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「では、私はこれで失礼します」
亮を家まで送り届けた後、三橋は軽く腰を折ってから帰って行った。残された亮は、不満そうな表情をしている。
「寝るとこだったんだけど」
「制服のままでか」
確かに眠そうに見えるが、どう見ても寝支度は済んでいない。帰って早々布団にでも入っていたんだろうか。
「いいだろ別に」
亮はそっぽを向いたまま目を合わせようとしない。
普段通りといえば普段通りな気もするが、若干いつもより不貞腐れているように見える。連日無理をさせているから疲れてるんだろうか。
「そのままだと寝そうだから風呂にでも入ってこい。そしたら目も覚めるだろ」
「…お前の服着る羽目になるから嫌だ」
「ならまた同じ服着たらいいだろ」
「そういうのは抵抗あるから無理」
「………」
村沢は呆れて閉口し、二人の間に妙な沈黙が流れる。
「なんだ今日はやけに我儘が多いな…拗ねてるのか?」
「……」
今度は亮が黙った。返事をしない代わりに腹の虫がなって、また少し沈黙が流れる。
亮はそっぽを向いたままで表情はよく分からなかったが、真っ赤になった耳はよく見えた。
「風呂に入れないくらい腹が減ってんならそう言え」
「ちが…っ!」
「風呂は後にして先に飯にするか」
玄関から動こうとしない亮の腕を引いてリビングに連れ込むと、椅子に座らせた。机の上にはさっき作ったばかりのパエリアとカプレーゼを並べてある。
三橋に亮の食生活を調べさせて分かったことだが、こいつは自炊をしないうえに料理を作ってくれるような親もいないからろくな食事をとっていない。ほとんどカップラーメンか菓子パンで済ませているらしく栄養はかなり偏っている。
そんな不健康な食生活を送っていて大した支障がないのは若さ故なのだろう。
亮のグラスには炭酸飲料を注ぎ、自分のグラスにはワインを注いだ。
吃驚仰天といった表情をして用意した料理を凝視している亮に声をかけると、今度は俺の事をじっと見つめてくる。
「見てないで早く食べろ。この俺がわざわざ手間暇かけて作ったんだ。冷めたら味が落ちるだろ」
「なんで俺にくれるの?」
亮は心底理解できないというような表情で見てくる。
「気まぐれだ」
「何だそれ…まるでお前が良い奴みたいに見える」
「…は?まるでってなんだ」
「まあでも俺がいつもされてること考えたら対価としては安いか」
村沢は可愛げのないひとり言をぶつぶつと呟く亮にむかっ腹を立てた。
「つべこべ言うなら食うな」
「いただきます」
亮は村沢の言うことの一切を無視し、両手を合わせてからパエリアを口に運んだ。つくづく反抗的な態度を取るところは憎たらしいが、自分の作った料理を美味そうに頬張る表情は見ていて飽きない。
今朝、苺を食べて喜んでいるところを見て本格的な手料理を食わせればどんな表情をするだろうと気になって作ってみたが、なかなか悪くないリアクションを取ってくれる。
これを食べ終わったら買い足しておいた苺をまた食わせてやろう。
「美味いか?」
こいつのことだからきっと聞いても今朝のように答えないだろうと思いつつも、一応感想を尋ねてみる。すると亮は照れくさそうにしながらも素直に頷いた。
村沢は意外な反応が返ってきたことに意表を突かれて固まった。
なんなんだ今日のこいつは。
不貞腐れていると思っていたのにやけに機嫌がいいな。
苺のことといい今といい、食い物で簡単に機嫌が取れてしまうくらい単純だったのか。
「パエリアだけじゃなくてこっちも食べてみろ」
カプレーゼを乗せた皿を差し出すと、亮は嬉しそうな顔をしてこっちを見た。
「これも食っていいの?」
「あ、あぁ……好きに食え」
村沢は食べることも忘れて、料理に夢中になっている亮に釘付けになっていた。
「なにボーッとしてんだよ」
いつもの無愛想な声にはっとすると、亮は自分の分を米粒一つ残さず平らげていた。
「綺麗に食ったな…」
「まぁ………う、うまかったし…」
村沢が感心したように呟くと、亮はほとんど聞き取れないような小さな声でそう言った。
その言葉で更に気分が良くなった村沢は、もっと食べさせたくなって冷蔵庫から苺を取り出してきた。
嫌いなのに知り合いから苺が送られてくるからと嘘をついて皿ごと渡すと、亮は眠い目を擦りながらも幸せそうに黙々と食べ出した。
村沢もそれを見ながら箸を進めるが、せっかく作った料理はあまり腹に入らないし、グラスに注いでいたワインはそれなりに値の付くものだったが、味はよく分からなかった。
苺を食べ始めてから数分後、亮は眠気のあまり船を漕ぎ出し、ついには苺を片手に持ったまま夢の中へと行ってしまった。
村沢は机の上にある皿を全て片付けたあと、やっぱり先に風呂に入らせるべきだったなと後悔しつつも亮を横抱きにしてベッドまで運んだ。
このまま寝かせると制服が皺になるだろうと思い、シャツ一枚になるまで脱がせた後、履いていた靴下も脱がせた。その拍子に亮の足の裏が見えて村沢は表情を曇らせた。
痛々しい斑点模様が両足に数十箇所はある。所謂根性焼きだろう。
他人からは見えないような位置に、これ程の数をつけられていることに気持ち悪いほどの陰湿さを感じる。
傷跡からしてかなり昔のもののように見える。
あいつが煙草に怯えているように見えたのはこれのせいか…
この傷をつけたやつは元父親か、あの名だけの母親か。元父親の岩田 真郷の方が可能性としては高いだろう。三橋の報告では暴力的で、亮への虐待もしていたと言っていた。
かなり前のことだろうとは思うが、こんなにも傷をつけられていると腹が立つ。
村沢は脱がせた靴下を洗濯機に放った後、以前三橋に頼んでまとめさせた岩田 真郷の個人情報に改めて目を通した。
亮を家まで送り届けた後、三橋は軽く腰を折ってから帰って行った。残された亮は、不満そうな表情をしている。
「寝るとこだったんだけど」
「制服のままでか」
確かに眠そうに見えるが、どう見ても寝支度は済んでいない。帰って早々布団にでも入っていたんだろうか。
「いいだろ別に」
亮はそっぽを向いたまま目を合わせようとしない。
普段通りといえば普段通りな気もするが、若干いつもより不貞腐れているように見える。連日無理をさせているから疲れてるんだろうか。
「そのままだと寝そうだから風呂にでも入ってこい。そしたら目も覚めるだろ」
「…お前の服着る羽目になるから嫌だ」
「ならまた同じ服着たらいいだろ」
「そういうのは抵抗あるから無理」
「………」
村沢は呆れて閉口し、二人の間に妙な沈黙が流れる。
「なんだ今日はやけに我儘が多いな…拗ねてるのか?」
「……」
今度は亮が黙った。返事をしない代わりに腹の虫がなって、また少し沈黙が流れる。
亮はそっぽを向いたままで表情はよく分からなかったが、真っ赤になった耳はよく見えた。
「風呂に入れないくらい腹が減ってんならそう言え」
「ちが…っ!」
「風呂は後にして先に飯にするか」
玄関から動こうとしない亮の腕を引いてリビングに連れ込むと、椅子に座らせた。机の上にはさっき作ったばかりのパエリアとカプレーゼを並べてある。
三橋に亮の食生活を調べさせて分かったことだが、こいつは自炊をしないうえに料理を作ってくれるような親もいないからろくな食事をとっていない。ほとんどカップラーメンか菓子パンで済ませているらしく栄養はかなり偏っている。
そんな不健康な食生活を送っていて大した支障がないのは若さ故なのだろう。
亮のグラスには炭酸飲料を注ぎ、自分のグラスにはワインを注いだ。
吃驚仰天といった表情をして用意した料理を凝視している亮に声をかけると、今度は俺の事をじっと見つめてくる。
「見てないで早く食べろ。この俺がわざわざ手間暇かけて作ったんだ。冷めたら味が落ちるだろ」
「なんで俺にくれるの?」
亮は心底理解できないというような表情で見てくる。
「気まぐれだ」
「何だそれ…まるでお前が良い奴みたいに見える」
「…は?まるでってなんだ」
「まあでも俺がいつもされてること考えたら対価としては安いか」
村沢は可愛げのないひとり言をぶつぶつと呟く亮にむかっ腹を立てた。
「つべこべ言うなら食うな」
「いただきます」
亮は村沢の言うことの一切を無視し、両手を合わせてからパエリアを口に運んだ。つくづく反抗的な態度を取るところは憎たらしいが、自分の作った料理を美味そうに頬張る表情は見ていて飽きない。
今朝、苺を食べて喜んでいるところを見て本格的な手料理を食わせればどんな表情をするだろうと気になって作ってみたが、なかなか悪くないリアクションを取ってくれる。
これを食べ終わったら買い足しておいた苺をまた食わせてやろう。
「美味いか?」
こいつのことだからきっと聞いても今朝のように答えないだろうと思いつつも、一応感想を尋ねてみる。すると亮は照れくさそうにしながらも素直に頷いた。
村沢は意外な反応が返ってきたことに意表を突かれて固まった。
なんなんだ今日のこいつは。
不貞腐れていると思っていたのにやけに機嫌がいいな。
苺のことといい今といい、食い物で簡単に機嫌が取れてしまうくらい単純だったのか。
「パエリアだけじゃなくてこっちも食べてみろ」
カプレーゼを乗せた皿を差し出すと、亮は嬉しそうな顔をしてこっちを見た。
「これも食っていいの?」
「あ、あぁ……好きに食え」
村沢は食べることも忘れて、料理に夢中になっている亮に釘付けになっていた。
「なにボーッとしてんだよ」
いつもの無愛想な声にはっとすると、亮は自分の分を米粒一つ残さず平らげていた。
「綺麗に食ったな…」
「まぁ………う、うまかったし…」
村沢が感心したように呟くと、亮はほとんど聞き取れないような小さな声でそう言った。
その言葉で更に気分が良くなった村沢は、もっと食べさせたくなって冷蔵庫から苺を取り出してきた。
嫌いなのに知り合いから苺が送られてくるからと嘘をついて皿ごと渡すと、亮は眠い目を擦りながらも幸せそうに黙々と食べ出した。
村沢もそれを見ながら箸を進めるが、せっかく作った料理はあまり腹に入らないし、グラスに注いでいたワインはそれなりに値の付くものだったが、味はよく分からなかった。
苺を食べ始めてから数分後、亮は眠気のあまり船を漕ぎ出し、ついには苺を片手に持ったまま夢の中へと行ってしまった。
村沢は机の上にある皿を全て片付けたあと、やっぱり先に風呂に入らせるべきだったなと後悔しつつも亮を横抱きにしてベッドまで運んだ。
このまま寝かせると制服が皺になるだろうと思い、シャツ一枚になるまで脱がせた後、履いていた靴下も脱がせた。その拍子に亮の足の裏が見えて村沢は表情を曇らせた。
痛々しい斑点模様が両足に数十箇所はある。所謂根性焼きだろう。
他人からは見えないような位置に、これ程の数をつけられていることに気持ち悪いほどの陰湿さを感じる。
傷跡からしてかなり昔のもののように見える。
あいつが煙草に怯えているように見えたのはこれのせいか…
この傷をつけたやつは元父親か、あの名だけの母親か。元父親の岩田 真郷の方が可能性としては高いだろう。三橋の報告では暴力的で、亮への虐待もしていたと言っていた。
かなり前のことだろうとは思うが、こんなにも傷をつけられていると腹が立つ。
村沢は脱がせた靴下を洗濯機に放った後、以前三橋に頼んでまとめさせた岩田 真郷の個人情報に改めて目を通した。
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