モニターが殺してくれる

夜乃 凛

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第二章 探偵達と四色の扉

守護者

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 ぞろぞろと、加羅達は集団で青いドアまで歩いていった。これだけの人数がいるのだからという安心感があった。
 ただ、同時に不安に思う者もいた。安全が確保されているからこそ危険を感じる。
 人間の本能なのか。自分が安全だからこそ他の危険性を想像する。
 寝室に続く青いドアは空いていた。
 加羅が先頭で遠慮なくその中へ入っていく。
 ドアを抜けると細長い廊下が現れた。白い壁の廊下に茶色のドアがいくつか見える。左右に均等にドアが設置されており、それが先へと続いている。まるでホテルのようだった。
 細長い通路の先に加羅は秋野と四方木の姿を発見した。
 左右の茶色いドアを無視して、秋野と四方木の方へと向かう加羅。
 秋野達が加羅に気づいたようだった。
 秋野が笑顔で手を振っている。年相応の若い反応に見える。そう、秋野はまだ成人してもいないのだ。
 加羅達と秋野達がお互いに近づいた。

「みなさん、お集まりですね」

 秋野は加羅達を見回している。

「秋野さん達にお尋ねしたいことがありまして」

 加羅はいくつかの返答をシミュレーションしながら返した。

「なにか?」

「今日の行動を教えて下さい」

「今日の?ああ……疑っていらっしゃるのですね?」

 秋野はまた笑顔になった。

「わかりました。ええと、どこから話せばいいでしょうか?」

「今日起床してから、今に至るまでです」

「わかりました。私は、この廊下の寝室でいつも眠っています。青いドアから入って一番近いドアが私の寝室に繋がっています。朝起きたときは、私と四方木とリッキーそしてアキラさんしか館にはいませんでしたね。私の知る限りでは。コックさんもその時はいませんでした」

「コックは後から来た」

 刀利は呟いた。

「わかりました。それで?」

 加羅が先を促す。

「アキラさんの姿は一度だけ見ましたが、朝からずっと管制室にかじりついていたようです。映画でも見ていたのかもしれません。リッキーは船での送り迎えの準備。私は四方木と一緒に話をしていましたね。他愛もない話です。ただ、ずっと一緒だったわけではありません。四方木が用事で外したり、また、私が一人で遊戯室に行くこともありました。基本的には応接室の階段の上にいましたね。お客さんを楽しみにしていました」

「階段の上から、管制室への扉に入る人物に気が付きましたか?」

 加羅が重要な所をきいた。

「いいえ。もしかしたら誰か通ったかもしれませんが、あの階段の上から応接室から管制室に入るドアを確認するのは少し難しいです」

「そうですね」

 さきほど階段を上がった加羅は同調した。赤い絨毯の階段を昇った先では、管制室へのドアすら確認出来なかった。
 秋野は続ける。

「そして、まずコックさんがやってきました。権田さんと滝瀬さんです」

「なるほど。ちなみに、どういった交通手段で?」

「リッキーが送り迎えをしてくれました。本当に、リッキーには感謝をしないといけません」

「ということは、船でコックさん達を迎えに行っていたリッキーさんを除く、秋野さんと四方木さん、アキラさんの三人だけという時間が出来たということですね」

「ええ、そうなりますね。そして、私と四方木はずっと一緒にいたわけではないので、疑われても仕方ないですね」

「先を続けてください」

 加羅は優しい表情で言った。その顔が意外だったので、秋野は少し安心した。

「はい。リッキーが権田さんと滝瀬さんを連れて戻ってきました。船着き場の監視映像でも確認できると思います。管制室に入らないと見ることは出来ませんが。権田さんと滝瀬さんが私に挨拶に来てくれました。権田さんは私と、滝瀬さんは四方木と少し会話をしました。みんな笑っていたと思います」

「なるほど。ところで……四方木さんが、応接室の上のスペースで携帯電話に出ませんでしたか?」

 加羅が急に尋ねた。早口だったかもしれない。挟み込むような質問。

「え?ええと……ああ、権田さんと滝瀬さんが来る前に四方木に電話があったような」

「確かに、電話がありました。私は一旦席を外しましたね。力石から電話があったもので」

 四方木が秋野の隣から事実を認めた。落ち着いている。力石とは、リッキーの本名だろう。

「着信履歴を見せていただいてもいいですか?」

 加羅はこだわっている。

「はい。少しお待ちを。ええ、こちらになります」

 四方木はスーツの胸ポケットからスマートフォンを取り出し、加羅に見せた。確かにリッキーからの着信があった。九時五十二分に一回。盾上力石。その通知以外もさりげなく目を通した加羅だったが、不審な点は見当たらなかった。加羅はスマートフォンを四方木に返した。

「どんな電話内容だったのですか?」

 加羅が追求している。刀利は不思議がっている。電話がどうしたというのだろうと。

「コックの権田と滝瀬と一緒に島に着いたという電話でした」

 スマートフォンをしまいながら答える四方木。

「なるほど。それで、コックの方々は来客に向けて準備し始めたというわけですね。コックさんが館に入るときは、やはりアキラさんが扉を開けたのですか?」

「そうです。館の入り口の黒いドアは自力で動かすのは不可能です」

「アキラさんは普段は管制室で何を?」

「モニターをチェックする仕事も少ないもので、映画等を見たりしていたようです。それに、前は監視の仕事などありませんでしたから」

「アキラさんにはたくさん空いた時間があるのですね。わかりました」

 加羅は頷いた。何かに納得したのだろうか。

「それで、権田さんと滝瀬さんが合流されて、その後は?」

「リッキーが今度は道間夫妻を迎えに行きました。リッキーが館に帰ってきてすぐのことです。リッキーも大変だったと思います」

 秋野がリッキーを気遣うように言った。

「コック、道間夫妻、俺達、合計で三往復ですね」

「そうですね。その間に、滝瀬さんは四方木と話をしたりしていました」

「それはどの場所で?」

「確か、厨房だったと思います。権田さんが見ていると思います」

「は、はい。四方木さんは滝瀬と話をしておりました」

 権田は落ち着かない様子だ。しかし滝瀬と四方木が話していたのは確からしい。

 こうして情報をまとめて確認してみると、やはり秋野は寂しいのではないかと加羅は思った。島に常駐しているのは四方木とアキラだけ。リッキーは船で働き、七雄もたまに来る程度だろう。

「秋野さん、あの、寂しくはないですか……?私も両親を失って、悲しくて……加羅さんが相手をしてくれていますけど……」

 刀利が悲しそうな表情できいた。彼女もまた傷ついた人間だ。

「いいえ。四方木がいてくれますから。私はあまりやりませんが、インターネットとかでも人とは交流出来ますし。そう、四方木がいてくれるから私は幸せです。リッキーも懸命に尽くしてくれています。暮らしにも困らない。恵まれていると思います」

 秋野の口調には一切の迷いがなかった。
 自分を恵まれていると表現した秋野。成熟している。刀利はそう思った。自分の環境を呪っていない。
 刀利も自分の現状を嘆いているわけではなかったが、秋野の見せた凛とした態度に、少し感銘を受けた。

「お嬢様……」

 秋野の隣で聞いていた四方木が目を潤ませていた。

「どうしたの?四方木」

「私はお嬢様にお仕えできて、本当に幸せ者です。神楽さん一家にお仕えできてよかった」

 四方木は俯きながらいった。


 四方木は、かつて結婚していた。しかし妻に先立たれ、一体この後どうすればよいのか、また、それすらも考えられないくらい荒れていた。
 都会のバーで、酒を誰と飲むわけでもなく一人で飲んでいた四方木。そこに秋野の両親、神楽夫妻が相席してきたのだ。相席を断ることも四方木には出来た。しかし四方木はそれをしなかった。
 寂しかったのだ。人と話す時間が欲しかった。
 四方木は神楽夫妻にたくさんの話をした。
 神楽夫妻は四方木の身の上を真剣に聞いた。
 妻を失い、荒れている自分にはもう何もない。そう四方木は語った。もう失うものも無くなってしまったと。四方木の資産に余裕があるわけでもなかった。
 四方木は話をしているうちに驚いたものだ。神楽夫妻が泣いていたからである。夫妻は涙を流しながら四方木を励ました。
 夫妻は、よかったら新しい人生を歩んでみないかと、四方木を使用人に誘った。
 神楽両親も四方木のように、自分たちの境遇を四方木に話した。小さい子供がいること。資産には余裕があること。孤島で暮らしていること。
 四方木は戸惑った。そして嬉しさという感情を感じていた。夫妻が涙を流してくれたことに、言いようのない感情を覚えたのだ。救われた、といったほうがいいかもしれない。自分でもいいのでしょうかと夫妻に尋ねると、夫妻は喜んでと言って、四方木は使用人になることになった。

 四方木は神楽達の元で働き始めた。それは四方木にとって、とても充実した日々だった。荷物の運搬。館の事務。楽しい食卓。まだ小さい秋野も四方木に懐いていた。
 自分の人生はまだ終わっていないのだと思った。
生きがいを神楽達に与えられた。四方木は暮らしの中で、心を決めていた。
 神楽一家のためなら、なんでもすると。
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