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第四章 静寂の中
隙間の空間
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急ぎ、応接室へと戻った加羅。複数の視線が加羅に絡みつく。
平川と刀利は、滝瀬と話をしていた。権田も一緒である。
刀利が加羅の姿に気づき、平川と滝瀬から離れ、早足で近づいていく。平川はまだ滝瀬と話をしている。
「加羅さん!心配でした!何かわかりましたか?」
刀利は安心したように、加羅の手を取った。
「ああ。予想通りだった」
加羅は窓の外を見た。もう、ほとんど雨が降っていない。救助が来るのも時間の問題と思われた。
「犯人はわかりましたか?」
「ああ。だが、公にするわけにはいかない。犯人が追い詰められたら、何をするかわからないからな。勿論、わからないこともある。動機だ。動機がまったくわからない。だが、とりあえずは救助が来るのを待とう。それが一番の安全策だ。警察が来るのも、もう少しの辛抱だろう。それまで何も起きなければいいが」
「私達に出来ることは、応接室に集まっているだけですよね?」
「そうだな」
「犯人は?」
「滝瀬さんだ。廊下の寝室には……アキラさんの遺体があった」
「完全に、亡くなっていたのですか!? 滝瀬さんが、全ての犯行を?」
「彼しかいない」
「理由を教えて下さい」
「わかった。尋問で、応接室から出ていったのは滝瀬さんだけだと判明した。ならば答えはシンプルだ。滝瀬さんが倉庫まで行き、マスターキーで外から鍵をかけて俺たちを閉じ込めるのは不可能だ。倉庫の調査をしようとする俺達の後を追おうとしたならば、流石に俺達も気づく。したがって、滝瀬さん以外の人物が不意打ちで鍵を閉めなければならない。鍵を閉められる人物といえば、倉庫へ向かう廊下、寝室に潜んでいた人間しかいない。倉庫の一番傍の寝室に潜んでいた人間がいたのだろう。応接室組には不可能、滝瀬さんも不可能。したがって、消去法で導かれる人物、唯一の館の中の人物、アキラさんだ。アキラさんが犯人だった場合、どこかの寝室に今も潜んでいるだろう。応接室には出てこれないんだからな。しかし、アキラさんは遺体で発見された。倉庫に鍵をかけた後に、殺された。俺はアキラさんの遺体を調べたが、マスターキーもスマートフォンも発見できなかった」
「マスターキーの所持状況は、秋野さん、加羅さん、第三者……エックスということですね。続きをお願いします」
「七雄さんが殺された事件を思い出してみよう。厨房には権田さんと滝瀬さんがいた。そこではお互いの目があり、毒を仕込める可能性は低い。しかし、七雄さんにサンドイッチとソーダを一人で持っていったのは滝瀬さんだ。一人で運んでる最中に毒を入れることは十分に可能だ。いや、むしろ毒を仕込めるのは滝瀬さんだけだ。尋問で、運んでいる最中に誰にも接近されていないとも言い切っている。嘘は通らないだろう。滝瀬さんが、食事を運んでる最中に毒を仕込んだ。それで七雄さんは殺せる。食事から毒が発見されたその瞬間、犯人は滝瀬さんだ」
「なるほど。ではもう一つ質問をさせてください。道間夫人をどうやって殺したのですか?いえ、その先ですね。どうやって『処理』したのですか?」
「道間夫人を殺した、『痕跡』のことだな。そう、返り血をどこかで処理しなければならない。寝室でシャワーを使いたいところだが、それには大きな壁が立ちはだかるな。『いずれの道を通るとしても応接室を通らなければならない』という壁だ。応接室という鉄壁の壁だが、一つ抜け道がある。『厨房』だ。厨房のキッチンなら水で血を洗い流す事ができる。代わりの服を置いておくことも、コックの滝瀬さんなら容易に出来るだろう。権田さんに対して、応接室に少し出てくれ、というような連絡をすれば一人で始末が出来る。もし権田さんが戻ってこようとしたとしても、保険で中から鍵をかけておけば問題ない」
「厨房、ですか。それなら確かに犯行は可能ですね」
「四方木さんの死は、少し不可解だ。あの事件だけ……四方木さんは死を受け入れたのだろうか」
「死を受け入れた?」
「四方木さんは老いているとはいえ、そんな簡単に殺されたりはしないだろう。しかし、反撃しなかったのかもしれない」
そう言って加羅は応接室の反対の隅にいる滝瀬をちらりと見た。滝瀬は権田と話をしている。
「アキラさんが亡くなって、加羅さんの推理だと、アキラさんの携帯電話から滝瀬さんのメールか着信履歴……どちらかが残っているはずですよね。倉庫に私達を閉じ込めた時、滝瀬さんはアキラさんに『閉じ込めるように』連絡をしたはずですから。しかし、なんで私達を閉じ込めたんでしょうね?閉じ込めている間に応接室で凶行に及ぶならわかりますが、滝瀬さんは何もしなかったですよね。倉庫に閉じ込める行動になんのメリットが……?」
「『隙間の空間』でアキラさんを殺すためだ」
「隙間の空間?」
「そう。想像してみるんだ。倉庫には俺達が閉じ込められて、応接室では皆が待機している。しかし、その応接室と倉庫を繋ぐ廊下と寝室は、まさに隙間の空間なんだ。廊下は危ないが、あの状況では、寝室で何かが起こっていたとしても、誰も気づくことは出来ない。アキラさんを、その隙間の空間を利用して始末したんだ」
「なるほど」
刀利は顎に手を当てている。納得したような表情だった。
「いずれもが消去法。そして、動機はわからない。穴のある推理だ。しかし、俺の観察では、滝瀬さんが黒であることに変わりはない。警察はプロだ。彼らの調査が入れば、どこかから、滝瀬さんに不利になる証拠が出てくるだろう」
「聞いてみたいですね。何故、凶行に及んだのかを……」
「絶対に聞くな」
「わかってますとも」
刀利は頷き、窓の外を見た。
晴れている。雲は消え去り、まるで事件が終わったから、晴れたかのように思えた。
警察の救援もすぐ来る。応接室は静寂に包まれ、これ以上事件は起きそうになかった。ただ、応接室で助けを待てば良い。
平川と刀利は、滝瀬と話をしていた。権田も一緒である。
刀利が加羅の姿に気づき、平川と滝瀬から離れ、早足で近づいていく。平川はまだ滝瀬と話をしている。
「加羅さん!心配でした!何かわかりましたか?」
刀利は安心したように、加羅の手を取った。
「ああ。予想通りだった」
加羅は窓の外を見た。もう、ほとんど雨が降っていない。救助が来るのも時間の問題と思われた。
「犯人はわかりましたか?」
「ああ。だが、公にするわけにはいかない。犯人が追い詰められたら、何をするかわからないからな。勿論、わからないこともある。動機だ。動機がまったくわからない。だが、とりあえずは救助が来るのを待とう。それが一番の安全策だ。警察が来るのも、もう少しの辛抱だろう。それまで何も起きなければいいが」
「私達に出来ることは、応接室に集まっているだけですよね?」
「そうだな」
「犯人は?」
「滝瀬さんだ。廊下の寝室には……アキラさんの遺体があった」
「完全に、亡くなっていたのですか!? 滝瀬さんが、全ての犯行を?」
「彼しかいない」
「理由を教えて下さい」
「わかった。尋問で、応接室から出ていったのは滝瀬さんだけだと判明した。ならば答えはシンプルだ。滝瀬さんが倉庫まで行き、マスターキーで外から鍵をかけて俺たちを閉じ込めるのは不可能だ。倉庫の調査をしようとする俺達の後を追おうとしたならば、流石に俺達も気づく。したがって、滝瀬さん以外の人物が不意打ちで鍵を閉めなければならない。鍵を閉められる人物といえば、倉庫へ向かう廊下、寝室に潜んでいた人間しかいない。倉庫の一番傍の寝室に潜んでいた人間がいたのだろう。応接室組には不可能、滝瀬さんも不可能。したがって、消去法で導かれる人物、唯一の館の中の人物、アキラさんだ。アキラさんが犯人だった場合、どこかの寝室に今も潜んでいるだろう。応接室には出てこれないんだからな。しかし、アキラさんは遺体で発見された。倉庫に鍵をかけた後に、殺された。俺はアキラさんの遺体を調べたが、マスターキーもスマートフォンも発見できなかった」
「マスターキーの所持状況は、秋野さん、加羅さん、第三者……エックスということですね。続きをお願いします」
「七雄さんが殺された事件を思い出してみよう。厨房には権田さんと滝瀬さんがいた。そこではお互いの目があり、毒を仕込める可能性は低い。しかし、七雄さんにサンドイッチとソーダを一人で持っていったのは滝瀬さんだ。一人で運んでる最中に毒を入れることは十分に可能だ。いや、むしろ毒を仕込めるのは滝瀬さんだけだ。尋問で、運んでいる最中に誰にも接近されていないとも言い切っている。嘘は通らないだろう。滝瀬さんが、食事を運んでる最中に毒を仕込んだ。それで七雄さんは殺せる。食事から毒が発見されたその瞬間、犯人は滝瀬さんだ」
「なるほど。ではもう一つ質問をさせてください。道間夫人をどうやって殺したのですか?いえ、その先ですね。どうやって『処理』したのですか?」
「道間夫人を殺した、『痕跡』のことだな。そう、返り血をどこかで処理しなければならない。寝室でシャワーを使いたいところだが、それには大きな壁が立ちはだかるな。『いずれの道を通るとしても応接室を通らなければならない』という壁だ。応接室という鉄壁の壁だが、一つ抜け道がある。『厨房』だ。厨房のキッチンなら水で血を洗い流す事ができる。代わりの服を置いておくことも、コックの滝瀬さんなら容易に出来るだろう。権田さんに対して、応接室に少し出てくれ、というような連絡をすれば一人で始末が出来る。もし権田さんが戻ってこようとしたとしても、保険で中から鍵をかけておけば問題ない」
「厨房、ですか。それなら確かに犯行は可能ですね」
「四方木さんの死は、少し不可解だ。あの事件だけ……四方木さんは死を受け入れたのだろうか」
「死を受け入れた?」
「四方木さんは老いているとはいえ、そんな簡単に殺されたりはしないだろう。しかし、反撃しなかったのかもしれない」
そう言って加羅は応接室の反対の隅にいる滝瀬をちらりと見た。滝瀬は権田と話をしている。
「アキラさんが亡くなって、加羅さんの推理だと、アキラさんの携帯電話から滝瀬さんのメールか着信履歴……どちらかが残っているはずですよね。倉庫に私達を閉じ込めた時、滝瀬さんはアキラさんに『閉じ込めるように』連絡をしたはずですから。しかし、なんで私達を閉じ込めたんでしょうね?閉じ込めている間に応接室で凶行に及ぶならわかりますが、滝瀬さんは何もしなかったですよね。倉庫に閉じ込める行動になんのメリットが……?」
「『隙間の空間』でアキラさんを殺すためだ」
「隙間の空間?」
「そう。想像してみるんだ。倉庫には俺達が閉じ込められて、応接室では皆が待機している。しかし、その応接室と倉庫を繋ぐ廊下と寝室は、まさに隙間の空間なんだ。廊下は危ないが、あの状況では、寝室で何かが起こっていたとしても、誰も気づくことは出来ない。アキラさんを、その隙間の空間を利用して始末したんだ」
「なるほど」
刀利は顎に手を当てている。納得したような表情だった。
「いずれもが消去法。そして、動機はわからない。穴のある推理だ。しかし、俺の観察では、滝瀬さんが黒であることに変わりはない。警察はプロだ。彼らの調査が入れば、どこかから、滝瀬さんに不利になる証拠が出てくるだろう」
「聞いてみたいですね。何故、凶行に及んだのかを……」
「絶対に聞くな」
「わかってますとも」
刀利は頷き、窓の外を見た。
晴れている。雲は消え去り、まるで事件が終わったから、晴れたかのように思えた。
警察の救援もすぐ来る。応接室は静寂に包まれ、これ以上事件は起きそうになかった。ただ、応接室で助けを待てば良い。
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