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第四章 静寂の中
望まなかった殺人
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そんな中、応接室でぼんやりしているように見えた滝瀬が、加羅と刀利の元へと近づいてきた。
緊張する二人。無理もない。歩いてきているのは、殺人犯なのだ。
「加羅さん」
親しげに加羅に話しかけてくる滝瀬。その表情は、微笑だった。
「滝瀬さん、なにか用事でも?」
「アンタは、気づいたのか?」
「何に、ですか?」
「俺のこと」
それきり滝瀬は言葉を切った。加羅の言葉を待っているように、何も喋らない。
俺のこと。俺が、殺人を犯したこと、という意味だろう。
加羅はちらりと、応接室にいる平川の方を見た。距離は近い。刀利は加羅より後ろに立っている。危険はない。
「あなたが、全ての犯行を行ったことですか?」
加羅は言い切った。殺人犯に対して、渾身の太刀を振り下ろしたのだ。
「気づいてたか。やっぱりね。そう、アンタは優秀だ……アンタさえいなければ……、いや、アンタがいてくれて良かったよ」
滝瀬は両手を上げた。それは、お手上げのポーズのようにも、この両手を縛ってくれ、という意味にも取れた。
「身体を調べさせてもらいます」
「武器はないよ。ま、調べたらいいよ」
加羅は素早く滝瀬の身体を触ってチェックした。滝瀬の言う通り、彼は武器を所持していなかった。そして、そこまで筋肉質というわけでもない。暴れられても、取り押さえられるだろう。
「どうして、自白のような真似を?」
加羅の最も聞きたい所だった。警察の調査が入るとはいえ、滝瀬は逃げられる可能性があったからだ。それなのに、まだ逃げられる可能性があるのに、自白する理由がわからなかった。
「道間夫人を殺してしまったから。それだけです」
滝瀬は悲しげな表情を浮かべていた。今までに見たことのない顔だった。
「道間夫人……七雄さんと、四方木さんと、アキラさんは?」
「七雄とアキラへは、断罪。四方木さんは……」
「断罪?」
「そう。アイドル、北央七瀬の事件を知っているよな。平川さんが、七瀬と恋仲だったことも」
「勿論」
「俺は、七瀬の事が好きだった。叶わない恋とわかっていてもな。七瀬は、遺産相続の権利を持っていた。北央七瀬が、神楽の血を継ぐ者、つまりは神楽七瀬であるとわかったら、不都合になる人間がいたんだよ」
「秋野さん?」
「違う。あの世間知らずのお嬢様は関係ない。問題なのは、お嬢様の取り巻きさ。七瀬が白良島で殺された時、島の人間は、こぞってお互いのアリバイを証明した。その結果、七瀬の事件は事故。一人で勝手に落下して死んだということになった。可哀想に」
「滝瀬さんは、その時島にいなかったのですか?」
「俺さえこの島にいてやれれば!!」
滝瀬の口調が荒くなった。表情には、感情による怒りというより、後悔のような怒りが浮かんでいた。
「コックは白良島にいなかった。七雄とアキラが組んで、七瀬を崖から落としたんだ。奴等は言っていた。『ナイフで脅したら、慌てて逃げ出すもんだな、人間って』『まあ、結果的に追い詰められて、自分で崖から落ちてくれたからラッキーだな』と。そう言っていた。俺は白良島の屋敷で、その話を聞いてしまった。七雄とアキラは笑ってた。その時に思ったよ。神は俺にコイツらを殺せと言っていると」
「それが、北央七瀬の死の真相だったのですね。しかし、四方木さんは?」
そう加羅が尋ねると、滝瀬は両手を握った。
「四方木さんは、善でも悪でもない。俺はあの人の仕事ぶりを尊敬してた。でも、四方木さんは、俺と同じく、七瀬の死の真相を知っていたんだ。あの人が犯罪に加担したんじゃあない。ただ、四方木さんは、七雄とアキラに都合の良いように、証言したんだ。それによって、奴等のアリバイは完璧になってしまった」
「何故、四方木さんは嘘の証言を?」
「お嬢様だよ。何も知らないお嬢様、神楽秋野だ……。四方木さんは、奴等に反抗すれば、お嬢様にまで危険が及ぶかも知れないって、そう考えたんだって言ってた。俺は四方木さんを殺すつもりはなかった。だが四方木さんは言った。許されないことをしたと。滝瀬、私を殺しなさいと」
滝瀬は俯いた。
「殺さない選択肢もあった。しかし、その時点では、まだ俺は犯人だとバレるわけにはいかなかった。アキラを殺すまで……。いや、言い訳だな。俺は、四方木さんを恨んだ。相手の事情も考えず、四方木さんを殺してしまった」
「四方木さんに、抵抗の跡が無かった理由はわかりました。何も言いません。しかし、道間夫人は、何故殺されたのですか?」
「俺は、遊戯室と入り口を繋ぐ通路で、アキラと連絡を取っていた。誰も入ってこないからね。その時点での、今後の立ち回りをアキラと話し合っていたんだ。そして、俺はアキラを殺すつもりだった。通話だった。声を出していたんだ。しかし、通話が終わって、廊下の奥、俺が立っている所からは死角になっていた位置に、道間夫人が立っていたんだ。夫人は口を抑えて、驚いていた。相当ショックを受けていたように見えたよ。俺は即座に判断した。夫人を殺さなければならないと。これが、自白の理由さ。自分の都合で、無関係な人間を殺してしまったんだ」
「突発的犯行であったと。しかし、叫び声のようなものが漏れても、おかしくなさそうなものですが」
「口は塞いだ。そして、ナイフを……俺は……」
「人それぞれの正義があるように」
加羅は滝瀬を見つめた。
「人それぞれの命は、尊いものです。道間夫人を殺すのは許されない」
「わかってる」
「わかってる?滝瀬さん、貴方はわかっていない。人間は、少しの時間だけでは、何もわかりはしない。刑務所で罪を償ってください。殺人をするというのは、そういうことです」
緊張する二人。無理もない。歩いてきているのは、殺人犯なのだ。
「加羅さん」
親しげに加羅に話しかけてくる滝瀬。その表情は、微笑だった。
「滝瀬さん、なにか用事でも?」
「アンタは、気づいたのか?」
「何に、ですか?」
「俺のこと」
それきり滝瀬は言葉を切った。加羅の言葉を待っているように、何も喋らない。
俺のこと。俺が、殺人を犯したこと、という意味だろう。
加羅はちらりと、応接室にいる平川の方を見た。距離は近い。刀利は加羅より後ろに立っている。危険はない。
「あなたが、全ての犯行を行ったことですか?」
加羅は言い切った。殺人犯に対して、渾身の太刀を振り下ろしたのだ。
「気づいてたか。やっぱりね。そう、アンタは優秀だ……アンタさえいなければ……、いや、アンタがいてくれて良かったよ」
滝瀬は両手を上げた。それは、お手上げのポーズのようにも、この両手を縛ってくれ、という意味にも取れた。
「身体を調べさせてもらいます」
「武器はないよ。ま、調べたらいいよ」
加羅は素早く滝瀬の身体を触ってチェックした。滝瀬の言う通り、彼は武器を所持していなかった。そして、そこまで筋肉質というわけでもない。暴れられても、取り押さえられるだろう。
「どうして、自白のような真似を?」
加羅の最も聞きたい所だった。警察の調査が入るとはいえ、滝瀬は逃げられる可能性があったからだ。それなのに、まだ逃げられる可能性があるのに、自白する理由がわからなかった。
「道間夫人を殺してしまったから。それだけです」
滝瀬は悲しげな表情を浮かべていた。今までに見たことのない顔だった。
「道間夫人……七雄さんと、四方木さんと、アキラさんは?」
「七雄とアキラへは、断罪。四方木さんは……」
「断罪?」
「そう。アイドル、北央七瀬の事件を知っているよな。平川さんが、七瀬と恋仲だったことも」
「勿論」
「俺は、七瀬の事が好きだった。叶わない恋とわかっていてもな。七瀬は、遺産相続の権利を持っていた。北央七瀬が、神楽の血を継ぐ者、つまりは神楽七瀬であるとわかったら、不都合になる人間がいたんだよ」
「秋野さん?」
「違う。あの世間知らずのお嬢様は関係ない。問題なのは、お嬢様の取り巻きさ。七瀬が白良島で殺された時、島の人間は、こぞってお互いのアリバイを証明した。その結果、七瀬の事件は事故。一人で勝手に落下して死んだということになった。可哀想に」
「滝瀬さんは、その時島にいなかったのですか?」
「俺さえこの島にいてやれれば!!」
滝瀬の口調が荒くなった。表情には、感情による怒りというより、後悔のような怒りが浮かんでいた。
「コックは白良島にいなかった。七雄とアキラが組んで、七瀬を崖から落としたんだ。奴等は言っていた。『ナイフで脅したら、慌てて逃げ出すもんだな、人間って』『まあ、結果的に追い詰められて、自分で崖から落ちてくれたからラッキーだな』と。そう言っていた。俺は白良島の屋敷で、その話を聞いてしまった。七雄とアキラは笑ってた。その時に思ったよ。神は俺にコイツらを殺せと言っていると」
「それが、北央七瀬の死の真相だったのですね。しかし、四方木さんは?」
そう加羅が尋ねると、滝瀬は両手を握った。
「四方木さんは、善でも悪でもない。俺はあの人の仕事ぶりを尊敬してた。でも、四方木さんは、俺と同じく、七瀬の死の真相を知っていたんだ。あの人が犯罪に加担したんじゃあない。ただ、四方木さんは、七雄とアキラに都合の良いように、証言したんだ。それによって、奴等のアリバイは完璧になってしまった」
「何故、四方木さんは嘘の証言を?」
「お嬢様だよ。何も知らないお嬢様、神楽秋野だ……。四方木さんは、奴等に反抗すれば、お嬢様にまで危険が及ぶかも知れないって、そう考えたんだって言ってた。俺は四方木さんを殺すつもりはなかった。だが四方木さんは言った。許されないことをしたと。滝瀬、私を殺しなさいと」
滝瀬は俯いた。
「殺さない選択肢もあった。しかし、その時点では、まだ俺は犯人だとバレるわけにはいかなかった。アキラを殺すまで……。いや、言い訳だな。俺は、四方木さんを恨んだ。相手の事情も考えず、四方木さんを殺してしまった」
「四方木さんに、抵抗の跡が無かった理由はわかりました。何も言いません。しかし、道間夫人は、何故殺されたのですか?」
「俺は、遊戯室と入り口を繋ぐ通路で、アキラと連絡を取っていた。誰も入ってこないからね。その時点での、今後の立ち回りをアキラと話し合っていたんだ。そして、俺はアキラを殺すつもりだった。通話だった。声を出していたんだ。しかし、通話が終わって、廊下の奥、俺が立っている所からは死角になっていた位置に、道間夫人が立っていたんだ。夫人は口を抑えて、驚いていた。相当ショックを受けていたように見えたよ。俺は即座に判断した。夫人を殺さなければならないと。これが、自白の理由さ。自分の都合で、無関係な人間を殺してしまったんだ」
「突発的犯行であったと。しかし、叫び声のようなものが漏れても、おかしくなさそうなものですが」
「口は塞いだ。そして、ナイフを……俺は……」
「人それぞれの正義があるように」
加羅は滝瀬を見つめた。
「人それぞれの命は、尊いものです。道間夫人を殺すのは許されない」
「わかってる」
「わかってる?滝瀬さん、貴方はわかっていない。人間は、少しの時間だけでは、何もわかりはしない。刑務所で罪を償ってください。殺人をするというのは、そういうことです」
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