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3、乳母視点

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私の名前は、マーガレット=ロンダ。
元々は現皇帝の乳母として雇われていたのだけれど、現在は現役を退いて田舎でゆっくりと過ごしている。


そんなある日、皇帝となられたルミリオ陛下から一通の手紙が届いた。


内容は、皇后陛下のお子様の乳母を引き受けて欲しいとの事だった。けれど、私もかなり歳を取り、乳母として仕事を全うできるか不安なのでお断りしようと考えた。


しかし、ルミリオ陛下は乳母は他にも付けるので、皇后から子供を守って欲しいと言われてしまい、断るに断れなくなってしまった。


皇帝になったとは言え、ルミリオ陛下は私にとって、我が子のように大切なお方だ。そんなお方に、我が子を守って欲しいと直々にお願いされれば断るなんて出来るはずがない。


皇后陛下からルミリオ陛下のお子様を守ると言うのは、一体どういうことなのか分からなかったが、実際にお会いして理解した。


この方は、お子様を望んでおられるのではなく、お子様に会いに来られるルミリオ陛下を望んでおられるのだと。そして、皇后陛下はあまりにも無知で、お子様に危害を加える危険性まである方だと言うことがよく分かった。


妊娠すれば、お腹の子供の成長と共にお腹が出てしまうのは仕方がないことなのに、見た目が悪いからと無理やりコルセットで締めようとしたりと、お腹の子供のことは全く無頓着だった。


そして、それを注意しようとすれば、私に意見するな!と喚き散らし、何かあるとすぐクビだ!と言って全く聞く耳を持って下さらない。


こんな方を皇后として迎え入れなければならなかったルミリオ陛下は、哀れとしか言えない。そして、そんな皇后を持った私達国民も…。


せめて、この方からお生まれになったお子様だけでも真っ当に育てなければ。


そう心に誓い、いざ出産に立ち会えばーーー。


これはどういうことだろうか…。


皇后陛下がお子様を抱きながら泣いているではないか。それも、本当に愛おしそうにお子様を見てらっしゃる。


この方は、本当に今まで私が見ていた方なのだろうか。出産に立ち会った侍女たちもみんな困惑の表情を浮かべている。


そんな中、産婆の助手の方が皇后陛下からお子様を預かろうとすると、皇后陛下は助手の手を払い除け、奪われないようにお子様を更に自分の方へ引き寄せてた。


そんな皇后陛下を説得する様に助手にが言葉を発するが、皇后陛下は涙ながらに「私から赤ちゃんを離さないで下さい…」と頭を下げた。


皇后陛下が頭を下げた所など見たことの無い私達は、当然狐につままれたような状態になった。しかし、本当にお子様と一緒に居たいと言っているのがひしひしと伝わって来たので、私は皇后陛下に提案をしてみた。


今までなら、私に意見するな!としか言われなかったのに、皇后陛下は素直に私の話を聞いて下さり、お子様を私に預けてくれた。


人はそう簡単に変わったりはしない。と、今まで生きてきた中で学んできたつもりだが、今日の皇后陛下は本当に人が変わったようだった。


出産を終え、達成感からあの様な言動をされたのかもしれない、と思う反面、本当にお子様を見てから考えを変えられたのかもしれない。と期待してしまう自分もいる。


もし、本当に変わられて、お子様のことを大切に扱われるのなら、申し訳ないがルミリオ陛下のお願いは断らせてもらしかない。


だって、皇后陛下のお子様を見る瞳が、あんなにも愛おしそうだったのだから。


そして、私の勘が皇后陛下は良い親になられると言っている。その自分の勘に、賭けてみたいと思ってしまった。


翌日、皇后陛下から呼ばれ、お子様をお連れすると、やはり皇后陛下はお子様を大切に扱われ、皇族の方が絶対に行わないようなオムツ替えや沐浴を積極的になさろうとしていた。それに、深夜の授乳も欠かさず起きて、自ら与えていた。


「マーガレット、沐浴の時の首の支え方はこんな感じで大丈夫?」
「ええ、お上手ですよ。そうです、そうやって、優しくガーゼで洗ってあげてください」


服が濡れるのも厭わず沐浴をさせ、オムツ替えの時にオシッコを飛ばされたとしても、けっして怒ることはなかった。それどころか。


「あら、元気な子ね~。オムツが取れたら気持ちよくなって出ちゃうのかなぁ」


なんて、ニコニコしながら濡れたお子様の服を替えられた。そして、お子様の服を用意したりする私達にも必ず感謝の言葉をかけて下さるようになった。


「本当にありがとう。私一人じゃ何も出来なくて、みんなが居てくれて本当に良かった」


にこやかに仰る皇后陛下に、本当にお子様が生まれて変わられたのだと確信する。周りの侍女たちも、初めの方は警戒していたが、1週間もすれば認めるしかなかった。


「みんな疲れてない?ちゃんと休憩は取ってね?」
「それは皇后陛下もですよ。3時間置きに授乳されているので、睡眠も十分に取られていないでしょう。たまに、私共に任せて眠って頂いても構わないのですよ」
「それは分かってるんだけど…どうしてもこの子をずっと見たくなってしまって…えへへ」



照れたように笑う皇后陛下に、私達もつられて頬が緩む。


出産されるまでは不機嫌な顔しか見ることはなかったが、まさか笑った顔がこんなにも可愛らしい方だとは思わなかった。それに、性格もなんとも可愛らしい。


「あ、もうすぐ次の授乳の時間だ」


そう言って、お子様に自ら授乳をしてゲップをさせる。


皇后陛下のゲップの仕方はなんとも変わったさせ方だが、すぐにゲップをさせられるので、乳母としても感心してしまう。


見た目は、足の上にお子様を座らせ、前から首を手で支えて背中を叩く…という格好なので、初めて見た人からすると、まるで首を絞めている様にしか見えない。


だが、もうここに居る皆は見慣れてしまったので何も言う人はいない。


「おい!一体何をしている!今すぐその手を離せ!」


と、思っていたが、それを知らない方が部屋に入ってきてしまった。

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