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第一章 開業 異世界民泊

最初のお客様~エルフのミリアル~ 1

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 俺は掃除を終えた屋敷で一人、裏口の木戸が叩かれるのを待っていた。
 異世界からのお客様はすべてここからやって来るらしい。そして俺が迎え入れないと中に入れない。迎え入れの日だけは俺はここにいないと不味いそうだ。

 コンコン。

 木戸が叩かれ全身に緊張が走る。来たか――。
 どんな奴が来るのか事前に教えては貰っていない。
「姿形は色々ですけど、魔術具で見た目は地球人になってますからわかりませんし、特に意味がないかと。それにそれを希望なされないお客様も多いので」
 とのことで、実際誰が来るのかは当日のお楽しみだそうだ。人型になっている、ということは実際はモンスターのような化け物が来るかもしれない。それはそれで確かに知らないままのほうが良いかもしれない。
 
「はいはい――」

 木戸を開けるとまたしても眩い光が差し込み――。

「――はぁ」

 ため息が一つ、俺の耳に届いた。
 目の前にいたのは白磁のような肌に腰まである長い金髪のローブ姿の、険の鋭い女性だった。あまりに整ったその顔とスタイルに一瞬息をのむ。
 
「……ようこそ、日本へ。私、管理人の藤間伸介と申します」

 彼女は俺の挨拶を無視して土足で建物に上がる。

「あ、靴は脱いで下さい! この建物は土足厳禁で――」

「――はぁ? ここが建物? 豚小屋の間違いでしょう? 豚小屋で靴を脱げ? というかここで寝るの? あり得ないんですけど?」

 うわあ。
 うわあ、以外の感想が出てこない。
 まるでオデッセウスに出てくるような美しい容姿と真逆の中身にドン引きする。おいドリスコル、どこらへんが『厳選されたメンバー』なんだ?
 そもそも礼儀がなってない。初対面での挨拶ぐらいきちんとしろ。

「――お気に召さないのでしたらお帰りになるか別の施設をご利用なさればいいかと。ご案内させて頂きますので――」

「やっぱあんた記憶力のない豚ね? 契約で二日後まで帰れないし、他の場所に行けないって説明受けたでしょう? はぁ、もういいわ、とっとと案内しなさい」

 俺はもう反論せず対応することにした。一刻も早くこの娘を残して家に帰りたい。どうせ俺の仕事はここを貸すだけで、こいつに対応することじゃない。勝手に観光して帰ってもらおう。契約では二日後に帰るはずだ。ちょっと様子を確認するだけであとは関わらないでおこう。

「どうぞ、ここでお過ごし下さい。寝具はこちらです」

 俺は彼女を掃除した居間に案内し、横に置いた布団を指し示す。この日の為に畳も張り替え、布団もこの時期はまだ肌寒かろうと奮発し羽毛布団を新調したのだが――。

「――ふん。草の香りだけはマシかしらね。でもこっちは要らないわ。誰が使ったかわからないものなんて、汚らわしい。エルフの姫たる私にこんなところで寝ろと……」

エルフだったんか。耳は恐らく魔術で丸めているんだな。まあそうかもなと思ってはいたが、姫と来ましたか。気位高けえわけだ。

「……新品です。お客様が初めてのご利用ですから」

「はぁ? それでこんなボロッちいとか、ほんと、期待外れね。ま、いいわ。私は自分で勝手にやるから、消えて?」
 
 そう言うと彼女は何事か言葉を紡ぐと部屋に煌く草で編まれたようなゆりかごが現れた。
 風呂の説明もしようかと思ったがもうどうでもよかった。早く俺もはけて家でビールを飲もう。俺が何もせずとも勝手に調達してくれるに違いない。

「それではお帰りの際に、また」

 彼女がその言葉に答えることはなかった。初手からこれでは思いやられるが、俺は別に彼女のご機嫌を取る必要はないのだ。気に入ろうが気に入るまいがもうどうでもいい。これで金が貰えるならボロい商売だ。
 しかしこの時俺は甘く見ていた。自分の、おせっかいな性格を。

 ―― 

 会社勤めを終え日が落ちた頃、俺は一応例のエルフ娘の様子を伺いに幡ヶ谷へと赴いた。
 はてさて、どうなってますかねえ……。

 ガチャーン! 

「は?」

 早速何か物が割れるような音がした。俺は足早に玄関から音の先に向かう。

「あああああああもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 中庭に続く渡り廊下で俺は彼女の姿をみとめた。注意しようかと思ったが彼女の剣幕に思わず手近の木陰に姿を隠す。

「最悪! 最低! 早く帰りたい! 何なのここ!」

 彼女は癇癪を起しているようで、備品の花瓶が中庭で割れているのを俺は確認した。――ドリスコルに後で請求するとして……。
 
「水も汚い! 町も臭い! ごみごみして、何なのあの光ばかりの町! 話しかけてきた男も変なところに連れ込もうとするし……」

 あー歌舞伎町に行ったな、と瞬間的に悟る。しかもナンパか引き込みか風俗のスカウトにでも当たったのだ。お上りのお嬢様がいくにはレベルが高すぎる。あの容姿だ、そういう奴らは放っておかないだろう。いい薬だな、と思いながらも俺は彼女の様子を観察しているとひとしきり暴れた後に彼女は膝を抱え込んでうずくまった。そして――。

「――お腹空いた」
 
 ぽつり、とそれだけを呟いた。
 もしかして――何も食べてないのか?
 そこで俺は思い出した。ドリスコルの置いて行った簡易マニュアルの内容を。俺は彼から受け取った母子手帳ぐらいのサイズの冊子を取り出し開く。

 ――食生活だけはある程度頭に入れておいてください。訊ねられたら答える程度でいいですけど、こちらの宗教と同じように食べれないものがありますから。

 エルフは――草食か。
 旅エルフは雑食に育つこともあるらしいが、基本は草を食んで生きるそうだ。最初に行ったのは新宿だったとすると――そういう店を見つけるのも苦労しただろうに。
 綺麗な水と瑞々しい果物、自然食を好み――読んでいるだけでどうして新宿なんかにいったのか疑問に思えてくる。ドリスコルは渡航前に色々面談で注意すると言っていたが、こいつ完全に聞き流しているパターンだな、と思う。大体自然が良いなら都会なんてこなきゃいいのに。

「……ったく、しょうもな」

 せいぜい腹を空かせて泣いて寝てればいい。放って帰ろう、そう思った時だった。

「ほんと、こんな最低な所に住んでいる奴らに同情するわ」

 あ?

「こんなオンボロ豚小屋で寝て、汚い空気を吸って、不味い水を飲んで、ろくな食べ物もないんだから、ほんと、帰ったら集落の皆に伝えないと……」

 かっちーん。
 聞き捨てならねえ。俺のことはいい。だが、地元のことを悪く言う奴は許せん。
 スマホの時刻を見る。
 ――閉店ギリギリか。俺は素早く幡ヶ谷の表通りに出て商店街の目的の店を目指した。
 ――とりあえず、あそこのは食えるな。
 俺は閉店間際の和菓子店に滑り込んだ。ここが本店であり、空港や一流デパートに品を卸したりもしている老舗の和菓子店で、たまにTVでも取り上げられたことがある、名店だ。ここのおすすめは何よりもみたらし団子――それと胡麻団子だろう。他にも美味しい季節菓子もあるし、どら焼きなんかもお勧めだ。俺は30年生きてきて食べた団子の中でここのみたらし団子が世界で一番美味いと思っている。消費期限が当日のみで、とても上品で柔らかくふわりとした触感と甘いたれが融合して口の中で溶けていくあの味は食べねば他との違いが判らないだろう。もっちりとした感じとはまた違う、もっちりとふわりととろけるの調和こそがここの団子の真骨頂だ。こいつを、食わせよう。

「みたらしを2本と――あとその胡麻をひと箱――あとそのずんだ餡のも下さい」

 みたらしはバラで買えるが胡麻とずんだは五本入りで箱単位でしか買えない。これだけで二千円を超える。ちょっと痛い出費だがしょうがない。あいつを懲らしめなければならない。必ず認識を改めさせてやる。季節もののずんだまで奮発したのだ、絶対ぎゃふんと言わせてやる。俺は怒りと決意を胸に屋敷に引き返した。

 玄関をそっと開ける。パシャーンという音が風呂の方から聞こえる。しめしめ、今のうち……。
 居間に入り俺は購入した団子を用意した皿に並べた。そしてメモ書きを残す。
『どうぞ、サービスです。ご自由にお食べ下さい。近くのお店の物で、植物性のものしか入っておりませんので安全です。黄金色の餡の掛ったものは一本しかないので最後にお食べ下さい。 藤間伸介』
 ちなみに文字は翻訳魔術具が勝手に翻訳して解読してくれるらしい。後はどうなるか――俺は庭の方へ移動し、灯篭の陰に隠れ様子を伺うことにした。そして買ってきたみたらし団子のバラを一本口に入れる。

「うめえ」

 甘じょっぱく、溶ける快感。これで駄目ならガチであいつの味覚を疑ってやる。
 お、どうやら戻ってきたな……。

「――!!」

 戻ってきたエルフ娘の姿を見て俺の心臓は跳ね上がった。
 なにせ、身に着けている服が――めっちゃ透けてたからだ。
 水の羽衣――とでもいうのだろうか。ボディラインもくっきりとわかるし、何かピンク色のぽっちが見えるような見えないような、しかもパイパ――。
 いかんいかん! これじゃ痴漢変態野郎ではないか。俺は目を逸らし、灯篭でうまく自分の視線を遮りエルフ娘の表情だけを追った。
 エルフ娘はちゃぶ台の上に置かれた団子に気付き、怪訝そうな顔を見せて辺りを見渡す。俺は思わず首を引っ込めた後、もう一度そっとその様子を覗き込む。

「――は、なにこれ? 団子なんて珍しくもない。うちの集落にだって沢山あるのに」

 開幕文句スタートか、食ってくれればわかるんだ、そら、食え!

「ったくせっかく異世界に来てみたってのにこんな下らない物を差し入れるとか、はぁ、本当に豚の考えることは分からないわ。これも豚の餌でしょうに」

 いいから食え! 百歩譲って俺は豚で構わんしブヒブヒ鳴いてやってもいいからっとっと食わんかボケカス。

「はぁ、大体何が入っているかも分からない物を――」

 ぐう。

 その文句は――彼女の腹の音で止まった。

「――不味かったら、吐き出せばいいわよね」

 よし!

 彼女はまずずんだ餡のたっぷりついた団子を手に取った。

「なにこれ? 豆――を潰してるのかな? 甘い――香りね」

 あそこの団子はどれも餡も胡麻もたっぷりの量を付着させてある。要らない分は自分で取って調整するようにできている。特に胡麻団子は胡麻がたっぷりと余るから余ったものを胡麻和えとかにして他の料理に流用出来たりもする。
 彼女は少し眉を顰めたが特に餡を落とすでもなくそのまま口を開け、団子に噛り付き、一口咀嚼した後――。

「!!!!!??!??!」

 目を見開き、体を揺すって悶絶を始めた。
 その表情は最初驚き――次に幸せそうに口元が歪み、最後にはもう必死のそれになっていて二口目、三口目と一気に咀嚼している。

「あ――はぁ……」

 彼女は一気に食べた後、隣に俺が置いておいた温めたほうじ茶のペットボトルに気が付いたようだ。それを戸惑うでもなく開け、一気に飲み下す。

「お――美味しい」

 ベネ(よし)!

「なにこれ――豆の自然な甘さと粒と、このやっわらかいお餅が一緒に口の中で遊んで――ああもう」

 そういうと彼女はもう一本ずんだ団子を口に入れあっという間に咀嚼する。その口はしばらくだらしなく開けられたままだった。我に返った時にはもうすべてのずんだ団子を平らげていた。

「も、もう一本次は……」

 彼女はゾンビが人肉を求めるかのように胡麻の風味に誘われたのか胡麻団子を手に取る。
 
「きゃっ……ボロボロと……ちょっと食べづらいわね」

 あの零れやすさだけが胡麻団子の弱点だ。胡麻はぽろぽろと彼女の胸の辺りに零れ落ち、彼女は少しいやらしい手つきでそれらを掬い取って舐める。

「……あっ」

 彼女の表情が変わる。きっと今頃胡麻の風味が鼻に抜けているのだろう。

「強烈な風味だけど、嫌な感じはしないわね」

 ぱくり、と躊躇なく彼女は胡麻団子に噛り付く。

「あ、う、ふう……」

 あー美味そう。顔しか見ていないが表情で一目瞭然である。胡麻が柔らかい団子にまとわりつき、混然一体となって口に運ばれ風味が鼻に抜ける。粒粒した触感と柔らかすぎる団子の相性は抜群で、当然、茶とも合う。彼女は本能で察したのか一気にペットボトルをあおる。

「おおおうふうううふううううう……」

 もう何言ってるかわからんが満足にしているのは分かる。いいぞーこれ。もっと食え。
 彼女は胡麻団子も綺麗に全部平らげた。そして恍惚の表情のまま、最後の一本の存在を思い出したかのように見つめた。
 恐る恐るその透明な包みを広げ、その存在を確かめるようにじっと眺めている。
 そう、俺が用意した本命。みたらし団子――こいつで止めだ。

「――綺麗」

 黄金色の餡が包みから剥がされるときに垂れる。当然これも餡が多く掛けられ一緒に包みに入っている。彼女はその餡を愛おしそうに見つめ、一瞬目を瞑り、団子をそのまま口に放り込んだ。

「――は――」

 言葉もなかった。いや、彼女はそのまま仰向けに卒倒した。思わずこちらは心配で身を乗り出しそうになったが、すぐに彼女は跳ね起きたので慌ててしゃがむ。

「fへうhfげにっぇvぎlrgwlかgh4gしhrぎrひあchhxmxrhうぃwhbxgchみひひhgみchにんhm;jmv、;jしrd!!!!!!!!!」

 うん。さっきより何言ってるかわからん。

「――お――いしぃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
 彼女は二口目に行こうとはしなかった。そのまま団子の串を両手で掴んだまま上に掲げてしまう。

「――天上の神、森の精霊達よ、私は今、天啓を得ました。ありがとうございます。このような神の食べ物を私に与えて下さって……」

 彼女は神に祈りを捧げ始めてしまった。そこまで大それた食い物だったっけ、みたらし団子?

「感謝します! ああ、もう止まらない!」

 彼女はもう我慢ならないとばかりにみたらし団子にかぶりつく、そしてだらしなく口元を緩ませ、愛おしそうに一口一口を堪能していた。しかし――その至福の時は一瞬で終わる。あまりにも儚く、すぐに溶けてなくなる――淡く、雪のように儚い。それがあの店のみたらし団子なのだ。

「黄金の果汁――ああ、勿体ない」

 団子を食い切り残された包み紙に付着したみたらし餡――彼女はそれを行儀悪く舐めとり始めた。丁寧に、ねっとりとその舌でこそぎ取っていく。

「――はふぅん……」

 最後の餡の付いていた自身の人差し指を舐めとり、彼女は満足そうに息をつく。

「外の店――!」

 暫し放心していた彼女だったが、急にカッと目を見開くと服を着替え始めた。ああ、買いに行くのか。彼女が慌ただしく準備をして出て行ったあと、俺はゆっくりと灯篭から姿を現した。

「残念だが、閉店だ」

 この店、18時前後には閉まってしまう。もう営業時間外なのだ。
 俺は勝利の余韻に浸りながら次の書置きを残しておく。

「ご満足頂けましたか? お帰りになる前に宜しければもう一軒、エルフ様の食べられるお店にご案内いたしく存じます。明日の11時30頃、表通りの公園でお待ちしております」

 くくく、明日までせいぜい腹を空かせて待っているがいい。この程度じゃ飽き足らん。骨抜きにしてやる。
 俺は第二ラウンドのゴングを待った





 ※※

 お店紹介

 東京都渋谷区幡ヶ谷にある和菓子屋「ふるや古賀音庵」

 とろけるような柔らかさを持つ団子はその日のうちが賞味期限です。
 お土産にはちと向きませんがその美味しさは保証致しますので是非一度お口に入れて頂ければなと思います。

 なおこの話を書いていた当時は存在する店が色々あって無くなった事例がそこそこあります。再投稿時に合わせてそのあたりは明記していきたいと思います。
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