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「おい、何を聞いているんだ。この子はどこからどう見てもカーミラの娘に違いないだろ」


お爺様が私を庇うように両肩に手を置き、私をお爺様の方へと引き寄せられる。そのお爺様の行動に、叔父様が申し訳なさそうに弁明してくれる。


「あ、いえ、そういうつもりではなく、カーミラの娘にしては謙虚過ぎると言うか、とにかくカーミラと違い過ぎていて驚いたのですよ」


前なら私もお母様にそっくりだったと思うけど、あの生き方はもう二度としないと誓ったから、お母様と似てないと言われるのも当然よね。


「娘だからと言って必ずしも似ている訳では無いだろう。それに、カーミラに似ることがなかったおかげで、こうしてあやつの過ちを未然に防げたのだぞ」
「そう、ですね。母を亡くし、初めての場所に連れてこられて君も困惑しているだろうに、変なことを言って悪かった」
「いえ、突然素性も分からない子供が現れれば困惑されるのも無理はありません。ですから、お気になさらないでください」
「………」


私はまた何か間違えてしまったのかしら。
私の言葉で叔父様が何故か悲しそうな表情をされてしまったわ。


「……本当に、悪かった」


何故かもう一度謝られてしまった。


ここはもう一度、謝罪は不要だと言うべきかしら、それとも、何故謝られているのかを聞くべきなのかしら。


「…皆もこれで事情は理解出来ただろう。さぁ、持ち場に戻ってくれ。ああ、侍女長は少し残ってくれ」
「かしこまりました」


私が悩んでいる間に、お爺様が簡素に使用人達に指示を出し、エントランスホールは一気に人が減った。残ったのは、お爺様と叔父様、そして侍女長のの3人。


「お前も早く部屋に戻りなさい。ビオレッタが部屋で待っているのだろ」


ビオレッタ…お爺様の言い方からして、身内の方かしら。叔父様にその方のことを言っているということは、叔父様の奥様かもしれないわね。


叔父様と違ってここに来なかったということは、ご病気か何かかしら。この家で働くのなら、仕える方たちのことは、知っておかなければいけないわね。


だけどきっと、侍女長がここに残ったということは、そういう事や仕事の事を教えてくれると言うことよね。なので、無粋な詮索はここまでにしましょう。前までの癖で、直ぐに無粋な詮索をしてしまうのは良くないものね。


「君の名前を聞いてもいいかい?」
「私、でしょうか?」
「ああ、これからここで暮らすということは、家族になるということだろ?それなら、名前を知らないのはおかしいからさ」


家族…ここでは使用人も家族のように扱う風習でもあるのかしら。よく分からないけど、仕える方に自己紹介はしっかりして置くのは当然よね。


「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私はイザベラ、と申します。これから精一杯お仕え致しますので、どうぞよろしくお願い致します」
「お仕え…?父上、ここに連れて来る時になんと伝えたんですか?」


私の挨拶を聞いた叔父様は、訝しむ様な眼差しでお爺様を見る。そうすると、気まずそうにお爺様が咳払いをされる。


「おほん…。この子にあの家はふさわしくないと言って連れて来ただけだ…」
「それって、ほぼ誘拐じゃないんですか?」
「向こうの家とは話を付けてきたから誘拐ではない」
「だとしても、この子はこの家で働く為に来たと思っているようですけど」
「………」


叔父様の言葉でお爺様が口を噤んでしまったわ。私のせいなのに、お爺様が責められるのは良くないわ。


「申し訳ありません。どうやら、私が早とちりをしてしまったようです」
「いきなり連れてこられたら勘違いしても仕方ないよ。だから、君が謝る必要はないよ、イザベラ」
「っ、」


名前を、呼ばれた…。
ただそれだけなのに、どうしてこんなにも心が暖かくなるのかしら。今までも、こうやって叔父様のように笑いながら名前を呼ばれた事はよくあったはずなのに。


「父上が説明していなかったみたいだから、俺から説明するよ。あ、その前に自己紹介か」


胸が暖かくなる不思議な感覚に内心首を傾げていると、叔父様が優しく笑いながら私の前にしゃがんで目線を合わせてくださる。


「俺の名前は、カーティス=ワイズ。君の母の兄で、君の叔父さんだ。君みたいな姪と家族として一緒に暮らせること、嬉しく思うよ。ようこそ、ワイズ家へ」
「カーティス、様」
「叔父さんで良いよ」


でも、いきなりそう呼ぶのは失礼なのではないかしら。それに、罪を犯して廃嫡された妹の子供を家族として受け入れてくださるのは、やはり変だわ。


「私の母は、廃嫡されたのですよね?それなのに、その娘である私をこちらに連れてきてくださったのですか?本来なら、縁が切れている赤の他人ですよね」
「そうだね。そういうことが理解出来ているなんて、イザベラは賢い子だね」


頭を撫でてくださるけど、戻ってくる前は大人だったのだから、理解出来ているのは当たり前だわ。


けれど、叔父様はそんな事情を知るはずがないので、大人しく頭を撫でられていましょう。心は大人なので気恥ずかしくはあるけれど。


「確かに、妹とは縁を切っているけど、君と俺達は血が繋がっているし、なにより、俺と父上は君が家族になってくれたら嬉しいと思っているんだ。だから、俺達の家族になってくれないか」
「………私のような人間がワイズ公爵家の一員となるのは、恐れ多いです」


まだ会ってまもないお爺様や叔父様は、少ない時間でもわかるほどにいい方達よ。きっとこの家の子供にしていただければ、前回とは違って幸せな暮らしが出来るに決まっているわ。


だけど、だからこそ、大罪人の私がこの方達の中に入る事なんて許されないわ。人の幸せを奪うことしか出来なかった私が、幼少期に戻ってきたからと言って幸せになるなんて許されるはずがないもの。


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