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お知り合いの方のようです。

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「沢山歩いたので、疲れてませんか?」
「そうですね、ここまで歩いたのは初めてかもしれません。でも、楽し過ぎて疲れていることに気付かなかったです」
「はは、そう言ってもらえるとこの市場を開発した甲斐があります。では、こちらで少し座って休憩致しませんか?」


 そう言って案内されたのは、行列が出来ているお店だった。
 長い行列のせいで、お店の看板すら見えない。


「すごい人ですね…」
「ここは開店してからずっとこんな感じですね。何時間も並ぶと有名な店ですが、僕達はこちらから入りましょう」
「そっちは裏口ですよね?」


 尋ねれば、シャル様は笑って頷きながら裏口の方へと歩いていった。そして、勝手知ったると言うようにドアを開けて中へ入った。


「さぁ、どうぞ」
「え、大丈夫なんですか?」
「ええ、大じょう…」
「あら!シャル様じゃないかい!ここのところ全然顔を見せて頂けないから倒れてないか心配してたんだよ!」


 シャル様の声を遮って、店にいたご婦人がカラカラと笑いながら話しかけてきた。
 なんだか、シャル様とすごく親しそうだ。


「倒れてないから心配しないでよ。最近少し忙しかったんだ」
「そうなのかい?まぁ、無理はしない事だよ。アンタに倒れられでもしたら、ここに居るみんな困っちま…おや?」
「どうも、お邪魔しています」


 話の途中でシャル様の後ろに居た私の存在に気付いて、ご婦人が私のことを驚いたように見てくる。
 目が合ったのでお辞儀をすると、ご婦人の口角がにんまりと上がった。


「なんだい?なんだい?やっとシャル様にも良い人が出来たのかい?」
「マーサ、別にそういうわけじゃ…」
「いい、いい、言わなくても分かってるよ!いやぁ、良かった!シャル様は見た目も中身も良いのに全然そういう話を聞かないから心配してたけど…なるほどねぇ…かなりの面食いだったのかい」
「マーサ!」


 楽しそうに話すご婦人に、シャル様は少し頬を赤らめて抗議するように大きな声を出した。


「彼女は父上の友人の娘さんで、トルーアに滞在されてるから僕が案内をさせてもらってるだけなんだよ!だから変な誤解はしないでくれ!彼女にも迷惑だろ!」
「ほぉ~年中忙しいシャル様がわざわざ案内をね~。そうかい、そうかい!ま、上手くいくと良いね!あ~今からシャル様の子供が楽しみだね」
「マーサ!」


 照れたような、怒ったような声を出し抗議するシャル様を意にも介さず、ご婦人は楽しそうに話し続ける。
 話し続けるご婦人に、シャル様は諦めたように私の方へ向き直り頭を下げる。


「すいません…。どうも彼女には勝てなくて、私達の仲を勝手に勘違いされてご不快ではありませんか?」
「いえ、そんなことはありません。仲がよろしいのですね」
「まぁ、彼女とは僕が幼い頃からの付き合いですので」
「そうさねぇ、シャル様がおしめをしながらミルクを飲んでた時からの付き合いになるかしらねぇ」
「マーサ!もう余計な事は言わなくていいから!」


 まるで母親と息子のやり取りを見ているようで微笑ましくなってしまう。
 物腰柔らかで気遣いが素晴らしいシャル様も素敵だけど、こういう素のような姿も年相応に見て良いと思う。


 それに比べてエーリッヒ様は…どれをとっても良いとは言えなかったな。いや、今はエーリッヒ様事なんて忘れよう。


「マーサ、それよりも彼女にパイを食べさせたいんだ。いいだろ?」
「ああ、もちろんだとも。シャル様のお願いを断る人間なんて、この市場には居ないよ。すぐ用意するから、いつもの所に座って彼女と待ってな」


 意味深なウィンクをシャル様にして、ご婦人は部屋の奥へと入っていった。


「…すいません立たせたままで、こちらです」


 少し疲れた様子のシャル様が建物の二階へ案内してくれる。

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