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変な事を言わないでください
しおりを挟む二階は住居スペースのようで、使い古されて座りやすそうなソファとローテブルが置かれていた。
「どうぞ、座ってください。すぐにマーサがパイを用意してくれると思うので」
「パイって、もしかして…」
「はい、アリア嬢が仰っていた木苺のパイです」
「本当ですか!」
有名だと聞いていた木苺のパイが食べれるのは本当に嬉しい。
「ですが、外ではあんなにも沢山の人が並んでいたのに、私が並ばずに食べてもいいのでしょうか…」
「そんなのいいに決まってますよ!なんてったって、シャル様が連れてきた初めての女性なんですから」
「マーサ!また君は!」
「はいはい。さぁ、おまちどおさま。シャル様の子供の時からの大好物、マーサ特製木苺のパイですよ」
「……はぁ、」
何度注意しても軽口を止めないご婦人に、シャル様は諦めたようにため息をついて片手で顔を覆った。
「なに辛気臭い声を出してるんだい!隣に可愛い子がいるってのに」
「それは君が…」
「ああ、そういえば、2件隣のフランツの旦那が、至急相談したいことがあるって今下に来てるよ」
「え、今か…?」
困ったようにシャル様が私とご婦人を交互に見た。
「あの、私なら大丈夫ですよ。パイも運んで来て頂いたので、頂きながら待っていますので」
「、すいません、出来るだけ早く戻ります」
「いえ、私の事はお気になさらず」
そもそも、シャル様の善意で観光案内をして頂いているので、急ぎの用事が出来たのならそちらを優先して頂かないと申しわけない。
「すいません、少し行ってきます」
「お気を付けて」
申し訳なさそうにそう言って走っていくシャル様の後ろ姿を見送る。
そんな私に、ご婦人が優しく笑いかけてくる。
「貴女は優しい方なんですね」
「いえ、そんな事はありません。むしろ、お忙しいのに図々しく観光案内など頼んで申し訳ないくらいです」
「はは、それは大丈夫ですよ。シャル様にとっては、貴女を案内する事は何を置いてもしたい事だと思いますので」
「そうでしょうか…?」
まだ会うのが2回目なのに、そう思ってもらえてるかは疑問だ。
それより、ご婦人の口調が急に丁寧になったことに驚いてしまう。
さっきまで下町にいる人のような話し方だったのに、今の彼女は貴族のご婦人のようだ。
「そういえば、私の名前をまだ名乗っていませんでしたね。私の名前はマーサと申します。この小さなお店の店主をしております。よろしければ、貴女のお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか」
名乗りながらお辞儀するマーサさんの姿には、どこか気品を感じさせるそれだ。
「ご挨拶して頂きありがとうございます。私の名前は、アリア=ラッツェルと申します。本日は、急な訪問にも関わらずこの様な席に通していただきありがとうございます」
「こんな店の人間にそんなにかしこまらなくて大丈夫ですよ。それに…」
マーサさんに嬉しそうな顔で笑い、言葉を区切る。
「シャル様が連れてきて下さった初めての女性なんですから、出来る限りおもてなしさせて頂きたいんです」
「そう言っていただけると有難いのですが…申し訳ありませんが、私とシャル様の仲には何もありませんよ。それに、シャル様とお会いしたのはまだ2度目ですし」
嬉しそうに話すマーサさんには申し訳ないけど、先程シャル様に子供の顔が、なんて言っていたので、変に誤解をされてるのかもしれない。
そんな誤解をされてしまえば、シャル様にだって迷惑に違いないのでしっかりと否定しておく。
「2度目…もしかして、1度目はブリックル王国で、だったりしますか?」
「何故それを?」
どうして私の国で会った事が分かったんだろう。
驚く私に、マーサさんがやっぱりと何故か納得して笑う。
「シャル様には内緒ですが、以前ブリックル王国から帰国したシャル様はどこかずっと上の空だったんですよ」
「はぁ、そうなのですね…?」
何故いきなりそんな話をしだすのだろうか?
「いつも堂々としてるシャル様がそんな姿だから、きっとブリックル王国に行って恋をしたんだろうなって一時期噂になってたんですよ」
「恋…ですか?」
「ええ、だってふとした瞬間に遠いところを見ては、ため息を付くんですよ。恋ではないだろうという人もいましたけど、今日の貴女を見て、私の勘は正解だったと確信しました」
「はあ、」
私を見てシャル様が恋をしていることを確信したって、それではまるで、シャル様が私に好意があるみたい…。
「…!」
「あはは、顔が真っ赤になりましたね。その反応を見るに、シャル様だけの一方通行じゃないことが分かって安心しましたよ」
「いえ、そんな!私達、まだ会って2回目ですし!確かにシャル様は素敵な方ですが、だからと言ってそういう意味で、す、好きかどうかは…」
分からない。
だけど、シャル様が私のことを好きかもしれないと思うと、すごく照れくさくて、恥ずかしくて、むずがゆくて、どうしていいか分からなくなる。
「恋に落ちるのに会う回数は関係ないと思いますよ。気付いた時に落ちているのが恋ですよ」
気付いた時に落ちてるのが恋…。
シャル様と一緒に居ると落ち着くし、ずっと一緒に 居たいと思う気持ちがある。
だけど、この気持ちは恋なのだろうか…。
「シャル様は良い方ですよ。優しくて誠実で、きっと結婚すればいい夫になると思いますよ」
「な、なぜそんな話を私に…!」
シャル様との結婚の話をされても、どう反応すればいいか分からない。
私が幼い頃から決められていた結婚は、夫婦となったとしても、その間にはなんの感情もなく、ただ妻としてーー王妃としての役割を果たすだけのものだった。
だけど、少し想像してしまう。
シャル様ともし結婚が出来たなら…毎日笑顔に溢れている気がする。たわい無い話をして、たまに2人で今みたいに出歩けたら、それはすごく幸せだろうな。
って、私は何を考えているの!
どうしてこんなことを想像してしまったのか…すごく恥ずかしい。
心の声を聞かれた訳では無いけど、なんだか恥ずかしくてチラッとマーサさんを見れば、マーサさんが心を見透かしたようにニヤリと笑う。
「悪くないって思ったのでは無いですか?」
「シャ、シャル様は素敵な方なので…」
こんな想像をしてしまうのも仕方の無いことだ。と小声になりながら、何故だかマーサさんに言い訳をしてしまう。
そんな私に、マーサは耐えられないというように笑う。
「ハッハッハ、少しお節介が過ぎましたね。その反応なら、私がお節介を焼く必要すら無かったように思いますね」
「な、なんのことだか分かりません」
「さて、シャル様もどうやら戻ってきたようですし、邪魔者は消えましょうかね。では、楽しい時間をお過ごし下さい」
「ま、マーサさん…!」
階段を上がってくる音が聞こえるけど、今シャル様と2人っきりになれば、どうしていいか分からない。
なんとかマーサさんを引き止めようと思うが。
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