平和への使者

Daisaku

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影の組織

137話 マリの意志

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山梨の小高い丘の上にある飛島邸はどんよりとした雲が家を包み込むかのように霧状の雨が降り始め、その雫が敷地内・周辺にある森の木の葉から、滴り落ち、まるで、森全体がマリの死を悲しんで泣いているように見えた。

飛島邸の応接室に国政トップ2人が入り、昭和を思い出させるアンティークな椅子に座ってから数分が経った。総理大臣の伊藤は、いつも国会などでは熱弁を奮ってきたが、昨日、国務大臣から聞いた信じられない話を頭の中で整理して、言葉を丁寧に選びながら、両親二人の顔を見つめながら、静かに話始めた。


「飛島さん、失礼ながら、マリさんの存在を知ったのは昨晩の事であり、どのように、ご両親にお話をすればよいか、正直迷っております。しかしながら、この日本国の長として、そして、一人の人間として、この度は、お悔やみを申し上げます」


軽く椅子に腰をおろしただけの伊藤と志木は、すくっと立ち上がり深々とおじきをした。

マリの両親のエリと譲二は、なんの関係もない2人に、どんなに偉い人だろうと、どうでもいいような気持ちで、なんのしぐさもせずにマリの失った衝撃に打ちのめされ、焦燥しきった表情で二人を見つめるだけだった。そんな状態の両親の様子を見ても伊藤は目を背けることもなく、これだけは伝えなくていけないと言う気持ちで淡々と話を続けた。それは、かつて世界を救った英雄の話であった。


「この日本は世界大戦により、数百万以上の戦死者を出し、連携の取れない海軍と陸軍、そして、初期の戦勝により、日本軍はあぐらをかき、世界の科学技術や戦術、情報戦におけるめまぐるしい進歩から取り残され、敗戦しました。そんな日本を憂い大戦末期に海軍トップ山本大将が秘密裏に情報局を設立しました。山本大将はアメリカにも以前、留学していたことから、とても柔軟な考えの持ち主で性別や年齢など全く関係なく、能力のある人間を日本各地から招集して一刻も早く世界大戦を終結させるために動き出しました。しかし、戦時下であるため、有能な人材は、そのほとんどが徴収され、その設立は、大変困難でありました。また、戦局も思わしくない状況から、ある時、国内でも命を狙われる事件が起こりました。山本大将がが軍幹部とよく打合せをする赤坂の料亭から出るところ待ち伏せされ、2名の警護役は銃で撃ち殺され、その衝撃で山本大将は地面に倒れました。もうだめかと思ったその瞬間、一人の女学生が現れ、目にも止まらぬ速さで、その狙撃手を倒し、倒れていた山本大将に、屈託のない笑顔で、手を差し伸べました。そして、後から歩いて来た女学生の連れの男子学生が、こう言いました。『世界平和に力を貸してください』と、普通なら、こんな若い子供にそんなことを言われたら笑い飛ばして終わるところ、命を救われたこともあり、その場の処理は部下に任せ、若い血気盛んな男女の話を軽く聞いてあげるかと思い、礼もかねて、運転手付きの車に二人を乗せ、近くにある自宅に案内をしました。そこで、山本大将と飛島ヤエさんは出会い紆余曲折はありましたが、日本帝国海軍秘密情報局は設立されました。ヤエさんは、その能力の高さから情報局の長官に任命され、世界各地から有能な人材を集め、日本のためだけでなく、世界を平和にするという視点から、最終的には世界大戦を終結させました。特に大量破壊兵器を使用する可能性のあるドイツにはかなりの時間と労力を費やしました。まさか、悪魔の兵器をアメリカが使用することは見抜けなかったようですが、結果的には世界は平和になり、その活躍から、世界各国から称号や資金をもらい、また、今後、このような危機を回避するために、継承者への道筋を残しました。その継承者が、飛島マリさんでした。祖母であるヤエさんの強い意志を受け継ぐことを選択されたマリさんは志半ばで命を失いましたが、その思いは、決して失ってはいけないものであります。このような重要なことを私は昨日まで全く知らされておらず、日本国の長として、まったく情けないことです」


マリの両親は、こんな重要な話を自分達が全く知らされておらず、また、マリが亡くなってから聞かされた事が、余計に悲しさとさびしさが入り混じった気持ちがこみあげてきた。
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