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村沢は古びた小さな集合住宅の前に車を停めると、階段を登って一番奥にある部屋の前で足を止めた。
インターホンの上にある小さな表札には雑に“岩田”と書かれている。
三橋の調べによると、岩田真郷は新たな家庭を作っているらしく五歳の息子と年下の恋人と三人で暮らしているようだ。その恋人は看護師で家を開けていることが多く、岩田真郷はその相手の所謂ヒモのようになっている。何処までも救いようのないゴミだ。
呼び鈴を押してもなかなか出てこないので、一定の間隔を開けて何度も鳴らしていると、徐に扉が開いた。目の前に人の姿がなく視線を下げると、よれよれの薄い肌着を来た男児が怯えた表情でこちらを見あげていた。
父親はいるかと訪ねようとしたが、それを見越して先に「おとうさんもおかあさんもいないの」とか細い声を発した。誰かが訪ねてくる度にそう答えているのだろう。
「親御さんじゃなくて悠斗くんに用があって来たんだ」
柔らかい表情を作ってそう言うと、目の前の子供は一層不安そうな表情になった。
「ぼく…?」
「少し足の裏を見せてくれないかな」
そう言うと悠斗はギョッと顔を強ばらせ、首をぶんぶんと左右に振った。その反応を見てほとんど確信を得たが、一応目で確認しておきたくて年齢に似合わない悠斗の細く骨ばった腕を掴んだ。足裏を確認するためにわざわざ説得するのも面倒だった村沢は、強引な手段を取った。
「やめて」と嫌がる悠斗の足裏を無理矢理確認すると、やはり煙草を押し付けられた痕がいくつかあった。真郷のようなクズは痛い目を見ない限り同じ過ちを繰り返す傾向があるからわざわざこんな所にまで来たが、正解だった。
用が済んだので車に戻ろうとした時、小さな体が足元にしがみついて来た。何事かと思い下を見ると、酷く怯えた幼子と目が合う。
「おとうさんには言わないで…!おねがい…!!」
体をかたかたと震わせ、少し力を加えれば折れてしまいそうな腕で精一杯服を掴む様に村沢は動揺した。
引き離そうとして体を押し退けると、悠斗はその場で尻もちをついた。軽く押しただけ。いくら細いとは言え体に痛みは無いだろう。
しかし、良心がちくりと痛んだ。
子供を毛嫌いしている村沢には、その反応は通常と異なるものだった。
あいつに重ねているのか。
ふと車の中での亮の姿を思い出した。狭い車内で煙草を持った村沢から出来る限り距離を取ろうと、フロントドアに体を寄せる姿は酷く小さく見えた。
「おい、何してる」
背後から男の低い声がして振り返ると、ジャージ姿の男が立っていた。無精髭と寝癖が目立つ不潔な男は顔に怒りを露わにしていた。
写真で見た顔よりも人相が悪い。
「他人ん家の前で何してんだって聞いてんだろうが!!」
真郷が村沢に向かって怒声を上げると、関係の無い悠斗が小さく悲鳴を上げた。村沢は無意識に悠斗を後ろに隠した。
「申し訳ありません。少しお話したいことがあって来たのですが……」
真郷は家に訪ねてきた用を聞いた割にまともに話を聞く気は無いらしく、大股で近づいてきたかと思えば悠斗に向かって腕を伸ばした。村沢は咄嗟にその腕を遮る。
「少しだけお話を…」
「あ?」
真郷は村沢の顔を下から睨み上げると、胸ぐらを掴んだ。酒と煙草の異臭が鼻を突く。
「そんなに威嚇しないでくださいよ」
「見ず知らずのてめぇなんかと話すことなんざねぇんだよ。とっとと失せろや」
いい年こいてみっともない虚勢を張る屑を目の前にして、段々と怒りが膨れ上がっていくのを感じる。
老廃物や二酸化炭素を排出するだけの社会のお荷物が、何を勘違いしているのだろうか。まるで動物園の猿のように喚き倒し、黄ばんだ牙を向けられるのには我慢ならない。
貼り付けていた笑顔の仮面に亀裂が入り、音を立てて割れるような感覚があった後、村沢は真郷の喉元を掴んで勢いよく壁に押し付けた。後頭部がぶつかる鈍い音のあと、軽そうな頭が揺れる。意識を飛ばしかけている男の喉元を更に締め付けると、苦しそうに瞼を痙攣させた。
「喚くな。耳が痛いだろ」
「ぐっ…」
男の顔がみるみる紅潮していき、より猿っぽくなっていくのが滑稽だ。
「やめて!おとうさんをいじめないで!!」
悠斗は二人の間に入って、村沢の足を一生懸命押し返した。ビクともしなかったが、手の力が緩み、その隙を見て真郷は村沢の腕から転がるようにして逃げた。
惨めに地面に蹲り、酷く噎せ返る。
悠斗が駆け寄ると、真郷は「触んじゃねえよ!!」と悔しさと怒りをぶつけるように痩けた子供の顔を殴りつけた。
「こいつ…!」
村沢は血相を変えて蹲る真郷の顔を踏みつけようとしたが、例えこんな救いようのないゴミでも子供にとって親に代わりないこいつを目の前で痛めつけるには悪影響だと考えて思い留まった。
泣きじゃくる悠斗を抱き上げて家の中に戻すと、引き摺るようにして真郷を車に乗せ、予め用意していた結束バンドで腕を拘束した。
真郷を車から降ろし、もう使われていない倉庫に連れていくと赤錆だらけの柱に結束バンドで腕を繋げた。
蝋燭に火をつけ、蝋でアスファルトで出来た床の上に固定すると、ブリーフケースの中から買い溜めておいた煙草を三箱取り出した。
男が暴れて拘束しづらかったので、数発顔を殴りつけた後左脚を曲げた状態で縄で縛る。右脚は靴を脱がせ、すね毛が目立つ足首を掴んで固定した。
「な、何する気だ…!!」
血や涎で酷い有様になった真郷の顔から血の気が引く。
ちまちまと根性焼きを入れるのは手間だから、溶かしたプラスチックをかけたり、熱した金属棒で焼印を入れた方が手っ取り早くはあるが…
「目には目をってやつだ」
「何言って……」
火をつけた煙草を男の足裏に押し付けると、汚い悲鳴を上げて必死に逃れようと藻掻く。しかし足首を掴んでいる手は力強く、少し揺れるだけでほとんど動かない。
村沢は次から次へと煙草に火をつけては足裏に押し付けるという行為を繰り返し、真郷の反応をじっくり楽しんだ。
村沢は一箱分の煙草を使い切ったあたりで一旦手を止め、「痛いか?」と訪ねた。
真郷はそれには答えず粘り気のある液体で顔を醜く歪ませ、許しを乞うた。先程までの威勢はもう感じられない。
「まだ根をあげるには早いぞ。後二箱も残ってる」
無表情のまま煙草の箱を目の前で振って見せると、男はガチガチと歯を鳴らせた。
「俺が何したって言うんだよ!!」
「これは驚いたな。ここまでされて分からないのか?思い当たる節があるはずなんだが」
「悠斗のことか…?あんなやつのこと、お前には関係ねぇだろ!」
「いや、もう一人居るだろ」
真郷は何のことを言っているのか分からないと言った風な表情をしたが、次第に顔を曇らせていった。
「そんな昔のことで……? ふざけんな!!」
自分に行われている仕打ちの理由を知った途端、真郷は再び暴れだした。
「あんなのただの教育の一環だろうが!!言うこと聞かねぇあのガキが悪いんだろ!!」
「これもお前の言う教育だ」
煙草の火が汚い皮膚に押し付けられて潰れる音と共に、呻き声が倉庫に響いた。
インターホンの上にある小さな表札には雑に“岩田”と書かれている。
三橋の調べによると、岩田真郷は新たな家庭を作っているらしく五歳の息子と年下の恋人と三人で暮らしているようだ。その恋人は看護師で家を開けていることが多く、岩田真郷はその相手の所謂ヒモのようになっている。何処までも救いようのないゴミだ。
呼び鈴を押してもなかなか出てこないので、一定の間隔を開けて何度も鳴らしていると、徐に扉が開いた。目の前に人の姿がなく視線を下げると、よれよれの薄い肌着を来た男児が怯えた表情でこちらを見あげていた。
父親はいるかと訪ねようとしたが、それを見越して先に「おとうさんもおかあさんもいないの」とか細い声を発した。誰かが訪ねてくる度にそう答えているのだろう。
「親御さんじゃなくて悠斗くんに用があって来たんだ」
柔らかい表情を作ってそう言うと、目の前の子供は一層不安そうな表情になった。
「ぼく…?」
「少し足の裏を見せてくれないかな」
そう言うと悠斗はギョッと顔を強ばらせ、首をぶんぶんと左右に振った。その反応を見てほとんど確信を得たが、一応目で確認しておきたくて年齢に似合わない悠斗の細く骨ばった腕を掴んだ。足裏を確認するためにわざわざ説得するのも面倒だった村沢は、強引な手段を取った。
「やめて」と嫌がる悠斗の足裏を無理矢理確認すると、やはり煙草を押し付けられた痕がいくつかあった。真郷のようなクズは痛い目を見ない限り同じ過ちを繰り返す傾向があるからわざわざこんな所にまで来たが、正解だった。
用が済んだので車に戻ろうとした時、小さな体が足元にしがみついて来た。何事かと思い下を見ると、酷く怯えた幼子と目が合う。
「おとうさんには言わないで…!おねがい…!!」
体をかたかたと震わせ、少し力を加えれば折れてしまいそうな腕で精一杯服を掴む様に村沢は動揺した。
引き離そうとして体を押し退けると、悠斗はその場で尻もちをついた。軽く押しただけ。いくら細いとは言え体に痛みは無いだろう。
しかし、良心がちくりと痛んだ。
子供を毛嫌いしている村沢には、その反応は通常と異なるものだった。
あいつに重ねているのか。
ふと車の中での亮の姿を思い出した。狭い車内で煙草を持った村沢から出来る限り距離を取ろうと、フロントドアに体を寄せる姿は酷く小さく見えた。
「おい、何してる」
背後から男の低い声がして振り返ると、ジャージ姿の男が立っていた。無精髭と寝癖が目立つ不潔な男は顔に怒りを露わにしていた。
写真で見た顔よりも人相が悪い。
「他人ん家の前で何してんだって聞いてんだろうが!!」
真郷が村沢に向かって怒声を上げると、関係の無い悠斗が小さく悲鳴を上げた。村沢は無意識に悠斗を後ろに隠した。
「申し訳ありません。少しお話したいことがあって来たのですが……」
真郷は家に訪ねてきた用を聞いた割にまともに話を聞く気は無いらしく、大股で近づいてきたかと思えば悠斗に向かって腕を伸ばした。村沢は咄嗟にその腕を遮る。
「少しだけお話を…」
「あ?」
真郷は村沢の顔を下から睨み上げると、胸ぐらを掴んだ。酒と煙草の異臭が鼻を突く。
「そんなに威嚇しないでくださいよ」
「見ず知らずのてめぇなんかと話すことなんざねぇんだよ。とっとと失せろや」
いい年こいてみっともない虚勢を張る屑を目の前にして、段々と怒りが膨れ上がっていくのを感じる。
老廃物や二酸化炭素を排出するだけの社会のお荷物が、何を勘違いしているのだろうか。まるで動物園の猿のように喚き倒し、黄ばんだ牙を向けられるのには我慢ならない。
貼り付けていた笑顔の仮面に亀裂が入り、音を立てて割れるような感覚があった後、村沢は真郷の喉元を掴んで勢いよく壁に押し付けた。後頭部がぶつかる鈍い音のあと、軽そうな頭が揺れる。意識を飛ばしかけている男の喉元を更に締め付けると、苦しそうに瞼を痙攣させた。
「喚くな。耳が痛いだろ」
「ぐっ…」
男の顔がみるみる紅潮していき、より猿っぽくなっていくのが滑稽だ。
「やめて!おとうさんをいじめないで!!」
悠斗は二人の間に入って、村沢の足を一生懸命押し返した。ビクともしなかったが、手の力が緩み、その隙を見て真郷は村沢の腕から転がるようにして逃げた。
惨めに地面に蹲り、酷く噎せ返る。
悠斗が駆け寄ると、真郷は「触んじゃねえよ!!」と悔しさと怒りをぶつけるように痩けた子供の顔を殴りつけた。
「こいつ…!」
村沢は血相を変えて蹲る真郷の顔を踏みつけようとしたが、例えこんな救いようのないゴミでも子供にとって親に代わりないこいつを目の前で痛めつけるには悪影響だと考えて思い留まった。
泣きじゃくる悠斗を抱き上げて家の中に戻すと、引き摺るようにして真郷を車に乗せ、予め用意していた結束バンドで腕を拘束した。
真郷を車から降ろし、もう使われていない倉庫に連れていくと赤錆だらけの柱に結束バンドで腕を繋げた。
蝋燭に火をつけ、蝋でアスファルトで出来た床の上に固定すると、ブリーフケースの中から買い溜めておいた煙草を三箱取り出した。
男が暴れて拘束しづらかったので、数発顔を殴りつけた後左脚を曲げた状態で縄で縛る。右脚は靴を脱がせ、すね毛が目立つ足首を掴んで固定した。
「な、何する気だ…!!」
血や涎で酷い有様になった真郷の顔から血の気が引く。
ちまちまと根性焼きを入れるのは手間だから、溶かしたプラスチックをかけたり、熱した金属棒で焼印を入れた方が手っ取り早くはあるが…
「目には目をってやつだ」
「何言って……」
火をつけた煙草を男の足裏に押し付けると、汚い悲鳴を上げて必死に逃れようと藻掻く。しかし足首を掴んでいる手は力強く、少し揺れるだけでほとんど動かない。
村沢は次から次へと煙草に火をつけては足裏に押し付けるという行為を繰り返し、真郷の反応をじっくり楽しんだ。
村沢は一箱分の煙草を使い切ったあたりで一旦手を止め、「痛いか?」と訪ねた。
真郷はそれには答えず粘り気のある液体で顔を醜く歪ませ、許しを乞うた。先程までの威勢はもう感じられない。
「まだ根をあげるには早いぞ。後二箱も残ってる」
無表情のまま煙草の箱を目の前で振って見せると、男はガチガチと歯を鳴らせた。
「俺が何したって言うんだよ!!」
「これは驚いたな。ここまでされて分からないのか?思い当たる節があるはずなんだが」
「悠斗のことか…?あんなやつのこと、お前には関係ねぇだろ!」
「いや、もう一人居るだろ」
真郷は何のことを言っているのか分からないと言った風な表情をしたが、次第に顔を曇らせていった。
「そんな昔のことで……? ふざけんな!!」
自分に行われている仕打ちの理由を知った途端、真郷は再び暴れだした。
「あんなのただの教育の一環だろうが!!言うこと聞かねぇあのガキが悪いんだろ!!」
「これもお前の言う教育だ」
煙草の火が汚い皮膚に押し付けられて潰れる音と共に、呻き声が倉庫に響いた。
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