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悩み事が出来てしまいました

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「すいません!遅くなりました!」
「シャ、シャル様…。お、おかえりなさい…ませ」
「た、ただいま、です」


 心の準備が出来ていないのに、シャル様が部屋へ戻ってきてしまった。
 咄嗟におかえりなさい。と言ってしまったけど、なんだかすごく気恥しい。
 シャル様も照れたように返事をするから、余計にこちらも照れてしまう。


 そんな私達を微笑ましそうに笑い、マーサさんは外へ出て行ってしまった。
 2人っきりになった途端、私が先程と違い少し緊張しているのに気付いて、シャル様が声を掛けてくださる。


「あの、マーサが何か変なことを言っていませんでしたか?」
「え、いや、得に…」
「そうですか?マーサはいい人なんですけど、少し余計な事を話すところがありますので、彼女が変な事を話していたら言ってください。後で注意しておきますので」
「い、いえ、そんな!あ、それより、パイを食べませんか?すごく美味しそうですよ!」


 シャル様が私に好意を抱いているかもしれない、なんて話をしてたなんて本人に言えるわけがない。
 話題をパイへと逸らして2人で食べるけど、全然味が分からない。


 その後もシャル様と観光を続けたが、ずっと頭の中を閉めているのは、マーサさんとの会話の内容だった。
 シャル様は本当に私の事が好きなのだろうか…。


 家名は聞いていないけど、王太子様と一緒に他国へ行くという事は、それなりの地位の人だろうし。
 そんな人が、この年で婚約者が居ないなんて事はないと思うのだけれど。


 何故だか、シャル様に婚約者が居ると思うと、少しモヤっとしてしまう。
 どうしてこんな気持ちになるんだろう。


「アリア嬢、やはりマーサが何か言いましたか?」
「え?」
「マーサと別れてから、ずっと何か悩まれているようですので」
「いえ!違うんです!少し考え事をしていまして…。でも、大丈夫ですので、お気になさらないで下さい」
「そうですか…わかりました」


 シャル様の婚約者の事や、あれこれ勝手に悩んでいると知られれば一体どんな顔をされるんだろう。
 せっかくエーリッヒ様から解放されて楽しもうと思って来たのに、シャル様にも心配をお掛けて何してるんだろう。


「あの、日が傾きかけてきたのですが、もう少しだけ見ていただきたい場所があるのですが、よろしいですか?」
「はい、もちろんです」


 悩み事のせいで観光をする気分ではないけれど、シャル様ともう少し一緒に居たいと思ってしまう。
 朝と違って、シャル様と何も話さずゆったりと道を歩く。


 不思議だな。
 何も話さなくても全然気まずくならない。
 それどころか、この時間が心地よく感じられる。


「ここです」
「わぁ…」


 シャル様に案内された場所は高い丘で、トルーアの海岸や市場、王城まで一望できる場所だった。


「悩み事があると、僕はいつもここへ来るんです。この景色を見れば、悩んでいても少し気持ちが軽くなるんです」


 確かに、こんな広大な景色を見れば自分の悩みなんてすごくちっぽけな物に感じる。
 それに、悩んでいることよりも、この景色をゆっくり見ていたいと思う。
 今は丁度日没で、海の方へ太陽が沈んでいく。


「すごく、綺麗です」
「今の季節のこの時間に来ると沈む太陽が見れるんです。しかも、ここは僕しか知らない秘密の場所なので、特等席で見れるんですよ」
「そんな秘密の場所を私に教えていただいて良かったのですか?」
「もちろんです。それに、アリアさんと2人きりでこの景色が見たかったんです」


 まるで、海に沈んで行く太陽の光に魔法でもかけられたかのように、シャル様が眼鏡の奥から熱い眼差しを向けてくる。
 そんなシャル様に胸がドキッと脈打つ。


 視線が交わり、無言のまま時が流れる。
 気付けば太陽は沈みきり、辺りは暗くなっていた。


「すいません、少し景色を見て帰るつもりだったのに、もう暗くなってしまいましたね。夜道は危険ですので、アリア嬢、良ければお手を」
「あ…ありがとうございます」


 さっきは"アリアさん"と呼んでくれたのに、"アリア嬢"と呼ばれて少し寂しく思う。
 そんな気持ちを押し殺して、シャル様の手を取ってホテルへと向かう。


「今日は楽しんで頂けましたか?」
「はい、とても…とても貴重な経験でした」
「そう言っていただけて良かったです」


 向かう途中でシャル様と他愛ない話をする。
 ホテルへ着けば、もうシャル様とお別れかと思うと、この時間が名残惜しく感じる。


「アリア嬢は、あと何日ここへ滞在されてる予定ですか?」
「それは…」


 家族揃って思い付きだけでトルーアに来たけど、     私も明日から学校があるし、お父様もお仕事があるだろうから遅くとも今日の夜には帰らなければいけない。


 だけど、もう少しだけここに滞在してもいいだろうか…。お父様達に相談して、私だけでももう少し残れないかな。
 そんなことを考えていると、急に手首を後ろから捕まれた。

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