そして503号室だけになった

夜乃 凛

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第五章 何手詰め?

自転車理論

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 ホワイトホテルに入った加羅たち。まだ、捜査員は、そこかしこに配備されている。警察は犯人を追うと同時に、市民の安全も守らなければならない。
 警備員たちに目配せしながら、桜が言った。

「誰の話が聞きたい?従業員?」

「何もかも聞きたいですけど、もうそろそろ、関係者も、いなくなってるんじゃないですか?ホテルに関係者、残っているのですかね」

「ホテルのオーナーが、どこかにいると思う。それに、まだホテルから、捜査上出れない人物もいるはず。あの人とか、従業員っぽいよね」

 桜は手で示した。手の向かう先には、ホワイトホテルの従業員、東条徹という人物が、すっとした姿勢で立っていた。
 加羅は、その姿勢を見ながら、何にでも、体力は必要だよな、と思った。
 彼の持論であるが、趣味も勉強も、楽しむためには、まずは姿勢が第一。それが無くては、そもそも集中することは出来ない。小さな子供が、公園で駆け回ったり、夢中になって遊ぶことが出来るのは、体が健康だからである。小学生、中学生と進んでいくうちに、体はどんどん弱くなっていく。自覚無しに。
 すると、どうなるか。運動したり、勉強したり、文字を読んだり、そういうことが出来づらくなるのである。結局は、体のメンテナンスは必要だ、と加羅は結論付けていた。将来的に、体力が無くても、文字を読めるシステムも構築されているだろう、という仮説も立てていた。

 別に、体力が無いことを悪いと言っているわけではない。重要性を説いているだけである。仮に、一つの道路が、ずーっと長く先まで伸びているとして、人間が一人いるとする。自転車と自動車が置いてあって、自転車には乗れるが、車には乗ることが出来ない。
 パッと見れば、先に進むためには、自転車で漕ぎ出せばいいかもしれない。しかし、それは最終的に、車に抜かれる。多少立ち止まっても、免許を取って、最短ルートを進むことが出来る。ウサギと亀の童話をご存じだろうか。
 勿論、自転車に乗っている人を非難しているわけではない。道路をどんな手段で進もうと、本人の自由である。

 ぼんやりとしていた加羅。

「加羅さん、また考え事ですか?」

 刀利は周りを見回している。

「ん、ああ。いつもの癖だ。頭をよぎるものがあってな」

「事件と関係がありますか?」

「無い。おそらく」

「事件のことだけ、考えた方が良さそうですけど……」

「視覚は広いほうが良い」

「そうかなぁ。一本に絞らないと、考えられなくないですか?」

「ん?いや、数本は考えないと、考えられないと思うが。思考は、掴み取る感覚がするだろ?」

「いや、思考で何かをゲットした!っていう感覚はないですね。加羅さんの頭脳を体験させてもらいたいものです。まだ若いからかなぁ」

 刀利は、うーん、と首を捻っていた。桜が内心、確かに若いけど自分で言わないでね、と思っていた。
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