僕たちの世界

ラニーニャ

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2話

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 入学式は、順調に終わることができた。

 特に授業という授業はすることなく、最初は定番の春休みの宿題とティッシュ、石鹸、雑巾を提出した。そして、体育館で式を行い、自己紹介、教科書の配布、役割分担を四校時までに終わらせた。

 自己紹介は一番の苦痛だった。
 皆に注目され、自分のことについて話さなければいけない。自分以外の人にも、噛んでしまったり、早口だったり、声が小さかったりする生徒はいたが、一番やばかったのは自分だろうと思う。

 担任の先生は男性で若く、自分の話をするのが好きな人だった。家族の話や、学生時代の体験談、どんなクラスにしたいかなど、お喋りで活発的な性格のようだ。
 少し抜けている所に不安は感じたが、今年新任の先生らしく、初のクラスで緊張しているのだろう。

 碧は帰りのホームルームが終わると、一人でそそくさと帰った。小六の時と特に変わらない。友達はいないままで、学校から逃げるように早々と帰宅する。
 寂しさを紛らわすために、空の雲を眺めたり、落ち葉を蹴ったり、影で手遊びをしたりしながら歩いた。

 しかし、五分ほど経って、ふと気づいてしまった。誰かが、自分の後を追っている。

 碧は曲がり角に来て、ちらっと横目にその正体を見た。何気なく、自分が気にしていることを気付かれないように。

「え……?」
 その正体は、あの夜桜さんだった。イラストが好きすぎて、ストーカーしているのだろうか。いや、それはない。さすがに、そこまでする人はいない。
 では、なぜ?

 戸惑い考えた挙句、碧は思い切って聞くことにした。怖いというのもあるし、やめてほしいという拒絶感もあったからだ。
 曲がり角も先に進んだのに、まだ尾行してくるのを見て、自分のタイミングで後ろを振り返った。
「なんで、ついてくるの?」

 彼女はちょっと驚いた様子だったが、すぐに当たり前ですと言った表情で、サラッと返答した。
「家に向かう道がここだから」

 碧は、またもや頭を熱くした。今にも、顔から火が出そうで、自分の勘違いに馬鹿馬鹿しさを感じてしまう。
「プッ、アハハ」
 すると、夜桜が突然笑い出した。

「ごめん、ごめん。碧って面白いね。
 一人なら一緒に帰らない?」

「え、あ……うん」
 首を縦に振りながら、後から小さく返事を付け足した。
 一緒に歩くと、夜桜はよく話しかけてくれ、周囲は沈黙一つなしに明るくなった。趣味や家の話、好きなものや嫌いなもの、先生に対する印象、これからの学校生活の不安など、彼女は色々な話題を振り、自分の話もしてくれた。

 共感、同情、冗談、意見などが、空を眺めるよりも、落ち葉を蹴るよりも、手遊びをするよりも、ずっとずっと楽しいと思えた。

 今日は、久しぶりが多い。
 久しぶりにコミュニケーションというやりとりをし、久しぶりに誰かと一緒に下校した。そして、久しぶりに学校のことで笑えた。
 誰かとおしゃべりしながらの下校はあっという間だ。いつもは、長い道のりに見えていたけど、気付いたら家の前に着いていた。

 夜桜の話では、彼女は今年の三月に転校してきたばかり。だから、この学校には知っている人が一人もいず、友達ができるか不安だったそうだ。あんなにも社交的な様子だから大丈夫と僕は思ったが、なぜか暗い顔をしていた。
 家は、僕の家から五分ほど歩いた雑木林の中だった。親が金持ちのようで、大きな屋敷に学校のグランドぐらいの雑木林を所有しているらしい。正直、とても驚いた。

 最後に「バイバイ」と言って手を振り、夜桜の後ろ姿を見つめる。彼女は、何だか不思議で本当に良い人だ。こんな僕にも優しく話しかけ、差別しないで接してくれた。
 よく笑い、よく喋る元気で優しい女の子。

 だからこそ、今後は
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