「礼?」
「ああ、今回のことはきっとお前の助言なしではなしえなかったと思ってな」
「……婚約のことか?」
ドリスコルに通じないなら、直接聞く方が早い、か。俺は覚悟を決めてカミルの話を聞くことにした。
「私はあれから心を入れ替えて、彼女の家に通ったのだ。贈り物を渡し何か見返りを求めるでもなく、彼女の家の人間と相互に理解を深め、お互いの商売や、エルフ社会の今後について建設的な話を続けたのだ。そして最近ミリアル殿の不遇な状況を知り、私が助け舟を出すことにした」
カミルはあれからやはり色々努力したのだろう。大分、信頼を勝ち取ったように思われる。
「ミリアル殿はエルフの里の未来だ。それを幽閉するなどあってはならない。だから私が皆を説得し――その結果、再び彼女との交流を勝ち取ったのだ」
「……それで、婚約を?」
カミルは頷く。
「両家の総意、ということになるな。正式にまた付き合いの申し込みを、と申し出たところ、了解ならば今日、ミリアル殿が出迎えてくれる手筈になっていた。そして――彼女はいた」
「……そのままの足で、こっちへ?」
「そうだ。婚前旅行だそうだ。元から私たちの為に予約してくれてあったらしい。ありがたいことだ」
OK、話を総合しよう。つまり、彼女の家族は最初から家族旅行をする気はなかったのだろう。ミリアルとカミル、二人きりの婚前旅行をお膳立てしたようだ。
「まさか彼女が出迎えてくれるとは思わなかった。しかも、私の手を取って、瞳を潤ませ――『お受けします』と一言言ってくれたのだ」
そのカミルの言葉に俺は一瞬息が止まる。
「嘘だ」
「ん? 何か言ったか?」
「あ……いや。う、そうか。よ、よかったな」
「ああ! こんな晴れ晴れしい気持ちになったのはいつ以来か……兎も角感謝する!」
そう言ってカミルは俺の手を力強く握りしめた。俺は――何が何だかわからなくなっていた。
「ああそうだ。ついては何か良い店を知らないか? この後二人で、その、交流を深めたいのだ」
「あ――ああ、そうか、そうだな……」
俺は動揺を悟られないよう、額に滲む汗を拭きとる。
「リクエストはあるか?」
「そうだな……二人の未来を切り開く――そんな料理がある場所が望ましいのだが」
「――わかった」
俺は満面の笑みの彼を前にしてそれ以上の何か質問することが出来なかった。
それでも――俺は……。
「なあ、俺も、ついていっちゃだめか?」
「ん? 伸介もか?」
「ああ、迷惑ならやめるが」
「……いや、親友よ。是非同伴してくれ。歓迎しよう」
俺は――それでもミリアルを信じていた。
「まだです。というか、ご主人様、落ち着いてください」
五月晴れの午後、屋敷で民泊の客を待つ俺は気が気ではなかった。なぜなら――今日やって来るのは……。
「やあ! 友よ!」
異界の門が開き、真っ先に飛び込んできたのはエルフの王子、カミルである。
「よ、よお」
「何だ、よそよそしいではないか?」
「え? いやそんなことは……」
おかしいな、今日の予定にはカミルの名はなかった。予定にあったのは『ミリアルの家族一行』だったはずだ。ミリアルとの仲を修復するために家族全員でやってくる大規模仲直りの旅、ドリスコルの説明ではそのはずだった。その旅のさなか彼女は姿を消す算段になっていたのだが……。
予定にない客を前に、俺は固まる。しかし、いつかこいつにはちゃんとミリアルとのことを報告しなければならないのだ、友人として。
「あのさ、カミル、後で……」
俺の言葉の前に、懐かしい人物の影が光の後ろから現れる。ああ、お帰り――。
「おお、ミリアル殿、そういえば紹介がまだだったな伸介。祝福してくれるな?」
「な、なにをだ?」
カミルはその爽やかな顔を上気させ、俺に答えた。
「勿論、我々二人の婚約を、だ」
◆
「……どういうことだドリスコル!」
俺は屋敷を出て、その足ですぐに奴の携帯に電話をかけた。
「――お掛けになった電話番号は、現在電波の――」
くそっ……繋がらない。何か、不測の事態が起きたのだろうか?
ミリアルに直接問いただしたいところだが、カミルの前ではそうもいかない。当のミリアルは俯いたまま、何も答えずただカミルの横に寄り添っているだけだった。彼女を信頼していないわけではない。むしろ逆に、何かされたのではないか、とそちらのほうを心配していた。
「くっそ!」
「ご主人様……」
いつの間にかレイが俺の横にきていた。
「……大丈夫だ。何かの間違いか、もしくは――嵌められてるのかもしれない」
「――そう、ですね」
レイの返答も微妙に歯切れが悪い。何か動物的な本能からか――不穏なものを感じ取っているのかもしれない。
「やあ、伸介」
屋敷の門のところで話し込んでいた俺達の傍にカミルが近寄ってきていた。
「あ、ああどうした?」
「いや、礼を言いたくてな」
「礼?」
「ああ、今回のことはきっとお前の助言なしではなしえなかったと思ってな」
「……婚約のことか?」
ドリスコルに通じないなら、直接聞く方が早い、か。俺は覚悟を決めてカミルの話を聞くことにした。
「私はあれから心を入れ替えて、彼女の家に通ったのだ。贈り物を渡し何か見返りを求めるでもなく、彼女の家の人間と相互に理解を深め、お互いの商売や、エルフ社会の今後について建設的な話を続けたのだ。そして最近ミリアル殿の不遇な状況を知り、私が助け舟を出すことにした」
カミルはあれからやはり色々努力したのだろう。大分、信頼を勝ち取ったように思われる。
「ミリアル殿はエルフの里の未来だ。それを幽閉するなどあってはならない。だから私が皆を説得し――その結果、再び彼女との交流を勝ち取ったのだ」
「……それで、婚約を?」
カミルは頷く。
「両家の総意、ということになるな。正式にまた付き合いの申し込みを、と申し出たところ、了解ならば今日、ミリアル殿が出迎えてくれる手筈になっていた。そして――彼女はいた」
「……そのままの足で、こっちへ?」
「そうだ。婚前旅行だそうだ。元から私たちの為に予約してくれてあったらしい。ありがたいことだ」
OK、話を総合しよう。つまり、彼女の家族は最初から家族旅行をする気はなかったのだろう。ミリアルとカミル、二人きりの婚前旅行をお膳立てしたようだ。
「まさか彼女が出迎えてくれるとは思わなかった。しかも、私の手を取って、瞳を潤ませ――『お受けします』と一言言ってくれたのだ」
そのカミルの言葉に俺は一瞬息が止まる。
「嘘だ」
「ん? 何か言ったか?」
「あ……いや。う、そうか。よ、よかったな」
「ああ! こんな晴れ晴れしい気持ちになったのはいつ以来か……兎も角感謝する!」
そう言ってカミルは俺の手を力強く握りしめた。俺は――何が何だかわからなくなっていた。
「ああそうだ。ついては何か良い店を知らないか? この後二人で、その、交流を深めたいのだ」
「あ――ああ、そうか、そうだな……」
俺は動揺を悟られないよう、額に滲む汗を拭きとる。
「リクエストはあるか?」
「そうだな……二人の未来を切り開く――そんな料理がある場所が望ましいのだが」
「――わかった」
俺は満面の笑みの彼を前にしてそれ以上の何か質問することが出来なかった。
それでも――俺は……。
「なあ、俺も、ついていっちゃだめか?」
「ん? 伸介もか?」
「ああ、迷惑ならやめるが」
「……いや、親友よ。是非同伴してくれ。歓迎しよう」
俺は――それでもミリアルを信じていた。
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