上 下
31 / 99

31、皇帝の部屋で

しおりを挟む



入室の許可を取って入れば、治療を終えたのか、皇帝の包帯が巻かれた背中が見えた。包帯にはじんわりと血が滲んでいた。


うわぁ…すごく痛そう。リアム様を庇って倒れたから、余計に重みが掛かって怪我をしたんだろうな。座っているところを見れば、脊髄は損傷して無さそうだけど、骨とかは折れたりヒビが入ったりしてないのかな。


「皇帝陛下、怪我の様子はどうですか?」
「あら、ルビア様。いらしていたのですね」
「イザベラ様…?」


視界の端にお茶を持ったイザベラ様がいた。どうやら皇帝が怪我をした事を聞いて駆け付けたみたいだ。


だけど…普通は先に子供を心配しない?私なら、まず先に子供の安否を確認してから旦那の様子を見るけどなぁ…。


今の私は皇帝のことを好きでもなんでもないから、そう思うだけなのかな?でも、子供が無事かどうかは確認しにくるものじゃないのかなぁ…。


「皇后…すいません、こんな格好で出迎えてしまって」
「いえ、お気になさらず。それより、お加減はどうですか?」


私に謝罪しながら皇帝が服を着ようとする。それをイザベラ様が甲斐甲斐しくお手伝いをする。その様子は、本当の夫婦のようだ。


「ルミリオ様、お医者様が明日までは安静にと仰っていましたので、あまり無理をされてはいけません」
「いや、これくらいなんともない。それより、リアム」
「はい…」


何故だかイザベラ様のお手伝いを断るように、皇帝がイザベラ様から服を奪って自分で着る。そして、リアム様に声をかけた。


まさか名前を呼ばれると思ってなかったリアム様は、緊張したように握っている私の手に力が入った。だけどその手は、皇帝の次の言葉で和らいだ。


「怖い想いをさせて悪かったな」
「え…」
「しっかりと手綱を握っていたつもりだったが、あんな事になってしまって、本当にすまない」


頭を下げた皇帝に、リアム様は驚きを隠せない様子で目を見開いた。


それはそうだろう。一緒にいてもあまり関わらなかった父親から急に頭を下げられれば誰だって驚く。私だって、皇帝の第一印象は最悪だったし、今もそこまで良いイメージが無い皇帝が、怪我をしたにも関わらず、自分の事より息子を怖がらせた事に対して謝る姿を見たら驚くしかない。


「いえ、そんな…。僕は父上のお陰で怪我もしていません。ですが、父上が怪我をしてしまって…僕のせいで…」
「いや、お前は何も悪くない。それに、お前が無事ならこんな傷くらいどうと言うことは無い」
「ですが…」


皇帝は気にしていない様子だけど、リアム様はまだ皇帝に何かを言おうとする。けど、少し考えてから、下唇を噛んで俯いてしまった。


きっと、皇帝の背中の傷を見てしまったから、自分を責めているんだろう。だけど、あれは事故で誰も悪くなかった。誰かを攻めることなんて出来ない。


「リアム様、きっと皇帝陛下は謝罪より、感謝の気持ちを伝えられた方が嬉しいと思いますよ。なので、ごめんなさい、よりありがとうって言いましょう」
「…うん。父上、助けていただき、ありがとうございました」
「ああ、お前が無事で良かった」


そう言って微笑む皇帝の顔は、まるで子供を大切にする父親の様だった。もしかしてこの人は、本当に接し方が分からないだけで、子供思いの人なのかもしれない。


「ルミリオ様、私からも感謝を伝えさせて下さい。リアムを助けていただき、ありがとうございました」
「いや、当然の事をしただけだ」
「…本当に、ルミリオ様のおかげで無事で良かったわ、リアム」


そう言ってイザベラ様がやっとリアム様に近付いてきた。だけど、何故か私とつないだ手に再び力が入る。


「ルビア様も、リアムに付き添って頂き、ありがとうございます。流石、貴族ならすることの無い子育てをされている方ですね。結婚相手よりも、血の繋がりのない子を優先させる程、子供が好きなのですね」


うーん…なんだか少しトゲのある言い方されてるのかな?人畜無害そうな笑顔をしているから、私の気のせいかもしれないけど。


「子供は好きですよ。ですが、それとは関係なく、皇帝陛下には沢山の方が付いていましたので、私はリアム様を優先しました。外傷がなくても、怖がっている子を放っておくことも出来ませんし」
「あら、ルビア様は本当はお優しい方でしたのね」


なんだろう…イザベラ様の言い方が一々気に触る…。今日は機嫌が悪いのかな?前に話した時はそんなことは無かった…と思う…。


実際のところ、アイリが生まれて3ヶ月くらいは眠不足やらであまり記憶が無い…。なので、言われてたとしても覚えてないな。ま、そんなに頻繁に関わる人でもないから別に良いか。生きていれば、相容れない人の1人や2人居るもんだし。気にしない事にしよう。


「それよりリアム、いつまでルビア様と手を繋いで頂いているんですか?」
「っ、」


イザベラ様の言葉で、リアム様の身体がビクッと動き、ゆっくりと繋いだ手を解いた。その姿を見てすごく心配になる。


だって、リアム様の顔や動きが、虐待を受けていた子供のそれに似ていたから。


保育園でも、たまにそういう子を見たことがある。私は栄養士として働いていたから、本当に数回見た程度でしかないので、絶対にそうだとは言いきれないけど…。今のリアム様は本当に心配になる。


「ルビア様、いつもリアムが迷惑をお掛けしてすいません…。リアムが楽しそうだったので、つい甘えてしまいましたが…これからは自粛させる事に致します」
「いえ、そんな。私もリアム様と過ごすのは楽しいですし、アイリもよく懐いているので、今まで通り来て頂いて構いませんよ」
「そうだな。皇后と居る時のリアムは本当に楽しそうだ。それなのに、自粛させればリアムが少し可哀想だと思うが?」


まさかの皇帝の援護射撃に驚いてしまう。今日は本当にどうしたんだろう…。まるで本当に息子の事を思いやってる父親のようだ。


けど、今の発言は助かる。だって、今更リアム様が来なくなってしまうと、私とアイリが寂しい…。


アイリもリアム様と遊ぶ方がよく笑うし…それにはちょっと嫉妬してしまうけど…でも、楽しそうな2人を見ているのは本当に楽しくて癒される。その機会が無くなるのは嫌だな。もちろん、リアム様がもう来たくない。と言うな、別だけど。


今の、俯きながら服の裾をぎゅっと掴んで小さくなっているリアム様がそう思っているとは思えない。だけど、イザベラ様は自分の意見を変える気は無さそうだ。


「ルミリオ様までそんなことを…ですが、ルビア様は乳母にも任せず皇女様を見ていらっしゃるので、大変なのではありませんか?今は城内とはいえ、おおよそ皇族とは言い難い装いをしているではありませんか」


確かにあんまり化粧はしていないし、元々持っていたフリフリの動きにくいドレスではなく、シンプルなで地味な色のドレスしか着ていないけど。そこまで言われること?最低限の身なりは整えているつもりなんですけど。


「何を言っている。皇后の格好のどこが変なんだ。それに、ここは皇后の家でもあるんだ。誰に会うでもないのだから、そこまで大袈裟に着飾る必要はないだろ」


言い返そうとしたら、またもや皇帝の援護射撃が入った。今日は本当にどうしたの…。私の事まで庇ってくれるなんて…。


「ルミリオ様?一体何を仰っているのですか?」
「私は間違ったことは言っていないつもりだが?」
「…わかりました。ルミリオ様の仰せのままに」


少しだけ間を置いて、イザベラ様は皇帝に返事をした。


これってつまり、リアム様は今まで通り遊びに来てくれるってことでいいよね?いや~良かった。どうしていきなりイザベラ様がリアム様に私の所へ行くなと言い出したのか分からないけど、これで安心だ。


そう思っていたのにーーー。


リアム様とは、それ以降ほとんど会うことは出来なくなってしまった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】私を捨てて駆け落ちしたあなたには、こちらからさようならを言いましょう。

やまぐちこはる
恋愛
パルティア・エンダライン侯爵令嬢はある日珍しく婿入り予定の婚約者から届いた手紙を読んで、彼が駆け落ちしたことを知った。相手は同じく侯爵令嬢で、そちらにも王家の血筋の婿入りする婚約者がいたが、貴族派閥を保つ政略結婚だったためにどうやっても婚約を解消できず、愛の逃避行と洒落こんだらしい。 落ち込むパルティアは、しばらく社交から離れたい療養地としても有名な別荘地へ避暑に向かう。静かな湖畔で傷を癒やしたいと、高級ホテルでひっそり寛いでいると同じ頃から同じように、人目を避けてぼんやり湖を眺める美しい青年に気がついた。 毎日涼しい湖畔で本を読みながら、チラリチラリと彼を盗み見ることが日課となったパルティアだが。 様子がおかしい青年に気づく。 ふらりと湖に近づくと、ポチャっと小さな水音を立てて入水し始めたのだ。 ドレスの裾をたくしあげ、パルティアも湖に駆け込んで彼を引き留めた。 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞ 最終話まで予約投稿済です。 次はどんな話を書こうかなと思ったとき、駆け落ちした知人を思い出し、そんな話を書くことに致しました。 ある日突然、紙1枚で消えるのは本当にびっくりするのでやめてくださいという思いを込めて。 楽しんで頂けましたら、きっと彼らも喜ぶことと思います。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

私は既にフラれましたので。

椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…? ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。

〖完結〗死にかけて前世の記憶が戻りました。側妃? 贅沢出来るなんて最高! と思っていたら、陛下が甘やかしてくるのですが?

藍川みいな
恋愛
私は死んだはずだった。 目を覚ましたら、そこは見知らぬ世界。しかも、国王陛下の側妃になっていた。 前世の記憶が戻る前は、冷遇されていたらしい。そして池に身を投げた。死にかけたことで、私は前世の記憶を思い出した。 前世では借金取りに捕まり、お金を返す為にキャバ嬢をしていた。給料は全部持っていかれ、食べ物にも困り、ガリガリに痩せ細った私は路地裏に捨てられて死んだ。そんな私が、側妃? 冷遇なんて構わない! こんな贅沢が出来るなんて幸せ過ぎるじゃない! そう思っていたのに、いつの間にか陛下が甘やかして来るのですが? 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。

記憶喪失の令嬢は無自覚のうちに周囲をタラシ込む。

ゆらゆらぎ
恋愛
王国の筆頭公爵家であるヴェルガム家の長女であるティアルーナは食事に混ぜられていた遅延性の毒に苦しめられ、生死を彷徨い…そして目覚めた時には何もかもをキレイさっぱり忘れていた。 毒によって記憶を失った令嬢が使用人や両親、婚約者や兄を無自覚のうちにタラシ込むお話です。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

はずれのわたしで、ごめんなさい。

ふまさ
恋愛
 姉のベティは、学園でも有名になるほど綺麗で聡明な当たりのマイヤー伯爵令嬢。妹のアリシアは、ガリで陰気なはずれのマイヤー伯爵令嬢。そう学園のみなが陰であだ名していることは、アリシアも承知していた。傷付きはするが、もう慣れた。いちいち泣いてもいられない。  婚約者のマイクも、アリシアのことを幽霊のようだの暗いだのと陰口をたたいている。マイクは伯爵家の令息だが、家は没落の危機だと聞く。嫁の貰い手がないと家の名に傷がつくという理由で、アリシアの父親は持参金を多めに出すという条件でマイクとの婚約を成立させた。いわば政略結婚だ。  こんなわたしと結婚なんて、気の毒に。と、逆にマイクに同情するアリシア。  そんな諦めにも似たアリシアの日常を壊し、救ってくれたのは──。

処理中です...