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「今年こそは目立たず、平和に生きたい」
それだけを願って迎えた入学式。楽しくは生きられなくても、せめて平和に、静かにいたい。
教室に入ってクラスを見渡すと、僕は少しだけホッとした。小六の時に、自分をいじめていた人達が思ったよりも少なく、他のクラスに散らばっていたからだ。
僕の名前は、睦月碧。陰キャで、友達一人いない男子生徒だ。
碧は席に着くと、バックから紙と鉛筆を取り出した。
自分の唯一の楽しみは、絵を描くこと。自分の感情をありのままに表現したり、綺麗だと思った物や景色を絵で表したりする。それが好きでたまらなかった。
絵の世界だけが、辛い現実を忘れさせてくれる。
入学式といえば、桜の花びらが舞い、ワクワクしながら門をくぐる。新しい学級、新しい制服、新しい先生に、新しい友達、期待の詰まった新しい世界に誰もが喜びと不安を覚える。
違う授業スタイルに、難しい問題が増え、部活に挑戦するなど、楽しめる最後の残り三年間だ。
その全てを絵で表現する。
ひたすらに鉛筆を走らせて、ワクワクした表情、友達と門をくぐる姿、ソメイヨシノが白く散り、教師が迎え、校歌が流れる。
髪の流れで、爽やかな風が吹くのを表現し、光は自分達が主役であるのを示す。サッカーボールを持った生徒は、部活に胸を膨らませていた。
これが僕の描いた世界。理想であり、入学式に対して願った感情。もちろん、現実は全くだ。
鉛筆という黒一色でも、影や光、グラデーションをマスターすれば、その絵はより素敵でカラフルに見えてくる。
「凄い、綺麗!」
すると、突然隣から女子の声が聞こえた。その子は、驚いたような表情で、絵と碧を交差して見る。当然、碧も急に話しかけられて驚いた。そして、誰なのかと言う疑問と、嬉しい、の二つが頭に浮かんだ。
「え、あ……ありがとう」
碧がそう言うと、その女子生徒は興味津々に話しかけた。
「私の名前は夜桜綾乃。あなたは?」
「む、睦月……あお」
緊張と焦りで、頭が熱く火照る。殴られて理不尽に謝るのは多くあるが、名前を名乗ったり、コミュニケーションというやりとりは、長い間していなかった。
噛んでしまわないか、早口になってしまわないか、仲良くなっても自分が変で離れてしまわないか、初対面の人ならむしろ。
碧が脳内でぐるぐると慌ただしくしていると、夜桜はクスッと笑った。それに対して彼はドキッとし、自分が変なことをしていないか不安になる。
「よろしくね、碧」
しかし、その予想とは対に、夜桜は優しい言葉を返した。それがなんだか嬉しくて、碧も小さな声で小さく会釈をしながら「よろしくお願いします」と言った。
「それにしても、絵が上手なんだね」
彼女は絵に視線を向き戻し、目を輝かせた。それに碧もうなずき、ニコニコと嬉しさを表情で表現する。喋るのを避けるために。
しかし、その作戦は失敗。
「どうやったらこんなに上手く描けるの?」
質問をされたら、返すのが礼儀だ。
「えっと、毎日、ずっと描いていたら、感覚的にできた。光とか影を入れたら、より立体的になる」
夜桜は、「へぇー」と感嘆の声を漏らし、絵を見つめ続けた。碧は箇条書きのような自分の喋り方に、後悔と嫌気で今にも逃げ出したい気分になる。
「ちょ、ちょっと僕、トイレに行ってくるね」
ひとまず、トイレに逃げて気持ちを落ち着かせようと思った。ダッシュで向かい、彼女の視界から消える所までくると廊下を歩いた。
何やっているんだと、自分で自分に恥じながら鏡を見つめる。せっかく話しかけてくれたのに、なぜこんなにも人と接すると緊張するのだろうか。
いじめが続いたのも、これが悪かったのかもしれない。笑顔で話しかけてもおどおどされ、緊張したような口調、メガネでのろまの陰キャ、絵ばっかり描いて全てが冴えない。
そりゃ、イライラするのも理解できる。
碧は気持ちを落ち着かせ、手を洗うと、教室に戻った。夜桜を見ると、彼女はもう別の所に行って、楽しそうにお喋りしている。
その方が自分なんかよりも吊り合って見えて、良いんだろうけど、何かが欠けてしまった感じだけは嫌だった。
それだけを願って迎えた入学式。楽しくは生きられなくても、せめて平和に、静かにいたい。
教室に入ってクラスを見渡すと、僕は少しだけホッとした。小六の時に、自分をいじめていた人達が思ったよりも少なく、他のクラスに散らばっていたからだ。
僕の名前は、睦月碧。陰キャで、友達一人いない男子生徒だ。
碧は席に着くと、バックから紙と鉛筆を取り出した。
自分の唯一の楽しみは、絵を描くこと。自分の感情をありのままに表現したり、綺麗だと思った物や景色を絵で表したりする。それが好きでたまらなかった。
絵の世界だけが、辛い現実を忘れさせてくれる。
入学式といえば、桜の花びらが舞い、ワクワクしながら門をくぐる。新しい学級、新しい制服、新しい先生に、新しい友達、期待の詰まった新しい世界に誰もが喜びと不安を覚える。
違う授業スタイルに、難しい問題が増え、部活に挑戦するなど、楽しめる最後の残り三年間だ。
その全てを絵で表現する。
ひたすらに鉛筆を走らせて、ワクワクした表情、友達と門をくぐる姿、ソメイヨシノが白く散り、教師が迎え、校歌が流れる。
髪の流れで、爽やかな風が吹くのを表現し、光は自分達が主役であるのを示す。サッカーボールを持った生徒は、部活に胸を膨らませていた。
これが僕の描いた世界。理想であり、入学式に対して願った感情。もちろん、現実は全くだ。
鉛筆という黒一色でも、影や光、グラデーションをマスターすれば、その絵はより素敵でカラフルに見えてくる。
「凄い、綺麗!」
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「え、あ……ありがとう」
碧がそう言うと、その女子生徒は興味津々に話しかけた。
「私の名前は夜桜綾乃。あなたは?」
「む、睦月……あお」
緊張と焦りで、頭が熱く火照る。殴られて理不尽に謝るのは多くあるが、名前を名乗ったり、コミュニケーションというやりとりは、長い間していなかった。
噛んでしまわないか、早口になってしまわないか、仲良くなっても自分が変で離れてしまわないか、初対面の人ならむしろ。
碧が脳内でぐるぐると慌ただしくしていると、夜桜はクスッと笑った。それに対して彼はドキッとし、自分が変なことをしていないか不安になる。
「よろしくね、碧」
しかし、その予想とは対に、夜桜は優しい言葉を返した。それがなんだか嬉しくて、碧も小さな声で小さく会釈をしながら「よろしくお願いします」と言った。
「それにしても、絵が上手なんだね」
彼女は絵に視線を向き戻し、目を輝かせた。それに碧もうなずき、ニコニコと嬉しさを表情で表現する。喋るのを避けるために。
しかし、その作戦は失敗。
「どうやったらこんなに上手く描けるの?」
質問をされたら、返すのが礼儀だ。
「えっと、毎日、ずっと描いていたら、感覚的にできた。光とか影を入れたら、より立体的になる」
夜桜は、「へぇー」と感嘆の声を漏らし、絵を見つめ続けた。碧は箇条書きのような自分の喋り方に、後悔と嫌気で今にも逃げ出したい気分になる。
「ちょ、ちょっと僕、トイレに行ってくるね」
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いじめが続いたのも、これが悪かったのかもしれない。笑顔で話しかけてもおどおどされ、緊張したような口調、メガネでのろまの陰キャ、絵ばっかり描いて全てが冴えない。
そりゃ、イライラするのも理解できる。
碧は気持ちを落ち着かせ、手を洗うと、教室に戻った。夜桜を見ると、彼女はもう別の所に行って、楽しそうにお喋りしている。
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