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第二章 異世界からの侵略者

ひとりぼっちのラーメン戦争 2

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 最初に連れてきたのは当然のように俺のいきつけの幡ヶ谷のトリプルスープの有名ラーメン店だ。ここを最初に選んだのは一言でいえば『無難』だからだ。無難というとそこそこのような印象を与えるかもしれないが、『一番上』を選んでおけば大丈夫、という方の無難だ。いきなり冒険して店を選ぶよりも一流のラーメン店を初手に選んでおけば間違いはないだろうという、保険を掛けただけの代物だ。兎も角、よほどのことがない限り、いきなり消し飛ばされることはないだろう。
 そう思い、昼時の店の前に来た時に俺は違和感に気が付いた。――列がないことに。

 ――本日臨時休業致します。

 その張り紙を見た瞬間俺は軽く絶望を覚えた。最大の武器を初手で封じられてしまったのだ。

「喰ェナァイノ?」

 振り返ればそう言って口を開く彼女の姿があった。

「だ、大丈夫です、ほ、ほかの店がありますから!」

 ――こりゃあ、移動にあまり時間を掛けられんぞ。

 俺はラーメン屋の位置を脳内でMAPにして繋げていく。最も手近なら――次に向かうべきは――。

 俺の足は幡ヶ谷から新宿へ向かう際に通る不動通り商店街へと向いた。この商店街、実は飲食店がかなり多い。それもそのはずで、需要が高いのだ。オペラシティが近くにあり中にはたくさんの会社が入っているし、NTTやロッテ本社ビルも近くにある。兎も角昼は会社員たちのランチ需要が高く、どこも混んでいて繁盛している。そして長く生き残っている店はすべからく美味く優秀だ。民泊で幡ヶ谷を利用する外国人は多いが、彼らもこの商店街を新宿に行く際に通ることが多いのだからもっと利用すると良いと思う。正直、隠れた名店が多い。

「――よし、まだ混んでない」

 俺は不動通り商店街入口付近のラーメン屋に狙いを定めて移動していた。ここもよく雑誌に紹介されることが多い。つい最近嵐にしやがれ、で紹介されていたのも覚えている。味の傾向は『味噌』だ。店の入り口で食券を買いカウンターに並んで座る。

「味噌と、味噌ぴりかを」

 ぴりかの方は味噌ラーメンに赤味噌をのせたものだ。念のため、味の傾向を変えて二つ頼んでみた。味の傾向としてでか〇が気に入ったのなら味噌ラーメンをチョイスしても問題はないだろう。

「はいどうぞ」
 
 そう言っておばちゃんが二つのラーメンを運んできた。

「どうぞ、味噌の方を」

 俺は彼女に味噌の方を渡す。ぴりかは俺用――というか念のための代物だからだ。

『喰う』

 瞬間、丼の中身が消失した。

『もの――足りぬ』

「……待てよ」

 彼女の食べ方を見ていて、俺は何か物凄く腹が立ってきていた。挙句の果てに文句まで言いやがる。
 その言葉からは『量』が足りないというニュアンス以上に、『美味しい』が伝わってこなかった。全体的に物足りない――そんな印象を受けたのだ。
そう、最初は恐怖が勝っていたから指摘できなかったのだが、店に入ったら何か――スイッチが入ってしまう。そう、いかにこいつが恐ろしい生物だとしても、店に入ったらただの客で、俺の連れだ。連れが恥ずかしい食い方をしたら注意するのが俺の役目だ。世界の危機より、ラーメンの美味い食い方のほうが大事なのは自明だ。そんなこと議論するまでもないだろう?

「食い方が違う。それじゃ美味くない」

『――命じる、のか?』

「あたりめえだ。それじゃラーメンに失礼だろうが。一気に食うよりうまい食い方がちゃんとあんだよ」

 俺は自らの目の前にある味噌ぴりかを彼女に差し出す。

「作法がわからねえだろうからやってやる。まず、これで一口スープを飲め」

 そう言って俺はまずレンゲでスープを一口彼女の口に運び入れる。

『味噌』

「そうだ、味噌だ。この味を覚えろよ?」

次に汁に浸かった麺を箸で一掴みして彼女の口に運ぶ。

「それでこれがその汁に浸かった麺だ。どうだ、優しい味だろ?」

『――優しい、理解できぬ。だが』

 彼女の顔が微妙に変化する。そう、無機質の表情が少しだけ和らいだように感じられる程度だが。

「――甘ァい」

 簡潔だが適切な感想を彼女は口にした。
 そう、この店の味噌は甘く、優しい。どこか懐かしい昭和のような香りと味が味噌からする。少し味が濃すぎる気もするが、だからと言ってしょっぱ辛いわけではない。なぜか、甘いのだ。

「次に、少し溶かすぞ」

 そう言っておれは赤味噌を溶かし混ぜ始める。そしてスープと麺を一緒にレンゲで掬い、彼女の口に入れた。

「――ン」

 彼女の瞳が大きく開かれる。

『――痛み、痺れ――』

「それが、辛い、だ」

『辛い――からい――……美味い』

 そう、辛い、が美味い。唐辛子の味が全体的に甘いスープをピリリと締める。そしてそれは溶かす赤味噌の量によって次第に変化する。そして――そのスープ内に潜むクルトンのような物体がカリッとアクセントを生み、辛味と甘みと歯ごたえと香ばしさを口内で広げる。

『から――うま』

 どっかのバイオハザードなゲームの名言みたいなことを彼女を言い思わず俺は苦笑する。そして彼女が家で食べていた菓子の中で繰り返し食べた物を思い出す。カラムーチョ、わさビーフ……。

 ――ああ、辛い系が好みか。

「もう少し、溶かすからな」

 そうして調整しながら俺は彼女の口に全てのラーメンとスープを放り込み終えた。
 結局――俺はラーメンを一口も食えなかったのだが、代わりに彼女は満足そうにその赤い唇を横に、ニィ……、と広げ――。

「ツギぃ――」

 と嗤った。

 俺はその足ですぐ近くの別のラーメン屋に入った。
 辛いのがいいなら、ここには自称『宇宙一辛いラーメン』があるのだ。
味は――、まあ美味い、とは思う。ただ、辛すぎる、気もする――いや辛い。この異世界生物が気に入るか自信はない。ただ――案外辛すぎてギブアップして帰って来る可能性に賭けるのもありかと思い連れてきてしまった。
さて、そのラーメンを紹介しよう。正直紹介しても食いに行くのは自己責任にして欲しい。美味いとか不味いとかでなく、本気で食べた俺はちょっと体調を崩したのだ。辛すぎて胃がその日一日ポカポカするという経験はなかなかできまい。
 ちなみに新宿中本の北極ラーメンも相当辛いとは思う。思うがそういうレベルじゃない。明らかに旨味を通り越して痛い世界の食い物である。だからあまり人には勧めない。というかこの店、他のメニューのほうが普通に美味いんだから他を頼めばいい。あくまでも、宇宙一辛いラーメンが置いてある、普通にラーメンの美味い店、として来店して欲しい。

「おおう……」

 出てきたラーメンには火がともっている。比喩表現ではない、本当にラーメンに火がついて燃えているのだ。この炎の正体は世界一アルコール度数の高いお酒、スピリタスだ。何で火をつける必要があるのかよくわからんが、兎に角燃えて出てくる。そしてスープだが、まさに漆黒だ。黒い。中身が見通せないレベルで黒い。
 隣に座るこの謎生物の少女の瞳の奥と同レベルで黒い、つまり同族だろう。
 細麺はハバネロが練り込んであるハバネロ麺だ。つまり、麺で辛味を軽減とか無理なのだ。麺もスープもどちらも辛い、つまり、逃げ場はない。
 俺のこいつとの初遭遇の味を記しておこう。
 一口目は――うん、美味い。麺もぷちっと弾け、心地よい。
 二口目は――もう汗が噴き出してた。顔も青白くなっていた――気がする。兎も角寒気を感じる。そして口の中はともかく――痛い。
 いや、痛いけどまあ美味い部分はまだ美味く感じたのだが――汁を啜ってしまったのが大失敗だった。これは、飲み物じゃない。少なくともすきっ腹に入れては駄目だ。救急車で運ばれた人がいるという噂があったが、それは真実だったのではないかと思えるほど脳みそが痛くなる。
 いや、でも辛い――が、まだ食えた。辛いが美味い、から――うま――いや、そう思い込め――と、途中から完全にトリップし麻薬中毒者のような心境で食べ進めなんとか俺は完食した……麺と具だけは。
スープの完飲は絶対にやめたほうが良い。少なくとも涅槃が見えるから。しかも俺が食べたのはこれでも――レベル1だ。
このレベル10以上まであって、ちなみに食べれたのはTvチャンピオンの激辛王ぐらいなもんだったらしい。5でも大抵の人は死亡する。でも1はまだ麺の味と具の味を楽しむ『若干の』余裕はあった。ただし今目の前にあるは――5だ。
 俺は当然そんなものは頼まず普通のラーメンを注文する。無添加で魚介出汁の効いたあっさりしたスープに細麺がよく合うとても安心感のある味である。
それがどうしてこんなキワモノを開発するに至ったのか聞いてみたいが、まあ客寄せには成功しているのだから文句を言う筋合いでもなかろう。いやなら食うな、の精神だ。大体他のお客様はいつも宇宙一辛いラーメンなど頼まず普通の美味しいラーメンを頼むのだから。
――さて、それでは本題だ。
問題の代物と謎の幼女生物はじっとにらみ合い、お互いがお互いを探り合っているように見えた。行けるのか――いけないのか――。
 
 そして――その時は訪れた。おもむろに箸を掴んだ幼女は一気にそれをかき込むように食べだした。

 ――ずるっ。もしゃ。がつ。――じゅるる。

 店の全員が息をのんだのが分かる。だって、幼女が食うとは誰も思わなかったのだ。注文を通した店員ですらそれは逆だったと思ったろう。だが予想に反して宇宙一辛いラーメンを幼女が食べだしたのだ。全員が心配そうにことを見守っている。果たして――どうなってしまうのか?
 
「――」

 幼女の動きが止まった。見ればもう、中身はすべてない。まさかの完飲完食である。そして――。

「ボフウ――」

 文字通り、火を噴いて彼女は倒れた。やった! ラーメンは異世界の生物に勝ったのだ!

「お、お嬢ちゃん大丈夫!?」

 やべ、これじゃ俺がただ幼女に無理やり辛いラーメンを食べさせた鬼畜親父にしか見えない。非難の目に晒され困っていると――。
その様子を心配した店員とお客が彼女に駆け寄ろうとした瞬間、彼女は跳ね起きた。

「ん、ん、んんん……ああ、うああ。ん」

 彼女は喉の調子を確かめるように声を出す。そして心配そうに声を掛けた人たちに向き直り、流ちょうな口調で言った。

「大丈夫。心配しないで? いこうか、お父さん」

「へ?」

 俺は彼女に手を繋がれそのまま店を出ることになった。結局、またしても一口もラーメンを口にすることなく。
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